第ニ話 高間原の興りと緋炎の警告
そこは、鬱蒼と茂る森であった。
霊力にあふれる土地で、生きとし生けるもの全てが霊力を持っていた。
やがてその中から霊力の強いモノが現れた。
それはヒト。
それは獣。
それは鳥。
それは龍。
様々な生き物がより強い霊力を持つようになり、他の生き物を治めるようになった。
森の中には『要』と呼ばれる場所が何箇所もあった。
清浄な『要』もあれば、澱んだ『要』もあった。
澱んだ『要』からは、魔物が生まれる。
どのように生まれるのか、誰もわからない。
ただ、池のような黒い澱みの中から突然現れたという話があった。
魔物は、生き物を喰らう。
獣を。鳥を。龍を。ヒトを。
生き物は魔物に怯えて暮らしていた。
あるとき、とある『要』の地に暮らすヒトの一族が天に祈りを捧げた。
「どうぞ魔物に対抗できる手段をお与えください」
その祈りに応えるように、天から黄金に光り輝く丸い石が降りてきた。
石を手にしたヒトの一族は、知識を得た。
霊力を使った様々な術を用いて、浄化と結界を施した。
やがて、森の中に魔物の侵入してこない『狭間の地』が拓けた。
魔物の侵入を防ぐことができるようになったその地では、様々なことが行われるようになった。
森を切り拓き平地を作った。
畑を耕し農耕が始まった。
木を組んだ立派な家を建てた。
生活が安定するにつれ、技術が培われていった。
農業が、工業が生まれた。
その拓けた土地をヒトの一族は『狭間が原』と呼んだ。
黄金の光り輝く石に導かれし自分達一族を『黄の一族』と名乗り、住まう地を『黄珀』と名付けた。
ヒトの一族の発展に、他の一族は驚いた。
魔物の侵攻を防ぐその技術を知りたいと願った。
『黄の一族』は教えを乞うモノに技術を伝えた。
礼節を持って訪れたモノには礼節を持って返した。
力ずくで奪おうとしたモノは滅ぼされた。
それもあって、他の一族はヒトの姿に擬態して教えを乞うようになった。
やがて、教えを受けた他の一族でも森の浄化が成され、結界が維持できるようになった。
少しずつ、少しずつ『狭間が原』は広がっていった。
そうして、東西南北の大きな『要』の地に定住し、国とする一族ができた。
東西南北にはそれぞれ同じ種類の獣が集まり住むようになった。
東は龍の国。
南は鳥の国。
西は獣の国。
北は蛇の国。
北の『蛇の国』は、元々は蛇や亀、トカゲといった種類の一族。
その中から霊力が強くヒトに擬態できる者がヒトの国である黄珀で学び、知識と技術を北の地に持ち帰り広げた。
その中心になったのが、黒亀族を中心とした『黒の一族』。
そのため、現在ではこの『紫黒』を『黒の国』と呼ぶ者もいる。
尚、東の『青藍』は龍の治める『青の国』。
南の『赤香』は鳥の一族が暮らす『赤の国』。
四つ脚の獣の暮らす西の『白蓮』は、白虎族が治める『白の国』。
それぞれにヒトに擬態し技術と知識を持ち帰り、土地を発展させた。
ヒトの姿に擬態して教えを受けていた他の一族の者はやがて、常にヒトの姿でいるようになった。
そうして代を重ねるにつれ、元の姿を失いヒトの姿で生まれ生きるようになった。
時折、特別強い霊力を持って生まれたり元の姿で生まれる者が現れた。
彼らは『先祖返り』と呼ばれた。
国が興りヒトが暮らし、それぞれの地に特色が出てきた。
温暖な東の国では農耕と薬草栽培。伴って薬学と医学が発達した。
唯一海に面した南の国は暑く農耕に適さない地であったため、諜報と戦闘に特化していった。
占術に長けた者が多かった西の国は学問の都となった。
魔の森に最も接している北の国は結界術をはじめとする術に長けた者が多かった。
そして中央の国はそれら四つの国の情報が集まる交易都市となった。
黄珀を中心に、東西南北四つの国に広がった魔の森の狭間に拓けたその地は『狭間が原』と呼ばれていたのがいつしか『高間原』と呼ばれるようになった。
「ここまでは大丈夫ですか?」
うなずいたオレに緋炎は満足そうにうなずいた。
この『世界』の興り。
王族教育の前の、一般教養で習う事柄。
オレの教師でもあった緋炎は、オレの出来の悪さもよくわかっている。
ちゃんと覚えていたことに満足そうだ。
「で、ここからですが」
真面目な顔に戻って緋炎が続ける。
森を拓いて平地を広げていったとはいえ、森を全て無くすことはできなかった。
森は大切な採取の場てあり祈りの場であったからだ。
たいていは『要』の地が森として残されている。
どこの国にも、もちろんこの黄珀にもそんな森がいくつもある。
「その森のひとつが『封じの森』と呼ばれているそうなのです」
数ある黄珀の森のどれが『封じの森』であるかはもうわからなくなっていると緋炎が話す。
ただ、決して解き放ってはならないモノが封じられているらしい。
「『災禍』と呼ばれているモノです」
「『災禍』」
その『名』を口に乗せたオレに、緋炎は真剣な顔でうなずいた。
そして、教えてくれた。
『災禍』とは何か。
それは、望みを叶えるモノ。
それは、運命を操るモノ。
強い望みを持つモノの強い願いを叶えるために、偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。
強い望みは犠牲もいとわない。
強い願いは贄を要する。
結果、全てが滅びる。
周りも、無関係なモノも。
願った当事者も。
それでも、その願いを叶える。
それが、『災禍』。
「あくまで噂ですが」と前置きして緋炎が続ける。
「約千年前に『世界』が滅びる寸前の危機があったそうです。
それを招いたのが『災禍』であり、当時の『黄の一族』がどこかの森に封じた、と伝えられています」
「その『災禍』って、なんなんだ?
『黄の一族』の関係者か? それとも魔物か?」
「わかりません」
どのような姿か、そもそも何なのかは伝わっていないのだという。
「ただ『災禍を解き放ったときが世界の終わり』と言われています」
「ふーん」
赤香の諜報部をもってしてもそこまでしか情報を持っていないと緋炎が話す。
それって、かなりの極秘事項ってことじゃないのか?
「もしかしたら『黄』の王族には伝わっているかもしれません。
さすがにそこの情報を得るだけのツナギはまだ持てていません」
そりゃそうだろう。
他国の王族にツナギがつけられるだけならできているだろうが、王族の秘密を探るとなると話は別だ。
「で? なんで今オレにそんな話を聞かせる?」
「梅様が『森に行く』とおっしゃっていたでしょう?」
そもそもオレと緋炎がこの黄珀にいるのは、梅が『黄珀の古の森への立ち入り許可が出たから行く』というのについてきたからだ。
梅は薬大好き人間だ。
そういうとおかしな人間に聞こえるが、いや、実際梅はおかしな人間だが、守り役の蒼真が言うのに『梅はまだマトモ』らしい。
ホントにヤバいヤツは青藍にゴロゴロしているという。
話が逸れた。
梅は、一言で言うなら『研究バカ』。
どんな薬草にどんな薬効があるのか、何と何を組み合わせたらどうなるのか、同じ薬草でも生息環境や栽培地域によって違いがでるか、などなど、とにかく「なんで?」「どうして?」「もしかして」が尽きないらしい。
そして一度そう考えたら突進していく行動力の持ち主。
守り役の蒼真はいつも振り回されている。
その梅がずっと以前から興味を持っていたのが、現代では失われた薬。
環境の変化か、乱獲のためか、とにかく失われた薬草を使った薬がいくつか記録に残されているのを見つけた。
現代に残っている薬草で代替品が作れないかと色々取り組んだが、そもそもの薬草がわからないから代替品を作る取っ掛かりも見つからない。
それでもなんとか『それっぽいものを』と悪戦苦闘した結果、いくつもの新薬ができた。
飲むだけで霊力を全回復させる霊力回復薬と、飲むだけでたちどころに傷を癒やす治癒薬だ。
それぞれ『特級』の回復薬、治癒薬として広まりつつある。
これらのおかげで戦闘集団である赤香は非常に助かっている。
梅は他にもいくつもの新薬を開発したり、記録にしか存在しなかった薬を復活させている。
すごいヤツだ。
それでも梅の求める薬には届かない。
梅が求めているのは、伝説の薬。
『究極回復薬』――通称『賢者の薬・エリクサー』。
その薬を飲めば、あるいはかければ、死者をも蘇生させるという、禁断の薬。
その材料は当然貴重で、現代では手に入らないモノがほとんど。
それでも梅は蒼真と共にコツコツと材料を集めているらしい。
赤香に来たのもそのためだ。
この黄珀に残る森は、それこそ神話の時代からの森がそのまま残っている。
そこならば失われた薬の材料になる薬草があるのではないかと、何年も前から『入らせてくれ』『調査採取させてくれ』と申請していたという。
その許可がこのたび、やっと出た。
大喜びでホイホイ出向く梅に「おもしろそう!」とついてきたのが、オレだ。
「その『災禍』を封じているのがどの森か、誰も知りません。
もしかしたら今回行く森の可能性もあります。
何が起こってもいいように、心づもりと準備はしておかなくてはなりません」
緋炎の警告に「わかった」と答える。
とはいえ、相手がどんなモノか、どのように対処すればいいか何もわからない。
わからないからこそ何が起こってもいいようにと言われても、何をしていいのかわからない。
だから、いつもどおりに体調を整えて、いつもどおりの装備をした。
あとから思い返せば、緋炎は何かを感じ取っていたのだろう。
百戦錬磨の緋炎だからこそ『予見』とか『先見』とかに近い感覚で危機を感じでいたのかもしれない。
あのときもっと緋炎の言うことを真剣に聞いていたら。
そもそもあんな軽率なことを言わなければ。
悔いても悔いても、起こったことは変わらない。
昔のオレを殴り飛ばしたくてもそんなことできるはずもない。
今のオレにできるのは、忘れないこと。
今を懸命に生きること。
罪滅ぼしにもならないけれど、そんなことしかできないから。