おかしな世界の少女な女神
マシュマロの岩に座り、甘ったるい香りの空気をゆっくりと吸い込む。砂糖菓子の杉の木が粉砂糖の花粉を飛ばし、私の周囲を執拗に飛び回る蝿さえも、私の好物のチョコレートだった。……幾ら好物でも食べる気がしないリアルな造形だがな。その蠅を狙って伸ばされた蛙の舌はガムで、体はゼリー。狙いを外して私の顔面にガムがベッタリ付着する。尚、蛙は体がゼリーなせいで内蔵が透けて見えて蠅よりも気持ち悪かった。
「……さて、状況を整理しよう」
「え? さっきの事をもう忘れちゃったの? 矢っ張り加齢による物忘れが……」
この状況を作り出した馬鹿に最後まで喋らせない。頭を掴み、目の前の湖に投げ入れてやった。大体、不老不死の神であるだぞ、私は。
だから物忘れを理由にしての発言じゃないんだ、今のは。あまりの展開について行けなかった、それだけだぞ。目の前で激しい水音を立てながらもがく鎧姿の騎士を眺めながら回想を始める。溺れる者は藁をも掴むという諺があるが、フルーツポンチの湖で溺れる者は、巨大サイズの寒天やらサクランボを掴むのだな、鎧が重くて無駄ではあるが。
滑稽にさえ思える無様な動きで動く騎士達の姿は今までどうやって鍛えたのだと思える程にガタガタだ。あれでは子供の方が体の動かし方を知っているのではないか?
飛沫が数滴、私に向かって飛んで来た。指先で拭い、そっと口に運んでみれば口の中に優しい甘味が広がる。認めたくはないが美味いな……。
さて、現実逃避は此処までだ。何時の間にか湖から上がった黙示録の獣が私の服で体を拭くのを阻止しながら少し前まで記憶を戻した。
「あっ、おい。鼻をかむのは流石に止せ」
……もう嫌だ。
「国家への反逆行為の疑いで捕らえる! 死にたくなくば大人しくしろ!」
「はぁ!?」
散歩中、少しだけ神の領分から外れた行為した私だが、人助けをして反逆の幇助と言われれば疑問符しか浮かばない。別にレジスタンスの基地に向かって治療を行った訳でも有るまいし、何を言っているのだ、此奴達は?
「何かの間違いだろう。私は怪我人の治療や崩壊した建物の修繕を行っただけだ。その口振りからして国に仕える者らしいが……本来ならばお前達の仕事も含まれていたぞ?」
武装した男達を観察する。紫色の全身鎧と剣、そして腰に差した短杖。統一された装備と解析で感じ取ったそれなりの強さは何らかの訓練を受けている事を示しているし、装備に所属を示す紋様が刻まれていない所からして裏の仕事担当の騎士達だろうか? ……やれやれ、面倒な事だ。
肩を竦めて溜め息を吐く私を囲み、ジリジリと距離を詰める騎士達。だが、どうも動きも構えも不格好。悪霊でも憑依しているのかとも思ったが、どうもそうではない様子。気になるのは漂う異臭と、向こうで此方を覗き見している小娘の言葉。
「故郷を滅ぼした連中……か」
「何をブツクサ言っている! お前の罪は明確! 何せ困窮している者達を余所者の貴様が助ける事で余裕を作り、高まっていた不満を一揆に発展させようとしたのだからな!」
「いや、困っている民を助けるのが誰の役目か分かっているんじゃないか。……馬鹿らしい」
本来なら神は人の営みには深く関わらない。精々が司る物に関する祈りに耳を傾け、過分にならない程度に祝福を与えるのみ。イシュリアの馬鹿……いや、この場合は意味が重複するな。イシュリアみたいに自由奔放に関わるのが間違っている。……そして私が司るのは魔法と神罰。このケースなら神罰に発展はしないが……私は非常に不愉快だった。
「その杖、お前達も魔法の心得が有るのだろう? 来い、少し遊んでやる」
人差し指をクイっと動かし騎士達を待つ。連携も何もあったものじゃない動きで向かって来る騎士達は力任せに剣を振り回すが、正直言って子供のチャンバラ遊びの方が余程マシだぞ。酒の臭いはしないが酔っているのではないか? その場から動かない私に剣を振るうも刃が一斉に消え去り、勢い余って前のめりになった騎士達。私に向かってよろけて来たので飛び越せば壁に正面から向かい、咄嗟に伸ばした手が壁を砕く。
「どうやら正気では無いのは確からしいな」
砕けたのは壁だけでなく、其奴の腕の骨もだ。今聞こえた声からして負荷に耐えられず骨が砕けたみたいだが、それだけの力が出たのも妙だ。地面に着地した私に向かって今度は杖が向けられる。放たれたのは基礎的な魔法の一つである火球を飛ばすという物。大きさは子供の頭程度であり、少なくても騎士が祖国の町中で放って良い物では無い。
別に当たっても痛くも痒くもないが、素直に食らうのも馬鹿らしい。だから全て操った。私に向かう途中で動きを止め、そのまま術者の手元に戻って行く。ほれ、そのまま杖だけを破壊しろ。他の場所には一切熱を通さず、杖だけを破壊された事に騎士達は動揺するも逃走の様子は見られない。敵前逃亡が恥だのと言える状況でも無いだろうに。逃がす気は毛頭無いが。
……さて、私の頭の上で退屈そうにしている奴に、私の本気を見せてやろう。二度と馬鹿に出来ぬ程の術を見せてやろうではないか。
「……開け」
魔法を司る女神の私には杖も魔本も不必要。長い詠唱などした事もない。故に、この魔法を発動させるのに一言有れば十分だ。それだけで周囲の景色が一変する。文字通り、世界が一変した。
「わわわわわっ! 何これ、凄い!」
潮風香る町の路地裏から景色は一変し、雲一つ無い蒼天と白い大地、何処までも続く地平線が現れる。何が起きたのか騎士達には一切理解出来ておらず、頭の上の奴は何となく察しているらしい。……少し詰まらんな。何が起きたかも分からず慌てふためく姿を見たかったのだが。
「凄いね凄いね! これってソリュロが創ったんでしょ! 面白ーい!」
「ふっふっふ! まあ、よく分かったなと誉めてやろう。その通り、この世界は私が無から創造した物だ。未だ創造の最中だが、私の好きな風に作り上げる予定だ」
この魔法は弟子であるキリュウにさえ見せてはいない。未だ基礎しか作っておらず、どうせ見せるのならば完成させた物を見せてこそ師の威厳を高められるという物だからな。だが、普段から私を馬鹿にしている奴を驚かせるには十分だったらしい。
「さて、力の差は分かっただろう? では、大人しく……」
「僕もやるー!」
「無理だな。私とて一から創るのにどれだけの時間を掛けたと思っているのだ。まあ、貴様なら百年後には……」
矢張り子供だな。この魔法、やろうと思って直ぐにやれる程に甘い物ではない。才能だけでなく、細かい調整をする時間や長年の研磨有ってこそ。だが、私は何やら行おうとしているのに一言告げるだけで止めはしない。これで私の偉大さを知れば今までの事を反省するだろうしな。
「出来たー!」
「はいっ!?」
無邪気な声と共に景色が塗り替えられ、世界が書き換えられる。忽ち漂う甘い香り、そして子供の夢と言えるお菓子の世界。何と言うことだ、私の創った味気ない世界が一瞬で甘味しか存在しない世界に変わったではないか。……ぐぬぬ、私が創るのに三週間使った世界の基礎部分を利用たな。どうせならば空には綿菓子の雲を浮かべるべきだろう!
「いや、待て、そうじゃない! 本当に貴様は……」
「凄いでしょ!」
「はいはい、そーだな。お前は凄いよ」
黙示録の獣は自慢したがる子供みたいな様子で誇る。……いや、実際に子供だったな。ちょっと、とはとてもじゃないが言えないレベルの悪戯好きだが、根は子供だ。だから面倒なのだ、加減を知らん。今回は改めて本当に無茶苦茶な奴だと思い知らされた。キリュウには従順なのが救いだな。……うん、私も似た様な世界を改めて創ろう。コツは既に掴んでいるしな。
「おい、そろそろ戻るぞ。魔法を解除しろ」
「解……除……?」
拘束した状態でフルーツポンチからすくい上げた騎士達から目を離さずに指示を出すが、返って来たのは疑問符が浮かんだ様子の声だった。おい、まさかとは思うが無理なのか!? ノリと勢いで世界を構築したのは良いが、元の世界に戻る術を知らないのか!?
「お、おい、ふざけていないでさっさとしろ!」
そうだ、きっと冗談に決まっている。だが、もしも本当だった場合、此奴が解除を覚えるまでは取り残される事になるぞ!? 冷や汗が流れ、焦りが募る。
「あっ、うん。じゃあ、解除」
そして世界は元に戻った。拍子抜けする程にあっさりとだ。
「……おい、解除出来ないのではなかったのか?」
「そんな事、誰もいって無いじゃん。もー! 人の話はちゃんと聞きなよ!」
直ぐ様転移しようとするのを妨害し、強化した指先で掴む。ふはははは! どれだけ才能が有ろうとも所詮は浅はかな子供だ。何度も同じ手で捕まっておきながら懲りない奴だと力を込めた指先はミシミシと頭蓋を軋ませ、アンノウンの顔から余裕が消える。いや、違う。私の目に映ったのは精巧な作りの人形だった。そして指先が頭を貫通するのはそれに気が付いた直後で、偽物が破裂して内部から私の顔に目掛けて真っ赤に着色した水飴が掛かった。
「……殺す。何時か絶対に殺す」
端から見れば血塗れの状態で立ち尽くしながら呟く中、物陰に隠れていたカミニがナイフを持って駆け寄って来るではないか。狙いは間違い無く倒れた騎士達で、彼女の瞳は子供らしからぬ復讐者の者。
「ま、待て! 止まらねば大変な事になるぞ!」
「知った事かぁ!!」
きっと私に告げた理不尽な罪状と同じで、とても納得が行かない理由や方法で故郷を奪われたのだろう。だが、私は止めなくてはならない。復讐が何も生まない等とは言わぬが、止めなければならない理由が目の前にある。
ナイフを構え、自分が血に染まってでも死者の無念を晴らそうとするカミニだが、少し話しただけでも頭が悪くないと分かっているのだろうな。だが、道を踏み外してでも通したい想いがある。だから止まらず、そのまま地面に隠されていた落とし穴の口を踏み抜いて落ちて行った。アンノウンの奴め、これを見越して設置していたな。
「……だから止せと言ったのに」
落とし穴を見下ろせば下は柔らかそうなクッションが敷き詰められており、多分カニミは無事だろう。但し肉体だけだ。再び着せられた蛙のキグルミ。……起きれば直ぐに教えてやらねば。私はカニミに軽く手を合わせ黙祷を捧げる。
この日、予想を超えている強さを持ってしまった奴の事など結構色々あったが、今は無関係だ。兎に角熱い湯に浸かって水飴を洗い流し、肉をツマミに酒を浴びる様に呑みたい、そんな気分だったさ。
「取り敢えず此奴等は……適当に警備隊の詰め所にでも放り込んで置こう」
後から思い返せば、この時の私は冷静な判断力を失っていたのだろう。国の裏仕事専門の部隊の可能性、言動の支離滅裂さ、それらを考えずに適当に済ませたのだ、不覚としか評せない。それ程までに精神的に疲れ果てていたのだ。ほら、神の肉体なら多少の事でも余裕だが、精神的な疲労は別だからな。
せめて軽い解析で薬物や洗脳系の魔法の有無だけでなく、詳細な分析をしていれば。たられば言っても仕方無く、全ては後の祭りなり。私の落ち度でしかなかったのさ。
「えぇっ!? アンノウンがそんな事をっ!?」
カミニを落とし穴から救出してやった後、昼間から大酒をかっ食らって不貞寝をしていた私が目覚めたのは夕暮れ時だった。神としての使命を発揮した後は数日の間は一睡も出来はしないのだが、この様な姿を弟子に見せるとは情けない。眠ってすっきりした事で冷静になった私は恥入りながらも何があったかを話した。
「そうですか。あの子、世界創造……いえ、骨組みは既に師匠が構築済みですから世界改変でしょうか? 兎に角その様な事が出来るだなんて……誇らしいです」
「おい、馬鹿弟子。使い魔の能力を誇るのは良いが、能力の使い方は恥じろ、制御しろ、どうにかしろ」
「うーん、今は力を振るうのが楽しい時期なのでしょうね。確かにお菓子ばかりは良くありません。ちゃんと主食主菜に副菜や汁物も出さないと。デザートばかりじゃ駄目ですよ」
「駄目だ、この弟子。シルヴィア……はどうせキリュウに賛同するんだろうし、ゲルダ、どうにかしてくれ。何かもう疲れた」
「私、あの子と一緒に旅をしていますけれど?」
「……今の言葉は忘れてくれ」
うん、思い返せばそうだった。あの馬鹿は悪戯のターゲットを無差別には選ばない。反応が面白い相手を狙うのだ。不幸な事に私やゲルダはその分類に入っているのだった。……せめて馬鹿弟子がもう少し制御してくれればな。
「まあ、別にその事は重要じゃない。町長と会った時に何か聞いていないのか? 幾ら何でも無法が過ぎるだろう。弱者を守るべき騎士が弱者を虐げるべく動くのは有ってはならん事だぞ」
あの少女と少しだけ話し、今も憤りを感じている。村ぐるみで盗賊家業を行っている事も無く、魔族に組みしている訳でも無い。だが、踏みにじられたのだ。理不尽に命を奪われたのだ。その様な事、絶対にあってはならぬのに、神である私は、神故にどうにか出来る事にさえ手が出せない。だから私は無力だ。
「どうも町長も困った様子でしたよ。領主に納める税金が増えただけでなく、本来行われる筈のモンスター対策用の人材の派遣も滞っていると。……どうやら随分と税を凝らした屋敷を建てだだとか、寵姫に随分入れ込んでいるだとか。……どうも怪しい」
この地域の領主はエルフであり、噂によれば本来は他のエルフ同様に情に厚く曲がった事が嫌いな剛の者だったらしい。まあ、真面目一筋だった男が色に溺れて堕落するのは有り得なくは無いが、キリュウは何やら疑っているな。
「レリル・リリスとやらか?」
つい先日、魔族相手にのぼせ上がり勇者であるゲルダに武器を向けた者達が居たが、その魔族こそがレリルと名乗った女だ。一度会ったキリュウはイシュリアの同類と評したが、だとすれば淫靡な妖女の様な相手だろう。……キリュウは嫁であるシルヴィアにぞっこんなので分かっていないが、残念が過ぎるイシュリアも多くの男を誘惑し、その気は無くても堕落させて来た女だ。それを恣意的にではなく故意にするのなら厄介が過ぎるぞ。
「寵姫は大勢に姿を見せて居ますが、私が会ったレリルの容姿とは違う様子です。……相手の理想の美女の姿に化ける、とかでなければですが」
「まあ、私が調べるさ。巻き込まれた事だし、放置は気持ちが悪い」
「え? いや、駄目に決まっているでしょう」
「……何故だ?」
「だって師匠は休暇中ですよ? 結構ブラックな所が有るのが神の職務ですが、休暇中の仕事を見過ごせません。しっかり遊んで、ゆっくり休んで下さい」
キリュウの言葉に面食らい、それなりの期間の付き合いから何を言っても無理だろうと私は悟る。ふん、まだまだ未熟者の癖して一丁前に気を使いよって。……だが、弟子の心遣いを無碍には出来んな。うん、仕方無い。仕方無いが休むとしよう。
「実はもう直ぐ恒例の水上レースが開催されるらしくて、ゲルダさんと一緒に出てはどうですか?」
「お前は出んのか? シルヴィアと一緒のボートで遊ぶとか好きだろう?」
「師匠を休ませるのですし、弟子の私がその分働きますよ」
親指で自らを指さす姿は我が弟子ながら少し頼もしく見える。そうか、ならば私は弟子を信じて任せよう。
「……そう言えばシルヴィアの姿が見えんが何処に行った?」
「武器屋に掘り出し物が無いか見に行きましたよ。そのついでに聞き込みもしてくれるらしく、気の利く妻を持って私も誇らしいです。彼女は出生の不確さから伝承では謎の戦士と伝わり、気風の良さからエルフだという説が濃厚ですが、私に言わせて貰えれば彼女の魅力の一面では有っても、それがメインの様に扱われるのはどうかと思うのですよ。普段の誇り高い戦士の姿と違い、事恋愛になれば純情可憐な女性の顔を見せ、他にも……」
「あー、はいはい。御馳走様と言っておこう。……おい、少し辛目の酒を出せ」
相変わらず話を聞くだけで胃がもたれそうな濃厚な甘みを感じるな、キリュウの惚気は。強い酒を一気に飲めばカーッとなって気分が良い。惚気話も気にならなくなるしな。別段私に相手が居ない事を気にしている訳ではない。そう、絶対にだ。
「……少し散歩に行って来る」
「え? 師匠、今は止した方が。随分と酒を召し上がっていますし……」
「この程度は何ともない。寧ろほろ酔い気分で丁度良い」
まったく、私を見た目通りの子供と思っている訳でも無いだろうに失礼な弟子だ。多少酒が入っていても何が問題なのか。
「君、少しお酒臭いね。子供がお酒を飲むのは感心しないけれど、お父さんやお母さんは何処かな?」
「こ、この事かぁー!」
十分後、町中で気の良い真面目な警備隊の男に注意を受ける。どうやら酒臭い少女が居ると連絡を受けたらしい。……屈辱だ。
「……血が?」
「ああ、どうも騎士達の体からは一滴残らず血が流れ出していたらしい。だが、干からびた死骸の周囲にも一滴も残っていなかったらしいぞ」
私が詰め所で未成年の飲酒について懇々と話を聞かされている間、シルヴィアは少々不穏な情報を手に入れていた。尚、私はキリュウが迎えに来て漸く解放されたのであった……。
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