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「ネイアを殺せっ!」
「貴族は根絶やしにしろ!」
「特権階級は一族郎党皆殺しだっ!」
広場に集まった民衆は、感情に駆られてヒステリックに叫ぶ。
広場の中央には、ギロチンが置かれてある。
このギロチンの被験者は、自分たちだ。
縄で縛られて広場の地面にゴミのように倒れているのは、自分や隣で泣き喚いたり、茫然自失としている顔見知りの貴族たちだ。
自分の環境が、一瞬で変わったのに、ネイアは戸惑いを隠せない。
先週までは、お茶会や晩餐会に出席し、同じ年頃の二十歳過ぎの貴族令嬢たちと、結婚前に残された最後の青春とばかりに、優雅なひとときを過ごしていたのだ。
数日前までのネイアは、来週の社交パーティーには、どんなドレスを着て、どんな手土産を持っていこうかと考えるので頭の中が一杯になっていた。
今となってはバカらしい。
今は、ドレスよりも寒さを凌ぐ布や新聞紙が欲しい。
昨日今日は頭の中を占めていたのは、看守にどう媚びを売れば、暴力を止めてもらえるのか、配給の食糧を増やしてもらえるのか、この二つだけだ。
この一週間で、ネイアが生まれてから築き上げてきた貴族令嬢としての矜持は、木っ端みじんにに粉砕された。
そして、今、ネイアの思考は、どうやれば目の前のギロチンから逃れられるのかということだけに向いている。
突如、現われた野蛮人どもが、ネイアを死の淵へと追いやっている。
それは転生者とか呼ばれる連中だ。
どこからともなく現われ、この世のものとは思えない程に強力なスキルを使って、討伐に向かった王国軍を壊滅させ、館に籠もる貴族を引っ張り出しては首を吊り、道中つぎつぎと民衆を扇動していき王国をたった三日で転覆させた。
刃向かえる者は誰もいなくなった。転生者が歩いてると、庶民から特権階級まで皆、道を空ける。
「ギロチンよりは撃たれる方がいいか?俺もその方が、楽で良いんだがなあ。ほらこういうふうに、バアーン!空砲だよ驚いたか?げっ?こいつ失禁してやがる」
ギロチンの横では、処刑係を務める転生者の一人が、拳銃を囚人へ向けてサディスティックな笑みを浮かべ、気ままに銃口を突きつけてくるので、囚人達は恐怖している。
その男の傍には同じ処刑係だろう、髭を不潔にぼさぼさに伸ばした不潔な男が、ネイアや縛られて地面に倒れている他の貴族令嬢をゲスな視線で見ている。
性欲丸出しの視線にネイアはぞっとし、鳥肌が浮き出る。
「オマエたち、貴族なんだろう?『くっ、わたくしは屈しませんわ』とか言わないの?」
不潔男はにやけ顔で話しかけてくる。
言っている意味は分からないが、死を前にした人間に向けて言う言葉ではないと、ネイアは直感的に思う。
不潔男は、話しかけられてますます怯える貴族令嬢たちに気分を良くしている。
「じゃあ、そうだな……一番反抗的な目をしているお前から死んでもらうから。民衆のガス抜きになるよう、せいぜい頑張ってな」
不潔男は自分が生死を握っているという優越感に浸っているのが、端から見れば丸わかりだ。
しばし逡巡した後、不潔男はネイアを縛る縄を引っ張り、ネイアをギロチンの元へと連れて行く。
(そんな、私はまだ何もしてない。なのに死ぬの?)
処刑台の木製の階段を一歩踏みしめるごとに、ぎぎい、と音が鳴る。階段を上りきると、ネイアの首がセットされる
「ほらよっ、これがお前を憎む民衆どもだ」
ネイアの眼前では、集まった老若男女の民衆達が、感情的に罵詈雑言を叫び、ひどいのには石を投げつけてくるものもいる。
(どうして私が恨まれてるの?私はのんびり暮らしたかっただけなのに)
「美人なのに何もせずに殺すなんて、もったいないけどよ……いや、美人の貴族が処刑されるのもそれはそれで……」
「おい、シュンイチ!独り言の前に準備を早くしろ!この前座が終われば、高官たちの処刑が控えてるんだぞ」
処刑台の上で、ぶつくさしていた男の側に、同じ転生者であろう男がやってくる。書類をぱらぱらとめくりネイアのページを探し当てると、その視線をネイアに向ける。
先程の男からはだらしなさを感じたが、この男の目からは、これから自分を処刑しようとするのにも関わらず惚れてしまいそうなほどの魅力と、それに相反する氷の様な冷酷さを感じる。他の転生者に対する命令口調からして、彼はリーダー格なのだろう。
「処刑リスト64番、伯爵令嬢ネイア・ムージェスか?貴様はこれといった悪行は確認出来ていない」
「ならどうして私を殺す必要があるのよ!」
ネイアは温室で蝶よ花よと育てられ、成人した後も優雅な社交界で暮らしてきた。
強力な殺気を放つ人物と対峙したことなど、これまでの人生で一度もないが、自分が処刑されるかどうかの際なのだ。必死に勇気を振り絞ってリーダー格の男を睨み返す。
「貴族は存在自体が特権階級だからな。民衆の顰蹙を買っているんだ。貴族という存在の清算のための、スケープゴート、言うなれば俺たち転生者の作る新時代の役に立つために死んでくれ。今まで、特権階級として楽して暮らしてきたんだろう?その代価を払え」
「そんな無茶なっ」
ネイアは必死に抗議する。
そのネイアの姿を男は、憐れみと興味がないという感情を込めた目で一瞥すると、身体を民衆へと向けた。
「これより、ネイア・ムージェスの処刑を行う!諸君たちも知ってのとおり、彼女は伯爵令嬢という特権階級にありながら、民衆の痛みから目を逸らし、贅沢に溺れた!よって、新政府による特別裁判によって、死刑と判決が下った。具体的な罪状は……」
リーダー格の男が判決文を読み上げる間に、先程の不快な転生者二人が、暴れるネイアの身体が拘束する。
ネイアは必死に助けてと叫ぶが、民衆は誰も彼女の声を聞いてはいない。
「では、死刑を執行する!」
ギロチンの刃を高所にとどめているロープが処刑人の手から離される。
ネイアは一瞬首に痛みを感じた後、死んだ。