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狼とパンダと女神の冒険 下

 深い深い海の底、日の光すら飲み込まれ、その場所に適応した不気味な姿の生物が跋扈する世界に場違いな声が響く。それは無邪気さを感じさせる少女の声。複数の声が戯れる様に静寂の世界に響く様は幻想的であり、同時に不気味でもあった。


「聞いた? 久々のお客様だって」


「あら、珍しい。前に来たのは何年前だったかしら?」


「最近はお招きするのも難しいものね」


 一切の光を排除した筈の海底だが、そこだけは満月の晩を思わせる明るさに満ちていた。大小様々な横穴が開いた岩がひしめき合う場の中央、そこに存在するのはもう一つの月を思わせる巨大な球体。よく見れば岩に開いた穴は自然に出来た物にしては綺麗であり、どれも一定以上の広さを持つ。少女達の声はその場所から響いていたのだ。


 曰く、肉を喰らえば不老不死、涙は宝石となる。当然ながら根も葉も無い出任せ虚言噂話。だけれども言い伝えが生まれる程に彼女達は美しく幻想的だ。瞳の色や髪の色こそ同じだが一人一人が違った美しさを持っている。もし人間ならば絶世の美女や美のとして男達が殺到する程。滅多に人の目の前に現れた記録が残っていない故に神秘性は増し、戯言を信じずとも捕らえるべく躍起になる者は多いのだが、エルフが逞しく優れた肉体を持つ様に彼女達は優れた魔法の才を持つ。


 そう、彼女達。人魚は女のみで構成された種族だ。彼女達の人気はその事からも来ているのだが、神秘性にばかりに気を取られてこの事を疑問に思うのは変わり者の学者か無邪気な子供しか居ない。では、どうやって子孫を残しているかだが、決して他の種族の男を必要とする等の幻想ではない。数少ない記録では彼女達に誘われた船乗り達が帰って来ない事から夫婦となって子を作り、そのまま共に過ごしていると信じる者は多いのだが・・・・・・。



 もう一度記そう、彼女達は純粋だ。それは間違いでは無いが、純粋が善とは限らない。



「よ……漸く着いた」


「途中で枝分かれしていたりした時は困ったぞ」


「って言うかソリュロが転移でパパッと飛べば良かったんじゃないの?」


 大地の腹、海の底近くに開いた湖に繋がる道の出口からゲルダ達が顔を出す。シャーリーが言っていた案内役は未だ到着していないらしく、ゲルダは少し海の底の世界を興味深そうに眺めていた。元より海にはさほど縁が無かった育ちなので物珍しく思えたのだろう。ソリュロの魔法か彼女の視界はハッキリしていて快晴の昼間の地上と変わらない。身を包む光の膜から眺める海の様子に目を輝かせる少女の姿にソリュロは保護者として温かい目を向けていた。


「それで何時話すの?」


「別に話す必要も有るまい。物珍しい風景を目にし、宴を楽しむ、そんな気晴らしをさせてやろうじゃないか。……おや、来たらしい」


 ゲルダには聞こえない様に話すアンノウンとソリュロの見詰める先、光り輝く球体が小さく見える方向から二人の人魚が向かって来ていた。海底で光の膜に包まれて平然と立つゲルダ達の姿に少し驚いた二人だが顔を見合わせて何やら話すと嬉しそうにする。ソリュロとシャーリーの会話の通りに強い力の持ち主が来た事が喜ばしいらしい。


「アシッドキャンサーを倒して下さった方々ですね? 直ぐにご案内します」


「どうぞ私達にお掴まり下さい」


 差し出された手に対して光の膜貔の存在を理由にどうしようか困ったゲルダであったが、ソリュロがまずてをのばせば膜が手に張り付いて人魚の手を掴めた。ゲルダも同じく手を掴めば二人の体は先程までの地上同然に歩いていた状態から水中の浮力によって浮き、人魚達に引っ張られるまま宴の会場を目指して進んで行く。その道中の事である。流れ行く景色を堪能していたゲルダの視界にその存在が入ったのは。


 例えるなら骨張ったイルカだ。ガリガリに痩せて骨と皮だけになった事でシャープな体付きになった藍色で大型船の倍以上も有る巨体。頭から尾鰭までをゴツゴツした水晶の様な甲殻で覆われ、可愛さの欠片も無い。そんな巨大な存在が遠目に見えるだけで何匹も人魚の里の周囲を泳いでいた。


「ほぅ、彼処まで巨大な海竜は珍しい。さぞかし安心だろう?」


「ええ、モンスターも恐れて近寄りませんし、海竜の縄張りの中で私達も安全に暮らせています」


「ええっ!? あんなに巨大な竜が居るのに安心って本当っ!?」


 ゲルダの疑問はもっともだ。イルカは魚を食べる、つまり肉食だ。少なくてもイルカに似ていなかったとしても竜は肉食や雑食が多い。モンスター除けに使っている事から人魚よりも強いのだろう。その問いに人魚達は微妙そうな顔になりソリュロも話すべきか思案顔。どうも話すのに抵抗がある理由らしく、当然ながら気にしない者がこの場に居た。


「それはだね、ゲルちゃん。海竜にとって人魚が不っ味いからだよ! 昔、竜と話せる魔法を編み出した学者が居たんだけれど、人魚の肉が渋くて苦くて臭くて、とても食べられた物じゃないから見向きもしないんだって。テントウ虫が苦い汁を出して鳥に不味さを教える事で同族を守るのと同じだね! 余りに不味いから見ない事にしてるのさ!」


「……成る程」


 それは海竜に襲われない理由についてなのか、それとも言い辛そうにしていた事に納得が言ったからなのか。どちらにせよ人魚二人の頭の中にも響いた声で場の空気が微妙な物へとなる中、一行はそれから無言で泳ぎ続ける。



「宴の前菜は何かなぁ?」


 メインについては一切興味が無い、そんなアンノウンの呟きがソリュロの頭にだけ聞こえる様にされていた。


「取りあえず少し黙っていろ。じゃないとパンダを使って飯が食えなくしてやる」


「はーい! 何時も通り静かに良い子にしてるね」


「いや、お前が何時静かな良い子にしていた? 何日何時何分何秒前だ?」


「うわっ! 子供みたいな事言うね、ソリュロってさ」


「少なくても見た目は子供の不老不死だ。……余計な事は本当に言うなよ?」


「勿論さ! 僕が信用……する方が変だね」


「分かっているなら直せっ!」


「やだ」


 漫才のような会話をソリュロ達が繰り広げている間にも人魚達は泳ぎ続ける。やがて目的地に辿り着いた時、住居にしている横穴から大勢の人魚達が顔を覗かせゲルダ達を物珍しそうに眺めていた。


(……何か変な感じね)


 シャーリーが使おうとした魔法はソリュロ曰く窒息しない為に空気が詰まった泡で顔を覆う程度であり、光の膜に包まれている自分達が奇異に映って居るのかとも思った彼女だが、それでも何か別の意図を感じる。ソリュロが特に何も言わない事から危険だとは思っていないが言い表せない胸騒ぎを感じていた。


「この先に女王様が居ます。お客人に是非会いたいそうですよ」


 そう言って案内の人魚達と別れたゲルダ達が再び歩いて進めば直ぐに開けた場所に辿り着いた。護衛らしい武装した人魚達や侍女らしい人魚達が左右に分かれて控える中、ゲルダ達の正面に女王らしき人魚が珊瑚の玉座に座っている。その体は海竜に匹敵する大きさであり、頭には水晶の王冠を抱く高貴な人魚。一目で彼女が女王だと理解可能な見た目であり、ゲルダ達が止まるなり口を開いた。


「ようこそ地上の強者達よ。面倒なモンスターを排除してくれて感謝する。陸地に上がるには都合の良い場所だったのだが、向かわせる調達班は戦闘能力の低い者が多く、昨今の状況から打倒可能な者を向かわせるのも難しかったのだ。さて、謝礼代わりの宴を開かせて貰うが……」


 女王は一度その場で軽く頷く。左右に分かれて待機していた人魚達は少しも慌てる事無く下に降り、周囲の水が引いて行く。ゲルダが驚いて周囲を見渡す間にも海底にも関わらず水が周囲から無くなり、新鮮な空気が存在するドーム状の空間が出来上がった。


「わわっ!? 凄いですね、女王様」


「ふふふ、地上の者はこうせぬと食事を楽しめぬだろう? さて、凄腕の魔法使いの少女よ。この通りに過ごしやすくしたのだし、その魔法を消し去っても構わんぞ」


「……了解した」


 何故か含みを持たせた様子ながらソリュロは自分達の周囲から光の膜を消し去る。女王はその様子に少し嬉しそうにしていた。


「信用感謝する。では、早速宴を始めるとしよう。者共、今宵は存分に飲んで食らい、歌って踊り明かせ!」


 女王の言葉と共に歓声が上がり、賑やかな宴が始まる。ゲルダ達の前に出されるのは様々な魚介類を使った人魚族の料理。繰り広げられるは喉自慢の歌合戦に陽気な者達による宴。水の無い場所でも尻尾を使って跳ね回り、水の有る場所では正しく水を得た魚。優雅に泳ぐ人魚達の舞いはゲルダを大いに楽しませた。


「……ふぁあ」


 次々に運ばれる料理を食べ、宴の出し物を散々楽しんでいても宴は未だ盛り上がる。それでも睡魔が彼女を襲い、ソリュロが視線を向ければ瞼を閉じて眠り出した。


「……存分に楽しんだらしいな。ああ、良かった。気晴らしになって嬉しいよ」


「お主は眠らぬのか? 寝床を用意するぞ」


 女王が言う寝床に連れて行く為かゲルダに近付いて抱き上げ様とする侍女。その手をソリュロが振り払い、アンノウンがゲルダの頭の上に飛び乗った。


「気遣い無用だ。残念だがゲルダを食わせる積もりは無い」


「……知っていたのか」


 女王が静かに呟き、護衛の者達のみならず侍女も、その他の人魚達の表情も豹変する。親しみを覚える笑顔から獲物を狙う捕食者に変わり、引いた水が一気に流れ込んで来た。


「久々の客人、それも類い希な強者だ。血肉を食らい、魂を取り込めばさぞ有能な人魚が誕生するだろう。……まったく。大人しく仕込んだ薬で眠っていれば恐怖を感じずに済んだものを」


 流れ込む海水に乗って人魚達がソリュロ達を取り囲む。パンダの目が怪しく輝くもソリュロが頭を掴んだ事で止まり、そのまま彼女は静かに言葉を発する。まるで教師が生徒に言い聞かせるかの様に。


「先に言っておこう。私はお前達を責める気は毛頭無い」


「随分と自信が有る様子だが、人が海の底で人魚相手に、その上これだけの数相手に勝てるとでも?」


「ああ、勝てるさ」


 眠るゲルダを抱き上げたソリュロの膝まで海水は水位を上げ、ゆっくりとだが未だに空間に流れ込み続けている。自信満々な態度が気に入らないのか女王が舌打ちをすれば人魚達の顔付きも剣呑な物へと変わる。彼女達の周囲の海水が噴き上がり、水の槍となってソリュロ達を取り囲んだ。


「さて、遊ぶのもこの辺にしておこう。……強者は強者として振る舞わねばな。力を隠して相手を油断させる等は三流だ」


 ソリュロが静かに呟き、体が一瞬だけ強く輝く。小癪な目眩ましかと女王達は手で目を庇い、落下した。先程まで自分達が浮いていた海水が消え去っていると気が付いたのは直ぐ後で、周囲だけではなく遙か上まで達している事に少し遅れて気が付く。海の中にポッカリ開いた大きな穴、人魚の住処から太陽と青空が見えたのは長い歴史で初めての事。その光景に目を奪われる者も居れば呆然と見上げる者も。状況を理解しきれていない中、女王の声が響く。


「何をやっているか、平伏せ! 我らが目の前におわす御方は女神なるぞ! 頭を垂れろ、絶滅したいのか!」


 女王の叫びに含まれるのは恐れ。次に瞬きをすれば目を開く事無く消え去る可能性さえ高い状況において彼女が選べたのは服従の意思を示す事だけだ。慌てて他の人魚達もひれ伏す中、ソリュロは人差し指を唇に当てて静かにせよと動作で示す。


「流石に気が付くか。左様、私こそが魔法と神罰を司りし女神ソリュロ。だが、案ずるな。言っただろう、私はお前達を責めはしないと。強き人の血肉を好むのも、人の魂を取り込む事で新しき同族を生み出すのも全てお前達がそういった存在であるというだけ。……私達神は別に人だけの味方ではない。人が獣や魚を食らうのと人魚が人を食らうのは神にとって同じだ」


「で、では、どうして正体を隠してこの地に? い、いえ、別段非難する気は御座いません!」


「だから怯えなくて良い。まあ、驚かせたのは悪かった。……私はただ、勇者という重荷を背負ったこの子が少しでも気晴らしが出来ればと宴に参加しただけだ。……だからまあ、暫くは人狩りは控えて欲しい。露見しない自信はあるだろうが、討伐など求められれば苦しむ事になるだろうからな」


 慈しむ表情でソリュロはゲルダの頭を撫で、女王達は再び深く平伏す。気が付けば海は元に戻り、再び静寂が訪れていた。


「ああ、それと一つ頼みが有るのだが……」



「……ううん? えっと、此処は?」


 次にゲルダが目を覚ました時、居たのは宴の席ではなく沈み込む程にフカフカなソファーの上。その周囲を覆う透明の球体が回転しながら進むが内部には一切の影響が無い。


「目を覚ましたか。少し疲れていたから寝てしまったらしくてな。宴も終わったし、今度は海底散策でも行こうと思ったから無断で連れて来てしまった。……迷惑だったか?」


「いえ! ソリュロ様と散策を楽しみたいです!」


「……そうか。では、楽しもう。見応えの有る場所を彼女に案内して貰う事になっているぞ」


「うん! 私が案内するね! 先ずは沈没船が沢山有る所だよ! 中でキラキラした物も見つかるし楽しいんだ!」


 少し不安そうに訊ねたソリュロだったがゲルダの返答に嬉しそうに微笑む姿は見た目相応の少女の様だ。上を見ればシャーリーが泳いでおり、その背中にはパンダが乗っていた。


「あら、仲良くなったの?」


「うん!」


「……僕としては変なの扱いした奴とは仲良くしたくないんだけどね」


 少し拗ねた様子のアンノウンではあるが、恐らくシャーリーには通じていないだろう。ゲルダはそれが面白く笑ってしまい、ソリュロもつられて笑う。シャーリーもよく分からないまま笑う中、アンノウンだけが不機嫌そうだった。




 一方その頃、知人に少しトラブルが有ると聞いたキリュウが向かったのはブルレルの王国の一つにして初代勇者だった彼が初めて滞在した国サビワ。この国で世界で旅をする為の知識を習い、戦う術を身に付けた。そんな思い出深い国で最も大きい学園、貴族や王族が通う由緒正しき校内の中庭にて一人の少女を庇う様に別の少女を睨む数人の男子生徒が居た。


「……殿下、何をおっしゃっているのか皆目検討が付きませんが?」


「とぼけるな! お前が我が愛しのチャオに嫉妬して苛めているのは既に分かっているんだ!」


「……はあ。何故私が彼女を……アガリ子爵の娘に嫉妬するのですか?」


 酷く興奮した様子で怒鳴り散らしているのは金髪を短く切りそろえた美形。名をリガという。彼がこの国の第一王子であり次期国王。そんな彼を、いや、彼と共に自分を睨んでいる男子達も、彼等に庇われながら怯えた様子を見せている少女さえも冷めた目で見詰めている少女こそリガの婚約者であるメスシ公爵家の令嬢、チスラである。


 青い髪を縦ロールにした典型的な貴族の子女の見た目であり、目の前の彼等とは別に何処までも冷静でそれがいっそう苛立ちを誘っている。


「決まっているでしょう! 私の愛しいチャオが貴女よりも美しいからですよ!」


「そうだ! 寧ろ彼女に嫉妬しない方が変だ!」


 次々に声を荒げるのは誰も彼も国の次代を背負う者達。将軍家の跡取りや高位の貴族。そんな彼等を一度に敵に回したチスラだが、戸惑いの表情で見守るギャラリーとは打って変わって少しも臆した様子も無く、寧ろ呆れ果てた様子でさえある。


「それで、彼女が私より美しいからどうかしたのですか? 美醜の判断は人それぞれ、別段異を唱えませんし、将来的に側室にしたいのならすれば良いでしょうに。私は殿下が誰を愛そうが一向に構わないのですよ?」


 あくまでも冷静に冷談に、徹頭徹尾一切感情を荒ぶらさずに彼女は告げるのであった。……その様子を遠くから見ていたキリュウは少し安心しながらも驚いた様子でもあった。


「……うーん。流石に三百年も経てば顔は似ても似付かずですが、中身の方はあの王女にそっくりですね。彼女は猫を被っていましたが。……いや、チスラも出会った頃は猫を被っていましたよね? 一体何が……」


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