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天下太平に見える王国の治世にも、腐敗、格差拡大、疫病の流行などと、少しずつ歪みが生じていた。誰も気が付かないまま、その歪みは大きくなっていき、まるで噴火を待つマグマのように、ひっそりとエネルギーを蓄えていった。
ついにそのエネルギーは、解放され爆発した。
きっかけは、ちょっとした何処にでもある揉め事であった。
ある地方領主が、商人たちからの借金を踏み倒そうとした。
身分の差を理由に、無理矢理に借金を無しにしろと要求したのだ。
地方領主も元金の大半は返済しており、そこまで悪質ではなかった。むしろ多くある似た事例の中では、かなり良い方だった。
だが、物事にはある時を過ぎると、それまで許されていたことが、許されなくなることがある。
今回は、それに該当した。民衆のなかで密かに堆積していた不満が、身分差を利用した横暴に敏感になっていたのだ。
日頃の不満もあり、激怒した民衆たちは、領主の館を包囲。
逆に、領主といえば、元金のほとんどを返済して、かなり商人たちに配慮したつもりであったのに、商人たちからの怒りを買っている。領主は困惑するしかなかった。
次第に民衆は暴徒化し始めた。治安維持の義務がある領主としては、彼らを鎮圧するしかない。放置しておけば、宮廷からの処罰が待っているのだ。
だが、これは悪手であった。治安維持の名の下、武力を用いた領主に対し、商人たちを中心とする民衆は激怒。数の力で、領主の館を陥落させ、捕らえた領主一族を見せしめの末に処刑した。
交渉相手である領主を殺してしまった以上、暴動の中心となった商人たちは後には引けない。商人たちは、自由競争による弱肉強食の平等社会を目指す団体「サーキ党」を結党。
王国に不満をもつ民衆たちがサーキ党に共鳴して、各地で一斉蜂起した。
有象無象の民衆が入党したサーキ党は、「倒した敵兵の肉を喰らえば救われる」などと次第に宗教色を強め、結党当初の商人の政治組織から変質しつつある。
サーキ党はつぎつぎと地方都市を占拠していき、その勢いを恐れた宮廷は、大貴族に出兵を命じ、王国自身も軍の派遣を決定した。
ネイアは王立軍学校を繰り上げ卒業することになった。本来は四年制であるが、人手不足により、特例として二年で卒業になったのだ。席次はもちろん下から数え上げた方がはやい。
(ろくに教育も受けず、卒業なんて聞いていないわよ。最初の二年が基礎教育で後半に二年が専門教育って話だったでしょう?促成教育だけなんて、私、ちょっと軍事に詳しくて、体力が平均程度の一般人じゃない)
このまま素人に毛が生えた程度のネイアが、前線に投入されれば、転生者に対抗するどころか、転生者がこの世界にやって来る前に、敵兵に殺されてしまうのは間違いない。
卒業時の進路希望で、同級生が前線を希望する中、ネイアは迷わず後方勤務を希望した。
担当教官も、同情したのか、ネイアが前線に行ったとしても役に立たないのを理解しているのか、何も言わず微笑んだだけであった。
亡き父のコネが効いたのか、それともネイアが役立たずだからか、ネイアは総務科に配属された。主な業務は後方での、物品の管理と来賓の接待である。元貴族令嬢の経歴が活かせる。
後方勤務で左うちわと思ったのも、束の間。
王国肝いりの作戦に要人たちが検分役として同行することになり、ネイアはその接待係として前線に引っ張られることになった。