挿話 3 蒼真 2
引き続き蒼真視点です
『黄』の『王家の森』は、素材の宝庫だった。
図鑑でしかみたことのない植物があちらこちらにある。
みたことのない植物もあちらこちらにある。
とにかく採取! これが何でどんな効能があるかは栽培して増やしてから検証!
姫と二人、せっせと採取しては無限収納に収めていった。
「そろそろ帰りましょう」と声がして、目印の大樹に戻ろうと姫と並んで向かった。
「もーちょっと時間があれば…」
「仕方ないよ姫。それでもいっぱい採取できたじゃない」
「まあね。――そうよね。うん。そうよ。上出来よ!
――さあ、青藍に戻ったら忙しいわよ! すぐに植え替えて増やさなきゃ!
この環境だったら第一温室でいいかしら?」
「いいんじゃないかな。館に戻ったら青藍に連絡して――」
話しながら歩いていた、その時!
バリバリバリ! ドカン!
大きな大きな樹が爆ぜた!
突然のことに何が起こったのかわからなかった。
反射的に結界を展開して自分の身を守れたのは、あの魔の森での冒険の賜物。
そうでなければ血まみれで倒れている『黄』の武官や役人のようになっていた!
倒れている人間は一目見ただけで絶命しているとわかる。
なにが起きたのかと大樹に目を向けると、竹様を抱える血まみれの黒陽さんと、黒陽さんを引っ張って樹から離そうとしている緋炎さんが見えた。
考えるよりも早く姫が駆け出した。すぐさま後を追う。
黒陽さんの背は木の破片がささり、ハリネズミのようになっていた。
僕がザッと取り除くと、姫がすぐに浄化をかけて消毒する。
それから治癒術をかけると、黒陽さんの傷は癒えた。
ホッとした瞬間、ゾッとした。
大樹があった場所に、ひとりの男がいた。
その、強烈な霊力。
禍々しいのでも、清浄なのでもない。
ただただ、巨大。
とてつもなく大きな霊力に気圧される。
その男は金色の髪に蒼い眼という『黄』の王族の特徴を持っていた。
とても美しい男なのに、その男を見ていると何故かとても恐ろしくて身体がふるえる。
ただの、チカラ。
こんな存在があるなんて。
蘭様が必殺の一撃を放った!
伝説の三つ首竜の首も一撃で落とした、あの一撃。
それなのに、あっさりと障壁に弾かれた!!
ウソだろう!? 蘭様のあの一撃で貫けないモノがあるのか!?
蘭様は取り乱すことなくすぐに男に斬りかかる!
緋炎さんが、白露さんが援護に入る。
あの三人が本気で斬りかかっているのに、一撃も入れられない!!
なんだコイツは!
その時、白の館で聞いた話を思い出した。
『世界の滅亡』。『災禍』。
思い出した途端、理解した。
間違いない。これが、この男こそが、『災禍』!
僕が刀を構えていられたのは、ただ「姫を守らなきゃ!」という気持ちだけ。
姫を。僕の姫を、守らなきゃ。
それが僕の使命。僕の果たすべき役割。
それだけの気持ちで、かろうじて姫を背にかばい立っていた。
回復したばかりの黒陽さんが飛び出そうとするのを「まだ動くな!」と姫が止めている。
竹様はただ震えている。
と、突然、景色が変わった!
意味がわからない。ここはどこだ!?
見回してやっと『黄』の王城の、王の玉座の前だとわかった。
玉座には『黄』の王が座り、両横にたくさんの役人らしき男達が並んでいた。
近衛だろう者達が僕達を取り囲み、刀を向けていた。
ザッと、蘭様達が僕らを背にかばってくれた。
その姿に励まされるように姫の前に立つ。
姫を守らなきゃ! 僕は姫の護衛なんだから!
訳がわからないままに『罪人』と呼ばれた。
「許可は取っていた!」姫が叫んだ。
「なにかが封じられているなど、我らは知らなかった!」僕も叫んだ。
でも、誰一人聞いてくれなくて。
あっと思ったときには『呪い』が刻まれた。
そしてそのまま、底なしの穴に落とされた。
落ちる瞬間、姫が僕を抱きしめた。
姫はいつもそうだ。僕が姫の護衛なのに、いつもお姉さんぶって年下の僕を守ろうとする。
僕もすぐに姫を抱きしめた。なにが起こっているのか、なにが起こるのかわからないけれど、せめてこの身体で姫を守れるように。
なのに、僕の身体はシュルシュルと縮んでいった。
「蒼真!」
姫が泣いている。そんな! 姫が泣くなんて!
どうにかしたくてもどうにもならない。
姫が霊力を注いでくれたけど、浄化も治癒術も考えられる限りの術をかけてくれたけど、どうにもならない。
「蒼真!! 蒼真!!」
僕らは、異世界に落とされた。
気がついたら、僕は龍の身体になっていた。
人間の身体でなくなったのに、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
指が五本ある。この手なら薬が作れるな。
のんきにそんなことを考えた。
まだ十五歳だったからか、ちいさな龍。
手を動かす。指を動かす。足を動かす。
身体も動かす。クネクネする。尻尾も動く。
霊力を巡らせる。問題なく霊力は使えそう。
無限収納も問題なく使える。
僕の持っていた刀が落ちていたのに気がついた。
龍の身体で持てるか試してみた。なんとか持てるけど前みたいに使いこなすのは難しそう。何か別の戦い方を探さなきゃ。
姫は泣きつかれて眠っていた。
そっと頬に触れると、ゆっくりと瞼をひらいた。
「――蒼真――」
ポロポロと涙を落とし、悔しそうに歯を食いしばる姫の肩をそっとなでる。
「姫。大丈夫? どこか痛いところは?」
心配してそう聞いたのに、姫は「蒼真」としか言わない。
「蒼真」
「はい」
「蒼真」
「はい」
姫はくしゃりと顔をゆがめ、僕をぎゅっと抱きしめた。
龍の身体になったので、今までよりもずいぶん細くなった。
そんな僕の身体を、冷たい鱗で覆われた僕の身体を、姫は泣きながらなでた。
「ゴメン。ゴメン蒼真」
「姫は悪くない。悪くないよ」
なぐさめるために頭をなでてあげたくても手が届かない。
だから姫の頬に僕の頬をすり寄せた。
「私が『封じの森』に行きたいと望まなければ」
「私が興味本位で薬草を欲しなければ」
「違うよ姫。僕だって望んだ。僕だって薬草を欲した。僕も同じだ。姫が悪いんじゃない」
「こんなことになるなんて。
菊が、緋炎が警告してくれたのに」
「うん」
「こんな、まさか、アンタが『呪い』を受けるなんて」
その言葉に、ハッとした。
――『呪い』!
なんて言ってた? あの男はなんて『呪い』をかけた?
「守り役は『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪いを」
「姫は『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪いを」
思い出し、口に出した僕に、姫の目が変わった。
いつもの、力強い輝きを持つ目。
「――白露も緋炎も黒陽も、獣の姿になっている……?」
「――菊様は? 菊様、十九歳だよ」
バッと立ち上がった姫の行動は早かった。
白露さんに持たされていた連絡用の霊玉で連絡を取り、合流した。
すぐに他の姫と守り役と合流できた。
でも竹様は合流できなかった。
「落ちてすぐに高熱が出て、そのまま亡くなった」
黒陽さんの声で、死にそうな声で、黒い亀が語った。
無理もなかった。
竹様はやっと霊力過多症が落ち着いただけで、健康とはまだ言えなかった。
それなのにあんなにはしゃいで、あんな目にあって、体調を崩さないわけがなかった。
そう理解しても、悔しいのには変わらない。
姫もただ泣きはらした。
その時だった。
ナニカに呼ばれる気配がした。
悪いモノじゃない。知ってる気配。
なんだろう? なんだろう?
《―――蒼真―――》
「ハイッ!」
長の声だ! 理解した途端、大きく返事をした。
すると。
ドン!!
立ち上がった土煙が収まったとき、そこには見知った青藍の人々がいた!
「姫!」
「長!?」
わああ!
百人程度だろうか。いろんな国の人間がそれぞれの姫の元に駆け寄っている。
『黄』はあちこち警戒していたけど、『黒』の人間は黒陽さんに声をかけられ、事態を把握して泣き崩れていた。
「静まりなさい!」菊様の鶴の一声でピタッと場が静まる。
「誰か! 事情を説明できる者は!?」
進み出たのは、ウチの長と『白』の国の人だった。
なんでも、高間原では僕らが落とされたあの日から一月以上経ったらしい。
あのあと、黄珀のそれぞれの国の館に「『災禍』の封印を解いた罪により姫と守り役を異世界に落とした」と連絡があった。
『黄』の王城に不服申立てに行った人は殺された。
黒陽さんの奥さんも娘達も殺されたという。
各国の王城に連絡が届いた頃、四方の魔の森の結界が同時に壊れた。
必死で魔の森から溢れる魔物を押さえていたけれど、どうにもならないことは明らかだった。
『白』の国と『赤』の国が連携して『青』と『黒』の国と連絡をとり策を練り、『世界』を捨てることを決めた。
『世界の崩壊』に備えて、最悪の最悪は『世界』を捨てて人命を助ける方法を『白』の国は考えていた。
『青』の国は『龍』の国。
『界渡り』と呼ばれる、異世界へ渡る能力を持つ者がたまに出た。
それを『赤』の国の諜報部隊は知っていた。
『白』の王の占術で選ばれた『青』の人間が、百人ずつ運ぶことになった。
結界術に秀でた『黒』の人間が百人の人間をひと束ねにし、全員の霊力を使って『青』の術師が術を発動させた。
本来なら行きあたりばったりの博打のような『界渡り』になるところだったけど、運良くというかなんというか、僕らが先に『落ちた』。
『落ちた』僕らを目印に『界渡り』を成功させたという。
その後も次々に人々が『渡って』きた。
その人々を受け入れるために協力して生活基盤を整え、現地の人々とも交流し、国らしきものを作っていった。
最後に『渡って』きたのは、四人の王と兵達だった。
そして僕らは『高間原』の最後を聞いた。
四人の王は『渡って』きたとき、誰一人として自分の娘に会えなかった。
明日で完結します




