第10話 好き嫌い
キャビーの転生から2年──
ファイとのコミュニケーションが、スムーズに行えるようになった。
「野菜を食べないと、大きくなれないよ」
「大きく? うーん……嫌です」
離乳食を与える必要が無くなり、現在は彼女と同じ食事を摂るようになっている。特別好き嫌いをしないキャビーだったが、つい最近になって選り好みを覚えた。
勝手にファイが食事を用意してくれる、という慣れや、魔族としての所謂野生離れも原因のひとつかも知れない。
ピーマンを皿の端に除ける。
だが毎回ファイが注意するので、キャビーは口を曲げて拒否するのだった。
「これ、苦い」
「苦いのは身体に良い証拠なんだよ」
苦いのが身体に良い筈が無い。きっとこれは彼女の方便だ。
「ふん」
この日は結局、彼がピーマンに手を付けることはなく、走り去ってしまった。皿の上に残されたピーマンを見て、ファイは頭を抱える。
「っていうことがあったの」
「だから、みゃーは医者じゃないにゃ。そんなこと言われても知らないにゃ」
そんなキャビーのことを相談する為、非番のミャーファイナルを訪ねていた。彼女は下着姿でファイを迎えると、ベッドで寛ぎ始める。部屋は汚く、脱ぎっぱなしの服が散乱していた。
「みゃーさんって、他の方と違って1人部屋なんですね」
「兵士の中では唯一のメスなんだから、当たり前にゃ。というか、みゃーと住んだオス全員と盛り合っていたら、隊長にこうされたにゃ」
「ふーん……ねぇ、一人暮らしなら工夫した料理とか出来るんじゃない……!?」
片目でファイを見やると、鼻を鳴らす。
「好き嫌いする奴は、食事を抜いてやればいいにゃ」
「えー、そんなの可哀想よ」
「食事の有り難みを分からせるにゃ。獣人にとっては、それも立派な躾にゃ」
「うーん」
お腹を空かしたスラム街の子供は、腐りかけの食べ物でも残さずに食べる。
それは、次にいつ食事が出来るか分からないからだ。カタリナ村も、隔離された空間である点を踏まえたら、断食せざるを得ない状況が訪れるかも知れない。
確かに、その方法は効果的なのかも知れない。
「でも、結局恐怖を与えているだけのような気もするのだけど。恐怖による躾は、あんまり良く無いんじゃないかしら」
食べ物を残せば、次の食事が抜かれる。そのような恐怖を我が子に与えるのは、やはり気が進まなかった。
「恐怖の何が悪いのか分からないにゃ」
「うぅ、そう言われると、何も言い返せないのだけれど……」
「可哀想はガキの為にならないにゃ。叱って、恐怖を与えて、それが出来ない親は、ゴミにゃ」
「うっ……」
家に帰り、夕食の用意を始める。キャビーは家に居なかった。いつものように外で遊んでいるのだろう。
最近は魔法を使っているようだけれど、今度教えて貰おうかしら。
なんてファイは考え、夕飯を作り終える。キャビーの帰りを待つ。
時間になると、決まって彼は帰宅してくる。
「お、おかえり、キャビーちゃん。ご飯出来てるよ」
「はい」
キャビーは眼を合わすことなく返事をすると、背の高い椅子に手を掛ける。身体を持ち上げ、難なく座ると、皿に盛られたものを見て手が止まった。
「……緑の、多くないですか」
「え……そ、そうかなぁ」
キャビーはフォークで払い除けるようにして、ピーマンを皿の端に寄せていく。
「た、食べないの……?」
ファイは立ち上がり、言う。
「ええ、嫌いなので」
「……だ、だったら私にも考えがあるのよ」
何処かいつもと様子の違うファイに、キャビーは眉を顰める。キャビーとしても、ファイと対立することは出来るだけ避けたい。
手を止め、ファイの言葉を待つ。
「キャビーちゃん……」
「はい」
「あ、明日のご飯は……」
「……はい」
「……す、好きなものにしようかなぁ。なんて、あはは」
愛する息子に恐怖を与えるなんて出来ない。結局どうすればいいか分からず、ファイは力なく椅子に座りこんだ。
「例えば?」
「えっ?」
「好きなものって、例えば何ですか?」
「は、ハンバーグとか……?」
「では緑のを食べるとします」
「ええ!? た、食べてくれるの!?」
「はい。ハンバーグがくるのであれば」
「そ、そう……そっか」
人間の食事は味に拘りがあり、旨い。特にハンバーグという食べ物は、人間の脳を超える旨さがあった。
キャビーはフォークでピーマンを刺し、口一杯に頬張り始める。苦くて顔を顰めてみせる。
そんな息子の横顔を見て、ファイは微笑むのだった。
『作者メモ』
ちょっと今日お出掛けなので、これで勘弁して下さい……。




