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リクマは、王国軍で長い間下士官を務めている。
もう出世の機会はないと思っていたが、サーキ党の討伐軍の募集を知って迷わず志願した。年齢的にも最後の功を立てるチャンスだからだ。
今回の戦いで活躍して報奨金を貰う。さらには、士官に取り立てられて退役年齢が延びるのを夢見ている。
自身の力量については、平均以上であるが、強力なスキルを持つ者にはかなわないと自覚するほどには、客観的に自己を判断することができている。
オーブラカに到着した時には、自分は何て楽な仕事を引き当てたのだ、と思わず神に祈ったほどだった。
敵は少なく、味方は多い。
それに上層部が今回の遠征軍に力を入れているためか、補給も潤沢。
いつもの賊討伐の任務のように、カビがうっすら付いたと硬いパンと何度も咀嚼する必要のある干し肉ではなく、柔らかいパンと具だくさんのスープが支給されるのだ。
リクマは中央に布陣した軍で、小隊を指揮することになった。
戦闘が始まってからも、楽勝だった。
敵は統率の取れていない素人。何人もの敵を斬り伏せた。やっかいなスキル持ちもいない。戦闘が始まってしばらくしても、小隊の部下には怪我人一人いない。こんなに順調なのは初めてだ。
周囲の友軍が、功績を立てすぎて、自分の功績が埋もれてしまうのではないかと心配したほどだ。
だが、リクマはその認識の甘さを、苦痛をもって実感する。
敵の陣地で、突如、奇妙な音が聞こえたかと思うと、敵兵の動きが変わった。
良くなったわけではない。逆だ。動きが単調になった。
その代わり、敵兵が不死身とも思えるぐらい頑丈になった。硬くなったわけではない、いくら斬っても撃っても、死なないのだ。
まるでゾンビだ。
「リクマ隊長、たっ助けてくださいっ」
隣で若い部下が悲鳴を上げる。彼の剣は、敵の胴体を貫いているのに、敵は剣が刺さっていくのも気にせず、そのままハグするように部下に近づき、腕に噛みつく。
「ぐっ、肉がっ」
噛みつかれた箇所の肉が、歯で抉り取られる。
「その剣は捨てろ!手を離せ!」
リクマは部下に噛みついていたゾンビを蹴飛ばす。
「止血してやる。痛いが動くなよっ」
リクマはその噛み傷を見るが、歯形に沿って筋肉が食いちぎられている。
本来は、生きている人間の腕の肉など、並大抵の咀嚼力では人の肉を抉ることができないのはずである。
だが、明らかに様子のおかしい敵兵たちは、パンを食べるように、人の肉を噛みちぎっている。
近くの戦線でも、味方がつぎつぎと噛まれている。頭を叩きつぶさない限り、動きを止めないのだ。
「刃物に頼るな。打撃で頭蓋を潰せ!」
そこはベテランのリクマ。形は違えど、幾度の修羅場をくぐってきた。斬撃の効果が薄いと分かると、剣を腰に戻し、近くに転がっていた工事用のスコップに切り替える。
先程、部下の腕の肉を噛みちぎったゾンビが、復活して立ち上がり、ゆらりゆらりと近づいてくる。
リクマはスコップで頭を叩こうとするが、ゾンビはそれを手で受け止める。痛覚が麻痺していなければ到底できない芸当だ。
「なんて力だ。鉄でできたスコップを握りつぶしたっ!明らかにさっきよりパワーが増しているっ。人肉を食べたからか?」
リクマはスコップを捨てて、ゾンビから距離を取る。
先程までリクマ隊の功績を霞ませるのではないかというほど活躍していた近くの部隊も、押されている。
そろそろ自分たちも撤退するか、とリクマが考えた時、首に鈍痛が走る。
恐る恐る後ろを振り向くと、先程、止血して後ろで休ませていた部下が、リクマの首筋に噛みついている。
「リクマ隊長……、僕、なんだかおかしくて、急にお肉が食べたくなってきて……隊長がまるで、ビフテキやチキンのよう見えてきて……おかしいな……でも……」
部下は瞳孔の開いた目で、ぶつぶつと呟きながら、リクマの血肉をすする。
「離せ!何をする」
リクマは部下を振り払う。首筋に手を当てると血でべっとりと濡れていた。
逃げなくてはと、リクマは思うが、思考がだんだんと鈍くなってくる。考えがまとまらない。
「リクマ隊長、応援頼みます!こっちにも敵が!」
見覚えのある顔、確か部下だった様な気がする顔が呼んでいる。
どうして自分が呼ばれているのか、リクマには分からない。取り敢えず腹ごしらえをした後に、考えることにした。
リクマは大きく口を開けて、その見覚えのある人間に近づくと、後ろから噛みついた。
生肉はとてもおいしく感じられた。血抜きをしないと肉はおいしくないと聞いたことがあったが、血抜きをしないでも十分おいしいじゃないか。えぐみと生臭さが今は、ちょうど良いスパイスに感じられる。
「リクマ隊長っ、何をしているのですか!おやめください。痛いっ、痛いです!」
次は、どの部分を食べようか?もう少し筋肉質な部分が良いな。リクマの思考はそれだけであった。