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森の魔女

※この作品は武頼庵様の2023年秋企画『()のお話し企画』参加作品です。


※作中に出てくる植物は、全て作者の想像のものです。

ライラック・シャワーについては、ライラックの花よりもジャガランダの花のほうがイメージに近いです。


「あんたの歌は霊のための歌だねえ」


 ミルカにそう言ったのは森で暮らす老婆だった。





 大公様からスズ森と周辺の村の管理を任されている、デニシャール家。

 ミルカはそのデニシャール家の下働きをしている。

 物心ついた頃にはもう屋敷で働く大人たちに混ざって仕事をしていた。


 小さな子どもに大したことはできないが、用事を言いつかったり屋敷の掃除くらいはできる。

 また、使用人の中でも誰より身分の低い、守る親のない孤児ともなれば、誰憚ること無く憂さ晴らしに当たる事ができる。

 ミルカはデニシャールの屋敷でそんな存在だった。


 だから、魔女が住んでいて人が近寄らないスズ森で野草や果物を採ってくる仕事は、ミルカにとって楽しく気楽なものであった。


 また、森に住む魔女は見た目は恐ろしげだがごく普通の老婆であったし、ミルカにしてみればすぐに手を上げたり怒鳴ったりする屋敷の使用人たちよりずっと優しい、心許せる相手だった。







 その日、ミルカは森で魔女から薬を買ってくるよう言われていた。

 季節は冬。

 雪深い森ですっかり冷えてしまった彼女を、老婆は暖炉の前に座らせて「もう少し待っていな」と甘いココアとお菓子をくれた。


 パチパチ、と火が爆ぜる、暖かな暖炉。


 かじかんだ手のひらがじんわりと温まる陶器のコップ。


 まあるく平たい、ナッツが入った優しいクッキー。


 父も母も、祖母も祖父も、兄弟姉妹すらいないミルカには、森の魔女が誰より身近な家族のようであった。


 老婆がいつも小声で歌う知らない歌も、ミルカにはいつのまにか耳に馴染んで覚えている。

 奥の部屋から聴こえる声に合わせて、ミルカも一緒に小さく歌った。


 しばらくして、出来上がった薬を手にやってきた老婆がこう言った。


「あんたの歌は霊のための歌だねえ」


 きょとんとするミルカに老婆は続けた。


「歌っていうのはね、歌い手によって違うものなんだよ。人を癒したり、植物を成長させたり。あんたの歌は人の役には立たない。誰も癒さないし、誰も力付けないし、だから誰も心惹かれない。代わりにあんたの歌はこの世のものでないもの全てのために役に立ち、愛される。難儀なことだよ」


 そう言った老婆の顔はとても優しげだった。


「おばあちゃんの役には立てないの?」


「立てないねえ」


 言いながら老婆はミルカの頭を撫でる。


「でもあんたはこうして、何もしなくても十分役に立っているんだよ」


 役に立たないのに役に立っている。

 その意味が分からなくて首をひねるミルカに、老婆は出来上がったばかりの薬を手渡した。


「こんな寒い日は1人でいるのは嫌なものさ。一緒にお茶を飲んでくれる誰かがいるのはいいものさね。さあ、もう一杯ココアを飲んだら、暗くならないうちにお帰り」


 ミルカは、お湯を沸かしにキッチンへと向かう老婆の後について行く。

 まだもう少しここにいてもいいのだと思うと嬉しかった。








 スズ森の魔女と呼ばれる老婆は、帰って行く子どもの小さな後ろ姿を見送ると、小さく咳をしながら家の中へ戻った。


「月の女神様、わたしの女神様、どうかあの子に幸せがありますように。わたしがいなくなったあと、誰かがあの子を気にかけて、守ってくれますように」


 森の上には、昼間の空に白く欠けた月が浮かんでいた。









 魔女が死んだのはそれからしばらくして、冬の厳しさが緩みはじめた頃だった。


 訪ねて行った村人が、冷たくなった老婆の亡骸を見つけてデニシャール家へ知らせてくれた。

 遺体は森の向こう、代々の魔女が葬られる湖に水葬されたという。

 葬式は行われず、祈りをあげる者も、花を捧げる者もない。ただ死んだと報告されてそれで終わりの、簡単な最後だった。

 いずれ次の魔女がやってきて、また森の家に住み着くのだろう。

 次の森守りの魔女も薬を分けてくれるといい。

 人々の興味はただそれだけだった。











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