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紅蘭(くらん)燃ゆ  作者: ももんがー
11/14

挿話 1 王のつぶやき

『黄』の国の王視点です。

高間原でなんであんなことになったのか、あのあとどうなったのかの事情説明回です。

 不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。


 豪奢(ごうしゃ)な衣装を脱ぎ捨てて楽な衣を纏う。

 側仕えが持ってきた飲み物を一気にあおり、腹立ちまぎれに盃を投げ捨てる。


 乱暴に椅子に座るも、苛立ちはおさまらない。


 不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ!




 ここは高間原(たかまがはら)と呼ばれる世界。

 魔の森に囲まれた地に五つの国が存在する。


 東の青藍(せいらん)。南の赤香(あこう)。西の白蓮(はくれん)。北の紫黒(しこく)

 そしてこの中央の国、黄珀(おうはく)


 俺は黄珀(おうはく)を治める『黄』の一族の王の息子。

 次期王だ。

 まだ十二歳だが、誰もが俺を敬い俺を崇め奉る。

 それが当然。


 だのに、今日の連中ときたら。



 十年に一度、この黄珀(おうはく)に五人の王が一堂に会する。

 ニ年ごとにそれぞれの都で行われる首脳会談。

 今年はこの黄珀(おうはく)が舞台となった。

 王太子たる俺も各国の王から挨拶を受けるべく会談後の宴席に(おもむ)いた。


 だが、そこで見たものは、あり得ないものだった。


 俺にひざまずくべき他国の者共が偉そうにふんぞり返り、父王は俺に向かって彼らに頭を下げろと強要する。


 何故俺が他国の者共に頭を下げねばならない!?

 偉そうに豪奢(ごうしゃ)な衣を(まと)って人間の皮を被っているが、この連中は所詮は獣ではないか!

 下賤な獣などに何故『黄』の王族たる俺が頭を下げねばならぬ!?


 (かたく)なに拒否していたら、父王は怒り他国の者共にヘコヘコと頭を下げた。

 人間の皮を被った獣共は、腹立たしいことに、偉そうに『許す』などとのたまう。


 誇り高き『黄』の一族が!

 これでは獣共の家来のようではないか!


 不愉快極まりない。

 我が『黄』の一族のおかげで生き延びられた、愚かな獣の分際で!


 不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。

 腹立たしい。憎らしい。

 獣共の国など、滅びてしまえばいい!!



【――『願い』を感知しました】

【思念量 クリア】

【詳細確認に入ります】



《―――》


 イライラと当たり散らしていると、不意にナニカに呼ばれた気がした。

 なんだろうかと側仕え共に聞いてみるが、誰も何も聞こえないという。

 

 もしや選ばれし『黄』の王族たる俺にしか聞こえないのか?


《―――》


 またもナニカに呼ばれた気がする。

 キョロキョロとあたりをうかがう俺に、側仕え達が怯えたようにしている。

 その様子が不愉快で「出ていけ!」と部屋から出す。



 側仕え達がいなくなった後も俺を呼ぶ声は続く。

 わけがわからず、不愉快になる。



 ああ。不愉快だ。何もかもが不愉快だ!

 イライラして、先程のやり取りがまたしても浮かんできた。



 父は言う。

「四方の国が魔の森を抑えてくださっているから、この黄珀(おうはく)は平和なのだ」


 だが、その技術は元々は我ら『黄』の一族が授けたもの。

 いわば家臣と変わりない。

 なのに何故獣などに頭を下げねばならぬ!?

 何故『黄』の王族、しかも王太子たる俺に礼を尽くさぬ!?


 先程の宴においての、四方の国の王と名乗る者共のあの態度!

 俺を(あなど)る、あの目!

 許せぬ! 獣の分際で!


 魔の森がなんだ! 偉そうに!

 俺は『黄』の王族の王太子だぞ!?

 貴様ら獣よりも俺のほうが偉いんだ!


 忌々しい。忌々しい獣どもめ。

 いっそ獣の国など、滅びてしまえばいい!



【『願い』を受理しました。

『願い』『四方の国の滅亡』】


 いや、ただ滅ぼすだけでは足らぬ。

 奴らの大切なものを痛めつけ、死ぬほどの苦しみを味わわせてから、国を滅ぼすのだ!



【『願い』を受理しました。

『願い』『四方の国の王の大切なものを痛めつける』『四方の国の王に苦しみを与える』】



 そうだ。

 四方の国など、なくなってしまえばいい。

 そうすれば、俺がこの高間原(たかまがはら)唯一の王だ。

 俺はこの世界において、唯一にして絶対の王となるのだ!!



【『願い』を受理しました。

『願い』『この世界唯一の王になる』】



【検証します―――検証が終了しました。

『願い』を叶えるためのフェーズを開始しますか?】



 また、ナニカを感じた。

 何かはわからないが、どこかに呼ばれている気がする。


 こんなときに側仕え共がいない。無能共め。主の側に常に侍っていなくて、何が側仕えだ。


 このときの俺は自分が側仕えを下がらせたことを忘れていた。

 ただ、思うようにならない何もかもに腹を立て、イライラとしていた。


 尚もナニカに呼ばれる感じがする。

 何故か捨て置く気にならず、しぶしぶと重い腰を上げた。

 いつも部屋の前にいる護衛騎士も何故かおらず、こちらも職務怠慢かと腹を立てた。

 が、今回に限っては都合がいい。


 呼ばれるままに城を出て、呼ばれるままに森に入る。


 この森は王族しか入れない『王家の森』だ。

 それでも普段は入口に門番がいる。

 なのに誰もいなかった。

 こちらも職務怠慢らしい。


 どいつもこいつも。


 役立たずばかりだと腹を立てながら()を進める。

 道中誰にも会わなかったことも、このときの俺は疑問に思わなかった。



 やがて大きな樹にたどり着いた。


 不思議な樹だった。

 太い太い幹の中心部がぼんやりと黄色く光っている。

 まるで息をしているかのように、その光はゆっくりと強くなったり弱くなってりしていた。


 その樹の前に立っているだけで圧倒される。汗がたらりと流れる。


 威圧ではない。

 ただ、巨大な霊力が閉じ込められているのを感じる。


 一体この樹はなんだろう。

 そう考えたとき、一度だけ父から聞いた話を思い出した。


 我が『黄』の王族に伝わる伝説。


 この『黄』の国のどこかに封じられているモノ。

災禍(さいか)』と呼ばれるモノ。


 巨大な霊力を持ち、どんな願いも叶える存在。

 ただし、決してそれを解き放ってはならない。

災禍(さいか)』が解き放たれたとき、世界は滅びる。


 これが、その『災禍(さいか)』なのではないか?

『どんな願いも叶える存在』なのではないか!?



【検証が終了しました。

『願い』を叶えるためのフェーズを開始しますか?】



 やはりそうだ!

 この樹の中から感じる存在こそが、『どんな願いも叶える存在』なのだ!


 やはり俺は『選ばれし存在』なのだ。

 俺は『どんな願いも叶える存在』から選ばれたのだ!

 俺の『願い』を叶えるために!



【検証が終了しました。

『願い』を叶えるためのフェーズを開始しますか?】



 ボワンボワンとした不思議な響きの声が何度も問いかけてくる。

 男か女か、若いのか年寄りなのかもわからない。

 不思議な声はどこまでも平坦で、感情を読むこともできなければ声の主がどんな存在か想像することもできなかった。



【検証が終了しました。

『願い』を叶えるためのフェーズを開始しますか?】



『ふぇーず』というのがなにかはわからない。

 が、俺の『願い』を叶えようとしていることは理解した。

 ならば、俺の答えはただ一つ。


「貴様がなにかは知らないが、俺の『願い』を叶えるというならば、叶えてみせよ!」



【―――フェーズの開始に同意を得たことを確認しました】



 チチチッ。

 不思議な音のあと、カッと樹が光った!


 その途端、頭の中に映像が浮かんだ!



 魔の森の結界を術者が崩す。

 魔の森から魔物があふれ、国を蹂躪(じゅうりん)していく。

 四方の国同時に結界が崩れたことにより、相互協力ができなくなる。

 どこの国も自分の国を守ることしかできず、やがて疲弊して滅びる。

 そういう筋書きだった。



 なるほど、悪くない。

 魔の森から魔物が人里にあふれたら、魔物に民や家族を喰い散らかされたら、さぞかしあの連中も苦しむだろう。

 防戦一方の戦いに金も食料も削られ、体力も精神力も削られ、飢え、苦しみ、最終的にはひとり残らず死に絶える。


 悪くない。悪くはないが、時間がかかりすぎるな。

 結界を破壊するための術者の選定に十年、養成にニ十年、結界を破壊して魔物が国を滅ぼすまでに十年を想定している。



【別案を検討します―――検討しました。

『願い』の満願までの期間短縮には、私の封印の解除が必要になります。

 封印を解除しますか?】



「期間短縮できる方法があるのか?

 ならばさっさとやれ!」



【同意を確認しました。

 封印を解除します。

 ―――失敗しました】



「なんだと!?」



【再度実行します―――失敗しました】


【検証します。検証します】


【―――検証が終了しました】


【私の封印を解除するためには、いくつかのフェーズが必要になります。

 情報を提供します】


 その声と同時に、頭の中に映像が流れ込む。


 どうやらこの封印は、代々の『黄』の王によるものらしい。

 王による『願い』。

『決してコレを解き放ってはならない』

 そのために封印を何重にも重ねがけされている状態のようだ。


 では、父王が『願い』を撤回したら封印を解けるのか?


【検証します――検証しました。

 現在の王が『願い』を撤回しただけでは、封印解除は不可能です】


「ではどうするというのだ!」


 自分の考えを否定された苛立ちのままに叫ぶと、再び頭の中に映像が浮かんだ。


 まず、父王が王の地位を俺に譲る。

 俺は『黄』の王に受け継がれている祈りの儀式を用い『歴代の王の「願い」の撤回』を願う。

 次に、結界術を得意だとのたまっている北の獣に子供を授ける。

 北の獣の持つ能力を凝縮したような子供を作る。

 その子供に、この結界を解かせる。


 自分の子供が自分の国を滅ぼすということか!

 おもしろい趣向だ!

 だが、そう都合よくそんな子供が生まれるのか?


【願えば、叶います】


 素晴らしい!!

 まさに『どんな願いも叶える存在』だ!!


「ではそのようにしろ!」


 一も二もなくそう告げると【フェーズの開始に同意を得たことを確認しました】と声がした。


【『願い』を叶える為には『祈り』が必要です。

 強い『思念』が必要です。

『祈り』と『思念』を捧げることが可能ですか?】


『祈り』に『思念』だと?

 つまりは、強く願えばいいということか?


【その通りです】


「強く願うだけで四方の国は滅び、俺はこの世界唯一の王となるのか!?」


【強く願えば、叶います】


 なんと素晴らしい!

 願うだけでいいならば、いくらでも願うとも!!


【同意を確認しました】


【『願い』を叶える為には『霊力』が必要です。

『霊力』を捧げることが可能ですか?】


「霊力だと?」


【生命力でも代替可能です】


「――つまり、生贄が必要ということか」


【その通りです】


 少し考える。

「四方の国を滅ぼすときの民の生命ではどうだ?」


 チチチッと不思議な音のあと、しばし間があった。


【――検証が完了しました。

 私の封印解除は現在の霊力で可能と判断しました。

 封印解除後、四方の国の民の生命力を贄とし『願い』を叶えることは可能であると思われます】


「ならばそのようにいたせ!」


【同意を確認しました。

 これよりフェーズを実行に移します。】



【『願い』

『四方の国の王の大切なものを痛めつけ、苦しみを与える』

『四方の国の滅亡』

『この世界唯一の王になる』】




 それからすぐに次期王としての教育が始まった。

 父王に「王を継ぐ者にしか教えられない」と説明され「くれぐれも他の者に教えることのないように」と念押しされて連れて行かれたのは、あの王家の森の大樹の前だった。


 そこで、その大樹に封じられているモノのことを教えられる。


災禍(さいか)』と呼ばれるモノであること。

 強い『願い』を叶えてくれるが、そのために(にえ)を必要とすること。

 約千年前の王族のひとりが私欲に走った『願い』をしたために世界が滅びかけたこと。

 その頃は『黄』の王族ならば誰もがこの大樹に封じられているモノに触れられていたという。

 かろうじて『黄』の王族全てで『願い』を破棄させ、大樹に封じた。

 それからは同じ過ちを繰り返さぬため王となる者にしかこの存在を教えないことにしたこと。


「我ら『黄』の王は、この世界の安寧のために『災禍(さいか)』を封じなければならない。

 この高間原(たかまがはら)の平和と『災禍(さいか)』の封印。

 このふたつを強く強く願い、祈ることこそが、『黄』の王最大の勤め」


 真剣に語る父王に、神妙な顔でうなずく。

 が、腹の底では舌を出していた。


 なにが『高間原(たかまがはら)の平和』だ。

 そんな甘いことを願っているから獣共がつけあがるんだ。


 平和なのは、この黄珀(おうはく)だけで十分。

 獣共は獣らしく戦いに明け暮れ、そして滅びればいいんだ!



 父王から儀式を教わり、霊力を捧げる。

 なるほど、『願いを叶える為には霊力が必要』だと言っていたが、こうして必要な霊力を注ぐのか。


 霊力を捧げながら、強く強く願う。

 獣共の国の滅亡を。

 俺がこの世界唯一の王となることを。



 数年が経ち、俺は若くして王となった。

 北の獣の国には娘が産まれた。

 何もかもが予定どおりに進んでいる。

 しめしめと(わら)いながら、その時を待った。






「――何故だ!! 何故こんなことになった!!」


 城の周囲を軍勢が取り囲んでいる。

 城下に広がる街の道という道に兵が溢れているのがみえる。




災禍(さいか)』の封印が解け、その霊力が俺に宿った。

 ドッと増えた霊力と威厳に、誰もが俺にひれ伏した。

 すぐさま『災禍(さいか)』の封印が解けたこと、今は俺が自らの身体で仮に封じている状態であるため心配はないこと、封印を解いたのが四方の国の姫であることを公表した。


 森に入るときに登録された霊力を召喚するよう陣を組ませ、娘共を玉座のある広間に()び出す。


災禍(さいか)』が俺に宿るために移動してきたときに時間停止の結界を張ったとかで、娘共にとっては突然召喚されたように感じているらしい。


 実際は数日が経過しており、娘共の犯した罪についての裁判も済んでいる。

 各国への通達はつい先程飛ばした。

 今頃この黄珀(おうはく)の各国の館へ連絡が行っていることだろう。


『貴国の姫が解いてはならぬ封印を解いた』と。

『その罪により異世界に落とす』と。



災禍(さいか)』の霊力が宿った俺が、四方の国の娘共に『呪い』をかけ、異世界に落とした。


 俺は娘共を八つ裂きにしてそれぞれの王に届けたかったのだが、それは『災禍(さいか)』が止めた。


『手の届かないところに落としたほうが、残された王は苦しむのではないか』と。

『異世界で死ねない苦しみを永遠に味わわせるのはどうか』と。


 娘が永遠の苦しみを味わう。

 それを親である連中は救うこともできず苦しむ。

 おもしろい趣向だと思った。

 そのための術は『災禍(さいか)』が作り出した。

災禍(さいか)』が頭の中に流してくるとおりに霊力を操り術を組み立て、娘共に『呪い』をかけた。


 おもしろいくらい簡単に『呪い』を刻めた。

 愉快でたまらなかった。



 間を置かずに各国から問い合わせが来た。

 娘共の罪状を告げ、文句を言ってきた者を次から次へと殺した。

災禍(さいか)』の霊力を宿した俺にとっては紙を千切るように簡単なことだった。

 愉快で愉快で、もっともっと殺したいと思った。

 殺した連中の霊力を糧に『災禍(さいか)』の術は展開していった。



 家臣の報告が入ってくる。

 四方の国の連中は頭をかきむしるほど嘆き苦しんでいるという。

 俺の望みどおりだ!!

 俺を馬鹿にしたからだ! ざまあみろ!!



 四方の国の連中はこの黄珀(おうはく)を目指して移動しているという。

 これも『災禍(さいか)』の策どおり。


 魔の森の結界は定期的に霊力を注がなければ破綻する。

 その霊力量は一般人ではとても補えない。

 王族だの貴族だのの霊力量の多い連中が数人がかりで注がなければ、魔の森の結界を維持できない。


 その連中が何故か国を出てこの黄珀(おうはく)を目指しているという。

 娘を探しに来るのか? もう手の届かない世界にいるというのに?

 その愚かさに笑った。


 すぐに魔の森から魔物があふれたと報告があった。

 これで四方の国は滅びた!


 愚かな王共め!

 自分の娘かわいさに判断を誤って国を滅ぼした!

 偉そうに「大切だ」とのたまっていた民を死なせたのは貴様ら自身だ!

 さぞ自責の念を抱いているこどだろうな! いい気味だ! ざまあみろ!!



 おもしろいくらい筋書きどおりに事が進む。

 笑いが止まらない。

 四方の国が滅びた今、この高間原(たかまがはら)の王は俺だけだ!

 この俺こそが、この世界唯一の王だ!!

 

 


【『願い』

『四方の国の王の大切なものを痛めつけ、苦しみを与える』】

『四方の国の滅亡』

『この世界唯一の王になる』】



【『願い』の満願を確認しました】


【新しい『願い』を感知するまで、安全な場所で活動を休止します】






 筋書きどおりに進んでいるはずだった。 

 なのに何故、俺はこんなことになっている?

 何故黄珀(おうはく)が軍勢に取り囲まれている?


「娘を奪った王を殺す」だと?

「『世界を滅ぼす存在』を隠蔽していた『黄』の国を滅する」だと!?

 どいつもこいつも勝手なことを言いおって!!



「『災禍(さいか)!』『災禍(さいか)!』

 奴らを蹴散らせ!

 この黄珀(おうはく)を守る術を展開しろ!」


 叫んだが、反応がない。


「『災禍(さいか)!』俺の『願い』を叶えろ!!」


「『災禍(さいか)!』」


 呼びかけても呼びかけても何の反応もない。

 ふと気づくと、あの万能感の源であった霊力が無くなっていた。



災禍(さいか)』が、いなくなった?


 そんな。いつ? 何故?



 訳がわからない。

 なにが起こっているのかわからない。

 あれよあれよという間に王城に兵が押し寄せた。

 生まれて初めて感じる戦いの気配に身動きがとれない。

 獣のような叫び声。なにかがぶつかりあう音。押し付けられるような霊力の渦。


 目の前に、四人の王がいた。

 あの日見た、人間の皮を被った獣共。


 俺にひざまずくべき他国の者共が偉そうにふんぞり返り、俺に刀の切っ先を向けた。


 俺は床に座り込んでいた。

 何故だ? 逆だろう?

 ひざまずくべきは、貴様らだろう?



「『世界の崩壊』を招いたのはコイツだ」

 白い髪の女が俺を指さした。


「コイツが自分勝手な『望み』を抱いた。

 我らの娘はそれに利用され、異世界に落とされた。

 その身に『呪い』を刻まれて」


「その『自分勝手な望み』とは?」

 黄金色の混じる深い青の眼の男の問いかけに、白い女は答えた。


「『四方の国の王の大切なものを痛めつけ、苦しみを与える』

『四方の国の滅亡』

 そして『この世界唯一の王になる』だと」


「随分と自分勝手で幼稚な『願い』だ」

 黒い髪の男が吐き捨てるように言った。


「そんなもののために我らは最愛の娘を失ったのか」

「無二の部下もな」

 燃えるような髪の男も言った。


「もう間もなくこの世界は滅びる。

 貴様は『世界を崩壊させた罪』を負い、死して尚この世界に留まるがいい」


「よかったな。この世界に『唯一の存在』となれるぞ」


「我らは落ちた娘達を目印に異世界へと逃れる。

 すでにほとんどの民は移動済だ。

 貴様はただひとり、この世界と共に()ちるがいい」


 人の皮を被った四人の獣が、それぞれ刀を逆手に持った。

 ザクリ!

 俺の周囲を取り囲むように、四本の刀が床に刺された。

 獣共がそれぞれの刀の(かしら)に埋め込まれた霊玉に霊力を注ぐ。


 バチッ!

 刀を媒介に、ナニカの術が完成した。


「貴様はこの牢から出られない。命尽きても、身体が腐ちても、貴様は永遠にここに留まるのだ」


 白い女の言葉の意味がわからない。

 そうか。獣の言うことだから人間たる俺には意味がわからなくて当然か。


「あばよ。『唯一の王』」



 王。『唯一の王』。

 そうだ。俺は、この世界唯一の王だ。

 誇り高き『黄』の王だ。

 獣などとは違うんだ。



 誰もいなくなった玉座の間。

 先程まで辺りに満ちていた戦いの気配はいつの間にか消え失せていた。

 恐ろしいほどの静寂に、護衛を呼ぶ。側仕えを呼ぶ。家臣を呼ぶ。

 誰一人俺に応えない。

 俺は王なのに。

 この世界唯一の王なのに。


 身動きが取れない。

 床に座り込んだまま指一本動かせない。

 逃げ出したいのに。逃れたいのに。

 食事も排泄も睡眠も何ひとつ得ることもできず、ただその場に縫い留められて動けない。


 俺は王なのに。

 この世界唯一の王なのに。




 あれからどれくらい経ったのか。


 やがてザワザワと暗闇が迫ってきた。

 姿は見えない。

 ただ、ザワリザワリと暗闇が押し寄せる。

 その暗闇が俺の頬を撫でる。


 俺を縫い留めている刀の術も、その暗闇には効き目がないようだった。

 暗闇は床からも這い上がってくる。天井からも迫ってくる。


「ギャアアァァァァ!!」

 悲鳴すらも呑み込んで、暗闇は俺を取り込んだ。

 黒く塗りつぶされていく世界の中、俺は自分の『願い』の果てをようやく知った。

明日からは事情説明回その2をお送りします。

今しばらくお付き合いくださいませ。

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