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紅蘭(くらん)燃ゆ  作者: ももんがー
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第五話 落ちた世界

 落ちていく。どこまでも。



「私のせいで」「私が封印を解いたせいで」


 泣かないでくれ(たけ)

 そもそもオレが誘わなければよかったんだ。



「私が『封じの森』に行きたいと望まなければ」

「私が興味本位で薬草を欲しなければ」


 違うよ(うめ)

 おもしろがってオレが勝手についていったんだ。

 オレがついていきさえしなければ、菊も竹も立ち入り許可が出なかったはずなんだ。



「私が姫を守れなかったばかりに」


 違うよ黒陽(こくよう)

 オレが「森に行こう」って誘わなければよかったんだ。

 黒陽はずっと反対してたのに。

 オレがワガママ言ったから。



 オレのせいで『災禍(さいか)』の封印が解けた。

 緋炎(ひえん)が、(きく)が警告してくれていたのに。

 そのせいで世界は、『高間原(たかまがはら)』は崩壊した。


 オレのワガママで、()り役達は獣の姿になった。

 死ぬこともできず苦しみ続けている。


 オレが聞き分けなかったから、姫達は何度も死に、何度も生まれ変わる。

 後悔と苦しみを抱えて。


 ゴメン。


 どれだけ悔いてもどうにもならない。


 ゴメン。


 どれだけ謝ってもなにも変わらない。


高間原(たかまがはら)』は、滅びた。

 五つの国も、そこに生きていたモノも。

 結界が壊れ魔物に侵略され『魔の森』に飲まれた。


高間原(たかまがはら)』が崩壊する前に、龍の一族の中で『界渡り』ができる者が『落ちた』オレ達を目印に多くの人々をこの世界に連れてきたらしい。

 菊の『先見(さきみ)』を受けた『(しろ)』の国が、最悪の最悪を想定して他の国とやりとりをしていたとあとで聞いた。

 緋炎の指示で赤香(あこう)の諜報部隊が動いていたことも。


 菊も梅も、緋炎達も色々考えていた。

 取るべき対応を取っていた。

 それなのに。オレは。


 ゴメン。


 オレは、なにも考えていなかった。

 なにをすべきなのか、どうすべきなのか、考えることすらしなかった。


 ゴメン。


 ただ、自分のやりたいように。

 ただ、自分の楽しいように。


『みんな』のことなんか考えなかった。

『世界』のことなんか考えなかった。


 ゴメン。


 ゴメン。


 謝ることしかできないけれど。

 どれだけ謝っても意味なんかないかもしれないけれど。


 ゴメン。


 ゴメン。


 ゴメン。






 ふ、と。


 頬に触れた誰かの指に意識が浮上した。


 誰だ!?

 バッと飛び起きようとして、身体が動かないことに気がついた。


「無理はするな。そのまま横になっておけ」

 聞き慣れてきた声に警戒を解く。


 上様。

 信長様。


 のろりと頭を動かすと、胡座(あぐら)をかいた上様のお姿が目に入った。


 ええと?


 記憶が混乱している。

 今は、いつだ?

 あれから、どうなったんだっけ?




 あれから。


『呪い』をかけられ落とされたオレは、気がついたら知らない土地に倒れていた。

 側には一羽の鳥。

 長い尾の、炎のように真っ赤な、雉くらいの大きさの美しい鳥。


「――緋炎――」

 すぐにわかった。

 その炎のように美しい身体は、緋炎の髪そのままだった。


 鳥になった緋炎は、それなのにいつものようににっこりと妖艶に笑った。

「緋炎」

 ゴメン、と口を開こうとしたオレをすぐに緋炎はたしなめる。


「姫。泣き言はあと。謝罪もあとです。

 まずは現状の把握とこれからの対策をとらねば」


 戦場での心得を告げられ、泣きそうになるのをグッとこらえた。


 それから自分達の状況の確認、何ができて何ができないか、現在地の確認などをしていった。


 幸い無限収納はそのまま生きていた。

 霊力もほぼ変わりない。

 術も問題なく使える。

 この世界にも霊力はあるようだ。


 あちこちに出向き拠点を構え、菊と梅と合流した。

『界渡り』で渡ってくる人々を受け入れ、体制を整えていくと同時に『高間原(たかまがはら)』の最期を聞いた。


 竹とは合流できなかった。

 緋炎が地元の鳥達を従えて色々探してくれたけれど、黒陽を見つけたときにはもう竹は死んでいた。


 謝ることもできなかった。


 そうしているうちに、菊が死に、オレも死んだ。

『呪い』のとおり、二十歳になれなかった。


 だが、すぐに生まれ変わった。

 前世の記憶を持ったまま。

 生まれ変わった竹にも会えた。

 生まれ変わったオレ達のところに、守り役はすぐに駆けつけてくれた。


「ごめんなさい」

 竹はすぐに謝ってきた。

「私が封印を解いたから」と。


「違うよ」「オレが誘ったのがいけなかったんだ」

 どれだけ言っても、どれだけ謝っても竹は聞かない。

「自分のせいだ」と自分を責めて苦しむ。


 そんな顔をさせたかったんじゃないのに。

 そんな思いをさせたかったんじゃないのに。


 後悔してもどうにもならない。


「できることをやっていこう」と菊が言い、新しく作った国を住みやすくしていった。

 地元の人間とも交流し、人が増え、豊かになっていった。


 オレ達は何度も死に、何度も生まれ変わった。

 生まれるたびに国を支えた。

 そうやって、約千年経ったある日。


災禍(さいか)』の気配を、感じた。



 忘れかけていた。

 穏やかに暮らしていこうと思っていた。

 まさか同じ世界に渡っているなんて、考えることすらしなかった。

災禍(さいか)』はオレ達の『高間原(たかまがはら)』と一緒に滅びたのだとばかり思っていた。


 でも、違った。


 忘れることなどできない。

 あの、強烈な気配。


 今度こそ滅しなければならない。

 この国を『高間原(たかまがはら)』と同じ道をたどらせるわけにはいかない。


 転生していた梅達と四人で、必死に探した。

 守り役も一緒に探した。

 やっと見つけたときには、全てが終わっていた。


 オレ達がつくった国は、滅びた。

 信頼して任せていた王の持っていた水晶玉が『災禍(さいか)』だった。


 気付いて、斬ろうとしたが転移で逃げられた。


 嘆き泣く竹に、呆然とする梅に、悔しさに地面を殴るオレに、菊が言った。


「『災禍(さいか)』を滅ぼしましょう」


「もう二度と『世界』を壊させない。

災禍(さいか)』を探し、滅する。無理なら、封じる。

 これは、私達がやらなければならない『責務』」


「何年かかっても。何百年何千年かかっても。

災禍(さいか)』を滅ぼす。

 何度生まれ変わっても。

 必ず、成し遂げる。

 ――協力してくれるわね」


「もちろん!」即答した。

 梅も竹も、守り役達も同意した。

 そうしてオレ達は『災禍(さいか)』を探し滅ぼすために生きるようになった。



 それなのに。


 その後、またひとつ国が滅びた。

 王にはべった女が『災禍(さいか)』だった。




 術を磨き、技を磨き。

 何度も検証し考察した。


 どうやら『災禍(さいか)』は伝わるとおり『願いを叶えるモノ』のようだ。

 大したことのない願いには反応しない。

『強い願い』に反応するらしいこともわかった。


 たいていは『欲』の強い『願い』。

「金持ちになりたい」よりも「国の頂点になりたい」。

「女が欲しい」よりも「国中の女が欲しい」。

 そんなふうに、大きく強い『欲』に反応しているようだ。


 そして『災禍(さいか)』が『願い』を叶えようと動くときには、大きな『霊力のゆらぎ』が起こる。

 何らかの術を行使しているのだろう。

 その『ゆらぎ』を察知して転移でかけつけられるようになった。

 それで二度ほど『災禍(さいか)』による滅亡を未然に防げたが、『災禍(さいか)』本体を滅することはできなかった。



 もうひとつ『災禍(さいか)』が動いているとわかるのが、急激な成長だ。


災禍(さいか)』には、オレ達もだが、滅びた『世界』の記憶がある。

 この『世界』には失われた、または生まれていない知識がある。

 その知識を使うことで『宿主』を成長させているようだ。


 たとえば経済。

 新しい貿易のやり方。関税の敷き方。人心掌握の方法。


 たとえば農業。

 革新的な農法。効率的な収量増加の方法。治水の技術。


 たとえば戦争。

 新しい戦略。軍の運用。築城方法。


 そんな『考えたこともない』『革新的な』手段を取り、急激に成長する人物の背後には、必ず『災禍(さいか)』がいた。


 どういうわけか、オレ達四人の姫は身分高く生まれることが多く、これまで何度も事前に『災禍(さいか)』の『宿主』が『願い』を叶えようとするのを阻止してきた。

 うまくいくこともうまくいかないこともあったが、かろうじて今のこの『世界』は続いている。



 そして現在。

災禍(さいか)』が動いている『気配』を感じている。

 一番可能性が高いのが、尾張の織田信長。


 敗色濃厚の戦をいくつも逆転してきた。

 尾張の小さな家に過ぎなかった織田家をみるみる成長させていった。

 今では天下も目前と言われるまでになっている。


 たった数十年での、この成長。

災禍(さいか)』の関与を考えるのは、当然だった。


 どうにか信長に近づくことができないかと状況を探りながら菊達と相談していた。

 オレはたまたま織田家の家臣の家に生まれ、親が戦死したために信長預かりという立場になっていたから、そこからどうにかならないかと言っていた矢先。


「上様は小姓となる者をお望みだ」

 兄の言葉に飛びついた。

『渡りに船』とはこのことだ!


 なのに兄は厳つい顔を真っ赤にして反対する。

「女の小姓など、聞いたことがないわ!」

「男として出仕すればいいだろ!?」

「すぐにバレて首になるぞ!」 

「バレなきゃいいんだろ! バレると思うのかよ!?」


「! ―――」


「オレが男のナリで出仕して、女だと思うヤツがいると、兄上はそう思うのかよ?」

「………」

「思わないよな?」


 無言でそっと目をそらす兄。

 結局、上様のところにあがるまでに女だとバレたら即刻家に戻ることで登城することになった。


 バレなかった。

 あっさり上様の小姓になり、気に入られ、床に呼ばれた。


 今生では未経験だが、性に奔放な赤香(あこう)に生まれ育ち、約四千年の人生経験のあるオレだ。

 抱かれるのは問題ない。

 が、少年だと思って剥いたら女だったとなったら上様はびっくりするだろう。


 そう思って、正直に話した。


「私、女です」

「で?」


 胡座をかいた膝に肘をつき頬杖をついた上様の態度は変わらない。


 ……あれ?


「驚かれないのですか?」

「お前が女だとは、最初からわかっておったわ」

「――えええええ!?」


 驚くオレに上様は「ハハハハハ!」と笑った。

 それはそれは楽しそうに。


「え。な、なんで。え?」

 キョドキョドするオレをおもしろそうに眺めながら上様は言った。


「何故女が男のナリをして小姓になろうとしているのか、興味が出てな」

「イエそちらではなく、いや、そちらも? いや、その、」


 落ち着け。落ち着け。

 戦場では冷静に行動しなければ死ぬ。

 緋炎に叩き込まれた心得を思い浮かべ、なんとか呼吸を整える。

 姿勢も正し、真面目な顔で上様に問う。


「何故『女だ』とわかったのですか?」

「見ればわかるだろう?」


 さも当然とばかりに答えられるが、それがおかしい。


「自慢ではありませんが、オレを見て『女だ』と言われたことは今までに一度もありません」


「お前の周りは節穴しかいなかったのだな」


 イヤイヤ!

 絶対そんなことない!


「オレは胸もないし髪だってこんなだし」


「それよ。何故男のように短くしているのだ?

 (わし)の命を狙うために寝所にはべるならば、女の姿のほうが近寄りやすかろうに」


「命!? 狙う!?」


 そう指摘され驚いたが、なるほど、状況を考えると否定できない。

 性別を偽って家中に潜入するなど、間者の仕事そのままだ。


「違います。オレは元々こんなです。

 男のナリが楽なのです。

 昔から男兄弟の中で育ったもので」


「そういうものか?」

「『変わり者だ』とよく言われます」

「なるほど」


 違いない。と上様はクツクツと笑った。


「で? 男と偽って小姓として出仕したのは何故だ?」


 表情は笑っているが、その目は笑っていない。

 嘘やいいかげんな返答は許さないと言っている。

『覇王』の名にふさわしい覇気に、知らず背筋が伸びる。


「仕事がしたかったからです」


 思ってもいなかった返答だったのだろう。

「仕事?」と、上様がきょとんとした。


「女扱いで家に閉じ込められて、やれ裁縫だ、やれ和歌だなんてのはゴメンです。

 オレはオレのチカラを活かせる仕事がしたい。

 上様が小姓をお望みと聞いたとき『これだ!』と思いました。

 小姓の仕事ならばオレの能力を活かせる、と」


 一番の目的は『災禍(さいか)』を探ることだが、これもウソではない。

 オレは『仕事』がしたい。


 正直に告げたオレを上様はじっと見つめていた。

 が、ウソがないとわかってくれたのだろう。

 ひとつ息をつき「で、あるか」とニヤリと笑った。


「では明日からはより一層仕事をやろう」

「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げたオレに満足そうにうなずいた上様は「(ちこ)う」と手招きされた。


 膝を突き合わせるくらい近寄ると、オレの顎に手をかけ上を向かせ、上様はオレの顔をのぞき込んだ。


 オレは十三歳。上様は確か四十四歳。

 親子といってもいいほどと年齢差がある。

 男盛りの上様は強い眼差しで、オレの目をじっと見つめていた。


「こんなに美しいのに、誰も女と気付かないのか?」

 心底不思議そうな上様におかしくなる。


「上様に目通りする前に『女だとバレたら即刻家に戻る』と兄と約束しました。

 今の所、帰る予定はありません」


「フン」とちいさく笑った上様は、そのままオレの唇を自身のそれでふさいだ。


「――これも『仕事』なわけだが?」

「承知の上です」


 ニヤリと笑ってやると、上様は一瞬きょとんとした。

 まさかそんな反応が返ってくると思わなかったのだろう。


「ハハハハハ!」と楽しそうに笑った。


「いいだろう。――しっかり働けよ?」

 そうして――。




 ――思い出した。

 そうだ。

 上様に抱かれたんだ。

 この身体では初めてだったからか、思ったより負担で、終わったと思ったらそのまま寝落ちたんだ。


 それにしても、身体が動かなくなるって。

 緋炎に知られたら怒られるな。

 こっそりと自分に回復をかけ、なんとか動けるようになった。


「――何を謝っていたのだ?」


 上様の問いかけの意味がわからない。

 のろりと起き上がり、脱ぎ捨てられた衣に袖を通す。


「なんのことですか?」

「お前、寝言でずっと謝っていたぞ。

『ゴメン』『ゴメン』と」


 その言葉に、霧の向こうに消えかけていた夢が蘇る。

 オレの過去が。オレの罪が。


 ぎゅ。

 衣をつかんでいた手に知らず力がこもる。


「――夢を、みていました。――昔の、夢を。」


 つい伏せてしまった視線を、あわてて上様に向け、手を付き頭を下げる。


「申し訳ございません。小姓が上様を差し置いて眠るなど」


 そう。これは『仕事』だ。

 いわばオレは仕事中に居眠りをしたということ。厳罰物だ。


 なのに上様は「よい」と鷹揚に言った。

「儂こそ、スマンな。

 初めてとは思わず、乱暴にした」


 どうもオレの態度から経験者だと思われたようだ。

 間違いではないのだが、敷布についた血がオレのこの身体が『初めてだった』と示している。


 詳しい事情を話すわけにもいかず、わざと話をすり替えた。


「私はどのくらい眠っていましたか?」

「ほんの(しば)しの間だ」


 小半刻(こはんとき)――高間原(たかまがはら)でいう15分にはなっていないようだ。

 その言葉にホッとする。

 だが、暫しの時間とはいえ、上様を放置していた事実は変わらない。


「大変申し訳ございませんでした」

 きちんと手をつき、再び頭をさげる。

 オレの謝罪を「よい」と上様は流す。


「それよりも。話を聞かせてくれないか。

 何を謝っていたのだ?」


 ソレ、忘れてもらえませんかね?


 なんと言えばいいのか迷い、まさか高間原(たかまがはら)や『災禍(さいか)』のことをそのまま言うわけにもいかず、つい、床をじっと見つめていた。


「――昔、罪を犯しました」


 ぽつりと、そんなふうに、言った。


「なにも考えず『楽しそうだから』と行動した結果――たくさんの人を死なせました」


 オレのわかりにくい曖昧な説明にもかかわらず、上様は痛そうに少しだけ眉をひそめられた。


「だから仕事を望むのか?」


 そう指摘されて、初めて腑に落ちた。


 そうだ。

 オレがこの世界に落とされてからずっと国作りに携わってきたのは、罪滅ぼしのためだ。


 失くしてしまった『世界』の替わりを作ろうとしているのだと思っていた。

 でも、そうじゃない。

 オレのせいで失った『世界』に対する罪滅ぼしだ。


「――お前も『そう』なのだな――」


『お前「も」』。

 意味がわからなくて思わず顔を上げた。

 上様は頬杖をついたまま、自虐的に口角を上げていた。


「己の判断の甘さに、苦しんでいるのだな――」


 目を伏せてしみじみとつむがれた言葉に、何故かぽろりと涙が落ちた。


 ああ。この人も同じなのだ。

 傍若無人に振る舞っているようで、その実、もがいている。


 なにが最良か。

 どうすればひとりでも死なせずにすむか。


 そうだ。

 ひとりでも死なせないために、ひとりでも生かすために、オレは国作りに携わってきた。

 オレのせいで死なせたたくさんの人への償いに。


 ああ、オレ、バカだ。

 いや、知ってたけど。

 でも、バカだ。


 四千年も経って、ひとに指摘されてそのことに気付くなんて。


 うつむいたまま黙ってうなずくオレに、上様は意外なほど優しい声で言った。


「失敗を知っているからこそ、罪を知っているからこそ、より良くしようと思うのだ。

 失敗を、失うことを恐れてなにも行動しないことこそが、罪だ」


 膝の上の拳をぎゅっと握る。

 そうだ。そのとおりだ。


「『罪を犯した』というならば。

 その『罪』を償うために、懸命に働くまで。

 己のために。

 失った『誰か』のために」


 のろりと顔を上げると、上様はきちんと座ってオレを見つめていた。

 その言葉を『心の柱』として戦っているのだと、わかった。



『失うことを恐れてなにも行動しないことこそが罪』

『罪を償うために、懸命に働く』


 上様の言葉を胸に刻む。

 その言葉は、緋炎が、菊がいつもオレにかけてくれていた言葉と同じだった。


 そうだ。そのとおりだ。

 少しでも良い『世界』にするために。

 少しでも失った『世界』への償いを。



 黙ってうなずくオレに、上様はニヤリと口を上げた。


「あのとき、そう言って励ましてくれたのは、貴女だろうに」


 ――ん?


 まるでオレがそう言ったかのような口ぶりに、知らず首がコテリと傾く。

 そんなオレの反応に上様は「覚えていないのか?」と驚いたように目を丸くした。


 その表情に、覚えがあった。


 あれ。

 昔、どこかで。


「それにしても意外だったな。

 あのときの姫が、(わし)と同じように悩んでいたとは」


 上様は楽しそうに笑った。


「あのときはあんなに堂々としていたのに」


 あのとき。

 あのとき?


 なんだ?

 オレを知っている口ぶり。

 しかも『姫』と呼んだ。

 どこかで会った?

 どこで? いつ?


「覚えていないのか?」


 上様は残念そうにそう言うと、枕元に置いていた守袋を手に取った。

 そこからコロリと出てきたちいさな石に、覚えがあった。


 これは、オレの霊力を固めた石。

 これを渡したのは――。


 じっと石を見つめ、上様の顔を見る。

 石を見る。上様を見る。


 石。石を、渡した。

 昔。前世で。

災禍(さいか)』を追って、大名を調べていて、通りかかった尾張で弱々しい小僧に出会って――。


 ふと、その小僧の瞳と目の前の立派な男の瞳が重なった。


 え? え!? えええ!?


「――あのときの、小僧!?」


 指をさすオレに、上様は「ハハハハハ!」と楽しそうに笑った。

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