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父の死から二年が経過した。
ネイアを取り巻く環境は、一変した。
まず、ネイアの姓が変わった。母親の実家であり、既に断絶していたダーリッチ子爵家を継承し、ネイア・ダーリッチに改名した。
これには貴族特有の事情がある。ネイアの父親であり、ムージェス家の第14代当主であったロバンは、庶子であり、本流の跡継ぎが成人するまでの中継ぎに過ぎなかった。ロバンの死後、ムージェス家は早死にした嫡子の息子、つまりロバンの甥が家督を継いだ。
新当主も家督を継いだ直後であり、権力基盤が安定していない。
先代当主の娘などという、下手すれば政敵に利用されかねない存在は邪魔者でしかない。
そのため、母方の実家であるダーリッチ家再興という名目のもと、手切れ金を渡して、ネイアはムージェス家から籍を抜くかたちになった。
幼い頃から住んでいた大きな屋敷は、一門の所有物として引き渡した。
大勢いたメイドや執事も彼らは、ロバンやネイアの個人に仕えていたわけではなく、ムージェス家に仕えていたため、当主交代とともに、ネイアのもとから去って行った。
ネイアは別に、そのことは悲観してはいない。
ムージェス家という巨大組織を世間知らずの小娘である自分が引き継げるわけもないし、使用人たちであれ、生活するために仕えているのだ。ムージェス家の後ろ盾を失い、何も持たない小娘に、安定した生活を捨ててまで仕えたいとは思わないであろう。
以前のネイアならここまで達観していなかったであろう。だが、あの事件以来、ネイアのお嬢様特有の、特権意識は消えた。ギロチンで首を切り落とされるのに比べたら、屋敷や使用人を失うのはノーダメージに近い。
ネイアは、父が死ぬまでは宮廷社会の予備校である王立学園に通っていた。
だが、それもムージェス家の看板を失った今、意味はほとんどない。例え、王立学園を卒業して、ネイアが宮廷社会に飛び込んだとしても、元大物貴族令嬢だという憐れみを受けながら、どこかの令嬢の使い走りや取り巻きになるしか道はない。
それでは惨めな生活が待っているだけで、そのうえ処刑の運命を逃れることはできないだろう。
そもそも、王立学園は貴族が集まる学園なので、学費は高額であるし、パーティーなどの種々の催し物で、学費以外でも大金が必要だ。
今は、ネイアはムージェス家からの手切れ金と父の個人的資産を一部相続したことにより、多少の財産はあるが、それもいつ尽きるか分からない。
そんな経済状態で、湯水の如く費用のかかる王立学園には通えない。
そこで、ネイアは、学費無料の特待生枠で王立軍学校に転学した。
卒業後、数年任官すれば、学費の返済は不要だ。それに貴族令嬢をやるよりかは、軍人の方が転生者の出現に対応できる気がした。
貴族令嬢として最低限の学識は身につけているし、父親が面倒を見ていた高級将校のツテであっさりと特待生の認可が下りた。
まだ父親のコネが生きている間に、使えるものは使うのだ。
ネイアは上位存在に喧嘩を売るほど誇り高いが、同時に毎日を生きることからも目をそらさない。
清廉潔白では生きてはいけないのを、父亡き後、冷徹な世間に直面して、嫌と言うほど実感している。
いずれ出現する転生者に協力して対抗できる仲間をあわよくばつくるつもりで、王立軍学校に入学したネイアであったが、そんな希望はあっさり砕かれた。
まず、勉学が忙しい。座学はまだついて行けるが、蝶よ花よと育てられたネイアには、基礎体力がほとんどないのだ。軍学校入学者であればできて当たり前の基礎体力づくりで、ひたすらに時間が過ぎていく。
そして、人間関係も難題であった。学費無料の特待生枠で入ったことに対し、貴族出身者からは貴族の恥さらしと陰口をたたかれ、平民出身者からは貴族のコネで本来は平民の救済枠である特待生枠を一枠潰したことで顰蹙を買っていた。
まだ、圧倒的な実力で批判の声を黙らせることができれば良かったのだが、ここで無情な現実に直面する。
ネイアの成績は優秀な方ではなかった。
ネイアなりに一生懸命とりくんだが、座学が中の上、実技が下の中くらいであった。本来なら、特待生枠を獲得できる成績ではない。
ネイア本人も、ばつの悪さを感じ、彼らのバッシングを一理あるとも思っている。
(転生者にやられて、処刑されたくはないのよ。処刑よりは、まだバッシングの方がましよ)
そう思って、ネイアはなんとか、居心地の悪い軍学校での二年目の生活を終えた。
知り合いくらいならできたが、友人はできていない。