歌う未来
「どうであった?」
聞かれて、はっ、と意識が戻ると女神の前、あの湖の夜にミルカはいた。
「今そなたの見たものは全て夢。しかし現実となる可能性の高い未来であることにも間違いはない。さてそなたは夢の中で幸せであったかな?」
問われて、ミルカは小さく首を振った。
「ではやり直そう。その前に教えておくれ。お前は何がしたい? 何になりたい?」
ミルカは今8歳。
夢の中でミルカは13歳で死んだ。
その5年分の知識が彼女にはある。
「歌を、歌いたいです。歌でお金をもらえる仕事があると聞きました。その仕事をしたいです」
「ではそうするが良い」
再び強い光。
今度は、目を開けるとお屋敷ではなく町中にいた。
手にはお金が入った袋。
『そこで思うがままに生きるが良い』
女神の言葉に、ミルカは強い眼差しでしっかりと前を見据えた。
わたしは、ここで生きて行く。
その後、ミルカはその町で宿を取り、酒場で仕事を見つけ、そして数年後にその酒場の歌手となった。
彼女の歌声は、女神の恩寵かとても癒されると評判で、よその町からも聴きに来る人がいるほどだった。
ある日、酒場にやってきたどこか人好きのする精悍な顔立ちの男が彼女を気に入り、彼女も彼の自身に溢れる立ち振る舞いに心惹かれて、2人は恋人同士となった。
男は高い地位にある人物のようで結婚はできなかったが、ミルカは歌手を辞めて男の愛人となり、町はずれに立派な家をもらい、そこで暮らした。
しばらくして2人の間には子どももできて幸せな毎日だったが、ある日彼女は花を見によその町へ出かけたさいに暴動に巻き込まれて死んでしまった。
それはスズ森の老婆が愛した花で、夏の終わりから秋にかけて、枝に紫色の花を満開に咲かせる。
咲いている様も散る様も美しく、風に舞う紫の花吹雪から、ライラック・シャワーと名付けられたその木を街路樹として目抜通りにずらりと植えた町は、この木の花が咲く時期には観光客でいっぱいになった。
その時期を狙って行われた近隣の農民たちの暴動は、町を管理する貴族や富裕層の商人たちへの嫌がらせもあったのかもしれない。
美しい紫の花が降り積もる中、彼女は『何を間違えたのだろう』と考えた。
彼女の恋人は民を虐げるような人物ではなかったのに、ただ良い暮らしをしているから、きれいな衣装を身にまとっているからと彼女は暴行を受けた。
何が悪かったのだろう。
何をすれば良かったのだろう。
そう思いながら、花に埋もれて彼女は死んだ。