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紅蘭(くらん)燃ゆ  作者: ももんがー
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第四話 『災禍』

()』の王城の真裏に広がる森の入口で、入場に伴う色々な書類に署名をし、霊力認証を受ける。

 これでこの森の結界に入ることができるのだ。


 森に入るのは、オレ達東西南北の姫ひとりに守り役がひとり。

 それと『黄』の国の役人が十名。

 文官が八人と武官が二人。

 それを取りまとめる『黄』の王族がひとり。


『黄』の国の人間が同行するのは、オレ達が大切な森を荒らさないか監視するためと、自分達の調査のため。


『黄』の国の役人でも森の中に立ち入ることは許されていないという。

 ここは王族のみ立ち入りを許された森で、研究や管理のためであっても、資格のない者――王族でない者は立ち入ることができないのだと話してくれる。


 今回許可が出たのは、梅の回復薬が目当て。


 梅はこの森に入るために、薬を何本も『黃』の王族に献上しているという。

 さらに森の調査が達成された後には特級の薬を献上すると約束している。


 特級の霊力回復薬と、特級の治癒薬。それと、特級の浄化陣が組まれた霊玉。

 どれも作れるのは梅を入れて世界に数人という超貴重品。

 市場に流通させたらトンデモナイ額で取引されるものだ。


 それをエサに梅は王家と交渉し続けてきたらしい。

 何年も粘り強く交渉し、中級程度の薬を何十本も献上し、ようやく今回王家から許可が出たという。


『黄』の国の学者達が「梅様様々です!」と拝み倒していた。

 それくらい、普通では考えられない好待遇なのだという。


 よく他国の人間の立ち入りに許可がおりたな!

 そして交渉し続けていた梅はともかく、よくオレ達まで許可が出たな!

 驚いていたら、そこはそれ。外交戦略らしい。

 要は、『(あお)』の国に恩を売っておこうということ。


 そのついでのオレ達にまで許可が出たのは『「(あお)」の国だけをひいきしてるんじゃないですよ』と示すため。


 オレ達各国の姫がこの黄珀(おうはく)にいなければ「以前から申請していた『青』の薬師への立入許可」だけで問題なかったろうが、運悪くというか、たまたま、四方の国全ての姫が一堂に会していた。

 この状況で『青』の姫だけに許可を出すのは「『青』の国だけをひいきしている」と文句をつけられても仕方のないことになる。


 まだ他の姫が森への立ち入りを希望していなければ『青』の姫だけでも問題なかったのだろうが、オレも菊も森行きを希望した。

 許可を出した梅と同じ立場のオレと菊が。

「アンタ達はダメ」と言うことは、外交上、できなかったという。


 東西南北四つの国それぞれに姫と守り役をひとり。

 これでどこの国とも同条件ということになる。


 めんどくさいな外交って。


 でも『()』の国から『(くろ)』の国に対してそう話が持ちかけられたそうで、それもあって最終的に竹はオレ達と同行することを決めた。

「同行するだけで王族としての勤めが果たせるならば」って。

 真面目だなぁ竹は。


 でも本当の本当は、オレが誘ったからだと見送りの黒枝(くろえ)がこっそりと教えてくれた。

『友達』だと、『みんなで行こう』と誘ったのが、竹にはとてもとてもうれしいことだったらしい。

「蘭様のお誘いがなければ、黒輝(くろき)様が向かっていたでしょう」

 いつも控えめで他人に迷惑をかけることを嫌う竹が、おそらく生まれて初めて「迷惑でないなら行ってみたい」と希望を述べた。

 それがとてもとても嬉しいんだと、黒枝が潤んだ目で「ありがとうございます」と微笑んだ。



 一応公式行事として向かうから、オレ達姫は正装。

 今回は森に入るから、一番格式の高い正装ではなく、略礼装。

 白い着物には何色も襟を重ね、その上から広い袖の千早と袴。天冠(てんかん)領巾(ひれ)もつけて、正直森に入る格好じゃない。

 とはいえ屋外での公式行事用に袴は切袴だし、領巾(ひれ)は入場手続きが済んだらすぐに(たすき)にする。

 菊と竹はそのままにしていたけれど、梅もすぐに(たすき)掛けにしていた。


 守り役達も王族の公式行事の護衛にふさわしい格好になっている。

 鎧も戦闘特化したものでなく、儀式用の華やかなもの。

 とはいえ鎧としての機能はちゃんとあるから、魔物の襲撃にも対処できる。

 腰には刀を下げ、霊玉も装備している。


 菊や緋炎の警告に、守り役達はしっかりと準備をしてきていた。




 森を囲む結界に一歩足を踏み入れた。

 その途端、濃厚な森の空気に包まれた。



 赤香(あこう)は『戦闘集団』と言われるだけあって、あちこちに部隊を派遣する。

 そのほとんどはこの高間原(たかまがはら)を取り囲む『魔の森』からあふれ出る魔物の討伐だ。

 現地の人間や軍で対処しきれないときに赤香(オレたち)が呼ばれる。

 だからオレも森には慣れてる。

 そのオレですら体験したことがないほどの、濃厚な空気と濃密な霊気だった。


 梅と黄珀(おうはく)の学者達が飛び上がって喜んでいる。

「はうっ! アレは!」「なんと! こんなものが!」なんて大騒ぎだ。

 同行の武官が「時間が限られている」と指摘して、やっと動き出す始末だ。


 蒼真とオレと緋炎、それと『()』の武官ひとりの四人でザッと駆けて森の全容を地図に落とす。

 危険な獣はとりあえずいないようだ。

 当然魔物もいない。

 中央のひときわ大きな樹のまわりは少し(ひら)けていたので、そこを本拠地としてさらにあたりを散策する。


 竹はずっと黒陽が抱きかかえて移動していた。

 迎えに行った西の国の馬車に乗り込んだ時点からもう大興奮の竹だったけれど、森に入ってからはより一層はしゃいでいる。

「あれは今夜熱が出ますよ」なんて蒼真が笑っていた。


 黒陽に中央の大木で下ろしてもらい、座ってきょろきょろとあたりを眺めて喜んでいた。

 黒陽は少し前に立って控えている。


 ホラな! 竹、喜んだだろ!?

 竹のうれしそうな様子に、オレはそんなふうに得意になっていた。



 菊と白露はなにか調べている。

 中央の大木に触れたり自分の鏡を見つめたり。

 二人でコソコソ話をしてはなにやらやっている。


 梅は学者達と採取を始めた。

「蒼真ー!」「ハイッ!」

 呼ばれて蒼真が飛んでいく。


 緋炎はニコニコしているけれど、警戒を解いていない。

 竹の横に座って話し相手になっているが、護衛の体制を崩していない。


 そんなに警戒するような森か? ここ。

 よく見ると『()』の王城から獣道のようなものが続いていた。

 森が『祈りの場』であることは多いから、王族が秘密の儀式をしているのかもしれない。


 オレはというと、時々竹のところで話をし、あちこち駆け回り、梅の邪魔をして怒られたりしていた。




「そろそろ帰りましょう」

()』の武官のひとりがそう声をかけた。

 元々滞在時間は決められていた。

「もう帰る時間か」と残念に思いながら竹の元に戻った。


「姫。参りましょう」

 黒陽が竹の手を取り、立たせた。

 そのまま抱き上げようとした、そのとき。


 竹の身体が、ふらりと(かし)いだ。


「姫!」

 黒陽が抱きとめる前に、竹はとっさに反対の手を樹についた。


 その瞬間。


 バリバリバリ! ドカン!


 大きな大きな樹が()ぜた!


 突然のことに何が起こったのかわからなかった。

 反射的に結界を展開して自分の身を守った。

 結界が展開できなかったらしい『黄』の役人達は血まみれで倒れた。


 竹を胸に抱え倒れた黒陽の背は、破裂した樹の破片が刺さって血まみれになっていた。

 側にいた緋炎が竹もろとも引っ張って樹から離した。

 すぐさま梅と蒼真が駆けつけ黒陽を診る。


『黒』の一族は常に結界をその身に展開している。

 黒陽は『黒』の一族の中でも指折りの実力者。

 オレ達と同じく、さらに結界を展開したはずなのに、その黒陽の結界を貫くなんて!


 黒陽の結界と身体で守られた竹は傷ひとつない。

 黒陽の側で見開いた目に涙を浮かべて、驚愕を顔に貼り付けてただ一点を見つめていた。



 樹だった場所には、淡く光を放ち立つ、ひとりの男がいた。


 金色の髪。蒼い眼。

『黄』の王族の特徴を持った男。

 年齢は二十歳から三十歳くらい?

 はっきりとはわからないが、大人の男。

 背も高くて身体付きもしっかりしている。

 まとう衣も『黄』の王族の正装だ。


 なんでこんなところに『黄』の王族が?

 今までどこにいた?


 様々な疑問が浮かぶも、それ以上に感じるのは、恐怖。

 とても美しい男なのに、その男を見ていると何故かとても恐ろしくて身体がふるえる。


 その、強烈な霊力。


 禍々しいのではない。清浄なのでもない。

 ただただ、巨大。

 とてつもなく大きな霊力だ。

 それなのに、その霊力には『色』がない。

 禍々しいとか、清浄とかいったものも、属性とかもない。


 ただの、チカラ。


 こんな存在があるなんて。



 男は、竹をみつけてにこりと微笑んだ。


「封印を解いていただき、感謝する」



 封印!? 封じられていた?

 ――『封じの森』!? ここが!?


『決して解き放ってはならないモノが封じられている』


 これが。この男が。この男こそが。


災禍(さいか)』!

 


 アタマで理解する前に愛刀を抜き必殺の一撃を打った!

 が、結界を展開しているのか、『災禍(さいか)』に届く手前で弾かれた!


 すぐさま斬りかかった!

 が、するりするりとかわされる!


 コレは、ダメだ!

 コレは、存在してはいけない。

 解き放ってはいけないモノだ!

 今すぐに、ここで滅しなければ!


 すぐに緋炎と白露も援護に入ってくれた。

 それなのに一撃も入らない!

 オレだけならともかく、緋炎と白露もいるのに!

 なんで!? なんで!!



 あっと思ったときには地面に転移陣が描かれていた。


 次の瞬間には、別の部屋にいた。

『黄』の王族の、玉座の前だった。

 展開の速さにアタマがついていかない。

 それでもヤバいことだけはわかる。

 ひとかたまりに転移させられた竹達を守るように前衛で刀を構えた。



 玉座には『黄』の王が座り、両横にたくさんの役人らしき男達が並んでいた。

 近衛だろう者達がオレ達を取り囲み、刀を向けている。


 なんだこれは。

 まるでオレ達がここに転移することがわかっていたような。


 なんだ!?

 なにが起こっている!?



 わけがわからないままに「罪人(ざいにん)」と呼ばれた。

「『封じの森』に勝手に入った」と。

「封じられていた『災禍(さいか)』を解き放った」と。


 わけがわからない。

「許可は取っていた!」と梅が叫んでも誰も聞き入れない。

「父を呼んでください」と竹が頼んでも誰も聞き入れない。

 まるで舞台劇のように、居並ぶ者がオレ達を口々に責める。


 ふと玉座に座る王の影に目がいった。

 その途端、気付いた。


 王の後ろ。

 もやりと立つ影のようなモノ。


 あれは――『災禍(さいか)』!


 あの気配は間違いない。

 とてつもない存在感を持ったモノが、王に取り付いている。


『黄』の王にはこの黄珀(おうはく)に着いてすぐに挨拶にあがった。

 四十歳前後に見える王は、実際は確か三十歳すぎだったはず。

 小太りの、ふてくされたような顔の、大したことのない男だと思った。

「これで王なのかよ」って笑えた。


 それなのに今は威厳に満ちあふれ堂々たる王に見える。

 霊力もこの間見たときとは段違いだ!

 背後の『災禍(さいか)』の影響であることほ間違いない。


 その王は立ち上がり、オレ達に近寄ってきた。


「『災禍(さいか)』の封印を解いたお主達には、罪を与えなければならぬ」


「待ってください! 封印を解いたのは私です!

 罪を受けるならば、私一人のはずです!!」


 竹が叫んだ。

 普段の竹からは考えられない強い言葉で、黒陽の背から乗り出すように叫んだ。


「違う! 竹は悪くない!」

「そうです! なにかが封じられているなど、我らは知らなかった!」


 オレの叫びに続いて蒼真も叫んだ。

 でも誰一人としてオレ達の話を聞く者はいなかった。


 カッとして王につかみかかろうとしたが、その場所から出られなかった。

 そのときに初めて気付いた。

 転移陣が拘束の陣に書き換えられていることに。


 森に入るときに霊力認証を受けた。

 あのときに登録した霊力を封じるように陣が組まれている!

 なにもないはずの空間を叩くと、ダン! と弾かれた。

 障壁があることを示していた。


 クソッ! まずい!

 まずいまずいまずい!!


 白露は菊を護るように側にいる。

 緋炎がスッとオレの横に位置どった。


「緋炎! 破れるか!?」

「さっきからやってます」


 緋炎ですらこの障壁を破れない。

 菊と白露がなにかやっている。が、かんばしくないらしい。

 せっかくの美人が鬼の形相になっている。


 ダン! ダン! とムダに障壁を叩くオレをあざ笑い、王は片手をゆっくりとオレ達に向けた。


「お主達には『呪い』を与える。

 その上で、異世界へと落ちてもらう」


「お待ちください! 罪を受けるにしても、あまりにも急すぎる!

 せめて我が王に会わせてくれ!」


「これが他国の王族に対する『()』の国のやり方か!

 こんなことをしてあとでどうなるか、わかってるんだろうな!?」


 黒陽の叫びも、オレの叫びも届かない。

 王は楽しそうに口を開いた。



「守り役は『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪いを」


「姫は『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪いを」


 (うた)うようにつむがれる『呪い』。

 パシリと、(タマシイ)に刻まれた!

 反呪の耳飾りをつけているのに!



 あっと思ったときには立っていた床が抜けた。


 真っ黒い、底なしの穴に、落とされた。

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