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紅蘭(くらん)燃ゆ  作者: ももんがー
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第六話 通りすがりの

 その日、たまたまおかしな気配を感じて転移すると、かなりチカラの強い狼のような妖魔と、その妖魔に追い回されている小僧を見つけた。

 ヤバいな、と思い、妖魔を斬った。

 助けた小僧は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でションベンもらしてガタガタ震えていた。

 浄化と回復をかけてやると、身なりの正しい、真面目そうな若武者になった。


 十ニ、三だと思われる小僧はまだ震えていたが、なんとか姿勢を正して「お助けいただきありがとうございました」と礼儀正しく頭を下げた。


「礼をしたいので、しばしお待ちいただけませんか」というので「気にするな」と言った。

 が、小僧は聞くことなくなにかを探し始めた。


 何をしているのかと問うと「供の者を探している」という。

「自分を逃がすために喰われたが、形見のひとつでも落ちていないかと」


 真っ白な顔で震えながら、地べたを這い形見を探す姿が憐れで、ちょっと助けてやりたくなった。


「姫」

「ちょっとだけなら、いいだろ?」


 小僧の額に指を当て『探しているモノの気配』を思い出させ、探索の術をかける。

 と、少し離れた場所がポウと淡く光った。


 脇差が落ちていた。

 小僧は膝をつき、震える手でなんとかそれを持ち上げ、額に強く押し当てた。

 声を出さず震える小僧に、昔の自分が重なった。

 

「――そいつは、役目を果たした。褒めてやれ」

 小僧は震える身体で、それでもちいさくうなずいた。


「そもそもなんで妖魔に追われていたんだ?」

 つい、いらないことを聞いた。

 緋炎に「姫」とたしなめられてそのことに気付いたが、発した言葉はもう戻らない。


「スマン。余計なことだったな」

 あわてて謝ったが、小僧はふるふると首を振った。


「――寺で、勉学をしておりました。

 もう少し、もう少しとしているうちに遅くなってしまい――少しでも早く帰ろうと、脇道を選びました。

 そしたら――」


 妖魔に出くわした、と。

 昼間と夜の間の夕暮れ時は『逢魔が時』だ。

 ふらりと現れた妖魔にたまたま出くわしたらしい。


「――『早く帰ろう』と言われたのに。

『脇道はあぶない』と言われたのに。

 私が軽率だったばかりに、私の、せいで、」


 しゃくりあげ震えながら話す小僧。

 涙がこぼれるのを乱暴に腕でぬぐうけれど、その涙は止まる様子を見せない。


 当然だ。

 十ニ、三の小僧が、目の前で親しい人間を失ったのだ。

 己も喰われるところだったのだ。

 こわかったろう。


「わ、私などのために、彼を、死なせて、しまった。

 私が、失敗したから。

 これは、私の、罪、です。

 私は、私、が」


 ボロボロと涙を落としながら脇差を握る小僧が憐れだった。

 その姿はこの世界に落ちてきてすぐの自分を見ているようで、余計なこととは思いつつも、つい、口を開いた。


「――失敗を知っているからこそ、罪を知っているからこそ、より良くしようと思うのだ。

 失敗を、失うことを恐れてなにも行動しないことこそが、罪だ」


 緋炎に、菊に何度も言われた言葉。

 悔しさに、情けなさに、罪深さに動けなかったオレにかけられた言葉。


「『罪を犯した』というならば。

 その『罪』を償うために、懸命に働くまで。

 己のために。

 失った『誰か』のために」


 小僧は涙に濡れた目でオレを見上げてきた。

 オレもこんな情けない顔をしていたんだろうなぁ。

 そう思えて、つい、頭をぐしゃぐしゃとなでてやった。


 びっくりしたように目を丸くして頭を押さえる小僧がおかしくて、ちょっと笑った。


「さ。彼を弔ってやろう。で、帰ろう。

 家まで送ってやるよ」


 その場で緋炎が『魂送り』をして犠牲になったお供の少年の魂を送ってやり、場を浄化した。

 小僧は黙ってそれを見ていた。


 一通り後片付けをして、小僧の家の場所を聞く。

 もう辺りは真っ暗になっていた。

 術を使って灯りを出し、行灯を持つフリをしたまま小僧の手を握る。

 手を引くオレに大人しくついて歩く小僧が、おずおずと聞いてきた。


「――あの、あなた様は一体――」

「ん? オレか? オレは――」


 なんて答えようかと困って、ちらりと肩に止まる緋炎に目を向ける。

 人目をごまかすために鷹に变化した緋炎は、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。


「通りすがりのお姫様ですよ」

「オイ」

 なんだその説明。


「――お姫様!?」

 なんでそんなに驚くんだ。


「だって、あの、その」

 うろたえていた小僧はハッと何かに気付き、あわててつないだ手を離した。


「――す、スミマセン。その――」

 うつむき、言いにくそうにしていたが、続けて言った。


「――男性だとばかり――」

 ボソボソと言い訳する小僧に「ああ」と納得する。


「気にすんな。初見でオレを女だと思うヤツはいない」


 からからと笑ってやったが、小僧は心底不思議そうにオレを見つめてきた。


「――女性なのに、そのような格好をされているのですか?」


 このときのオレは十八歳。

 長く伸ばした髪を頭の高いところでひとつに結わえ、派手な紐で飾っていた。

 単衣(ひとえ)の着物に袴をはき、派手な着物をひっかけ派手な帯でとめ、片袖を外していた。

 いわゆる『傾奇者(かぶきもの)』『うつけ者』と呼ばれるような格好だ。

 それに真っ赤な鞘の大刀と脇差を腰に差していた。


「このカッコしてると、色々便利なんだよ」

「『便利』?」

「そ」


 納得していない小僧の手を取ろうとしたら抵抗された。

「暗いし、また妖魔が来るかもしれないぞ」と言ってやると、抵抗を止め大人しくなった。

 再び手をつなぎ歩き出す。


「ヒトはみかけで判断するからな。

 このカッコで歩いてると、まず女に思われない」


「そうでなくても女性に思われたことはないですけどね」とため息をつく緋炎は無視して続ける。


「こんなカッコしてるヤツは『バカなヤツだ』と判断する。

『警戒に(あたい)しない、愚かなヤツだ』と」


 返事に困る小僧に、ニッと笑ってやる。


「とても妖魔を真っ二つにできるようには見えないだろ?」


 小僧は驚いたように息を飲み、おずおずとうなずいた。


「オレはとんでもなく強いんだけど。

 オレの『強さ』はヒトの世の(いくさ)に使うモノじゃないんだ」


 昔の傷がズクリと痛む。

 この世界に落ちてからの、生まれ変わってからの、あれこれ。


「戦に利用されるなんて、まっぴらごめんだ」


 つい吐き捨てるように言ってしまい、あわてて軽い調子に戻す。


「このカッコしてるとな。

 勝手に『バカなヤツだ』とか『カッコだけで大したことのないヤツだ』って周りが思うんだよ。

 おかげで戦に利用されることもなく、好き勝手に諸国を巡れるってわけだ」


 感心したような眼差しを向けてくる生真面目そうな小僧がおかしくて、つい、ペロッと本音をもらした。


「まあ一番の理由は、オレがこのカッコが好きだからなんだけどな」


「そうなのですか?」と聞いてくるから「似合うだろ?」と笑ってやる。

 小僧は薄暗い灯りの下でもわかるくらいに赤くなってうつむき「……似合います」とボソリとつぶやいた。


「元々オレは男兄弟の中で育って男だらけの部隊で修行したから、男の言葉に男のカッコのほうが馴染むんだよ。

 今更女のカッコして大人しくしてるなんて、性に合わない」


「……それで、許されるのですか?」

 心底不思議そうに聞いてくる小僧がおかしくて、クスリと笑った。


「許すも許さないも」

 生真面目な様子が竹のようだと思った。


「それを決めるのは、自分だろ?」


 小僧は何か術でもかけられたかのように固まった。

 目をまん丸にして、口もポカンとあけたまま。


 何をそんなに驚くことがあるんだろうか。

 首を傾げて小僧の様子をうかがっていると、小僧はなにやらブツブツと言い出した。


「――決めるのは、自分……」

「――見た目で判断……」

「――警戒……値しない……油断を、誘う……」


「――決めるのは、自分――」


 じっとオレを見つめる小僧の頬が赤くなっていく。

 つないだ手にグッと力が入る。


 なんだ?


「ああ……。真面目そうな少年に悪いことを教えてしまった……」

 緋炎もなにやらブツブツ言っている。


「なんだよお前達?」

「「なんでもないです」」


 揃って答える二人に首を傾げるしかできない。

 まあいいや。


「さ。早く帰ろう」


 そのまま小僧が聞いてくることに答えながら夜道を進み、立派な館に着いた。

「入ってくれ」というのを断り、去り際思いついて霊力を固めて石を(つく)った。


「これ、やるよ。魔除け。

 お前、妖魔に好かれそうだから」


 妖魔を呼びやすい人間というのは一定数いる。

 この小僧もそんな気配がする。

 せっかく助けたのにすぐまた別の妖魔に喰われるというのもおもしろくない。


「――ありがとう、ございます」


 ポカンとして両手で石を受け取った小僧に、身につけているだけで妖魔は近寄ってこないことを説明する。


「じゃな。せいぜい長生きしろよ」

 そう手を振って、別れた。




「――あのときの、小僧!?」


 指をさすオレに、上様は「ハハハハハ!」と楽しそうに笑った。


「して、どのようなからくりで森の娘になったのです?」


 頬杖をついて楽しそうに聞いてくる。

 ていうか。


「なんでオレがあのときの姫だとわかったのですか?」


 あのときとは年齢(とし)が違う。顔立ちだって違う。

 なのに上様はなんてことないように言った。


「『気配』が同じだった」


 まあ転生しただけでオレはオレだから霊力とか気配は変わらないだろうが。

 だからといってあのときホンの半刻(はんとき)ほど一緒に歩いただけの人間を、よく覚えていたな!


「貴女の『気配』は強烈だったから」

 ニヤリと笑う上様からは、あの弱々しい小僧の面影は見て取れない。


 ごまかしは効かないと判断し、あきらめてひとつ息をつく。


「森家の娘に生まれ変わったのはたまたまです」

「『生まれ変わり』!?」


「いわゆる『転生者』です。

 お聞きになられたことはございませんか?」


 上様は『転生者』をご存知なかった。

 なので簡単に説明する。

 前世の記憶を持ったまま生まれ変わるのが『転生者』であることを。


「つまり、あの後に貴女は亡くなって、森の家に生まれ変わり、此度(こたび)この儂の小姓になった、と」


「そうです」


「……儂に会いに来てくれたのではなかったのですか……?」

「……申し訳ありません……」


 あの小僧のこともすっかり忘れていました。

 気まずくてそっと目をそらす。


「貴女が連れていた鳥のように姿を変えることができて、わざわざ儂に会いに来てくれたのかと……」

「……残念ながら……」


 あの小僧と現在の貴方を結びつけることさえしませんでした。


 ガックリとうなだれる上様に申し訳なくなると同時に、覚えていてくれたことがうれしいと思う。


 だから素直に言った。

「覚えていてくださり、ありがとうございます」


「貴女は儂の生命の恩人ですから。当然です」

 ニヤリと笑う上様に、つられてニヤリと笑ってしまう。


 上様はきちんと座り、ペコリと頭を下げた。

「あのときはお助けいただき、ありがとうございました」

「とんでもない」

 茶番のようなやりとりに、オレも笑いながら礼を返す。


「貴女の教えを受け、自分なりに決めて生きてきました。

 特にうつけの格好をしたのは非常に役立ちました。ありがとうございます」


 ………ん?

『うつけの格好』?


 そういえば、聞いたことがある。

 若いときの上様はとんでもない『うつけ(バカ)』だと言われていたと。

 なんだっけ。派手な紐で髪を結って、荒縄の帯を締めて、派手な赤い刀を腰に差して――。


 ――あれ?


 昔のオレの格好と、共通点があるような――?


 ――ま、まさか。


 ギギギ、とぎこちなく腕を上げ、上様を指差す。

 ぷるぷる震える指を向けられた上様は楽しそうだ。


「それはそうと」

 パクパクと口を開け締めするしかできないオレに、上様は姿勢をくずして問いかけてきた。


「前世の記憶があるということは、見かけどおりの年齢ではないと判断してもよいですか?」


「そ、そう、です、かね?」


 一応十九歳まで生きたことはある。

 何度も転生しているから、合計すれば約四千歳ということになるだろう。

 だから現在の年齢である十三歳という年齢どおりではないというのは、そのとおりだ。

 かといって老獪さや包容力を求められると困る。

 そういうのは会得していない。


 何を求められるのかと警戒していると、上様は楽しそうに続けた。


「では並の十三歳では難しいような仕事も頼んでも大丈夫ですね」

「それは、ハイ。大丈夫だと思います。

 やってみなければわかりませんが」


 オレの返答に上様は満足そうにうなずいた。


「『戦に利用されるのは嫌だ』とおっしゃっていましたが、戦局やら(まつりごと)の相談をするのも駄目ですか?」


「相談に乗るくらいは致します。オレの今の仕事は貴方の小姓なので。

 ただ、周囲から『なんでそんなこと知ってるんだ』と聞かれるとマズいので、できればふたりきりのときにご相談いただけると助かります」


「なるほど。承知しました」


 生真面目にひとつずつ確認してくる上様。

 ていうか。

 なんでずっと敬語なんだ?


「――あの、上様」

「なんですか?」


「その、敬語、やめていただけませんか?」


 おそるおそる申し出たら、さも『心外だ』と言わんばかりに上様は驚いていた。


「貴女が隠しているようだったからこちらもそれに合わせた態度を取っていましたが、お互いに身の上がわかった以上、貴女を恩人として敬うのは当然では?」


 誰だよ『信長は傍若無人の帝王だ』なんて言ったのは!

 あのときの生真面目な小僧のままじゃないか!

 あんな何十年も前に一度助けただけのオレに礼を尽くそうとしないでくれ!


「イエ! 今はオレが貴方の小姓です!

 敬語はおやめください!」

「貴女こそ、敬語はおやめいただきたい」


 キッパリと言い、上様はやさしく微笑んだ。


「貴女は儂の恩人なのですから」


 ――いや! ダメだろう!!


「オレはバカなので! 公務のときにポロッと出たらマズいです!」


「それもそうか」


「ハハハハハ!」と楽しそうに笑い、上様はやっと元の態度に戻った。


「では蘭」

「ハイ」

「――『蘭』で、いいのか?」


 上様の言いたいことがわかったので少し説明する。


「オレはずっと『蘭』です。

 不思議なことですが、何度生まれ変わっても、いつ生まれ変わっても、ずっと『蘭』と名付けられました」


「ほぅ」とうなずく上様。

 納得していただけたようだ。


「『何度生まれ変わっても』。

『いつ生まれ変わっても』」


 ……ん? なんで上様、それを復唱するんだ?

 な、なんでそんな、獲物を見つけた獣のような顔で嘲笑(わら)ってるんだ?


「つまり、貴女の『前世の記憶』は、一度の(せい)だけではない、と。

 儂と出会ったときだけでなく、もっと以前に生きた記憶もある、と。

 それも、いくつもの『前世の記憶』がある、と。

 そういう、こと、です、ね?」


 にこおぉぉ! と微笑む帝王。

 こわい! こわいこわい! こわいから!!



 結局色々吐かされた。

災禍(さいか)』の話はしなかったが、異世界から落ちてきた話はしてしまった。

「良い小姓が来てくれてうれしいよ」と上様は上機嫌だった。


 負けた気がするのはなんでだろう。


 そして緋炎と菊に怒られる未来が簡単に予測できた。

2021年も終わり。

良い年をお迎えくださいませ。

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