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今は四月。桜が全盛から目に見える速度で衰退していく時期である。古来の日本人はそんな潔さと、儚げに散り行く様を好んだものだ。
さて此処、下山高校にも染井吉野が在る。勿論、散り際。
だが、二年A組の教室で授業を受けている生徒達及び、熱弁をふるっている数学担当の教師はそれを気にも止めずにいる。
否、窓際前から三番目の席に座る一人の生徒は違った。
彼は気力が微塵も窺えない目で中庭に咲く桜を頬杖をつきながら見ている。
「……綺麗だな」
彼はぽつりと呟いた。桜の感想だ。誰にも聞かれぬ、聞かせぬ彼の感情を表した言葉だっただろう。しかし、違った。
「ほう、それは先生の事かな? 泉城 悠」
何時の間にか、彼の目の前に立っていた数学担当の教師、西本 沙知絵が彼の独り言に言葉を返した。少々どすの利いた声だ。
他の生徒は教科書に記載されている問題に打ち込んでいる。
「…………あーっと、この問題をやれば良いんだな? 了解了解」
周りの生徒の状況を見ると、彼は滔々とした口調でそう言ってのけた。
「泉城! お前という奴はあ!!」
右手に持っていた教科書を横に丸め、即席の鉄拳制裁用棒を作り、それを彼の頭に叩き込んだ。
乾いた打撃音が教室内に響き渡った。