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宝石の姫  作者: 河辺 螢
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 馬車を降り、とりあえず家に招く前提でメリーはお茶の準備に家に入ったけど、お医者様は周囲を見回した。

「まず庭を見せてもらおう。よく行く場所は?」

 聞かれたままよくお茶を楽しむ場所に案内した。芝生の広がるスペースで、今日はテーブルを出していないので広く感じる。周りには季節の花が植えられていて、私の好きな場所のひとつ。


 お医者様は庭をじっくりと眺め、何かに気付いてしゃがみ込むと私に掌を向けてそこに留まるよう指示した。

 あの花束に添えられていた草とよく似た草が低い木の根元に植えられていた。どれも葉が細長く、よく見るとちょっとずつ種類が違う。周りには掘り返した跡があり、割と最近に植えられたものもあるみたい。日当たりがよくなく生育環境が合わないのか枯れているものもあるけど、立派な穂をつけているものもある。こんな草、あったっけ?

 庭師のトーマスを見つけて聞いてみると、

「ああ、そのあたりはロバート様が学校の実験で使う草を育てたいとかで、好きにされてますよ」

 兄が?


 トーマスと入れ違いに誰かが庭の方に来る気配がして、とっさにお医者様の手を引いて木の裏に隠れた。

 そこに現れたのは兄とレイモンド様だった。今日レイモンド様がうちに来るとは聞いてなかったのだけど、学校帰りにふらっと立ち寄ったのかな。


 二人は小さなスコップと紙袋を持っていた。

「やっぱり枯れてるなぁ」

 さっき見つけたあの草の所で足を止まると、枯れてしまった草を引き抜き、袋から新しい草を出した。あれも学校の実験に使う草、なんだろうか。

「ここの庭には合わないようだな。うちはそこそこ根付いてるけどな」

 レイモンド様の家でも育ててる?

「これだけいろいろ植えとけば、常にどれかは花粉をばらまいてるだろ」

 花粉…?

「鼻水姫の宝石、あれからどうだ?」

 ば、ばれてる! 私の鼻水のこと、ばれちゃってる!

「病院に行ってるらしくて、最近あまり取れないんだ。…この前、渡した分で充分だろ?」

「まあ、あれで今回の分はチャラにしてやるよ。鼻水姫が嫁に来たら、おまえにも三割は還元してやるさ」

「三割? 四割の約束だっただろ?」

「この草を取り寄せるのも金がかかってるんだ。もっとお宝を出してもらわないと割が悪い。何せ俺は引きこもりの鼻水姫なんかと結婚させられるんだからな。治療を妨害できないのか?」

 鼻水姫、なんか、だぁ?


 怒りのまま声を上げそうになったところを背後から押さえ込まれ、口を塞がれた。

「静かに。…話を聞こう」

 耳元に響く冷静な声に私の心も冷静さを取り戻した。今文句を言ったところでごまかされるだけかもしれない。そのまま話の続きを聞こう。


「父も宝石の姫を手に入れられるなら、レジーナを第二夫人にしてもいいと言ってくれた。俺はレジーナを、おまえと父は鼻水の宝石を手に入れる。元々嫁に行ってしまえばおまえの所には一銭も入らないんだぞ。それを分けてやるって言ってんだ。それなのに文句を言うなんてな」

「俺が教えてやったんだろっ」

「ほんと、いいことを教えてくれたよ。感謝してるからこそ、三割だ」

「畜生…」

「畜生はどっちだ。自分の賭博の借金のために妹を売るなんて、おまえの方がよっぽどひどい兄じゃないか、はははっ」


 ああ、そうか。私は兄に売られたのか。

 そう言えば、兄はよく言ってたな。おまえらは何にもしなくても泣いたり鼻水垂れてれば金が入る、って。こっちの苦労も知らず…。

 秘密って、あっけなくばらされるものなんだな。特にお金が絡んでいると…。


 父は「宝石の姫」として嫁に出すことはしないと言っていたから、このことを話せば破談にしてくれるかもしれない。だけど秘密はきっと広まってしまうだろう。私ではなく鼻水の価値を狙って、今回みたいに鼻水の素とセットにされればきっと高値が付いて、私は一生鼻水を垂らしたまませっせと宝石を作らされることになってしまうに違いない。ずっとうなされてきたあの夢のように…。



 いつの間にか二人はいなくなっていた。

 新しく植えられた草が風に揺れている。あれは学校の実験ではなく、私への実験のために植えられたんだ…。

 涙も鼻水も垂らしたまましゃくり上げていると、口を押さえていた手が離れ、ハンカチで涙と珍妙な形に広がった鼻水を摘み取ってくれた。

「あれが、おまえの婚約者か」

 泣きながらこくっと頷いた。

「このままじゃ、鼻水宝石製造マシンにされるな」

 私の見解と完全一致している。どう考えてもそうなるしかないんだ。

「せっかく治療がうまくいってんのに、治療を受けさせてもらえなくなるぞ」

「ふぇ、ふぇ、ふえええええええん」

「情けない声を出すな」

「だってぇ」

 この瞬間も次々に宝石に変わっていく鼻水に、お医者様は笑いながら鼻を摘み取った。

「もうちょっと形がなぁ…」

 こんな時にも鼻水の観察? イラッ

「今は鼻水の形なんかどうでもいいでしょ!」

「悪い悪い。…ま、要するに、鼻水姫の価値を無くせばいい訳だ」

 とうとう「鼻水姫」が私の名前になってしまった。でも宝石の姫よりずっと私っぽい。こんな間抜けな私には…。

「策はある」

 お医者様の言葉に涙が止まった。

 はっきりと断言したけど、嘘を言ってない? じっとお医者様の顔を見た。

「ほ、ほんと…?」

「鼻水をコントロールするのは、医者の仕事だ」

 お医者様はにやりと笑い、そのまま庭の片隅で作戦の概要を聞かせてくれた。


 できる、できないではない。

 やるしかない。

 悪夢が現実になる事だけは、絶対阻止しなきゃ。


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