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紅蘭(くらん)燃ゆ  作者: ももんがー
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挿話 2 蒼真 1

東の姫の守り役 蒼真視点です。

三話連続でお送りします。

 転移成功。ホッと一息。

 ぐるりと周囲を見回して、変わりがないことを確認する。


 誰もいない温室。

 何千年も前の、僕らの大切な場所。


 いつものようにまずは結界の確認。

 この温室をぐるりと取り囲む結界石に異変がないか確認していく。

 壊れていないか確認して、霊力を補充する。

 石も陣も問題ないことを確認してホッとする。


 続いて設備確認。水回り、温度管理設備。どれも異常なし。

 僕らの温室は、変わらず状態を保っているようだ。



 ここは、高間原(たかまがはら)の東の国、青藍(せいらん)

 僕らが生まれ育った世界。


 僕らは『呪い』を刻まれて、異世界に落とされた。



 あれから四千五百年。

 僕らは、まだ生きている。




 僕の主はちょっと変わっている。


 僕は代々王族護衛を担っている家の子供。

 幼い頃から王族を守るために修業修業の日々だった。


 体術、剣術をはじめ、暗殺に対抗する術や毒に対する知識も学んだ。


 僕は優秀なほうだったらしい。

 八歳のあの日、この温室に連れてこられた。


「これから姫に会わせる」と聞いていたのに、なんで温室? と思いながら、(おさ)のあとをついていった。


 そこには、頭の上のほうで髪を一つにまとめ、土まみれで苗を植えている少女がいた。


「姫」と呼ばれ、顔をあげた彼女の目。

 金色の混じった、深い青。

 間違いなく王族、それも直系。


 なんでそんな人が土まみれになっているのだろうと疑問は浮かんだけれど、護衛がいらないことを言うことは禁じられている。


(うめ)姫様。新しい護衛候補です」

 長の呼びかけに、驚いた。


『梅』様。

 僕でも噂を聞いたことがある。


 現王の一の姫。

 次期王候補は二人の弟君だけれど、史上最年少の十歳で薬師試験に合格した才女。

 医術薬術に明るく、聡明な姫だと。


 確か姫は僕より三歳年上だったはず。

 女の子は成長が早いとはいえ、ずいぶんとお姉さんに見える。


 作業が一段落した姫は立ち上がり、ちらりと僕を見た。


「これ、わかる?」

 示されたのは草。でも、僕には見覚えがあった。

 修業で服用したこともある、毒草だった。


「お答えしなさい」と長に言われ、草の名前を口にする。

 すると姫は、ニヤリと笑った。


「じゃあ、これは?」

「こっちは、わかる?」


 姫に次から次へと質問され、問われるままに答えていく。


「これ持って」

 無造作に渡された箱には、土に植えられた草が入っていた。


「ついてきて」

 さっさと歩いていく姫にあわててついていく。長も一緒だ。


「ここを、このくらいに掘って。で、こーして、こーして」


 姫と同じように手袋をし、指示されたとおりに穴を掘り、草を植えていく。


 なんで僕はこんなことをしているんだろう。

 疑問を抱きながらも、姫と共にせっせと植え替え作業をした。


 箱の中身を全て植え替え終えた。

 僕も姫も土まみれだ。


「アンタ、名前は?」

蒼真(そうま)と申します」


「どのくらい戦えるの?」

「姫の護衛として(すす)められる程度には」


 問いかけられた長が即答する。

 ちょっと誇らしい。

「ふーん」と姫は僕を上から下までジロジロと眺めた。


「ま、この子ならいいわ」

「かしこまりました」


 そうして僕は姫の専属護衛になった。




 あとで聞いたところによると。


 王族にはひとりにつき数人の専属護衛がつく。

 梅様にも生まれたときから護衛がついていた。

 幼い頃から聡明だった姫は王族教育をあっさりと済ませ、医学と薬学にのめり込んだ。


 そこまではいい。

 青の国の王族として、薬学に長けていることは利点だ。


 だけど、姫はのめり込みすぎた。

 寝食を惜しんで学問に励み、薬草栽培に取り組んだ。

 温室の改良、土壌の改良、ありとあらゆる可能性を模索し、研究者や実務者と検討した。

『使える者は魔物でも使え』という薬師様に薫陶を受け、護衛達をこき使った。

 結果「これは護衛の職分ではありません!」と泣きを入れる者が続出。

 梅様の護衛が足りない事態に陥っていた。


「護衛なんていらないわよ。他の薬師には護衛なんてついてないじゃない」


 梅様はあっさりとそう言い放ち「護衛よりも研究に役立つ文官を寄越せ」と父王に要求していたという。


「年嵩の者よりも子供のほうが素直に姫に従うのではないか」と上層部が画策し、選ばれたのが僕だった。


 先輩護衛達や姫の側仕え達から姫について色々教わり、基本的に姫にくっついていた。

 姫にこき使われるうちにどんどん薬師としての技量を身につけていき、いつの間にか薬師試験にも合格した。


 魔の森にも採取に出かけようとする姫を止めたり、諦めて姫と修業して魔の森に出かけたり、生傷の耐えない日々を自分達で作った治癒薬の治験に利用したりと、忙しくも楽しい日々だった。



 僕と姫は気が合った。

『護衛対象と護衛』というよりも『上司と部下』のようになり、『先輩と後輩』になり『姉と弟』のようになるのに時間はかからなかった。


 薬師としてメキメキ腕を上げる姫は、王族特有の権力争いとは無縁だった。

 姫は誰が見ても王になりそうもない。

 王に影響を与えることもなさそう。

 商会やらなんやらには薬関係で影響はあるけれど、それだって貴族的ななんやらは無縁。

 他国の有力者が来ようが先王の誕生祝の祝宴だろうが平気ですっぽかす。


 そんな姫に護衛は必要なかろうとなり、姫が希望したこともあり、専属護衛は僕ひとりになった。

 王城を出て薬師塔に部屋を持った姫が「側仕えも不要」と切り捨て、身の回りの世話も僕の仕事になった。


 それでも全然苦ではなかった。

 むしろ姫と二人で好き勝手できる環境を楽しんでいた。

 薬草を使って料理をしたり。

 より汚れの落ちる方法を研究したり。

 日常生活から研究の手がかりを得たり。


 僕達は姉弟のように楽しく研究に励んでいた。



 魔の森で採取するために姫と二人して戦闘力を身につけて、それなりに戦えるようになった。

 姫との研究で毒物に対する知識も増えた。

 いつの間にか僕は『優秀な護衛』と言われるようになっていた。


 姫も次々と新薬を開発し、一目置かれる存在になっていた。

「それでも王族としては劣る」などと陰口を叩く貴族に向かって宴席で堂々とした姿を見せつけてギャフンと言わせたりした。


 着飾り、王族らしく振る舞う姫は、本当に綺麗だった。

 光輝く瞳は生命力に満ち溢れ、結い上げた髪は艶々と輝いていた。

 健康的な肌。引き締まった身体。年齢を重ねるごとに女性らしくふくらむ胸。

「泥まみれの猿」だの「王族にふさわしくない」「庶民臭い」などと言っていた貴族共が頬を赤らめ絶句するのを見るのはスカッとした。



 青藍の国中の植物や鉱物を調べ、組み合わせを研究していた時、とある文献を目にした。


 そこには、千年以上前には存在した薬が記してあった。


 現在作られる薬はどの分野も『上級』までしかない。

 だが、千年前には『特級』が存在した。

 そんな話は聞いていた。

 何故無くなったのかと問えば「材料が手に入らなくなった」ということだった。


 その薬の材料と作り方が記された文献に、姫と二人で大興奮した。


 確かに聞いたことも見たこともない材料がいくつもあった。

 古い森なら存在するかもと、青藍(せいらん)の森を再度探索し、各国に採取依頼を出した。


 一番期待できるのは黄珀(おうはく)

 あそこの王家の森は人の立ち入りが禁止されている。

 手つかずの森ならば、失われた材料も残っているかもしれない。


 各国と交渉しながら、現在の材料で薬を再現できないかと研究者達と研究に励んだ。

 その課程でいくつかの薬は復活できた。

『特級』の薬もいくつもできた。


 でも僕らの求める薬には届かない。


 僕らが求めているのは、伝説の薬。

『究極回復薬』――通称『賢者の薬・エリクサー』。


 万寿紗華(まんじゅしゃか)という花の茎を『降魔の剣』に込めた霊力で斬ったときに落ちる雫を原料にするという。


 万寿紗華(まんじゅしゃか)なんて花は聞いたことも見たこともない。図鑑にもない。

 そもそも『降魔の剣』なんて、各国の王とか選ばれた剣士とか、限られた人しか持てないものだ。

 一体全体この薬を作ったのはどんな人物だったのだろう。きっと『青』の王族だったんだろうな。王族ならば『降魔の剣士』を使えるだろうし。



「剣に霊力を込める事によって採取条件が変わるならば試してみたい」

 案の定姫がそんなことを言い出し、有名な剣士を多く抱える赤香(あこう)に行った。

『赤』の王に協力してくれる剣士の紹介を依頼したら、現れたのはひとりの少年と大人の女性だった。


 僕と同じくらいの少年だと思われたのは、なんと『赤』の王の娘で、姫と同い年の女性だった。


『赤』の国は他の国とはちょっと違う。

 王は世襲制ではなく、戦いによって選ばれる。

 強い者が王なのだ。


 だから王の子供だから後継者というわけではない。

 が、他国と交流するにあたり王の子供は王族としての教育を受ける。

 そして他の同年代の少年少女よりも多くの修羅場をくぐり、結果ここ三代は同じ血族の王が続いていた。


 その王の娘のひとりである(らん)様は、茶に近い赤毛を短くして、男の格好をしたさっぱりとした女性だった。

 物心つく頃には数人いる兄上達と一緒に遊びという名の修行に明け暮れ、幼くして実戦部隊に入り、あっという間に『戦闘集団赤香(あこう)』の部隊をひとつ任されるようになった実力者だった。


 守り役の緋炎(ひえん)さんは美人さんな大人の女性。

 豊満な胸にくびれた腰。

 豊かな髪は炎のように真っ赤で、ぷるんとした唇も真っ赤。

 にっこりと微笑まれるだけで、なぜだか真っ赤になってしまう。

 そんな素敵な女性なのに、めちゃめちゃ強い。

 蘭様が敵わない数人のひとりだという。

 僕も何度か手合わせしてもらったけど、文字通り『子供の手をひねる』ようにあしらわれて終わった。



 そんな二人に協力してもらって、色々な採取方法を実験した。


 蘭様の愛刀は『降魔の剣』。

 強い霊力にも耐えられる、文字通り『魔を(くだ)す』ことのできる刀だ。

 文献を参考に霊力を込めて薬草を採取してもらったら、薬草が燃え尽きた。


「姫は火属性ですからね。まあ、こうなりますよね」

 怒り狂う姫に責められて泣きべそをかく蘭様に、緋炎さんが冷静に分析した。


 持ち主または刀の属性の違いによっても効能が違いそうだとわかり、姫は目をキラキラさせていた。


 とりあえずそこまで霊力込めないように…と慎重に霊力操作をして採取してもらった。

 今度はうまく採取できた。

 切れ味の違いか、効能が高くなっていた。


 霊力を込めず刀で直接。霊力を込める量を変えて。刃に添わせた霊力で斬る。蘭様と緋炎さんに同じように斬ってもらって違いが出るか。


 思いつく限りの方法を試した。

 それぞれに効能が変わった。

 姫と夢中で検証した。

 そんな僕らを蘭様と緋炎さんは呆れることなくむしろおもしろがり、さらに実験に協力してくれた。



 魔の森にも入った。

 植物だけでなく鉱物や動物も採取した。

 ここでも採取方法を比較検証した。


 蘭様と緋炎さんは僕らの想像以上の実力者だった。

 僕らでは霊力と術を駆使しないと倒せない魔物をあっさりと首チョンパしたときには開いた口がふさがらなかった。

 そして解体の手際も恐ろしくよかった。

 おかげで伝説級の素材をいくつも手にできた。


 調子に乗った姫がさらに伝説級の魔物を求め、それに蘭様が悪ノリして、緋炎さんと四人で魔の森をさまよった。



 霊力の多い人間は無限収納と呼ばれる空間干渉術が使える。

 その人の霊力により収納できる量の違いはあるらしいが、僕も姫も、蘭様も緋炎さんも相当量を収納できた。


 無限収納の中に収納したものは時間停止がかかる。

 朽ちないし新鮮だしあったかいまま冷たいままだ。

 おかげで森をさまよう間もちゃんと食事がとれた。

 トンデモナイものを無理なく持ち帰れた。



 伝説の三つ首竜を見つけた。

 まさかホントに存在するとは思わなかった。

 城か? といいたくなるくらい巨大で、すごい量の霊力を持っていた。

 視界に入れられただけで威圧に動けなくなる。

 さすがは伝説の存在だと死を覚悟した。

 まさかそんな伝説の存在まで首チョンパで終わるとは思わなかった。


 伝説の三つ首竜は素材の宝庫だった。

 姫と二人狂喜乱舞した。蘭様と緋炎さんに協力してもらって丁寧に素材にした。


 他にも伝説の生き物を見つけては素材にしていった。

 冒険の日々のなかで、僕ら四人は仲良くなった。




 ずっと申請していた黄珀(おうはく)の森への立ち入りの許可が出たときも、蘭様は当然のように「オレも行く!」と言い張った。


「魔の森とは違うのよ?」「『黄』の王族に挨拶したりしないといけないのよ? アンタそういうの苦手でしょ」姫がそうなだめたけれど、すっかり姫を気に行った蘭様は聞かなかった。


 蘭様は末っ子。たくさんの兄上姉上に可愛がられて育った。

 成長して実戦部隊に入ってからも、一番年少とあって大人達や年上から可愛がられてきた。

 そのためか、傍若無人に見えて甘えん坊な面がある。

 そんなところがお姉さん気質のウチの姫はかわいくて仕方ないらしい。

 僕も年上の女性なのは理解していても「仕方ないなぁ」なんて兄気分になることがある。



 結局蘭様に押し切られ、黄珀(おうはく)に同行することになった。

 守り役の緋炎さんも当然一緒。

 魔の森の冒険の続きのようなノリで黄珀(おうはく)に行った。


 黄珀(おうはく)の『青』の館に入って数日。

 北の国から依頼が来た。

 霊力過多症で幼い頃から苦しんでいる『黒』の姫を診てもらいたいという。


「病身を押してこの黄珀(おうはく)に来た」と聞かされてはウチの姫が黙っていられるわけがない。

 すぐさま北の国の館に赴いた。

 当然蘭様もついてきた。緋炎さんも「仕方ない」とついてきた。


 そこで西の姫とも知り合った。


 北の姫である竹様を、西の姫である菊様と組んで治療する。

 姫の薬と菊様の霊力操作訓練。

 竹様は発熱しては収まりを繰り返しながら、少しずつ良くなっていった。


 穏やかで優しげな竹様を、蘭様は当然気に入った。

 強気で偉そうで、でも可愛がってくれる菊様も蘭様は気に入った。

 ウチの姫も、頼りない竹様と頼りになる菊様を気に入った。

 そうしてしょっちゅう北の館にお邪魔しては四人で仲良くおしゃべりをしていた。



 研究一筋でいつも土まみれ薬まみれの姫には同年代の同性の友達がいない。

 多分蘭様が初めての女友達だ。


 そんなウチの姫が、同じくらいの年頃の女の子の友達と『ただおしゃべりを楽しむ』なんて、あり得ないと思ってた。

 楽しそうな様子に「よかったね姫」と喜んでいたら、他の姫も同じだと聞いた。


 菊様は昔から優秀すぎるくらい優秀でやっぱり女友達なんていなかったし、蘭様は同年代の女の子達にとっては『王子様』だった。

 ずっと病床にいた竹様は言わずもがな。

 同じ喜びを分かち合い、守り役同士もあっという間に仲良くなった。



 こんな穏やかで楽しい日々が、ずっと続くと思っていた。

蒼真視点三話で完結となります

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