第一話 蘭
新連載です。
前作『助けた亀がくれた妻』と同じ世界の話です。
読んでいなくてもわかりますが、お読みいただけるとうれしいです。
よろしくおねがいします。
ゴオォ! 炎が上がる。
既に周りの建物は火に包まれ、あちこちに敵がなだれ込んできている。
向かってくる敵を薙ぎ払いながら戦局を確認する。
塀の向こうに見える旗印は、桔梗。
周囲を囲む様子から相当な数だと推測される。
逃げ出すことも不可能だろう。
こちらは女や厩番を入れても百人程度。
戦える者はわずか。
大勢は既に決まってしまった。
ならば、恥ずかしくない最期を。
上様にふさわしい最期を。
襲いかかる敵を薙ぎ払っていた槍がついに折れた。
弓はとっくの昔に弦が切れた。
ならばと腰の刀を抜き、向かってくる敵を斬り倒しながら廊下を走る。
奥へ、奥へ。
途中女房達に出会ったので早く逃げるよう声をかける。
寺の坊主共にも逃げるよう勧める。
そうしてようやく、上様の元に戻った。
「――蘭か」
「はい」
上様は、静かに座っておられた。
おそらく外は炎の海になっている。
あちこちで怒声がおこり、血の臭いと建物の焼ける臭いが立ち込めている。
だが、この奥の間は、不自然なほど静寂に包まれていた。
「これまでか」
「はい」
「で、あるか」
ク、と、いつもの笑みを浮かべる上様。
「是非に及ばず」
そうして「仕度を」とご命じになる。
オレはひとつうなずき、淡々と場を整える。
切腹の仕度はすぐに整った。
「――世話になったな。蘭」
「とんでもございません。上様にお仕えできたこと、この蘭丸、無上の喜びにございました」
本心だ。
この方の創る国を見たかった。
この方の創る未来を見たかった。
だが、仕方ない。ここまでだ。
一礼して、上様の背後に立つ。
せめて、苦しまぬように。
覇王にふさわしい最期を。
振り上げるた刀に、ふと、昔のことを思い出した。
真剣ではなく木刀を振り回し、兄弟達と稽古をしていたあの日のことを。
上様の元へと来ることになった、あの日のことを。
「上様からのご命令があった」
稽古をしているオレ達のところにやってきた兄上は、真面目な顔でそう言った。
「上様って…信長様?」
「そうだ」
ただでさえ厳つい顔をさらに厳つくさせて、兄上はオレ達をジロリとにらみつけた。
一歳下の弟の坊と二歳下の力、一番チビの仙は首をすくめたけれど、オレは平気。
兄上より怖いモノ、色々知ってるからなオレ。
「上様は小姓となる者をお望みだ。
坊丸、力丸。お前達、上様の元へ行ってくれ」
「えぇー! 兄上! オレも! オレも行く!」
なんでオレだけ除け者なんだよ!
「ハイハイハイ!」と手を挙げて兄上に主張した。
「阿呆かー!!」
そんなオレに兄上の雷が落ちた。
「お前が行けるわけがなかろう! 蘭!」
「なんで!!」
「なんでって、お前――女じゃないか!」
森 蘭。
これがオレの今生の名前。
十三歳の、性別、女。
オレには前世の記憶がある。
いわゆる『転生者』だ。
だが並の『転生者』ではない。
なんと前世も前前世も前前前世も、ずーっとずーっと昔からの記憶を持っている。
その長さ、約四千五百年。
普通じゃない。
そう。オレは、普通じゃない。
元々は、こことは違う世界に生まれ育っていた。
異世界から落ちてきた――いわゆる『落人』だ。
オレが四千五百年前に生まれ住んでいたのは『高間原』と呼ばれる世界。
魔物の出る『魔の森』に囲まれた世界に、五つの国があった。
オレは南の国『赤香』の王の娘だった。
南の赤香は非常に暑い地域で、作物はあまり育たなかった。
だから自然と傭兵仕事が多くなり、オレが物心ついたときには『国家』というより『戦闘集団』と呼ばれることのほうが多かった。
そんな地域に生まれ育ったオレは、当然のように戦闘に身を捧げた。
兄弟は男ばかりだった。
戦闘訓練では周りは男ばかりだった。
そのせいで、一人称は『オレ』で定着したし、話す言葉も男言葉になった。
別にそれは問題ない。
そのほうがオレの性に合っているし、家族も側近達も文句を言ったことはない。
男に間違えられることもしょっちゅう。
それも別に問題ない。
戦闘において女扱いで手加減されるほうがムカツク。
そんなオレの唯一の女友達が、梅。
東の国の王族の姫のくせに薬師をしている変わり者。
薬草を求めてこの赤香まで来た変わり者。
変わり者同士、すぐに仲良くなった。
その梅が、中央の国に行くという。
ずっと申請していた森への立ち入りの許可が出たと。
「オレも行く!」「護衛してやるよ!」
「護衛は蒼真がいる」というのを駄々をこねてつれていってもらった。
オレのお目付け役として側近のひとりの緋炎も一緒。
蒼真は梅の守り役。
あのときオレも梅も十八歳だったけど、蒼真は確か十五歳だった。
短く整えたくせのある蒼い髪に蒼い眼の、かわいいかんじの男の子だった。
梅の護衛が本来の仕事のはずなのに、薬師の梅にいいようにこき使われて薬師の資格が取れてしまったと笑っていた。
梅の片腕として薬師仕事をしている、梅の部下というよりは弟のような存在だ。
対する梅は黒に近い青い髪を頭の後ろの上の方で結び、馬の尻尾のように揺らしていた。
黄金色の混じる深い青の眼は青の王族の証。
それなのに、あちらの山、こちらの森へとずんずん入っては薬草を採取していた。
オレはといえば、茶に近い赤毛を短くして、男の格好をして暴れまわっていた。
その時には赤香の中でもオレに勝てるのほんの数人になっていた。
そんなオレの守り役の緋炎は大人の女性。
豊満な胸にくびれた腰。
豊かな髪は炎のように真っ赤で、ぷるんとした唇も真っ赤。
そんな女性らしい女性なのに、オレの直属部隊である『蘭舞』の部隊長をしている。
戦闘集団『赤香』の中でも上位五本に入る部隊の部隊長。
そしてオレが勝てない数人のうちのひとりでもある。
そんなオレと緋炎が護衛について、梅と蒼真と一緒に中央国である『黃珀』に行った。
そこで北の国の姫と西の国の姫と友達になった。
北の国の姫である竹はちいさい頃から霊力過多症に苦しんでいた。
たまたま黃珀に梅と菊が行くと聞き「噂に名高いその姫達ならばこの病を治せるのではないか」と、病身を押して黄珀まで駆けつけた。
北の国の館に「是非に」と梅が呼ばれ、おもしろそうだからとオレもついていった。
そこで同じように招かれた菊と出会った。
初めて会ったときは寝込んで動けなかった竹だけど、梅の薬と菊の霊力訓練でどんどん元気になっていった。
竹はオレと梅よりひとつ年下。
真っ直ぐな長い黒髪。黒い瞳。
ぬけるように白い肌。
今までろくに動けなかったとかで体型も顔もぽっちゃりしているけれど、竹のふんわりした雰囲気に合ってると思う。
いつもにこにこおだやかに微笑んでいて「ああ、女らしいってこういうことなのかー」と納得した。
ひとつ年上の西の国の姫である菊も真っ直ぐな長い髪をしていたが、菊の髪は氷のような銀髪。
黄金色の瞳の大きな眼。まっ白い肌。ほっそりとした身体。
はっきり言って、美人。迫力美人。
女らしいといえば間違いなく女らしいのだけど、美人なのは間違いなく美人なのだけど、迫力がありすぎて逆に女らしくない。
同じ美人でも、菊の守り役の白露は女らしい。
菊と同じ銀髪に金眼だけれど、白露の眼はやわらかくあたたかい。
母性あふれる瞳だと思っていたら、ホントに子供がいるという。納得した。
くせのある髪をうまく活かして上手に結い上げていた。
たいてい北の国の館にみんなが集まる。
竹の治療で梅と菊が北の国の館に行くから。
竹は出かけられないから。
竹の側近がいつももてなしてくれる。
美味しい菓子にいつもついつい食べすぎてしまい、だから竹はぽっちゃりなんだと納得する。
竹の守り役は夫婦。
夫の黒陽は筆頭護衛、妻の黒枝は筆頭側仕え。
竹の側仕えはこの二人の娘達だ。
全員『黒の一族』の者らしく、黒髪黒眼。
黒陽は吊り目に吊り眉でいつも怒っているような顔だけど、妻に対するときはデレッとなって面白い。
ある日そう指摘すると、黒陽はなんてことないような顔でさらっと答えた。
「『半身』なので」
この世界には、ひとつの伝説があった。
『夫婦は元々ひとつの塊だった』。
ひとつの塊に陽と陰――つまり、男と女、二つの魂が宿ったけど、半分に分かれた。
だから、失った半分を求める。
そして再び出会えた二人は、お互いを『半身』と呼ぶ。
「『半身持ち』なんて、初めて会った」
「ホントに存在するんだな」と驚いたら、黒陽も黒枝もしあわせそうに笑った。
「アラ姫。ウチにも数組いますよ?」
「マジ!?」
「緋翔のとことか、赤音のとことか」と緋炎が挙げてくれる名に驚くしかできない。
「聞いてないぞ!!」
「言いふらすことでもないでしょうに」
怒るオレをあしらう緋炎に、竹が楽しそうに笑った。
「白蓮にも何組もいますよ」と笑う白露にちょっと興味が湧いた。
「白露と夫は違うのか?」
「ウチは『半身』じゃないですねぇ」
「でもかけがえのない夫ですよ」と笑う白露もしあわせそうだ。
「緋炎は?」
「アタシはまだ『半身』にも『かけがえのない相手』にも出会ってないですねー」
「………今のカレシ、何人目だっけ……?」
「何人目だったかしら?」
にっこりと妖艶に微笑む様は、女のオレでもドキッとする。
オレより十歳年上の緋炎だけど、オレが知ってるだけで二十人は付き合った。
でも二股とかは一切ない。そこは誠実。
その全部の男とその後も友人付き合いを続けているのだから、すごいと思う。
見習いたくはないけれど。
「『半身』、ねぇ……」
菊がほっそりとしたあごに手を当てて考えていた。
「竹の霊力過多症、『半身』を得たらより落ち着くんじゃないかしら?」
「え?」
「菊様!!」
すぐに黒陽が吠える。
「何を言い出すんですか!! 我が姫に男などまだ早――」
ガンッ。
「菊様。詳しくお聞かせ願えませんか?」
にっこりと微笑む黒枝の手には黒陽を殴り倒した棒が握られている。
最愛の『半身』に後頭部を強く殴られた黒陽は床に倒れたまま。
いくら油断していたとはいえ、黒陽ほどの実力者を一撃で伸すとは。さすが王族の側近。
美しい黒枝の微笑みに若干引きながらも菊が説明する。
「『半身』は欠けた部分を補い合い、安定するというでしょ?」
「そうですね」
実感があるらしい黒枝がうなずく。
「てことは、竹が『半身』を得たら、霊力も安定すると思うのよ」
「――なるほど!」
黒枝がノリ気になった。
「姫!」
「ひゃい!?」
「国に帰ったら早速王に進言して、国中の男と面談しましょう!」
「え? なん、で? は?」
話についていけないらしい竹を置いてけぼりにして黒枝は喜々として娘達に指示を始めた。
「イエ、まずは連れてきた者達からですね!
椛! 近衛の予定は!?」
「すぐに確認して参ります!」
「黒輝様の側近も会わせましょう! 楓!」
「連絡して参ります!」
バタバタと側近が駆け出して行く間も竹はオロオロしている。
「え? え? ど、どういうこと?」
キョロキョロと戸惑う様子がかわいい。
ついイジメたくなる。
「竹の婿を探すのよ」
梅も同じ気持ちのようだ。ズバリと竹に教えてやった。
「――え?」
きょとんとした竹だけど、次第に顔が赤くなっていった。
「――え? ――え、えええええ!!」
耳まで真っ赤だ。かわいいなぁ!
「な、なな、なん、なん」
「む、婿ですとー!」
あ。黒陽復活。
竹の叫びにガバリと飛び起きたけど、すぐにまた黒枝に殴り倒された。
すごいな黒枝。
「姫。姫。姫ももう十七です。
婚約者のひとりやふたり、いてもおかしくございませんわ」
竹の手をとってやさしく語りかける黒枝。
「こ、こん、婚、」
「アラ。黒輝様は婚約者じゃなかったの?」
初めてこの紫黒の館にお邪魔したときに挨拶した、黒の王の後継者候補と紹介された男。
オレ達より少し年上に見えたから、二十代前半?
ほっそりして見えるけれど身体つきはしっかりした、強そうな男。
くせのある黒髪に黒い瞳の、おだやかな微笑みを浮かべたやさしげな男だった。
王の後継者候補だから、てっきり王の娘の竹の婚約者だとオレも思ってた。
緋炎の質問に黒枝は「違いますよ」とあっさり答える。
「あの方は姫の従兄弟にあたります。
現王の弟君の御子息です。
姫が病床から出られなかったので、幼い頃から後継者として教育されてきた方です」
「にいさまが王になればいいんです。
それが一番民のためになります。
にいさまはご立派な方なんですよ。
私も弟も、いつかにいさまをお支えできればと願っています」
竹は王の座には興味がないようだ。あっさりとそう言った。
「姫はとにかく明日を生きることに必死でしたから。
夫だとか婚約者だとか、考える余裕もなかったのですよ」
悲しそうに目を伏せる黒枝に、竹も申し訳なさそうに目を伏せる。
「ですが!!」
ガバリと顔を上げ、グッと握った拳を振り上げる黒枝。
「皆様のおかげで我が姫は人並みの健康を手に入れました!
いつ死ぬかと怯える必要もなくなりました!
菊様のおっしゃるとおりです。
『半身』を得ることができれば、姫はさらに安定することでしょう!
即刻、面談です!
大丈夫です姫。『半身』ならば『見ればわかる』のです!
『半身』でなくても、気に入ったと思う男性がいればその人と夫婦になってもいいのです!」
「――ふ!? ふ、ふふふ」
「黒枝黒枝。他国の人間の可能性もあるわよ。
白蓮からつれてきてる男、何人か連れてくるわ」
「ありがとうございます菊様!!」
「それなら私も青藍から中央に来てる連中連れてくるわ!
誰が竹の夫を見つけるかしら!?
おもしろくなってきたわー」
「な、ななな」
「えー! それならオレも部下連れてくればよかったー!」
「アラ姫。赤香の人間も中央にいますよ?」
「マジか! 呼べ!」
「よろしくおねがいします!!」
オレの言葉にかぶせるように黒枝が頭を下げてきた。
「ま、まて黒枝! 姫にそんな、男など……」
「黙れ」
「ぐえっ」
「こ、黒陽ー!?」
最愛の妻に踏み潰された黒陽を心配する竹を黒枝はやさしく止める。
「さあさ姫。選び放題よりどりみどりですよ!
一日も早く元気になりましょうね」
「え? え?」
「誰が竹の『半身』を見つけるか、勝負だな!」
「は?」
「姫。なんでもかんでも『勝負』にするのはよくありませんよ」
「受けて立つわよ! 青藍の底力、見せてあげるわ!」
「へ?」
「姫。姫。そんな底力、初耳だよ?」
「それなら白蓮も頑張らないといけませんねぇ」
「フフフ。今回白蓮から同行してきた連中は年頃の独身男がほとんどよ。
この勝負、白蓮がいただくわよ白露」
「ハイ姫」
「え? え? え?」
「ま、待て! 勝手に話を進め「黙れ」「グフッ」
竹をからかって遊んだり、バカな話をしたり。
楽しい日々だった。
そんな楽しい日々を、オレは。
軽い気持ちで、
壊した。
白露と緋炎は『霊玉守護者顛末奇譚』からはじまる作品達にも登場しています。