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宝石の姫  作者: 河辺 螢
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おまけ フェルディナンド・ウルフスタンという男

 フェルディナンド・ウルフスタン。

 ウルフスタン侯爵家三男で、王城の騎士団に所属する魔法医。

 幼少の頃から不思議大好きで、科学、魔法、幻術、ホラー、何でも興味を持って解明したがる少年を、父親であるウルフスタン侯爵は全く理解できず、

「そんなものが役に立つか! おまえは騎士になるんだ!」

とペンや本を投げ捨て、剣を握らせた。


 しかし騎士としては自分はせいぜい中の下程度にしかなれないと踏んでいたフェルディナンドは、適度に手を抜いて落ちこぼれ、叱られついでに文官を目指すと宣言した。

 父に殴られ、

「おまえには期待しない。勝手にするがいい」

とあしらわれたが、一発殴られたくらいで済んだなら安いもんだと開き直り、父の気が変わらないうちに王立学校を受験して寄宿舎に入った。その後特待生になり、学費の面でも家のしがらみを拭い去ると、学校では自分の好きなようにした。


 学校で興味を持った医学、薬学、魔法学。中でも医学の師匠に恵まれた。フェルディナンドの好奇心を上手に引き延ばしてくれ、出される課題にのめり込んでいるうちに、気が付けば学生のうちに魔法医の認定を受けていた。

 医学に魔法を応用した魔法医はまだ数少なく、フェルディナンドは、王立学校を卒業と同時に王城に引き抜かれた。

「さすがわしの子だ」

 王城からの通知を見た父の誇らしげな言葉に、その夜は普段以上に念入りに耳掃除をした。



 丁度その頃、王位を巡って小さな小競り合いがあり、紆余曲折の末、第二王子が王太子となった。廃嫡された第一王子派ほどではないにしろ、王弟派についたウルフスタン家は負け組となり、発言力を弱めていた。

 実力からすれば王族の専属医になることだってあり得たが、派閥の関係もあってフェルディナンドは騎士団所属となった。


 一年目、騎士団で使う薬をほぼ一人で作らされた。傷薬、湿疹薬、化膿止め、食あたり、鎮痛解熱、魔力回復…、討伐一週間前に一人ではとうてい作れるはずもない量を準備するよう言われ、誰もができないと泣きついてくると思っていたのだが、弱音を吐くこともなく黙々と働き、討伐の日までに指定された分量を一人で用意した。しかも薬の効き目がいい。

 徹夜明けのまま討伐隊に同行させ、怪我や病気の治療に当たらせたが、これまたけろっとこなし、治療は手早く的確だった。


 団員の信頼も高く、そのうちフェルディナンドが同行してくれれば恐い物なしだ、と討伐の成果も上がるようになった。


 薬の素材の仕入れも任されていたが、持ってきた段階で即座に素材の善し悪しを見分けた。素材に手を抜く業者は即刻仕入れ先から外され、王城のお墨付きがなくなる事を恐れた業者は、皆率先して良い素材を手に入れてくるようになった。薬の効果は飛躍的に上がった。



 胃痛持ちの王弟がフェルディナンドの作った薬を使ってみた。これが実に良く効いた。

 いつも腹部に手を当ててしかめっ面をしていた王弟が嬉々としてフェルディナンドの元を訪れている。噂にならないわけがなかった。


 以来、王族の抱える病、胃痛、二日酔い、便秘、水虫、神経痛、不妊、薄毛、にきび、脂肪肝など、ありとあらゆる健康相談を受けるようになり、それなりの効果を上げると、王族専属の魔法医や薬師を差し置き、派閥など気にすることなく皆フェルディナンドを呼びつけるようになった。


 王は自分の専属医に推薦しようとしたが、現専属医とその背後にいる貴族達がこぞって反対した上、当人にまるでその気がない。

「あの方達と一緒に仕事したくないなぁ。きっと薬の質を保てなくなるなぁ…。今まで通りにさせていただけるなら、ご依頼のあった○○○の薬を作ってみる機会もあるかと…」

「ほ、ほんとかっ!!」

 怪しげな薬を耳元で囁けば、フェルディナンドのわがままが通らないことはなかった。


 この男を取り込むべくしつこく縁談を持ってくる者もいた。自分の親まで絡んでいることがあったが、

「あーあ。無理やり結婚させられるなら、騎士団、やめよかな。他の国に行ってもいいなあ。この前、スカウトされたんだよなー。どうしようかなー」

と王の前で聞こえるように独り言をつぶやくと、即座に王はフェルディナンドの縁談禁止令を出し、誰もが無理強いできなくなった。


 そんなことが続き、フェルディナンドに関しては王族が中立を保つと決めた。みんなの魔法医。みんなの薬師。王族が中立を宣言した以上、他の貴族が出し抜けるわけがない。



 やがて王城の医師達は気が付いた。

 無能のレッテルを貼り、追い落としてやるつもりが、気が付けば自分達の仕事がなくなっている。

 このままではまずい、と今度はフェルディナンドの勤務日数が減らされるようになった。

 月に二日ほどしかなかった休みが、討伐がなければ週に三、四日は来なくていいと言われ、いつもやっていた製薬の仕事も半減した。フェルディナンドは言われたとおりにした。もちろんそれが自分が決めたことではないと証明するため、命令書はもらっておいた。


 医師達はかつてのように仕事に励むことになったが、否応なく薬を比較され、扱う素材にも苦労した。恥を忍んで相談すればちゃんと教えてはくれる。しかしフェルディナンドの処方、特に魔法をからめた魔法薬は難解で、よくできても再現率は七割を下回っていた。しかし全体的に見れば魔法医達の能力は底上げされていて、嫉妬するだけで力を発揮できなかった者は城を去るしかなかった。



 好きなように素材を発注する権限もなくなり、討伐について行く機会も減り、暇になったフェルディナンドは街に家を借りて自由な時間を好きに過ごすことにした。

 給料は下げられたが、給料とは別に王族からたんまりともらった礼金があり、金に物を言わせて素材を集め、思いのままに薬を作った。せっかくの薬の効き目を試したくなり、フェルディナンドは週に二日街で開業することにした。とは言っても家の前に看板を立てただけで、チラシ一枚配るわけでもなく、しばらくは閑古鳥が鳴く日が続いた。


 看板を見かけてやってきた飛び込みの患者の相手はいい勉強になり、治った患者が別の患者を連れてきて、気が付けばそれなりに病院は繁盛するようになっていた。これ以上仕事を干されたら騎士団はやめてこっちを本業にし、王族への薬作りを副業にしてもいいかと考えていた。


 しかし、緊急時にフェルディナンドが捕まらなかったことに王太后が文句をつけ、フェルディナンドの勤務日を減らした者はクビになった。元の勤務態勢に戻るよう言われたが、開業医としても順調に患者がついている。今更やめるわけにもいかず、交渉して何とか街の病院を続けさせてもらうことはできたが、現状の週二日を超えることは許されなかった。


 王城の魔法医と開業医の二足のわらじ生活。

 時々うるさい親の干渉、面倒な同僚、どこかの令嬢の色目遣い。

 大抵の嫌がらせは放っておいたが、薬や素材に手を出した者には容赦しなかった。

 匂いだけでわかる媚薬を医者に仕込む愚かな令嬢に下剤を混ぜてやったこともある。それが第二王子派のイケイケ伯爵の愛娘だと聞いた時には親は顔を青くしていたが、フェルディナンドは気にも留めなかった。



 そんな生活を送っていたフェルディナンドの元に、鼻水で困っている令嬢が訪れるようになった。

 鼻の穴に魔法に似た不思議な反応がある。

 鼻水が垂れないよう必死で、垂れた鼻水を隠すのが実にうまいが、目の前で鼻水が宝石に変わるところを見た時、フェルディナンドは鼻水でできたダイヤ以上に目を輝かせた。

 これはいったいどうなってるんだ⁈

 魔法に近いことはわかったものの、発動の仕組みがわからない。予兆もなく、再現もできない。これこそがミステリー。

 充分な問診に、診察時間もたっぷり取って、もちろん本人の要望である鼻水も、…惜しいが止まるよう薬を処方した。


 鼻水自体は枯れ草病が原因だとすぐにわかった。持ってきた花束に原因物質が仕込まれている。鼻水の宝石を絞り出そうとたくらんだ犯行だ。

 犯行は花を持ってきた婚約者で間違いない。それならば、と以前王に頼まれて作った魔法阻害薬を持ち出し、鼻の穴の周りにある魔法っぽい何かを止めて世間の目をごまかすことを提案した。あんなバカ男に貴重な鼻水姫を取られてなるものか。宝石以上に、宝石ができるその仕組みこそ価値があるのだ。


 鼻水姫はなかなかの演技派で、用意した薬を使って大量の鼻水を浮気相手と婚約者にぶっかけ、宝石の姫ではないことを証明してみせた。その様子は実に愉快で、普段夜会になど足を向けたことはなかったが、見に行って良かったと満足した。


 婚約が解消になり、フリーになった鼻水姫。これはチャンスだ。確保するしかあるまい。

 一応家は名の知れた侯爵家だ。こっちから申し出れば断ることはないだろう。

 親に結婚する気になったと言えば喜んで婚約のための準備してくれたが、相手は子爵家で中立派、しかも先日の王城の夜会で婚約を解消された鼻水令嬢だと知ると難色を示した。

「わざわざそんなのを選ばなくても、もっといい条件の令嬢が…」

 そう言うと名家の令嬢の釣書をごっそり出してきた。その中には例の下剤の令嬢もいたが、白けた目で完全に無視し、

「あー、陛下に頼んで、どこかの養子になろうかなぁー」

と溜息交じりにつぶやくと、父は折れてフェルディナンドの言うとおりフォートナム子爵家に縁談を申し込むよう執事に命じた。


 しかし、簡単に折れたのが気持ち悪かった。

 あの父親が了承した。これでいいのだろうか。ふと一抹の不安がよぎった。フェルディナンドにとって父は人生の逆バロメーター。父の言いなりになってもろくな事はなく、逆らえば道が開けるのだ。


 父はともかく、これからの人生をあんな素晴らしい素材と共に生きていけたなら、きっと楽しいに違いない。

 流れるままの鼻水からできたダイヤモンドを棒状で形が悪いと言っていたが、きっと面白い形にできるだろう。鼻水姫の気に入るような…

 魔法の術式が次から次へと湧いてきた。



 当日はバラの花束を持ってフォートナム子爵家に行った。

 両親の説得はうまくいった。

 姿絵を貧弱だった頃のものに入れ替えられていたと聞いて、やはり父は反対していたのかと、今回も父の意向に逆っているとわかり、安心した。


 鼻水姫本人はこの婚約を不満そうにしているが、最初に渡した花束に驚きつつも喜んでいたし、今日の目玉のプレゼント、新しい薬を出せば、恥じらうことなく鼻に塗っている。長年連れ添ってきた夫婦のように遠慮ない。この潔さ、実にいい。

 くしゃみを出す草を目の前に出し、魔法で包んだコーティングを取ると、花粉に反応して出た鼻水は狙い通り広がり、枝分かれして樹の形になった。

 やった! 成功だ!

 この形にするのにどれだけ苦労したことか!

 フェルディナンドの喜びは、鼻水姫ポリーの喜びと同じ筈だった。何せ歪な形のかわいくない鼻水をずっと恥じていたのだから。望むならティアドロップ型にしてもいいが、鼻からぶら下がるにはかなり間抜けだろう。しかし鼻水姫の喜ぶ気配はない。

「ぶ、ぶえっくしょ!」

 再び枝分かれした鼻水ダイヤ。自分の顔を鏡に映した鼻水姫は叫び声を上げたが、フェルディナンドにはその姿がたまらなかった。

「か、かわいっ」

 鼻の下から枝分かれしたダイヤはまるで鼻毛のようで、自分の間抜けな姿を見て鼻水姫はプリプリ怒っている。

「こんな人と婚約しなーい!」

 ポリーが宣言しようと、フェルディナンドは鼻水姫を手放す気はなかった。

 


 その後、魔法阻害薬を比較的安価な素材で再現することができた。しかしそれを婚約者になったポリーに言うわけにはいかない。鼻水が宝石にならないのも問題だが、もっと問題なのは、その素材に例の草の花粉を使っているのだ。薬を使えば否応なく水っ鼻が垂れてくるだろう。

 効くだろうか。試してみたい気もする。しかし好奇心以上にポリーの苦しむ姿が目に浮かび、なんだか可哀想に思えてきた。実験よりも優先するものができるとは思わず、自分の変化に苦笑いした。


 庭の片隅でこっそりと育てていたあの草は抜かれてしまったが、城でこっそり増やしている。

 新しい薬を作ると、文句を言いながらも塗ってくれ、あきらめ顔で鼻から垂れる謎のオブジェを摘み取らせてくれる。

「んっ」

 ちょっと拗ねながらも自ら顔を突き出してくる。顎をつかんで引き上げても治療としか思わず、全く警戒していない。ダイヤを採取した後、ちょっと唇をついばんでみたら、ネコのように飛び跳ねて壁に背をつけ、真っ赤になった。

 これはたまらん。かわいいっ!


 フェルディナンドには、常に上等の素材を見分ける力があるのだ。


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