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宝石の姫  作者: 河辺 螢
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 次のお茶会はアッカー家にお呼ばれした。

 大丈夫、鼻水は治まってる。

 ご両親は不在で、庭に案内されると四阿でお茶の接待を受けた。周囲の花の香りが甘く漂い、色とりどりの花が美しい。庭にこだわると言うことは、きっと庭づくり愛好家なのだろうと思い、

「庭仕事、お好きなんですか?」

と聞くと、意外にも素っ気なく

「まさか。貴族は庭仕事なんてしないものだ。ここの庭は庭師に任せているよ」

と想像とは違う答えが戻ってきた。


 お茶は少し変わった味で、あまり好みではなかった。カップは良い物だけど年代物っぽい。お菓子は街の庶民のお店で作られているもので、貴族の来客用としてはあまり評価が高くない。もしかしたらアッカー家はあまり羽振りがよくないのかもしれない。あるいは、私ごときにはこの程度で充分と思われているか…。

 引きこもりの売れ残りを拾い上げようなんて話の裏を読めば、我が家から何らかの援助の約束をもらっている可能性もある。よもや鼻水製のダイヤではないと思うけど…。後で父に聞いてみることにしよう。


「今度の王城の夜会は行けそう?」

 そういえば、二週間ほど後に夜会があった。準備を考えると誘われるにしてはちょっと遅めだ。

「夜会、ですか? 出たことないのですが…」

「無理ならいいよ。君が外に出るのをあまり好まないとは聞いている」

 婚約者からのお誘いを無碍に断るのもよくないだろう。結婚するとなるといつまでも引きこもってもいられないし、覚悟を決めて

「…いえ、参加します。よろしくお願いいたします」

と答えると、レイモンド様はちょっと間を置き、口を少し緩ませて笑顔を見せたけれど、目はあまり笑っていないような気がした。誘っておきながら私が断る前提だったように見える。


 くちゃん、

 しばらく治まっていたくしゃみが一度出ると、それをきっかけに数回くしゃみが続いた。刺激されてか、鼻の奥でつーっと流れる物を感じ、慌ててハンカチで押さえた。

 それを見たレイモンド様は、私が夜会に参加すると答えた時以上の笑顔を見せた。

「ああ、風邪を引かせてしまっただろうか」

 立ち上がったレイモンド様の手がハンカチを持つ腕に当たり、カツン、と鼻水からダイヤに変わった粒が机に当たって庭のどこかに転がり落ちた。それを目で追い、ほのかに見せた笑みにぞっと悪寒が走った。

 この人、まさか、…私の鼻水の秘密を知ってる?

「失礼、…馬車まで送ろう」

 エスコートされた手をとるのも恐かったけれど、普通に馬車まで送られただけだった。


 帰りに渡された「お土産」の花束は、いつもと同じ花。包み紙も、中の花も。

 笑って受け取り、馬車に乗った。

 胸元で抱えているだけですぐに鼻水の量が増した。たらたらと泉につながった川のように流れてくる。

 そう言えば、いつもこの花束をもらい、部屋に飾っていた。そしてその夜は大抵鼻水に苦しめられている。この花束が原因なんだろうか。捨ててしまいたかったけれど何かの証拠になるかもしれない。馭者に頼んで花束を馭者台に置かせてもらって家まで運び、家に着いたら掃除道具を入れる納戸に置いてもらった。とても自分の部屋に持ち込む気にはなれなかった。



 次の診察の日に花も一緒に持っていき、お医者様に診てもらった。

「あー、当たりだな。多分これ」

 大きく目立つ花の間に入れられた、彩り用の草。穂がついていて、お医者様は一つをピンセットでつまむとゆっくりと私の鼻に近づけてきた。

 呼吸を数回、やがて、たらーーーり。

 反応を見るとすぐに遠ざけ、花束ごと診察室の窓の外に追いやってくれた。

「枯れ草病だな。…この花をくれた人は、君が宝石の姫だって知ってるか?」

 自分のことを「宝石の姫」と呼ばれて、思わず顔が歪んだ。

「し、知らないはずだけど、何かで知った可能性もないとは…」

「枯れ草病なのを知ってる人は?」

「枯れ草病?」

「草の枯れた季節になると鼻水やら目のかゆみやら訴える人が多くてね。そう呼ばれている病気だ。草花の種や花粉がよくないらしい。花粉症と呼ぶ地域もあるようだが」

「そんな病気、名前聞いたのもこれが初めてです」

 さっきの草の穂を見て、蘇る幼い頃の記憶…。

「昔、家族でピクニックに行った時に、兄にいたずらで山積みの草の中に埋められたことがあって…、今回みたいにくしゃみが止まらなくなって熱を出したことがありました」

 あんな感じの穂のついた草がたっぷりあったような…。でも確証は持てない。

「風邪だと思ってたんですけど。小さい頃の話で、その後は別に…」

 お医者様はサササッと私の話を書き留めると、

「では、これから往診だ」

と白衣を脱いで、片付けを始めた。

「往診? しないのでは??」

「何事も臨機応変」

 そして患者の意思も確認せず、うちが待たせていた馬車に一緒に乗り込み、そのまま我が家に向かった。


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