飛行機が落ちた
私が仕事をしていた時。
緊急病院から連絡が来た。
どうやら兄が乗っていた飛行機が、墜落したらしいのだ。
状況は分からなかったが、私は慌てて病院に向かった。
「貴方のお兄さんは集中治療室に入っています。感染の危険があるので、面会は出来ません」
診察室で悲痛な顔をした医者が、そう説明してくれた。
私は突然そう言われても信じられず、少し放心していた。
すると医師が、
「ご心配でしたら、映像で一目見てみますか? 監視用なので、少し画像は荒いですが」
と言ってくれた。
私は、一目だけでも無事を確認したかったので、何度も頷いた。
しかし次の瞬間、言葉を失ってしまう。
ベッドの上で寝ている彼に、兄の面影は無かった。
全身の殆どに包帯が巻かれ、頭や手足に点滴のチューブが付けられていた。
「始めは、もっと酷い状態でした。身体も、バラバラに近かったです」
私は震える唇を噛みしめ、助かるのですか、と尋ねた。
「大丈夫、峠は越えています。右手は無くなりましたが、訓練次第では私生活に影響は出ないでしょう」
医者の言うとおり、兄貴は死ななかった。
顔も整形で治し、時間はかかったが訓練を重ねて1人で歩ける所まで戻ったのだ。
しかし、全てが順調ではなかった。
兄貴が無くなった右手の事で、苦痛を訴えるようになったのだ。
仕方なかったので、私は医師に相談した。
「それは幻肢痛という奴ですね。右手が残っている時の記憶が強すぎて、今が苦しくなってしまう病です」
私は治療法は無いのですか、と尋ねた。
「今の所、決定的な方法はありません。長い間、セラピーを受け続けたら起こらなくなったという人もいますが、その反対の人もいます。ただ解決のカギは、心の中にあるようです」
それから私達は医者のススメに従い、精神科に通う事になった。
私も兄の幻肢痛が直るよう、一緒に努力した。
書物を読みあさり、痛みが完治した人に話を聞いて回った。
だが、それでも兄は右手の痛みを訴えたのである。
酷い時には、一日中叫び続けていた。
その姿があまりにも可哀想だったので、麻酔の注射をして抑えた時もあった。
ある日。
私がテレビを見ていた所。
気になる緊急ニュースが放送された。
兄と同じ飛行機に乗っていた有名人も生き残っていたが、数日前にとうとう死んでしまったらしい。
そして、これから告別式が行われるのだと、コメンテーターが言っていた。
テレビに棺桶に入れられた死体が映し出される。
その時。
私は違和感を感じた。
いや、私だけではなく、コメンテーターも同じだったらしい。
「しかし、何故、右手だけ血色が良いのでしょうか。とても、死んでいる人の手とは思えませんねぇ。もしかしたら、これは神の生き返ろという意志なのかも知れません」
そんな馬鹿な話があるものか。
普段なら、私もそう思ったかも知れない。
だが、そうだと言うには、あまりにも兄の右手に似ている様な気がしたのだ。
死体の手首には、生々しい結合の跡も残っている。
墜落事故の衝撃で体がバラバラになり、医者が復元する相手を間違えたとでもいうのだろうか。
私には、わからない。
やがて告別式が終わり、出棺の時間となった。
棺桶が、巨大な火葬する為の機械に入れられる姿が映されていた。
ふと、私は後ろにいた兄を見るが、何も変化は無い。
だが一応、右手はもう大丈夫なのか、と尋ねておいた。
「ああ、大丈夫。嘘のように何ともないぜ。数日前ぐらいまでは、結構痛かったんだけどよ。お前は気にせず、ゆっくりテレビでも見てろよ」
それは良かった。
私が胸をなで下ろした時である。
悲鳴が聞こえてきたのだ。
私は振り返った。
声は火葬場にいるリポーターが叫んだようだった。
そしてテレビの映像には、綺麗に焼け上がった普通の人骨が映っていた。
だが、それ混じって異様なモノが見えた瞬間。
私はゾクッとした。
右手の辺りの骨が、微かに動いてたのだ。
幾つかの細かい破片が、まるでミミズのようにウネウネと蠢いていたのだ。
「な、大丈夫って言ったろ」
振り返ると、笑顔で右腕をふっている兄の姿があった。
私は慌てて、もう一度映像を確認した。
血の気が引く。
私に向かってバイバイと、兄の骨が動いているのであった。