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プロローグ

 人族と魔族との戦争は2000年以上に及ぶと言われている。



 魔族領──最果ての北<エンデルクローク>に、人類史上初めての魔族の国があった。



 王を務める魔王ジィゼは、人族との戦争に終止符を打つべく、ある策を講じようとしていた。



「息子よ。時は来た──」



 暗雲が立ち込める王城の本丸にて、息子ギィーラは跪き、玉座を見上げる。



 魔王の傍には、母も同席していた。



「はい、父上」



 ギィーラは、父と同じく灰色の魔人族でありながら、母の形質も受け継いでいる。長い尾と、伸縮性のある両椀のブレードを有していた。



「これより、転生魔法を執り行う」



 魔王が告げると、ローブ姿の配下がギィーラを囲う。魔力を込め、床に記された魔法陣が輝き始める──



 漆黒の煙が立ち込めた。



「ち、父上! 母上にご挨拶を──」



「許そう」



 許可を得たギィーラは、母へ身体を向ける。



 しかし、母と眼が合わない。



 彼は縋り付くように、母を呼んだ。



「は、母上──」



 ほんの僅かな言葉しか交わしたことがない。今は亡き優秀な兄たちと違い、彼には特筆すべき才能が無い。



 元より今世では無く、来世に期待された息子だ。母の関心を引ける筈も無かった。



「母上……わ、私はその──必ずや魔族に勝利をもたらします。人間を内側から疲弊させ、いずれ貴方に──」



「当然よ」



 母は彼の言葉を遮り、叱り付けるように言う。見下ろされた眼は、酷く冷たかった。



「それ以外にお前の価値は無いわ」



「ああ、そうだ息子よ。お前は、その為だけに生まれた。その為だけに存在が許されている」



「し、承知しております……」


 

 ギィーラは思わず、自ら眼を逸らしてしまった。本来あってはならない侮辱的な行為だ。



 しかし、自尊心を保つには、そうするしか無かった。誇り高い魔王の息子という肩書きが、彼の原動力でもあるのだ。



「お父様、お呼びでしょうか」



 一体の魔族が入室する。それがギィーラに気付くと、驚いたように眼を見開く。



「お父様……遂に来たのですね」



「ああ」



「ご挨拶をしても?」



 魔王が頷いたのを見て、それはすらりとした肢体を振るい、ギィーラに歩み寄る。



 それは膝を曲げて、跪く彼に眼を合わせた。



「ギィ兄様」



「……ネィヴィティ様」



「いいえ、様は結構です」



「ネィヴィティ」



「はい。ギィ兄様」



 魔王の娘──腹違いの末の妹ネィヴィティは、背中に折り畳んだ4本の腕と、2本の主腕で、兄の顔に触れる。



 魔王の血を色濃く引き継ぎ、優秀な形質と才能を有した彼女は、次期魔王の筆頭候補だった。ギィーラ以外の兄を失い、遂には最後の兄が逝ってしまう。彼女は眉を顰める。



「不安ですか……?」



 おずおずと彼女が言った。



「いいえ、名誉なことです。ようやく、私も──」



「嘘ですね」



 彼女はギィーラの顎を持ち上げ、覗き込む。



「ふふっ、貴方は魔族であることに、誇りを持っている。違いますか?」



 人間のように笑う彼女を、ギィーラが睨め付ける。



「いい加減、人間の真似事はやめないか」



「どうしてですか?」



「私達は魔族だからだ」



「これから人間になるのに?」



「……ネィヴィティ。私を侮辱しているのか?」



 ギィーラの両腕のブレードが伸び、鋭い刃を出現させる。一方の彼女は、妖艶な笑みを浮かべていた。



 すると、ダンッと玉座が叩かれた。魔王の赤紫の眼が彼らを見ている。



 ギィーラは背筋を整え、刃を仕舞う。ネィヴィティは立ち上がり、魔王を一瞥した後──



 向き直り、耳元で囁く。



「ギィ兄様。どうして私達は戦っているのでしょうね」



 それは、人間との戦争に疑問を持っているということ。



 それは、魔王の決定に疑問を持っているということ。



 即ち、魔族への叛逆行為になり得る。



「お前──」



「ギィ兄様。これでも私は貴方との別れを悲しんでいるのです。この魔法陣は、エルフを拷問して私が描きあげました。多少のズレはありますが、ちゃんと起動します──



後のことは私に任せて下さい」



 コツンと額が合わさり、ネィヴィティは魔王の元に帰って行く。



「お父様。有難う御座います」



「ああ」



 そうして──



 魔王は処刑に用いる大剣を引き抜くと、玉座をゆっくり降りてくる。着用した甲冑が擦れ、音を立てる。



「転生魔法を起動しろ」



 ギィーラは息を呑んだ。



 徐々に迫り来る魔王の威圧感。そして、死の恐怖は、計り知れない。未だかつて、このような感情を抱いたことはない。



 怖い。死ぬのが怖い。いや違う──



 それよりももっと、魔族でいられないことが怖いのだ。



 助けを求めるように、母を見た。



 だが、母はもうその場に居なかった。



 ギィーラの目前に迫った魔王が、大剣を構える。



 喝采が最高潮に達し、魔法陣に輝きが増す。



「人類を滅亡させよ。それが私からの最初で最後の命令だ──」



 大きく構えられた刃が振り下ろされた。その一閃は空間を引き裂き、煙を晴らす。



「ギィ兄様……っ」



 刃はギィーラの身体を両断し、胸に秘めた命の源<コア>が破壊された。

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