失ったはずの彼女を探すため、僕はパスワードを入力するのだった
十数年前の話しになる。当時の僕は大学生で「和三盆とは何かを考える会」というサークルに参加していた。
ぶっちゃけ、和菓子を食べてお茶を飲むだけの集まり、だ。
陽気にウェ〜ィって出来ない人達でも、静かに交流を楽しむためにっていうのが設立当時のコンセプトだった。
言いたい事はわかる。高尚な文言をかざしただけのお茶会ってだけ。要は合コンだよね。
でも、おかげで趣味の合う彼女と出会えた。彼女は郷土料理における砂糖の使われ方を研究していた。
僕と違い、サークルには真面目な動機で入会していた。
「お待たせ、さあやっつけるよ」
お互いゲーム好きで、気がつくと夜遅くまで一緒にボスと戦っていた。
和三盆の和菓子の研究よりゲームのボス攻略を考える時間の方が長かったよ。
「なんか卒業まであっという間だったねぇ」
しみじみと言う彼女。レンタルの着物姿でも、綺麗だった。
卒業式の後、彼女は実家への帰路を急いだ。
「二人で暮らすのは構わないけど、顔を見せに帰ってこいってさ」
両親とは公認の仲だ。新年度から同じ職場で働く事も決まっている。
「手続きは僕がやっておくよ」
僕はこの時に強く引き止めるか、一緒に帰るべきだったと後悔する。
未曾有の事態が発生した。震災による被害は甚大で、彼女との連絡も絶えた。
頻発する揺れに僕は不安で祈るしか出来なかった。
――――運命は時に残酷だ。五年経った今も、彼女と遊んだゲームはあの頃のまま止まっていた。
あの瞬間に送られてきたゲーム内のメッセージを、僕は未だに開けられないままだった。
他愛もない事が書かれているだけのはずなのに、それが、最期と認めたくなかった。
「じゃあ、向こうについたら――――開けてみてね」
明日に何かが起きるなんて、想像すらしていない二人の最後の会話。
……期限が迫って来た。二人の思い出のゲームがサービス終了する。
躊躇いながら、彼女の最後のメッセージを開く。
メッセージには何事も起きる前の電車の車窓で穏やかな景色と笑顔の彼女の写真と謎の数字があった。
「……どういう事だ?」
急いで僕は写真を保存する。
このゲームに写真を掲載する機能なんてなかっはたはずだ。
そして見知らぬメッセージが届き、クエストに挑戦しますかの文字が出る。
「パスワードを入力して下さい」
五年経った今も彼女への思いは変わらない。
奇跡か、詐欺か。僕は一縷の望みをかけてパスワードを入力したのだった。
「待たせてごめん、今行くから――――」
お読みいただきありがとうございました。この物語は、なろうラジオ大賞5の投稿作品となります。
終わりの場面は連載をするならば、パスワードを入力して次につなぐのですが、短編なので「あぁ、行ったんだ」と伝わる形にしました。
異世界でもいい、生き延びていてくれたなら……そんな願いの込めれた物語でもあります。
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