ひとつめの未来
歌い終わると、ミルカはその場にうずくまって小さくなった。
寒くはない。
だがもうこの場から動きたくはなかった。
このまま眠ってしまおう。
そうしたらもう目覚めることはなく全てが終わりに向かうだろう。
目を閉じた瞬間、まぶたの裏まで届く金色の光が自分を包んだ事に気がついた。
驚いて目を開けて顔を上げると、湖の上に空から黄金の眩しい光が差している。
そしてその光の中に美しい数人の女性があらわれた。
大きく口を開けて彼女たちを見つめるミルカに、女性たちの中心にいる、誰よりも美しく圧倒的な存在感のある女性が声をかけた。
「ミルカ。先ほどの歌、聴かせてもらった。妾も、妾の精霊たちも非常に満足している。褒美を取らそうと思うが、何を望む?」
呆然として口もきけないミルカに、女神は小さく笑みを浮かべた。
「何もないのか?」
「いえ、いえ、あの……。思いつきません……」
「ふむ」
突然あらわれた女神とその眷属たちの美しさに、ミルカは圧倒されるばかりでうまくものが考えられない。
人の子どもには無理からぬ事よ、と女神はしばし目を伏せた。
「スズ森の魔女ツヴァイは、そなたの行く末をいつも案じておった。幸せであるように、家族に恵まれるように、とな」
ミルカはそれを聞いて胸が熱くなった。
「お主に未来を見せてやろう。いまだ定まらぬ未来、そなたの行動ひとつで変わる未来。いくつかの未来の中から、そなたの願いに最も近い幸福を選ぶが良い」
そう言うと女神は片手を振った。
光が溢れる。
次の瞬間、ミルカはデニシャール家の屋根裏にいた。
そして女神の声が響いた。
『思うまま自由に生きてみよ。お前は何をしたい?』
何をしたい?
問われてもどうして良いか分からなかった。
ずっと、お屋敷の下働きとして言われるままに生きてきた。
何をしたいかなど考える暇もなく、ただ与えられた仕事をして、ただ生きて、そして疲れて泥のように眠った。
何をしたいかなど、訊かれてもわからない。
だから今までと同じように生活した。
掃除をして、洗濯をして、皿洗いをして、そしていくつかの季節が過ぎた頃、特別寒い冬、燃料になる薪が足りない中、彼女は朝を迎えられないまま死んだ。
まだ成人すらしないままだった。