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紅蘭(くらん)燃ゆ  作者: ももんがー
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挿話 4 蒼真 3

蒼真視点です

 この世界に『落ちて』から十年経った。

『落ちて』きた人々と現地の人々とで国を作り、生活基盤を整えた。

 十年で生活は安定してきた。

 僕らは畑を作り農作物を作ると同時に、薬草園も作った。

 この世界の植生を調べ、環境を調べ、道具を作り、ひとつづつ薬を作っていった。



 せっかく無限収納に入れていたからと、あの『王家の森』で採取したものを一部だけ植えてみた。

 この世界にも霊力はあるみたいだけど、あの濃厚な霊力にはとても足りないから定植しなかった。

 他に持っていたものを植えたり、現地にあるものを採取したり増やしたり、それなりの種類の薬ができるようになった。


 材料。道具。場所。人員。製薬環境はできたと言える。

 でも、青藍(せいらん)の環境には及ばない。


「せめてあの温室だけでも再現できたらなぁ」

 そんなことを話しながら、あの温室を思い出した。


 姫と初めて出会った温室。

 姫を中心に、いろんな人と工夫を凝らしていった。

 何種類もの土を用意した。

 設定温度も設定湿度も自在にできるように工夫した。

 いろんな環境を再現し、いろんな植物の栽培に成功した。

 元々の効力をあげることもできた。


 僕らの大切な場所。

 思い出の、宝物。


 目を閉じ、強く思い出した。


 次の瞬間。

 目を開けるとそこは、あの温室だった。




 目の前に広がっている光景が信じられなかった。

 呆然としていても感じる空気は、あの思い出の温室のもの。


 ……こんな本物さながらの夢を見るなんて、僕、すごくない?


 そう思って、ヒゲを引っ張った。

「痛てッ!!」

 痛い。なのに目の前の光景は消えない。


 てことは。


 本物!? なんで!? どういうこと!?

 滅びたんじゃなかったの!? なんで残ってるの!?


 説明! 事情説明!

 説明できる人! 誰!?


 強く強くそう思った次の瞬間、目の前に王がいた。


「……どうした蒼真」


『落ちて』からもう十年経った。

 老人の域にさしかかってきた王は、それでもまだ威厳のある立派な男性だった。

 それなのに『王』の座をあっさりと捨て、薬師の一人として日夜畑仕事と研究に励んでいた。


 その畑の真ん中で、王と対峙した。

 今見たものをなんとか説明すると、王だけでなく数人が集まって話してくれた。


「『界渡り』で青藍(せいらん)に帰ったのだろう」


 王を始め『界渡り』ができる人間にとってそれは『転移』と変わらないという。

 強く思い描いた場所に瞬時に移動する技『転移』。

 その移動範囲が広い人間がすなわち『界渡り』をする、と。


「なんで温室が無事だったんですか?

 魔の森に呑まれたのではなかったのですか?」


 その疑問にも王は答えてくれた。


 自分達が黄珀(おうはく)へ向かう前、魔の森の侵攻を抑えるため、森との境界に『(かなめ)』となるモノを設置してきた。

 万が一、億が一にも魔の森の侵攻が防げた場合。

『世界の崩壊』が防げ、青藍(せいらん)が無事だった場合。

 あの姫の温室が傷ついているのを姫に知られたら、ものすごく怒られる。

 それはもうボロクソに(ののし)られ、けちょんけちょんに痛めつけられる。

 誰もがそんなことを考えた。


 だから、あの温室の周囲を取り囲むように結界陣を展開してきたらしい。


「けっこうな霊力を注いできたから、魔の森の侵攻を防げたのだろう」


「この十年、誰一人帰れなかったのは?」

「誰もあの温室のことをお前ほど強く思い出さなかったからだろう」


「試しにもう一度強く願ってみろ」と王に言われ、言うとおりにしてみた。

 王も他の数人も僕の身体に触れていた。


 目を開けると、あの温室の中だった。

 僕に触れていた全員で転移していた。


 それから大急ぎで確認作業をした。

 結界陣を創っている結界石を確認し、霊力を補充する。

 設備に問題はないか。栽培していた植物に変わりはないか。

 王を含めた全員で確認し、必要なものは採取した。


 温室をぐるりと取り囲む結界からは一步も出られなかった。

 結界の外は真っ黒で、僕が知っている魔の森よりも深い深い闇が広がっていた。


 再び転移して落ち着いたところで、王が言った。


「我らにはもう『界渡り』するほどの霊力は残っていない」


 魔の森や温室を護る結界を展開し、『黄』の王を封じ、この世界に『界渡り』をした。

 それでもう霊力をほとんど使い切ってしまったと王は話す。


「お前は『呪い』があるから霊力を維持できる。何より不死だ。

 どうか、これからもあの温室を護ってはくれまいか」


『落ちた』この世界にはない薬草も、あの温室なら育てられる。

 いつかその薬草で作った薬が、姫の役に立つかもしれない。

 温室の結界が保つ限りでいい。

 どうか温室と薬草を護ってほしい。


 青藍(せいらん)から『落ちて』きた人間は、王を筆頭にそう願ってきた。



 僕は、了承した。



高間原(たかまがはら)に転移できる』という事実は、各国の元王と姫の守り役にだけ伝えられた。

 一度だけ守り役四人で転移してみた。

 その一回でいろんなことを知ることができた。


 黒陽さんを乗せて黒陽さんの結界を身体に展開させたら、少しの間なら温室の結界の外に出られることがわかった。

 白露さんの風と緋炎さんの炎を混ぜてあちこちに巡らせることで全体の様子がわかった。


 四方の国の王が魔の森の侵攻を少しでも遅らせるために置いた『(かなめ)』はまだ生きていた。

(かなめ)』の周囲だけは凪のように暗闇がなかった。

 が、どの『(かなめ)』の周囲も草ひとつ生えない、さみしい場所だった。

 そして『(かなめ)』の周囲以外はどこも瘴気に包まれて真っ暗だった。


 元々の魔の森との境になる場所に置いた『(かなめ)』同士が呼応しているらしく、『(かなめ)』と『(かなめ)』を繋ぐ線上は少しだけ瘴気が弱かった。

 だから白露さんの風と緋炎さんの炎を混ぜた風炎を巡らせることができた。

 その線上を少しでも()れることはできなかったらしい。

 だから中央の国がどうなっているのかは結局わからなかった。



 そうして、僕は時折青藍(せいらん)に転移して温室の管理をしている。

 生まれ変わった姫にそのことを話したら、とても喜んでくれた。


「あの『王家の森』で採取したものも、あの温室なら育てられるんじゃない?」と姫に言われ、やってみた。

 魔の森の瘴気に包まれていることが影響しているのか、霊力に満ちた場所の植物達はうまく定植してくれた。

 何千年もかけて育て増やした。


 特級薬の材料になるものは落ちた世界では栽培できないし見つからない。

 世界を包む霊力量が関係しているのかもしれない。

 だから時々この温室に転移しては採取もする。

 でも、大した量は作れない。

 僕ひとりで管理し、半ば放置している温室だ。

 栽培場所が狭いこともあって、なかなか薬になるだけの量にならない。


 それでも何かあったときのためにと、時間停止機能のある無限収納に貯めていった。




 この世界に『落ちて』、姫は何度も生まれ、何度も死んだ。

 いつ生きても二十歳にはなれなかった。

 いつ生まれてもすぐにわかった。

 だから、姫が生まれ変わったらすぐに駆けつけた。

 姫のいないときは青藍(せいらん)とこの世界の薬草園を護った。



 二十年が過ぎ、五十年が過ぎ、百年が過ぎた。

 僕らを目印に『落ちて』きた人はみんな死んでしまった。


 生まれ変わっても姫は姫のままで、僕らは姉と弟のような関係のままで、高間原(たかまがはら)から『落ちた』人間が自分達以外誰一人いなくなっても変わらず薬作りをしていた。

 他の姫や守り役とも交流した。

 姫が男に惚れたこともあったし、男に惚れられたこともあった。

 それでも変わらず薬作りだけは続けていた。


 生まれ変わっても姫の無限収納はそのまま引き継がれて使えたからその中の材料を使ったり、現地の材料を片っ端から調べて青藍(せいらん)のときのような薬を作れないか調べたりしていた。

 そうして中級程度の薬は安定して作れるようになっていた。



 二百年が過ぎ、五百年が過ぎ、千年が過ぎた。


 そして、あの『災禍(さいか)』の気配を感じた。




災禍(さいか)』の気配に、『落ちた』姫と守り役全員で探した。

 高間原(たかまがはら)の二の舞いにはさせない!

 そう思って、あちこち探した。

 それなのに、国が滅びた。



「『災禍(さいか)』を滅ぼしましょう」

 菊様が言った。

 僕もうなずいた。


 僕は知っている。

 姫がずっと苦しんでいることを。

「自分のせいで『災禍(さいか)』を解き放ってしまった」と「自分のせいでみんなが『呪い』を受けた」と泣いていることを。


 姫の涙を止めるには、『災禍(さいか)』を滅する他ない。

 僕は僕のできる限りで『災禍(さいか)』を滅することを誓った。




 知識を増やし術を磨き、薬草栽培も製薬技術も上達した。

 時間だけはあった。

 何千年も経つ間にまたしても国がひとつ滅びた。


 姫が生まれ変わるたびに側で守り、共に薬作りに励んだ。

 上級薬が作れるようになった。

 特級薬の材料がそろった。

 そうして作った薬だけど、『災禍(さいか)』を追う中で使いきってしまい、現在は再び材料が貯まるのを待っている。



 今回は何百年ぶりかの千載一遇の好機だった。

 姫も守り役も全員揃っていた。

災禍(さいか)』の気配も感じていた。

 それなのに、あと一步のところを詰めることができなかった。


「特級薬があれば」

 なんとか本能寺を脱出し、白露さんと菊様と四人で安倍家にたどり着いた。


 霊力を使い切った状態でみんなを回復させていた姫は死の淵にいた。


「あの薬があれば。蘭を助けられたのに」

 僕の持っていた解熱剤でも下がらない高熱にうなされながら、姫が後悔を吐き出す。


「私が『封じの森』に行きたいと望まなければ」

「私が興味本位で薬草を欲しなければ」


「……違うよ姫」

 噴き出る汗を拭いながら回復をかける。

 それでも熱は下がらない。


「特級薬があれば。伝説の薬があれば」

「私がもっと力のある薬師だったら」


「そうすれば、蘭は死ななかった。信長を助けられた。

 私が未熟だったから。私が甘かったから」


「……僕も一緒だよ。姫」


「僕ももっと力があれば、薬が作れた。姫を助けられた。

 僕も、姫と一緒だよ」


 姫の頬に雫が落ちた。

 ぽたりぽたりと落ちるそれが薬にならないかななんて考える。

 仮にも龍の身体だ。

『龍の涙』なんて、いかにも薬っぽい。



「――いつか、作ろうね。姫」


 ゴツゴツとした手を姫のやわらかい手にそっと重ねる。

 僕ももうほとんど霊力残ってないけど、少しでも姫に霊力注ぎたい。

 少しでも姫が楽になるように。


「いつか作ろう。

 僕らが求めた薬。

『究極回復薬』――『賢者の薬・エリクサー』。

 こんなに大変な思いをしたんだ。

 いつか、必ず作ってやろう?」


 僕の言葉に、姫はちょっとだけ口の端を上げた。

 僕の硬い手を弱々しく握ってくれた。



 僕らは姫と護衛で、薬師の先輩と後輩で、仲良しの姉と弟。

 そして、四千五百年、同じ苦しみを背負ってきた同士。


 いつかきっと『災禍(さいか)』を滅ぼそう。

 いつかきっと『究極の薬』を作ろう。

 いつかきっと。いつか。


 いつか。






 あの本能寺の事件から何十年も経った。

 今日も僕は青藍(せいらん)の温室の世話をしている。

 結界石を確認して、設備を確認して。

 いつものように植物の確認と世話をしていた。


 ふと、前来たときにはなかった植物が茎を伸ばしつぼみをつけていることに気がついた。


 形状や状態を確認。見たことのない植物だ。

 これ、なんだろう。

 

 これ、どこから持ってきた土だっけ? 何植えたんだっけ?

 確か――。


 そこまで考えて、ひとつの可能性に思い当たった。


 僕が見たことのない植物。

 四千五百年一度も芽を出さなかった植物。

 あの『封じの森』から採取した球根。

 


 まさか。

 もしや。




 ―――姫。


『奇跡』って、信じる?


 僕と姫が出会ったのも、奇跡みたいじゃない?

 四千五百年も仲良しって、そうはいないと思うんだよ。


 四千五百も経ってやっと芽を出す植物なんて、奇跡としか言いようがないよね。

 さすがは『伝説の薬』の材料なだけはあるよね。



 きっとこれが、伝説の材料。

 きっとこれが、万寿紗華(まんじゅしゃか)



 他の材料はみんな僕の無限収納の中にある。

『降魔の剣』は北の『(かなめ)』に使われてた。

 あとは『降魔の剣』を使える剣士を探すだけ。


 万寿紗華(まんじゅしゃか)はあと数日で咲きそう。

 剣士が見つかるまではこの状態で止めておこう。

 花の周りに時間停止の結界をかける。

 これで大丈夫。剣士を見つけて、北の『降魔の剣』を取ってきたら、『伝説の薬』を作ることができる。



「そんな『奇跡』みたいなことを言うな」って怒る? 姫。

 でも、見てよ。

『奇跡』が、ここにあるよ。


 きっと『願い』は叶うんだ。

 強く強く願えば叶うんだ。

 この花が僕の目の前にあるのがその証。


 ひとつ『奇跡』が起きたなら、ふたつみっつと起きたって、おかしくないでしょ?



 姫。


 姫。


 僕らの『願い』が、ここにあるよ。

 きっと『願い』は叶うよ。

 強く強く願おう。

 強く強く願うよ。



 初めて会ったあの日のように、土まみれになった僕は強く強く願った。


 僕の『願い』は昔から変わらない。

『僕の姫のしあわせ』。

 姫がしあわせであることが、僕の『願い』。


 強く強く願おう。

 強く強く願うよ。


『僕の姫のしあわせ』を。

これにてこのお話は完結します。

明日からはまた新しいお話を始めます。

このお話の続きになるお話です。

よかったら明日からもおつきあいくださいませ。

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