帰ってきた女優
じゃ、監督、ぼくの知ってることを全部説明しますね。
最初に彼女を見たのは、この局の食堂でした。
お昼休憩中です。
窓に向かった席で外を見ながらカレーライスを食べていると、
「みぶさん!」
って、急に声をかけられたんです。
振り向くと、近藤正臣さんが日本蕎麦を乗せたトレーを持って立っていました。
その日から、一緒のシーンだったんです。
近藤さんが隣に座り、食べながら近況なんかを話しました。
ぼくらは、あんまり仕事の話はしないんですよ。
でね、その時に、離れた席からじっとこちらを見ている女の人に気がついたんです。
昔風の着物を着ていたから、やっぱり、今回のドラマに出演してる人なんだろうと思いました。
でも、変なんです。
昼休みの食堂だというのに、その人は何も食べてないんですよ。
テーブルの上は空っぽ。
何も食べずに、混んでる食堂の席についてこっちを見てました。
ちょっと異様な感じです。
その時は、近藤さんのファンなのかなあと思ってました。
近藤さんの方は、彼女に全然気づいてないようでしたが。
それから、別の日にスタジオに入る時、やっぱりその女性がセットの片隅から撮影の様子を見ているのに気づきました。
エキストラの人なのかなと思ったのを覚えています。
ぼくの出番が終わってスタジオを出る時には、もう彼女はいませんでした。
京都のお寺でのロケがありましたよね。
あの時、撮影所の控室に入ったら、奥に彼女がいたんです。
思わずぼくは、
「すみません、間違えました」
と言って部屋を出たんですが、扉には「みぶ真也様」って書いてある。
自分の控室に間違いないんです。
彼女が間違えてるんかなと思い、また部屋に入りました。
やっぱり、奥の方に座っています。
ぼくを見ると微笑んで、こう言うんです。
「みぶさん、私が見えるんですね」 つづく
ぼくの控室にいた女性はそういって微笑んだんです。
ぼくは今まで、今回のドラマの撮影中に何度か彼女を見かけたと言いましたよね。
ところが、考えてみると、近藤さんはじめ他の人は彼女に気づいてないようだった。
もしかしたら、ぼくにしか彼女は見えないのかも知れない。
そう気がつくと、ぞっとしました。
彼女はぼくの心を見透かしたかのように、
「その通り、私の姿はみぶさんにしか見えないみたいです。だって」
「だって?」
「みぶさんは、私のお兄さんですから」
その瞬間、あることが頭に思い浮かびました。
「すると、あなたは…妙美さん」
「はい、木下妙美役の野沢たまきです」
そうか。監督もご存知のようにこのドラマの役がぼくに決まった時、妙美という妹がいて、その役をやる女優さんも決定しているってことでしたよね。
ところが、衣装合わせに来た時に、その女優さんが急死してイメージに合う女の子が他に見つからないので台本を書き直しているところだとお聞きしました。
その亡くなった女優さんが、どうやら撮影現場にやって来て、ぼくの周囲に現れたってことらしい。
「この役が出来なくなって残念なんです」
と言って、彼女、泣き出したんです。
なだめたりすかしたりして、とにかく、もうここはあなたがいるべき世界ではないから成仏するように説得しているうちに、ロケバスの出発時刻だとADさんが呼びに来たら、彼女の姿は消えてしまいました。
今回のドラマが放送されて、ぼくの出番のシーンに不思議な女の子が映っているという投書が寄せられてるっていうのは、彼女のことだと思います。
つまり、視聴者の中に、ぼく以外にも見える人がいて画面の中に現れた彼女に気がついたんでしょう。
え、これからですか?
もう彼女は出て来ないと思いますよ。っていうのも、昨夜、彼女が夢に出て来てこう言ったんです。
「こっちの世界にもドラマがあって、私、オーディションに通ったんです。忙しくなりそう。津川雅彦さんの娘役なんです」