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紅蘭(くらん)燃ゆ  作者: ももんがー
13/14

挿話 3 蒼真 2

引き続き蒼真視点です

『黄』の『王家の森』は、素材の宝庫だった。

 図鑑でしかみたことのない植物があちらこちらにある。

 みたことのない植物もあちらこちらにある。


 とにかく採取! これが何でどんな効能があるかは栽培して増やしてから検証!

 姫と二人、せっせと採取しては無限収納に収めていった。


「そろそろ帰りましょう」と声がして、目印の大樹に戻ろうと姫と並んで向かった。


「もーちょっと時間があれば…」

「仕方ないよ姫。それでもいっぱい採取できたじゃない」

「まあね。――そうよね。うん。そうよ。上出来よ!

 ――さあ、青藍(せいらん)に戻ったら忙しいわよ! すぐに植え替えて増やさなきゃ!

 この環境だったら第一温室でいいかしら?」

「いいんじゃないかな。館に戻ったら青藍(せいらん)に連絡して――」


 話しながら歩いていた、その時!


 バリバリバリ! ドカン!

 大きな大きな樹が()ぜた!


 突然のことに何が起こったのかわからなかった。

 反射的に結界を展開して自分の身を守れたのは、あの魔の森での冒険の賜物(たまもの)

 そうでなければ血まみれで倒れている『黄』の武官や役人のようになっていた!


 倒れている人間は一目見ただけで絶命しているとわかる。

 なにが起きたのかと大樹に目を向けると、竹様を抱える血まみれの黒陽さんと、黒陽さんを引っ張って樹から離そうとしている緋炎さんが見えた。


 考えるよりも早く姫が駆け出した。すぐさま後を追う。

 黒陽さんの背は木の破片がささり、ハリネズミのようになっていた。

 僕がザッと取り除くと、姫がすぐに浄化をかけて消毒する。

 それから治癒術をかけると、黒陽さんの傷は癒えた。


 ホッとした瞬間、ゾッとした。


 大樹があった場所に、ひとりの男がいた。


 その、強烈な霊力。

 禍々しいのでも、清浄なのでもない。

 ただただ、巨大。

 とてつもなく大きな霊力に気圧される。


 その男は金色の髪に蒼い眼という『黄』の王族の特徴を持っていた。

 とても美しい男なのに、その男を見ていると何故かとても恐ろしくて身体がふるえる。


 ただの、チカラ。

 こんな存在があるなんて。


 蘭様が必殺の一撃を放った!

 伝説の三つ首竜の首も一撃で落とした、あの一撃。

 それなのに、あっさりと障壁に弾かれた!!


 ウソだろう!? 蘭様のあの一撃で貫けないモノがあるのか!?


 蘭様は取り乱すことなくすぐに男に斬りかかる!

 緋炎さんが、白露さんが援護に入る。

 あの三人が本気で斬りかかっているのに、一撃も入れられない!!

 なんだコイツは!


 その時、白の館で聞いた話を思い出した。

『世界の滅亡』。『災禍(さいか)』。


 思い出した途端、理解した。

 間違いない。これが、この男こそが、『災禍(さいか)』!


 僕が刀を構えていられたのは、ただ「姫を守らなきゃ!」という気持ちだけ。

 姫を。僕の姫を、守らなきゃ。

 それが僕の使命。僕の果たすべき役割。

 それだけの気持ちで、かろうじて姫を背にかばい立っていた。

 

 回復したばかりの黒陽さんが飛び出そうとするのを「まだ動くな!」と姫が止めている。

 竹様はただ震えている。


 と、突然、景色が変わった!


 意味がわからない。ここはどこだ!?

 見回してやっと『黄』の王城の、王の玉座の前だとわかった。


 玉座には『黄』の王が座り、両横にたくさんの役人らしき男達が並んでいた。

 近衛だろう者達が僕達を取り囲み、刀を向けていた。


 ザッと、蘭様達が僕らを背にかばってくれた。

 その姿に励まされるように姫の前に立つ。

 姫を守らなきゃ! 僕は姫の護衛なんだから!


 訳がわからないままに『罪人』と呼ばれた。

「許可は取っていた!」姫が叫んだ。

「なにかが封じられているなど、我らは知らなかった!」僕も叫んだ。

 でも、誰一人聞いてくれなくて。


 あっと思ったときには『呪い』が刻まれた。

 そしてそのまま、底なしの穴に落とされた。



 落ちる瞬間、姫が僕を抱きしめた。

 姫はいつもそうだ。僕が姫の護衛なのに、いつもお姉さんぶって年下の僕を守ろうとする。

 僕もすぐに姫を抱きしめた。なにが起こっているのか、なにが起こるのかわからないけれど、せめてこの身体で姫を守れるように。


 なのに、僕の身体はシュルシュルと縮んでいった。

「蒼真!」

 姫が泣いている。そんな! 姫が泣くなんて!


 どうにかしたくてもどうにもならない。

 姫が霊力を注いでくれたけど、浄化も治癒術も考えられる限りの術をかけてくれたけど、どうにもならない。


「蒼真!! 蒼真!!」


 僕らは、異世界に落とされた。




 気がついたら、僕は龍の身体になっていた。

 人間の身体でなくなったのに、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。

 指が五本ある。この手なら薬が作れるな。

 のんきにそんなことを考えた。


 まだ十五歳だったからか、ちいさな龍。

 手を動かす。指を動かす。足を動かす。

 身体も動かす。クネクネする。尻尾も動く。

 霊力を巡らせる。問題なく霊力は使えそう。

 無限収納も問題なく使える。

 

 僕の持っていた刀が落ちていたのに気がついた。

 龍の身体で持てるか試してみた。なんとか持てるけど前みたいに使いこなすのは難しそう。何か別の戦い方を探さなきゃ。


 姫は泣きつかれて眠っていた。

 そっと頬に触れると、ゆっくりと瞼をひらいた。


「――蒼真――」

 ポロポロと涙を落とし、悔しそうに歯を食いしばる姫の肩をそっとなでる。


「姫。大丈夫? どこか痛いところは?」

 心配してそう聞いたのに、姫は「蒼真」としか言わない。


「蒼真」

「はい」

「蒼真」

「はい」


 姫はくしゃりと顔をゆがめ、僕をぎゅっと抱きしめた。

 龍の身体になったので、今までよりもずいぶん細くなった。

 そんな僕の身体を、冷たい鱗で覆われた僕の身体を、姫は泣きながらなでた。


「ゴメン。ゴメン蒼真」

「姫は悪くない。悪くないよ」


 なぐさめるために頭をなでてあげたくても手が届かない。

 だから姫の頬に僕の頬をすり寄せた。


「私が『封じの森』に行きたいと望まなければ」

「私が興味本位で薬草を欲しなければ」


「違うよ姫。僕だって望んだ。僕だって薬草を欲した。僕も同じだ。姫が悪いんじゃない」


「こんなことになるなんて。

 菊が、緋炎が警告してくれたのに」

「うん」


「こんな、まさか、アンタが『呪い』を受けるなんて」


 その言葉に、ハッとした。

 ――『呪い』!


 なんて言ってた? あの男はなんて『呪い』をかけた?


「守り役は『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪いを」

「姫は『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪いを」


 思い出し、口に出した僕に、姫の目が変わった。

 いつもの、力強い輝きを持つ目。


「――白露も緋炎も黒陽も、獣の姿になっている……?」

「――菊様は? 菊様、十九歳だよ」


 バッと立ち上がった姫の行動は早かった。

 白露さんに持たされていた連絡用の霊玉で連絡を取り、合流した。

 すぐに他の姫と守り役と合流できた。

 でも竹様は合流できなかった。

「落ちてすぐに高熱が出て、そのまま亡くなった」

 黒陽さんの声で、死にそうな声で、黒い亀が語った。


 無理もなかった。

 竹様はやっと霊力過多症が落ち着いただけで、健康とはまだ言えなかった。

 それなのにあんなにはしゃいで、あんな目にあって、体調を崩さないわけがなかった。


 そう理解しても、悔しいのには変わらない。

 姫もただ泣きはらした。


 その時だった。


 ナニカに呼ばれる気配がした。


 悪いモノじゃない。知ってる気配。

 なんだろう? なんだろう?


《―――蒼真―――》

「ハイッ!」


 長の声だ! 理解した途端、大きく返事をした。

 すると。


 ドン!!


 立ち上がった土煙が収まったとき、そこには見知った青藍(せいらん)の人々がいた!


「姫!」

(おさ)!?」


 わああ!

 百人程度だろうか。いろんな国の人間がそれぞれの姫の元に駆け寄っている。

『黄』はあちこち警戒していたけど、『黒』の人間は黒陽さんに声をかけられ、事態を把握して泣き崩れていた。


「静まりなさい!」菊様の鶴の一声でピタッと場が静まる。

「誰か! 事情を説明できる者は!?」


 進み出たのは、ウチの長と『白』の国の人だった。


 なんでも、高間原(たかまがはら)では僕らが落とされたあの日から一月以上経ったらしい。


 あのあと、黄珀(おうはく)のそれぞれの国の館に「『災禍(さいか)』の封印を解いた罪により姫と守り役を異世界に落とした」と連絡があった。


『黄』の王城に不服申立てに行った人は殺された。

 黒陽さんの奥さんも娘達も殺されたという。

 各国の王城に連絡が届いた頃、四方の魔の森の結界が同時に壊れた。


 必死で魔の森から溢れる魔物を押さえていたけれど、どうにもならないことは明らかだった。

『白』の国と『赤』の国が連携して『青』と『黒』の国と連絡をとり策を練り、『世界』を捨てることを決めた。


『世界の崩壊』に備えて、最悪の最悪は『世界』を捨てて人命を助ける方法を『白』の国は考えていた。


『青』の国は『龍』の国。

『界渡り』と呼ばれる、異世界へ渡る能力を持つ者がたまに出た。

 それを『赤』の国の諜報部隊は知っていた。

『白』の王の占術で選ばれた『青』の人間が、百人ずつ運ぶことになった。


 結界術に秀でた『黒』の人間が百人の人間をひと束ねにし、全員の霊力を使って『青』の術師が術を発動させた。


 本来なら行きあたりばったりの博打のような『界渡り』になるところだったけど、運良くというかなんというか、僕らが先に『落ちた』。


『落ちた』僕らを目印に『界渡り』を成功させたという。


 その後も次々に人々が『渡って』きた。

 その人々を受け入れるために協力して生活基盤を整え、現地の人々とも交流し、国らしきものを作っていった。


 最後に『渡って』きたのは、四人の王と兵達だった。

 そして僕らは『高間原(たかまがはら)』の最後を聞いた。



 四人の王は『渡って』きたとき、誰一人として自分の娘に会えなかった。

明日で完結します

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