表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/251

もう一人の側近 ☆

「ああっ! リリム、リリム、リリムッ! 私の可愛いリリム!」


 ピンクの外壁に眩く光るネオンを思わせる灯り。見る者が見ればカップルが利用する宿と間違えそうな外観の城にて城主であるレリル・リリスが叫び声を上げていた。質の良いベッドに顔を埋めて声を上げる彼女は常日頃のリボンだけという全裸よりも恥ずかしい服装を乱れさせている。


 部屋の中に数多くの豪奢な調度品があるのだが、特に目を引くのは天蓋付きのベッドだろう。数人が寝ころんでも余裕の残る大きさであり、実際に数名の男性が裸で横たわっている。彼等はレリルがどれだけの声を出しても動かない。いや、動くはずが無かった。何せ全員とも死んでいるのだ。その顔には苦痛を感じた様子など一切見られず、反対に快楽と情欲で染まりきった満足そうな死に顔だ。


 部屋の中には事後と分かる独特の異臭が漂うが、それとは別に桃色の煙を出すお香が焚かれて甘い香りが広がっていた。


「ああ、あぁああああああ! リリム、リリムゥ!」


 止まる事無く叫び続けるのはキリュウに敗れた魔族の名前。己の部下が消え去った事を嘆き深い悲しみに包まれている……のでは無い。彼女の顔も男達の死に顔と同じく情欲に染まり、紅潮した頬に右手を当てながら息を荒げる。空いた左手は下腹部の方へと当てられていた。


「……お仕事の時間です」


 そんな行為の真っ最中にノックの音が響き、燕尾服の中性的な顔立ちをした人物が入って来る。前髪で左目を隠した白髪の若者で、胸の部分に僅かな膨らみが有るので女性らしい。差し詰め男装の麗人といった所だろうか。そんな彼女が入り口の横に置いているカートには山盛りの書類。レリルは手の動きを止めて拗ねた顔になった。


「……ねぇ、少し待ってちょうだい。リリムが賢者に殺されたの。心臓を剣で突き刺されて乱暴に引き抜かれて……興奮のあまりに濡れちゃったわ。恋人達を呼んで楽しんだのだけれど足りないの。誰か呼んでくれない?」


「却下です。事が終わるまで入るなと言われていたので最低限の仕事は代行しましたが、貴女様の確認が必要な書類が溜まっていますので」


「アイリーンの意地悪。私は性欲が溜まっているのに。……貴女でも良いわよ? 側近だもの、その程度付き合ってよ」


「はいはい、全部終わったらモンスターでも人でも魔族でも用意しますので終わらせて下さい」


 肉欲に溺れ同性の部下さえも誘惑するレリルであったがアイリーンは一切相手にする事無く机の上の酒や料理を掃除して仕事の環境を整える。レリルは更に不満そうに拗ねた様子を見せながら机に向かって座った。


「……終わるまで動いちゃ駄目よ?」


「はっ!」


 彼女が腰を下ろしたのは椅子では無く、その場で四つん這いになったアイリーン。レリルは一切躊躇無く椅子になった彼女のお尻を時折撫でながらも仕事を進めていった。それでも本人は真顔のままで反応を示さない。まるで今の状態が大切な仕事の真っ最中かの様だ。


「あら、穿いてないのね」


「ポリシーですから」


 それが少し面白くないのかレリルは悪戯を思い付いた時の笑みを浮かべ、指先をアイリーンの脇腹や頬に這わせる。それだけなのに一つ一つの動作に妖しい色気が有った。


「……ねぇ、終わったら新しい男達と楽しむのに混ざらない?」


「お断りします」


「ノリが悪いわねぇ。……まあ、良いわ。私を相手してくれる時間が増えるもの。でも、お風呂で体を洗うのとと添い寝はお願いね?」


「はっ!」


 どうやらアイリーンの中で基準が有るらしく、了承も断りも一切の躊躇が無い。同じ最上級魔族の側近でもビリワックとは違う様だ。少なくても真剣な表情から同性愛者では無いらしく、それはそれでどうかと思う者も多いだろうが、主の命令に心して取り掛かろうとしている。


 そんな彼女の背中を人差し指で撫でて僅かに反応が有ったのを楽しむレリルだったが、ふと思い出した様に首に下げていた細い糸の先に結わえられた巾着袋を胸の谷間から取り出してアイリーンの顔の前に持って行く。



「ああ、それと後で他の子の所にお使いに行って欲しいのよ。リリィから貰った物を渡してちょうだい。……この前みたいに摘まみ食いしちゃ駄目よ? 既に別の物は摘まんでるみたいだし」


「善処します。……げふぅ」


「ほら、女の子なんだから口元を汚したままにしないの」


 平然と答えるアイリーンの口元には何時の間にか何か赤い物が付着しており、軽くゲップをする彼女の顔をレリルは溜め息を吐いてポケットの中のハンカチを取り出し綺麗に拭う。周囲に転がった死体が何体か姿を消していた。





「……ふむふむ、興味深いですね」


「ねぇねぇ、マスター。早く行こうよー」


 人魚さん達に招待された宴の後も海底散策を楽しんだ私はダサラシフドに戻って来たのだけれど、翌日も町で宴をするからって招待されているの。形式を気にしないで構わない気軽な場だって聞いているから何時ものツナギ姿じゃなくって白のワンピース姿なのだけれど、未だ約束の時間じゃないのに待ち遠しいのかアンノウンは本を読む賢者様の膝に顎を乗せて急かしていたわ。


「おい、アンノウン。キリュウは大切な調べ物をしているのだ。邪魔をするな」


「……はーい」


「大丈夫ですよ、アンノウン。後三ページで日誌は終わっていますから。ほら、そのままで」


 女神様に叱られて渋々頭を退かそうとするアンノウンの頭に手を置いて、そのまま撫でながらも賢者様が読み続けるのは最近沈んだ船の中から発見した物。他にも興味を引く本が有ってソリュロ様が沈没船を全部纏めて引き上げた時に貰ったの。今は魔法で水に浸かる前の状態に戻したのを読んでいるのだけれど、どうも例の幽霊船について調査していた船らしいわ。


「最後の方は殴り書き、どうやら沈む船の中で書き続けたらしいです。……幽霊船に襲われ、反撃は全てすり抜けたにも関わらず、向こうの船首は調査団の船の腹に突き刺さったとか」


「……一緒だわ。私達が初めて遭遇した時もエルフさん達の縄が巻き付いたのに、乗り込んだ瞬間にすり抜けて姿を消したもの」


「一時的に実体化するのか、逆に自由に幽体になれるのかは分かりませんが、物理攻撃が可能なら反撃の余地は有りますよ、ゲルダさん」


「あっ、私がどうにかするのは決まりなのね、分かっていたけど。……まあ、どうにかしたいとは思うけれど、魔法も全部物理的な物だしすり抜けるのは面倒ね」


 岩をぶつけたり植物で拘束したり消化液で溶かしたり、私って魔法も物理的な損傷を与える物ばっかりで幽霊船とは少し相性が悪いみたい。どうにか攻略法を戦いながら模索したいけれど、何時何処に現れるか分からないから大変ね。出来れば聖なるオーラで攻撃したり、精霊を召喚するとかの派手な魔法だって使いたいわ。私だって女の子だし、勇者らしい派手な魔法に憧れるもの、


 思えば賢者様に魔法の特訓を付けて貰っているし、一から欲しい魔法を作り出すのは無理でも精霊を召喚するのは可能かも知れない。私は思い立つなり賢者様に契約の方法を訊ねる事にしたわ。


「精霊との契約ですか? あれは先天性の才能が必要でして、次の儀式の時にそっち方面の力の付与の調整をしましょうか」


「そんな便利な事が出来るの?」


「私の時にシチュエーションが限定され過ぎて使わずに終わった能力が付与されまして。……使わな過ぎて使えない事は覚えていても能力の内容は忘れてしまいまして」


「四代目で本当に良かったわ、私。……でも、儀式って出来るのかしら?」


 そもそもグリエーンで儀式を行って勇者としての力の強化を目指さなかったのには理由が有るわ。戦争が起きたせいで儀式どころじゃなかったけれど、復興が済んだ頃に行けば良いわよね。そうかぁ、精霊と契約する為の力が手に入るのかぁ。一応世界の順に受けなくちゃ駄目らしいからブルレルで先に受ける訳には行かないのが残念ね。


 まるで物語の主人公になったみたいな気分だけれど、よくよく考えれば私って勇者だから物語の主人公のポジションよね。でも、素直に嬉しいと思う。この旅も戦いも遊びではないけれど、幼心に憧れた精霊との契約が出来るのだもの。


「うふふ、楽しみだわ」


「まあ、前回の試練より大変な内容をクリアしなくちゃ駄目なんだけれどね」


「五月蠅いわよ、アンノウン」


 折角良い気分に浸っていたのにアンノウンに現実へと引き戻される。そう、前回の儀式で三代目勇者と戦った以上の内容が待っているのだから気を引き締めて挑みましょう。そうやって気合いを入れた時、私のお腹が鳴った。


「……お腹減ったわね」


 取り敢えず先の試練より今日の夕ご飯。宴では何が出るのかしら? 港町だから魚料理だろうけれど、今日はお肉の気分だわ。




「わーい! お肉だお肉だぁ! いっただきまーす!」


 宴の会場は町の中央の広場。海と漁を司る神様二人の石像を前に並べられたテーブルの上には料理がギッシリ置かれていたわ。少し離れた所から感じ取れた肉の香りに私の心は踊り、威圧感がある本体の代わりに来ていたパンダは漂うご馳走の香りに飛び出そうとして賢者様に捕まってしまった。


「こら、駄目ですよ。お腹が減ったのは仕方無いですが行儀が悪いと恥ずかしいですから」


「中身婆ぁなのにアマロリファッションの師匠と問題児な色ボケ女神な小姑よりも?」


「・・・・・・黙秘権を行使します」


 賢者様はその問い掛けを誤魔化そうとするけれど言っているのと同じよ。女神様だって腕を組んで唸って考えていたわ。


「・・・・・・姉様以上の恥が思い浮かばんな」


「あの〜、イシュリア様とは仲良しなのよね?」


「ああ、勿論だ。キリュウを誘惑するのは無駄だとしても腹立たしいが家族としては大好きだ」


「でも身内なのが恥ずかしいのよね?」


「そう言っているだろう? 変わった事を言うが疲れているのか?」


「・・・・・・いえ、大丈夫よ」


 真顔でその様な事を言う女神様の様子にこれ以上追求しても無駄だと思った私は話を切り上げる。久々だけれど、神様と人間って違う存在なのだと再認識したわ。女神様も私に何か言う気は無いらしく、疲れているのかと少し心配した様子すら見せる。そうこうしている間に私達は宴の会場に到着した。


 見渡す限りの肉肉肉、申し訳程度に野菜、肉肉肉。少し離れた場所ではスカーさんが豪快に豚の丸焼きを作っているけれど、そもそもの話からして何の宴なのかしら?



「……嫁渡り?」


「ええ、この辺の地域の伝統で網元の家で結婚が決まったら幾つかの町に顔を出して三日間滞在するんだけれど、その期間は町では肉食が禁止なの。理由は忘れられているけれど儀式だけは残っていて面倒よ。ほら、鳥の炭火焼きよ」


 クイラさんの説明に納得する。要するに肉の食い溜めって訳ね。私からすればラッキーだったわ。お魚が多くて少しお肉が食べたい気分だったもの。私が食べる側から次々に盛られて行く肉料理、賢者様がすかさず野菜も皿に盛って行く。野菜を残しちゃ駄目かしら、そんな悪魔の誘惑に耐えながら肉を堪能する私の目の前では豚の丸焼きがパンダに丸呑みにされていたわ。


「がははははは! ちっこいのに凄いな、彼奴!」


「あの変なのが操ってるんだっけか?」


 私の手の平に座れるサイズなのに自分より大きな豚の丸焼きを持ち上げ、徐々にだけれど飲み込んで行くパンダの姿に町の皆は大盛り上がり。豚を間食したら次は樽を持ち上げ酒を流し込む。でも、少し疑問だけれどパンダの口ってヌイグルミだから穴が開いてないのにどうやって入れているのかしら?


「まあ、魔法の力なのだろうけれど。アンノウン、お酒の匂いは嫌いなんじゃ無かったの?」


「人が飲んでいる時の酒臭さが嫌いなだけー」


「うん、まあ予想はしていたわ」


 少しばかり注意して貰おうと思って賢者様の方に目を向ければ他のグループと飲み比べで盛り上がっているし、女神様はその姿を楽しそうに眺めていて頼りにならない。酒の席でお酒が飲めないって色々な意味で損なのだと思ったその時だった。


「っ!?」


 首筋に感じたチリチリとした刺激、それに私は覚えがある。今まで魔族との戦いで何度も感じた物、殺気だった。弱々しいけれど確かに私に殺意を向けた視線の主を求めて振り向けば遠くで私を見ていた悪人面の男の人達が慌てて顔を逸らす。最初に町に来た時は見なかった顔だけれど、どうも怪しいわね。確か海賊らしい人達が居るって話だし……。


「放置しておけば? どうせ囮だよ、囮。暗殺者じゃないしお粗末だよね」


「……アンノウン」


「そんな事よりも石像の神について話をしてあげようか?」


 一切の気配も予兆も感じさせず、頭の中に声が響いた時にはパンダは私の肩に乗っていた。確かにアンノウンの言う通りかも知れないけれど、勇者だって知っていて殺そうとするなら何か怪しい。でも、男の人達も気になるけれど、アンノウンから見た神様達の話も気になった。賢者様は多分遠慮して話すし、女神様は感じ方が人の感覚と違うから当てにならない。


 海を司る二人の神は男神のイドー様と女神のセポー様。姉弟だとだけしか知らない神様だった。いえ、慈悲の心を持つ思量深い神様だとも聞いた事があるわね。


「実はセポーの方は僕を創った神の一人なんだ」


「成る程、大体把握したわ」


 少なくてもセポー様は頭のネジが外れている部類に入る神様だと理解する事が出来たわ。これ以上聞いても疲れそうだからイドー様のエピソードだけ聞きたいけれど、アンノウンが素直に応じてくれるとも思わない。寧ろセポー様のエピソードを念入りに話す事さえ大いに有り得るわ。覚悟を決めて二人についての話に身構える中、料理を手にして宴を抜け出すクイラさんに私は気が付かなかった。





 宴が進み、まだまだ盛り上がる頃、人目の無い路地裏にアイリーンの姿があった。会いに来た人物に持って来させた鳥の丸焼きにかぶり付きながらも相手を見る目は冷談で、かえって滑稽にさえ思える。相対する者にはその様な事を感じる余裕は見られなかったが。少し肌寒いのに冷や汗を流し、息苦しそうにしている。


「お前が裏切り者だとはバレた様子は有るかしら? 少しでも違和感が有るなら知らせなさい。レリル様の計画の妨げになるわ」


「多分大丈夫……だと思います」


「そう? なら別に良いけれど、失敗した時は裏切り者として処分するわ。どっちの陣営からも敵として扱われた末にモンスターの餌にしてあげる」


「分かってます……」


「なら絶対にしくじらない事ね。……レリル様からの贈り物を渡しておくわ。力が欲しいなら使いなさい」


 アイリーンが投げ渡した茶巾袋から出て来たのは丸薬の様な物。それから感じる不気味さに渡された人物はたじろぐが、遠くから聞こえて来た宴の笑い声にハッとした表情になる。


「あの、もし勇者を殺したら……」


「分かっているわ。この町はレリル様の管轄地にして管理は任せる。魔族が世界を支配して人間を管理する様になってもダサラシフドの住人は今まで通りに暮らしても構わないわ。モンスターだって退かせる。……詰まらない心変わりを許す寛大さに感謝しなさい」


「……はい」


 アイリーンの言葉にうなだれながらもその人物は安堵した様子を見せる。アイリーンの主であるレリルが少なくてもリリィと違って約束を反故にする相手ではないと認識しているからだ。


「じゃあ、私はケーキバイキングに行く予定だから帰るわ。この前の店みたいに三百個食べただけで帰れって要求されなければ良いけれど」


 それは要求されて当然だ、その言葉を必死で飲み込んでいる間にアイリーンは姿を消す。本当に帰った事を確認した後、深い溜め息を吐いて呟きながら見たのは町の様子だ。


「……絶対に守る。それがどれだけ罵倒される方法でも……必ず」


 その瞳には決意の炎が宿っていた。

二人のイラスト……欲しい  感想待っています


スカー  れもん水☆416様より提供です


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ