12話 顕現魔法①
「キャビーちゃん、何してるの?」
ファイは外で遊んでいる息子を見付けた。彼は先日3歳になり、より活発に行動するようになっていた。
あわよくば、自分も混ざろうかと画策して、話し掛けた彼女だったが──
「母上ですか……」
残念そうに、寧ろ嫌そうに、キャビーは言うのだった。
「ええっ!? キャビーちゃん、どうしたの? な、なにか怒ってる……?」
顔を顰めて、外方を向いてしまった息子に、慌てて駆け寄る。
「ねぇどうしてぇ……? 何かあった? もしかして、誰かに虐められた?」
「母上……」
「な、なに……? ちょっと怖い……」
「近寄らないで下さい。黙って下さい」
「ふぇぇ……ど、どうしてぇ」
彼の言動にショックを隠し切れず、ファイは執拗に付き纏う。説明を要求する。
「母上、本当に邪魔です」
「ご、御免なさい……うぅ。でも、何をしてるのかなって……ね、教えてくれない?」
「……はぁ。あの蝶を捕まえたいのです。母上が居ると逃げてしまいます」
「え? 蝶……?」
ファイは空にひらひらと舞う透明な蝶に気付く。
それは度々、お咎め様の森で見られる蝶だ。翅が透明で、身体は細い。気を付けないと直ぐに見失ってしまう。
「あー、あれのことね。ふふっ、そうと分かればお母さんに任せて! ちょっと待ってて」
ファイは言うと、自宅の納屋を漁り始める。
「はい、これ! 使ってみて」
取り出して来たのは、網の付いた棒だった。伸縮性があり、長さの調節が可能だ。
「これは?」
「虫網だよ。先端の網を使って虫を捕まえるの! 高いところにも届くし、手だと難しいでしょ?」
「まあ」
キャビーは、虫網を受け取る。それは伸ばし切られており、身長の4倍近くあった。
だが確かにこれなら、蝶が下に降りて来るのを待つ必要がない。グッと握り、張り切って上を見上げる。
「そらいけ、キャビーちゃん!」
ファイの楽しそうな声援も程々に、網を振るう。何度も振るっていく。
しかし、中々捕まらない。
「虫如きが、あまり──」
「キャビーちゃん?」
「いえ、何も。とても難しいですね」
「あはは、そうだよね。お母さんに貸してみて、捕まえたげる!」
ファイは意気込むと、虫網を受け取った。
「えいっ! とりゃあっ! ほいっ!」
やはり何度も振るうが、網に収まることは無かった。
「ど、どうしてよっ!」
「母上……振り遅れ過ぎです。それでは蝶が逃げてしまうではありませんか。もう退いて下さい」
「えぇ!? そ、そんなぁ」
息子への好感度を上げたかった彼女だが、逆に呆れられてしまった。
その後ファイは、とぼとぼと農家の仕事に戻って行った。
キャビーは策を練りつつ、網を構える。
すると、
「ばっかじゃないの」
彼を見る新たな存在が2つもあった。
少女と、大人の獣人だ。
「次から次へと……」
「アンタ、馬鹿なの!? あんなのも捕まえられないなんて、お子様ね!」
「あ……?」
キャビーは敵意を露わに、少女を睨む。
「な、なんなの……そんな顔で見ないでよ。アンタ、歳下でしょ!?」
「歳……? お前は一体何を──」
「アイネお嬢様、あまりそういうことを言ってはいけませんよ」
キャビーが言い切る前に、獣人の女が嗜める。
彼女の幅広い大きな耳は、スタンプを押したように穴が開けられている。
札付き──彼女はアイネの奴隷だった。
「メリー、口答えする気!!」
「そ、そんな滅相もありません。ですが、先程仰っていたではありませんか──」
すると、アイネはバツの悪そうな表情を取った。
「仲良くなりたいって。これだと、逆に嫌われてしまいます……」
「な、なによ! だって仕方ないじゃないっ! 村に子供が居ないんだから」
「……はい。ですから、昨夜練習したではありませんか。あのようにすれば良いのです」
「ふんっ、奴隷の癖に……っ」
アイネは吐き捨てるように言うと、キャビーに歩み寄って来る。
「ね、ねぇ……アタシと遊ばない?」
「ち、違いますアイネお嬢様……!」
「な、何が違うのよ。もうっ!」
キャビーは嘆息し、拳を握り締める。上空を飛ぶ蝶は、透明な翅脈は空の青に溶けてしまい、注意しなくれば見失いそうになる。
苛立ちが込み上げてくる。
「もっとエッチな感じで言わないと。恥ずかしがっていてはいけません」
「も、もう何なのよ……」
アイネは改めてキャビーに向き合おうとするが、彼はその場に居なかった。
「な、なんでぇっ!?」
彼は蝶を追いかけている。魔力で身体を強化するにも、蝶があまりに上空を飛び過ぎている。
やはり、降りて来るのを待つしかない。
「ね、ねぇ……ちょっと」
集中を阻害する存在がまたやって来た。
「お前」
「ひぃ──っ!? な、何よ……」
「ウザい、死ね──」
ドスの効いた声──は出ないので、鋭い眼光で言ってみせる。
唖然としたアイネは、奴隷に尋ねる。
「ねー、この子。なんか変……」
「アイネお嬢様、チャンスですよ。ほら」
「もぉ……」
アイネは向き直る。
「ねぇアンタ、キャビーよね? あの蝶が欲しいんでしょ?」
彼女は上空に指を差して言う。
「……ああ」
「あの蝶の名前は、赤く染まる花──別名、死結蝶というの」
「しけつちょう……?」
「うん。お咎め様の森に沢山居る蝶のひとつだよ」
続けて、アイネは雄弁に語り始める。
「普段は空に隠れて、餌を探しているの。身体が軽いから、結構高く飛べるのよ。一応肉食の蝶で、神経毒を持っているから気を付けてね。まぁ噛まれる馬鹿はそう居ないけどね」
「どうしてそこまで詳しい……?」
「アタシのパパが森の研究をしてるからよ。パパはね、凄いんだよ──」
彼女の父──トッドは、お咎め様の森の研究を20年以上も前から行っている。研究対象は、森の環境や生態について。
しかし、これは表向きの話である。
裏では、人体実験に用いる「あるモノ」を──
アイネの自慢が終わり、ではどうすれば蝶を捕まえられるのかを尋ねる。
「簡単よ。超簡単……蝶だけにね」
「は?」
「アレは血を吸うのよ。つまり、血を出せばいいの!」
「……なるほど。良い案だ」
「でしょ!!」
すると、キャビーは<何処からともなく>小さな果物ナイフを出現させる。
アイネの元へ歩み寄って行く。
しかし、彼女はそれよりも先に、奴隷の元へ駆け寄って行った。
「メリー、アンタ血を出しなさい」
「えっ!? ア、アイネお嬢様……それは」
「何? 奴隷の癖に口答えするの!?」
「い、いえそういう訳では……」
「じゃあ、早くしてよ! 逃げちゃうじゃない」
メリーと呼ばれた奴隷は、困ったように眉を顰める。
自身の指の爪は、毎日切らなければならない。<農園育ち>な為、劣等遺伝子を引き継ぎ牙も短い。
さて、どうやって血を出そうか。
メリーは主人であるアイネの為、考える。
「わ、分かりました……」
そう言うと、腕を口の中に入れる。
眼を閉じ、歯を突き立てる。
そう簡単には皮膚を突き破れない。だから、メリーは引き千切る勢いで、腕を噛んだ。
血が溢れ出した。
「メ、メリー!? ちょっと出し過ぎよ!!」
「い、いえ。アイネお嬢様、これくらい出さないと寄って来ないと思います」
それは王都でのこと──
獣人の死体に集まる死結蝶を見て、分かった。
「も、もういいって!! ちょ、ちょっと!!」
アイネの静止も聞かない。
メリーの血はどんどん溢れ出していく。
「それ貸してっ!!」
「アイネお嬢様!?」
痺れを切らしたアイネが、メリーの血を小さな両手で受け止める。
そして、天高く差し出した。
「メリーなんて嫌い!! そこまでしろって言ってない!!」
「ア、アイネお嬢様……」
顔を逸らし、アイネは空を見上げる。
「も、申し訳御座いません」
メリーは噛むの辞め、アイネの邪魔をしないようしゃがみ込んだ。
蝶がゆっくりとアイネの手に近付いきた。
「来た……っ」
アイネは言う。
蝶は、花びらのように彼女の掌に着地する。
そして、ストローを伸ばして血を吸い始めた。
「キ、キャビー、見てほら。言った通りでしょ」
アイネは息を殺して言う。
キャビーに向けて、両手を差し出した。
「手間が省けた」
「手間……? そ、それより見てよ。ほら翅が──」
死結蝶の翅が、赤く染まり始めた。
翅脈に添い、透明な翅が血色に染まっていく。
キャビーは、その恐ろしくも奇妙な生物を、奪い取った。
「あぁ……」
アイネが声を漏らす。
「折角あげたんだから、大事にしなさいよね。全く」
指で摘み取った蝶は、ツルツルとした触り心地をしている。血の水に浸からないようにする為、それぞれの脚先が更に3つに分岐していた。
顔は細長く、複眼は大きく。
キャビーはよく観察し、そして──
蝶を握り潰した。
「きゃっ!?」
アイネは小さな悲鳴をあげた。受け取ったメリーの血を地面に捨て、彼に詰め寄る。
「ど、どうして……!? なんで殺したの!?」
「黙れ──」
「キャビーっ!?」
アイネを一蹴し、彼は掌を前方に差し出しす。
息を吐き、集中する。
「な、何……? 何してるの……?」
すると、空間に亀裂が生じた。
黒紫の閃光が迸る。闇を思わせる黒い煙が何処からか現れ、彼の手に集まっていく。
1匹の蝶が、出現した。
『作者メモ』
ナイフを取り出しのは、闇魔法の能力です。次の話で説明します。
全然関係ないですか、「KAC2024」のお題「箱」についての短編ホラー小説を昨日執筆しました。
「箱詰め少女」というタイトルです。
箱の中に居た少女を助けるハートフルなお話になります。
良ければそちらもお願いします。




