第八話 本能寺
夜も更けた本能寺に姫と守り役が集まる。
姫達は念の為女房の着物を着てもらい、さらに隠形をとる。
今日だけはわがままを通して上様の寝所に侍るようにした。
部屋の外を守るのは弟達。
この弟達は、オレが女だとはもちろん知っている。
が、『災禍』のことや緋炎のことなどは一切知らない。
いつもの閨勤めだと思っていつものように警護している。
部屋に全員が入ってから、竹が部屋に結界を展開する。
通常の空間を複製し切り離す結界に時間停止の術も加えている。
部屋の中で何時間経っていても、外では瞬きするほどしか時間が経っていないというものだ。
部屋には上様自慢の調度品が安土から運ばれている。
その中にはあの地球儀もある。
上様は寝間着に着替えてはいるものの、まだ仕事をしていた。
オレ達小姓が分類選別しているとはいえ、このところ書類は日毎増えている。
寝る間も惜しんで目を通すあたりは生真面目な小僧のころのままで、なんだかおかしくなった。
竹が視線で確認をしてくるのにうなずく。
目の前の男が間違いなく上様であると確認した竹が、上様の周囲にも結界を張る。
菊はじっと上様を見つめている。
その眼が金色に変化していく。
ナニカを探っているようだ。
準備は整った。
ちらりと肩に止まった緋炎をうかがうと、力強くうなずいてくれる。
オレもちいさくうなずきを返し、上様に向けて姿勢を正す。
両手をつき、軽くお辞儀をして声をかけた。
「――上様」
「――蘭か」
「はい」
にっこりと笑い立ち上がり、間髪入れず地球儀を真っ二つに斬る!
ブワワワワーッ!!
途端に地球儀から黒い靄が立ち上がり、あっと思う間もなく上様に吸い込まれた!
オレの一撃で滅することができないなんて!
しかも竹の結界を破って上様に入り込んだ!
並の妖魔じゃない!
ガクン、と首を落とした上様は、ゆっくりと頭を上げた。
――その目。
明らかに、取り憑かれている。
予想外の失敗に竹がうろたえている。
オレも舌打ちがもれる。
菊が、梅が、守り役達が、すぐさま臨戦態勢をとる。
「――ククク……」
上様を乗っ取ったナニカは可笑しそうに嘲笑った。
「クハハハハ!!」
それだけでどっと瘴気が立ち上がる!
並の妖魔ではない。
『禍』並、いや、それ以上の霊気に圧倒される。
というか、この国のモノとも高間原のモノとも違う感じがする。
なんだコイツは? なんだ!?
「まさか瘴気が満ちる前に封印が解けるとはな!
よくやった蘭!」
最大限に警戒態勢を取り、ナニカを睨みつける。
「上様の顔で、上様の声で、オレの名を呼ぶな」
「ククク」と嘲笑うモノは、心底楽しそうだ。
竹が笛を吹く。
高間原からずっと愛用していた、竹の霊力が染み込んだ笛。竹の霊力を、術の効力を増幅してくれる笛。
竹をもってしても笛の力を借りないと抑えられない相手ということだ。
笛の音が陣を形成していく。
上様に取り憑いたナニカが竹に攻撃を仕掛けたが、黒陽が弾く!
霊力を込めた笛の音がゆっくりと陣を創る。
竹の結界をもろともせず、ナニカは攻撃を仕掛けてくる!
黒陽の前に立ち、緋炎と二人で弾く!
鏡に霊力を込めていた菊が、厳かに告げた。
「――異国の『神』」
黄金色の瞳で、真っ直ぐに相手を見据え、はっきりと声に出した。
「『第六天魔王波旬』」
『名』を呼んだ瞬間、ソレがパシリと縛られたのがわかった。
が、すぐに弾かれた!
「クハハハハ! よくぞ見抜いたな!
そうだ! 我こそは、第六天魔王波旬!
この国を、果ては世界を手中に収める者だ!」
相手を『視た』菊がザッと説明してくれたところによると、南蛮人共が自分の宗教を広めるために異国に行ったときに捕えた『神』のようだ。
それを使ってこの国を混乱に陥れ、楽に乗っ取ろうとしたらしい。
「異国人共に封じられたときは腹が立ったが!
この国で供物を得て封印を解いた後は好きにすればいいと提案されてな!
これまで数多の供物を得てきた。
この男は素晴らしい!
次から次へと戦を起こす。
次から次へと人間を殺す。
数多の生命が! 数多の恨みが! 数多の憎しみが! 我の『チカラ』となる!
封印が解けた今、さらに人間を喰らい『チカラ』を得る!
そしてこの世界を我が物にするのだ!!」
――すう、と。
どこかが冷えていくのを感じた。
上様は、利用された。
この異国の『神』に。
南蛮人共に。
オレが小姓に上がる前。
上様が指示したことがきっかけで起こった大量の虐殺。
比叡山焼き討ち。
一向一揆の鎮圧。
この戦国の時代を生き、家臣を率いる武将は苛烈であることを求められる。
甘っちょろい決断では他国に侵略しやすいと判断される。家臣にナメられ下剋上の憂き目に遭う。
上様のそのときの相手は宗教勢力だったから、徹底的に潰さなければいつ何時再び反旗があがるかわからない。
だから、全山焼き討ちだの、女子供まで皆殺しだのと聞いても、不快感はあっても、理解できる面もあった。
そのあたりは、王族教育を受け、戦闘集団の一員として活動していたオレだ。
さらなる戦闘を避けるためにも必要な犠牲があると、見せしめが抑止力になると知っていた。
ただ、上様があのときの小僧だと知ったあと、ちいさな違和感はあった。
あの生真面目小僧が、ここまでやるか? と。
戦でココロをこわしたのか。
武将として連戦するうちにココロが麻痺したのか。
はたまた、最小限の犠牲になるよう、これ以上歯向かう者が出ないよう、敢えて派手に、敢えて見せしめに殺したのか。
そう、考えていた。
だが、おそらくは。
この異国の『神』の口ぶりから考えられるのは。
この異国の『神』の封印を解くための瘴気集めとして、利用された。
殺された宗教勢力は、この異国の『神』の供物にされた。
小姓として上がってすぐの頃、二人で話した。
『戦のない世界を作ろう』と。
『豊かな国を作ろう』と。
そのためには、血を、泥を被ることも厭わないと。
上様は、オレは、利用された
利用 された
湧き上がる怒りを抑え込み、愛刀を抜き、構える。
グッと霊力を込める。
そうすると、纏う衣が高間原にいたときの正装に变化する。
この世界の巫女のような衣装。
オレ達の衣を見本にして巫女の衣装を作ったから、同じようなのは当然といえば当然。
略礼装であったこの衣装には、王族の色でなくそれぞれ個人の好みの色を使っている。
名前を連想させるような色。
梅は紅梅色。
菊は黄色。
竹は若竹色。
オレは本紫。
高間原から落とされたあの頃の主流だった、広い袖の千早と袴がそれぞれの色になっている。
黄金の天冠はいくつもの細い飾りが下げられた華やかなもの。
纏う柔らかな領巾は己の霊力でふわりと揺れる。
オレはさらに反呪の耳飾りに籠手をつけている。
他の姫達もそれぞれ指輪や腕輪など補助具をつけている。
高間原にいたときから身につけていた服や装備。
長い間自分の霊力を込めてきたそれらは、身にまとうだけで霊力を嵩上げしてくれる。
行使する術の威力も上げてくれる。
目の前の相手は、それだけの装備をしなければ対処できない相手だということだ。
「菊。斬っていいか?」
「ええ。遠慮なく滅しなさい」
許可が出た。愛刀に一気に霊力を込め、霊力の刀で上様を両断する!
上様は傷つけずに中身だけを斬った。
そのつもりだったのに、弾かれた!
そのまま上様を乗っ取った『神』が右手を突きだす。
ヴン、と陣が出現し、そこから鎧を纏った兵が飛び出してきた!
梅が胸に下げた勾玉型の霊玉に霊力を込める。
梅の勾玉も前の世界にいたときからずっと使っている神器。
霊力を込めることによって対象の再生力に影響を与えるという。
赤い霊力は再生力を加速させる『超再生』
白い霊力は再生力を奪い滅する『超破壊』
みるみる白くなった勾玉から白い光があふれ、兵の集団を貫いた!
梅の『超破壊』の光に巻き込まれた兵は一瞬で消滅するが、避けた兵がオレ達目掛けて襲いかかってくる!
結界を支えている竹と敵を探っている菊は動けない。
それぞれの守り役が守っている。
蒼真も霊力を補充中の梅を守る。
オレと緋炎で兵をかいくぐり上様に向かって斬りかかるが、向こうも『神』級とあってなかなか決定打とならない。
梅が再び白い光を放つ。
梅の霊力により高められた滅びのチカラが込められた白光。
敵が出現させた兵の半数以上がそれに包まれ消滅したが、すぐさま新たな兵が召喚される。
先に霊力の尽きた方が負ける。
『神』級相手に、どこまで保つか。
ふと浮かんだ弱気をグッと押し込み、再び斬りかかる!
「『第六天魔王波旬』! 陣を解きなさい!」
霊力を込めた菊の『言霊』だったが、またしてもヤツに弾かれた!
顔をしかめていることからいくらか効果はあったらしい。
途端に菊ひとりに向けて攻撃を集中させる!
立ちふさがった白露の身体から鮮血が散った!
黒陽がすぐに結界を展開して白露と菊を補助する。
オレも緋炎も必死に攻撃を仕掛けているが、さすがは『神』級とあってなかなか隙を見せない。
オレ達の攻撃をいなしながら陣を繰り出し、兵を出現させ術を飛ばし、梅を、竹を、菊を攻撃してくる。
ヤツはオレにも攻撃を仕掛けてくる!
その一撃一撃が強く、正直負けそうになる。
が、必死にこらえ、いなし、なんとかこちらも攻撃する!
竹の陣が完成した!
銀色の粉がまぶされたような竹の陣が上様を縛る!
上様の身体を乗っ取った『神』は逃れようと身をよじっていたが、竹の陣がそれを許さない。
ギュッ! さらにその身を締め付けた!
「ギャアアアアア!!」
壮絶な叫び声とともに、黒い靄が一気に上様の脳天から吹き出した!
ぐるぐると渦を巻きひとつになったところをさらに竹が縛る!
そこに、霊力を込めた刀で斬りかかった!
菊が、竹が、梅が補助してくれた。
増強された刀を振り下ろす!
刃が当たった瞬間、抵抗された! が、こちらも霊力を叩きつける!
バチバチバチッ!! ぶつかり合う霊力に空間が震える!
歯を食いしばり、霊力を絞り出す!
緋炎が肩に止まり補助してくれる。
負けるものか! 負けるものか!!
『神』がなんだ!
オレが上様を守るんだ!!
刀から炎が噴き出す!
その炎と霊力で刀をさらに強める!
もっと! もっと霊力を絞り出せ!
絶対にコイツを斬る!
生命がけの攻防の末、竹や菊に縛られた『神』のほうが先に隙を見せた!
その隙を見逃すオレじゃない!
「ウオオオオオ!!」
渾身のチカラを込める!!
炎がオレ達を取り囲む!
燃え上がる炎の中、靄にズブリと刃が入った!
一気に刀を振り下ろす!
「ギャアアアアア!!」
両断された『神』は、オレ達の炎に巻かれ。
消滅した。