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「これがネイアさんの待ち受ける未来です」

 ネイアの目の前で、微笑む絶世の美女?美男子?性別不明の美貌の持ち主が、そう告げる。いわゆる上位存在というやつだ。ここでは仮に神と呼ぼう。

 ネイアと神のいるこの空間には、白いもやがかかっており、明らかに現実世界ではない。

 ネイアが振り向くと、見守り役の父と儀式を遂行するためのシャーマンがネイアの後ろに立っている。その三人の前に、神が立っている。


 この世界では、成人になるまでに神との契約の儀式を行うのが一般的だ。

その際には、スキルが授けられる。国を滅ぼすほど強力なスキルもあれば、日常生活にほんの少し役に立つだけのスキルなど様々だ。

 一般庶民は、地域の教会や寺社、野良祈祷師などを頼って、契約の儀式を行う。ここでは簡易的な儀式が行われ、スキルが授けられるだけだ。

 だが、ネイアの実家であるムージェス伯爵家のような大貴族は、高位の祈祷師を呼んで個別に契約の儀を行う。腕利きの祈祷師が契約の儀式を行う際には、今回のケースのように、ごく稀に上位存在との交信に成功することがある。

 そして、上位存在との交信に成功した者は、例外なく強力なスキルを授かっている。



「私は、罪を犯してもいないのに、処刑されてしまうのですか?」

 ネイアは身体の震えが止まらない。先程のイメージを見たのはネイアだけのようだ。他の面子は、特に動揺した様子はない。

 だが、ネイアの動揺する姿を見た父親であるムージェス家当主のロバンが娘の何らかの異常を感じ取ったのか、上位存在が目の前にいなければ今すぐ駆け寄ってきたであろう表情で心配している。

 父親の隣にいるシャーマンは、上位存在との交信で手一杯なのか、顔中に汗を浮かべて必死に力んでいる。

 普段のネイアなら未来の運命がどうだと聞かされても一笑に付して終わっていただろう。しかし、先程、神に見せられた、いや、実体験させられた未来は、とうてい嘘とは思えない。

「絶望することはありません、ネイア。あなたが悪役令嬢として処刑される未来を避けるためには、あなたは人並み、いや、人の何倍も立派な倫理観を持つ必要があります」

 神と名乗る上位存在は、幼子に言い聞かせる母親のごとく、語りかける。

「倫理観って、そんな曖昧なものを。そもそも、転生者とは何者なんですか!彼らが私をっ、慰み者にしてっ!」

「彼ら転生者は、数年後に別世界から私が召喚する予定の者たちです。現在、この世界は緩やかに衰退しつつあります。別世界からの刺激を取り入れることで、この世界は生き返ります。彼らたち転生者も私の一種の被害者であり、お詫びとしてチート級のスキルを付加する予定です」

「そちら側の理屈だけで、私をっ」

「あなたの気持ちも分かります。転生者たちほどのチートスキルではありませんが、お詫びに『善行のカルマ』という非常に貴重なスキルを授けましょう。これはあなたが、周囲の人々に感謝し、笑顔を振りまき、神に幸せを祈った分だけ、あなたに幸福が訪れるというスキルです。先程見せた、世界線の人生できなかった分だけ、人々に幸福を振りまきましょう。そうすれば、全員にとってより良い結末が……」

 神は手のひらサイズの、光る塊を生み出す。神が生み出すのだから当然ではあるが、明らかに神々しいオーラを発している。

普通の人生を送っていては、手に入らない力であることは間違いない。

 シャーマンはその強大な力が分かるのか、驚愕し、膝がガクガクと震えている。

 神は、ネイアに光の塊をそっと手渡す。

 手にとってその力を感じれば感じるほど、これより強力なチート能力とは如何ほどものかと、ネイアは想像せずにはいられない。

 そして、その強大な神の力を感じれば感じるほど、ネイアの心の中で意思が固まっていく。

「さあ、受け取りなさい」

 神は、ネイアに微笑む。

 ワンテンポ置き、ネイアは緊張で震える頬の筋肉をつり上げ、自分のできる限りの笑みを浮かべて答える。

「嫌ですわ」

「……何と言いましたか、ネイアよ。もう一度聞かせてくれませんか」

 神の言葉遣いは丁寧だが、裏には困惑の感情が籠もっている。

「何度でも言いますわ。あなたから私はそのスキルを受け取らない」

 ネイアは光の塊から、手を離す。

「なぜ?このままでは、ネイア、あなたは処刑されてしまう運命から逃れられない」

「断ると言いましたのよっ、この悪魔!このネイア・ムージェスは、毎日、楽にのんびり生きたいと考えています。だけれど、誇りだけは失ってはダメなのよっ。悲劇の運命から逃れるためだから、強力なスキルをもらえるためだから、と言って、他人から押しつけられた倫理観のもとでなど生きたくはありませんっ!そんな誇りを捨てた奴隷になるくらいなら、ギロチンで殺されるのを選びますわ!」

「わたしには、全く理解できない考えです。どうして私の寛大なる慈悲を自ら捨てるのか……」

「もう、あなたを神とは呼びはしない!」

「愚かな。私のこの世界を甦らせる願いに、あなたは賛同してくれないのですね。私の世界に生まれた我が子へのせめてもの慈悲で、苦しい拷問の末に処刑されるよりは、今、その生を終わらせてあげましょう」

 上位存在は、一瞬悲しげな目をした。

 ネイアの目の前を浮遊していた光の塊の表面に亀裂が入る。亀裂の間から光線が走り、光球が爆発するのが、ネイアに分かった。

「足が動かないっ」

 このモヤに包まれた空間は、この上位存在のフィールドである。ネイアの動きを拘束することなど、何の問題もない。

 光球が爆発する。

 ネイアは死を覚悟した。

(これでいいのよ。まだ、上位存在の奴隷となることなく、誇り高く死ねるのだから……)

 だが、ネイアは死んでいなかった。

 代わりに目の前には、瀕死の父、ロバンがうずくまっている。上位存在の拘束を受けていなかった父が、光球に覆い被さったのだ。

「ネイアはこんな悪魔の子でなどない。私の大切な娘だ。お前の言うとおり、思考停止で従属するのは家畜と同じだ……自由に生きろ……」

 ロバンは、普段は決して見せることのない、満面の笑みを浮かべると、目を閉じた。

 ロバンの身体が砂のように崩れていく。おそらく魂が死んでしまったのだろう。

「父さんっ!」

「父子揃って、私に逆らうとは愚かなことだわ……本来なら、ネイア、あなたも救済してあげるのだけれど……空間に負荷を掛けすぎたわ」

 シャーマンが限界を迎えたのか、血を吐いて倒れた。同時に、空間のモヤが次第に薄れてきているのが、ネイアにも分かる。上位存在との交信を担っていたシャーマンが倒れたことで、空間の維持が不可能になったのだ。

「もう会うことはないでしょうけど、さようなら、ネイア。私の愚かな子」

「……私は貴様の子供などではないっ!……ロバンの娘だっ!」

 消えゆく意識のなかで、ネイアは必死に声を上げた。


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