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 ネイア・フリート軍は、本拠地のある山野を下り、山野の裾野の終わりから広がる平野に布陣する。

 時を同じくして、ネイア・フリートとは反対側の山野からテ・ゲン軍がやってきた。街道いっぱいに広がり悠々と進軍している。太鼓を鳴らし、前列の分厚い歩兵の層の背後には、訓練された騎馬隊が控えている。端的に言って、強そうだ。自分たちよりも、大規模な軍隊が威圧感いっぱいで迫ってくるのだ。ネイアですら、怖い。

 その威容を見た、数で圧倒的に劣るネイア・フリートには、恐怖が伝染し、早くも兵の士気はただ下がりだ。

 リートが育成し、どんな教育を施したのか、ネイアに絶対的忠誠を誓っているヤバい奴らで構成された督戦部隊がいなければ、戦わずして軍は崩壊していただろう。

「ネイア団長、報告です。逃亡しようとした兵は3名おり、見せしめのため射殺しました。現在、各部隊の動揺は収まっております」

 ネイアに報告するのは、コペン督戦隊長だ。丸メガネをかけ、ポニーテールを結んだ、キャリアウーマン然の人だ。テ・ゲンから逃れる難民から、リートが引き抜いてきた人物である。前職は、お菓子屋さんの店長をしていたらしい。

 もう、ネイアは帳簿の管理をしているだけで、人材も物資も、軍の育成も、リートがやってくれている。先日も、あろう死しかねないと、リートに休むように伝えたが、彼女は働くのが生きがいになっているようだ。

「私から、こんな楽しいことを取り上げないでください。平民で学もないからと言って、毎日単純作業をするのはもう嫌なんです」

 と泣いて言われたので、そのままにしている。職場環境の改善とリートのメンタルケアが、今後の課題だ。


 と現実逃避していると、後ろから突然、味方の兵である大男が斬りかかってくる。剣術がそこそこできるというので、ネイアの護衛に付けていた兵だ。

 あっけのことに、ネイアは全く反応できない。大男は、迷いなくネイアに接近し、剣で切りつけようとする。

「ネイア覚悟、テ・ゲンにその首を渡せば、大金持ちよっ!」

 ズドンと鈍い音が響くと、大男の眉間に穴が空き、血が噴き出す。即死だ。

 コペン督戦隊長が、間髪入れずに回転式拳銃で撃ったのだ。その行動は、冷静かつ的確。めちゃくちゃ、できる女性だ。ネイアより、ずっと軍人らしい。前職のお菓子屋との、ギャップが大きすぎる。血にまみれたデコレーションケーキとか、作ってそうだ。

「申し訳ありません!偉大なネイア団長の、護衛にこのような不届き者を配置してしまっているとは」

 コペンが、ネイアに平謝りだ。何もできない、情けない団長でごめんなさいと、ネイアが謝りたいほどである。

「構いません、気になさらずに。敗残兵とならず者を集めた急ごしらえの部隊では、信頼できる護衛を身辺におけるほど、私たちの軍には人的余裕がない。例えば、代わりに、コペンを護衛にしていたなら、私の安全は確保されるかもしれませんが、代わりに、既に軍は統制を失っているでしょうね」

 ネイアは口からでまかせで、指揮官としての器の大きさを演出する。

「私を護衛に……それほど信頼していただいて、私、感激いたしました」

 コペンは、感動を抑えきれず目に涙を浮かべる。ネイアとしては、ちょっと引いている。

「ともかく、護衛部隊の編成については、後にして。喫緊の課題は、目の前のテ・ゲン軍よ」

 テ・ゲン軍は、平野に到着した部隊から、横列に広がって、左右に長い長方形に整列している。その移行する様子は、一糸乱れぬ、訓練された動きだ。

 ネイア・フリートも、戦いの準備を始める。

「各部隊に命ずる。配置図どおりに、隊ごとに並んで、縦方向に整列せよ」

 ネイアが指示を下すと300人規模の部隊が、縦一列に並ぶ。リートの訓練のおかげで、迅速に整列できた。

「吶喊!!!」

 ネイアが叫ぶと、ネイア・フリートは矢のように真っ直ぐ、テ・ゲン軍目がけ平野を駆ける。

 テ・ゲン軍は、まだ全軍の整列が完了していない。が、敵襲を想定していない程、抜かってはいない。先に、整列した部隊が横隊になって広がっている。

「ネイア・フリートが来たぞ。銃隊用意!」

 テ・ゲン軍の行動は、模範的だ。自軍の準備未完に乗じて、攻めてくる敵に対し、銃隊と長槍隊からなる分厚い部隊で対応する。面白みはないが、手堅く、強い。

 テ・ゲン軍からの銃撃で、ネイア・フリートの最前列の部隊は、崩れかかる。

「貴様ら、止まるんじゃないッ!ネイア団長からの、吶喊命令が聞こえないのか?逆らう者は、敵前逃亡で射殺する!」

 各部隊の合間に、恐怖の督戦部隊がおり、一度は崩れかかった部隊も、背後から撃たれるよりは、敵と戦う方がマシだと、もちなおす。

 両軍は遂に激突する。




「ええい、戦況はどうなっている」

「落ち着いてください、テ・ゲン様。所詮、敵は寡兵。包囲すれば、問題ありません」

 圧倒的に少ないネイア・フリート軍が、未だに崩れず、テ・ゲン軍を押している現状に、テ・ゲンはいらだつ。

「ただ勝てればよいというものではない。この程度の賊の討伐で、大きな損害があれば、ワシの指導力に疑問符がつけらてしまう。此度の戦闘は、政治的条件から、敵を殲滅し、圧勝しなければならん」

「そうであればこそ、数の利を活かして、包囲戦術を採りましょう。幸い、ネイア・フリート軍は、現在我が軍深くまで進んでいます。突破された部隊を、ネイア・フリートの後方に回して退路を断ち、前線に予備隊を送って、ネイア・フリートの突撃を受け止め、勢いを殺します。敵中で、ネイア・フリートが立ち止まったところを、包囲殲滅いたします」

「よしっ!それでいけ!」

 副官からの提言に、テ・ゲンはGOサインを出した。

 副官は、その実直な性格を上官に疎まれ左遷されていたところをスカウトした実戦経験豊富な軍人だ。政治的才には優れるテ・ゲンだが、軍事については苦手だ。この副官がいなければ、今日のような勢力拡大は不可能であったろう。テ・ゲンはこの副官を信頼している。

「本質的に、戦いの勝敗を分けるのは兵力差です。この戦い、兵数で優るテ・ゲン様の圧勝に疑いはありません」

 副官は、自信ありげに告げると、部下に指示を出していく。その背中をテ・ゲンは頼もしく見た。



 結局、勝敗をわけたのは、戦いに対する「考え方」であった。

 テ・ゲン軍の副官は、自らの豊富な実戦経験に拘束された。

 彼は、自らの主君が独立勢力化を目指して以降、数多の強敵と戦ってきた。しかし、それは、軍事教育を受けてないサーキ党のならず者や、騒乱の緒戦でポレール中将等の多くの現役将校が戦死したために駆り出された、知識のアップデートされていない王国軍予備役将校が相手だったのだ。

 彼らは、戦場に兵士を持ってきて、ぶつけるという旧来の戦争観が抜けていない。この旧来の戦争観では、いかに戦場に兵隊をもってくるかが、最重要課題である。兵や兵器の質といった要素はあるものも、基本的には数がものをいう。

 一方、リートは、最新の軍事理論しか知らない。ネイアが軍学校で教わった、最新の理論をリートに伝え、それを自分流に忠実に守りつつも原則は守っている。それは機動戦だ。正面の部隊が敵の注意を引きつけつつ、迂回と側背からの奇襲である。

 軍学校で、理論が提唱されたばかりの機動戦術をネイアが、リートに教えたのだ。リートは、素人ゆえにこの戦術が新戦法であることも知らず、普通のものだと思って採用した。


 ネイアの部隊の突撃は、テ・ゲン軍が予備隊を投入したことで、食い止められる。ペンを紙に突き立てるように、薄く横に広がったテ・ゲン軍を、縦列で突進して突破しようとしたが、予備隊が加わり重厚な層を抜けるには、運動エネルギーが不足していた。

「ネイア・フリートは既に、我が軍中に孤立している。このまま、全方位から攻撃を開始しろ!」

 ネイア隊の突撃により左右に蹴散らされたテ・ゲン軍が、副官の指示と共に統制を取り戻し、ネイア隊の後方に回り込む。あたかも、大きく開いた口に、獲物が入るや、口が閉じられるようだ。

 ネイア隊は、立ち止まってしまったことで、突破のための運動エネルギーを失い、数の圧力をもろにうける。

「督戦隊、歩兵を指揮して、木箱でも、馬の死体でも何でもいい。積み上げて、バリケードをつくりなさい!銃隊は、補給など気にしないで、生き延びたかったら、弾薬の尽きるまで撃つのよ!」

 ネイア隊は、拾い集めた馬の死体を盾に簡易バリケードをつくって、バリケードの内側に立て籠もり、バリケードの合間から兵に銃を乱射させ、テ・ゲン軍の接近を阻止する。

 が、所詮は小手先の延命措置である。追い込まれているのは明白で、弾薬が尽きれば圧倒的兵力によりテ・ゲン軍に蹂躙されてしまうのは間違いない。

「砲兵隊を連れてこい。バリケードを吹き飛ばす」

 副官は人的資源の消耗を抑えるという戦略的観点に基づき、障壁を取り除いた後に、突撃を敢行することにする。

 しかし、巧遅は拙速に如かずと言われるように、副官は、時の重要性を失念していた。今、突撃していれば、被害は大きいが、ネイアを討ち取る、少なくとも、ネイア・フリート本隊を壊滅させることができていたのだ。

 時間感覚を甘く見た副官は、その大きな代償を払うことになる。

 テ・ゲン軍がネイア隊の包囲を続けつつ、砲兵隊の準備がもうすぐ完了するという時だ。側背から突如、銃撃が加えられる。背後の森林地帯から、少数の部隊が接近しつつある。ネイア・フリートの別働隊である。

「側面を晒した横隊は、弱いです!リート隊、全員吶喊!目標は、青い軍服を着た下士官です。それ以外には、目もくれちゃだめですよ!」

 指揮官であるリートが先頭になって突撃するので、兵たちはついて行かざるを得ない。リート隊は、テ・ゲン軍の柔らかい横腹に食い込む。横隊は、正面には強いが、部隊の進路方向の横側からの攻撃に対しての防御は苦手だ。このままでは、テ・ゲン軍は陣をずたずたにされてしまう。

「テ・ゲン様、軍を二つに分けます。テ・ゲン様は、このまま敵本隊の包囲を続けてください。私は、別働隊を編制して、横からの新手に対処します」

「うむ、許可する。しかし、軍を分けるなど、各個撃破の心配はないのか」

 楽観的だった戦局に、暗雲がたちこめ、テ・ゲンも不安な表情を浮かべる。

「テ・ゲン様、その心配はございません。軍を分けるといっても、細分化するわけではありません。それぞれの部隊が敵の数倍の規模です。各個撃破など、ありえません」

 信頼する副官の自信ある表情に、テ・ゲンはやっと安心し、自らの白く長く伸びた髭を触り、落ち着きを取り戻す。

「テ・ゲン様の御許可が下りた。これより、包囲部隊の指揮はテ・ゲン様。新手の敵に、対処する別働隊の指揮は私が執る!」



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