その言葉は偽りで
六章 まさか此処まで
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青の世界ブルレル。世界の殆どを海や大河が占める漁業が盛んなこの世界のとある島のとある港町にて多くの漁師を束ねる網元の息子の婚約を記念した祝宴が開かれていた。
「いやいや、目出度いですな。一時はどうなるかと思いましたが、無事に決まって何よりです」
「これで更に町が栄えれば幸いですよ」
未だこの周辺では被害が報告されていないが、寂れた漁村や地方では魔族や活発になったモンスターの被害の噂が出ており、足元から這い上がる様な不安を払拭しようと宴は盛大に行われている。各々が酒や料理を楽しむ中、屈強な男が多い漁師に囲まれている若い男が居た。
「皆さん、今日はお越しいただき有り難う御座います」
屈強な男達と見比べられる事で更に細く見える彼が網元の息子であり、今まで幾度も婚約者を喪った事から病弱な見た目も呪われているのではと噂が立った程だ。だが、その噂も新しい婚約者によって収まりつつある。
「コンラッド様」
「何だい、リノア?」
「いえ、お名前をお呼びしたかっただけです」
彼の名を周囲の男達を挟んで呼ぶ声。コンラッドが愛しそうな視線を向けたのは物静かな雰囲気を持つ女性だ。白髪に白っぽい肌と病弱そうに見える彼女だが、町の酒場で給仕として働いていた時に余所者に絡まれたコンラッドを助け、それが切っ掛けで恋に落ちた。
網元の息子と酒場の給仕、当然ながら反対の声が多かったが数々の試練を乗り越え漸く認められたのだ。誰もが二人を信じている。明るい未来を信じている。宴の席には何度目かになる乾杯の音が響き、歓声が上がる。愛する二人は祝福を受けながら微笑んでいた。
「……」
その様子を遠くから見詰める瞳。剣呑な雰囲気での姿をジッと見詰め、風と共に姿を消す。風の音に紛れて聞こえる声。実に楽しそうに嗤っていた。
「ククク、実に幸福そうだ。高い所から落ちる程に傷は深くなるが……楽しみだな」
彼は知っている。二人の未来に待ち受ける暗雲を。彼は楽しみにしている。今幸福に溢れた彼らの顔が絶望に染まる瞬間を。
ハシビロコウのキグルミを着た男は心の底からその時を待ち望んでいた。
一方その頃、世界の命運をその小さな背中に背負い、時に無力感でその小さな胸を痛めながらも旅を続けるゲルダはキリュウ達と共に長い長い階段を上っていた。世界と世界を繋ぐ世界樹。その周囲に現れる光の階段を上るのも勇者の試練の一つだが、雲に届く程に高い頂上まで、大きな都市の外周程の太さの幹の周囲に緩やかな勾配で続く螺旋階段を上るのだが、世界を救って勇者としての強化が成される程に試練も苛烈になって行く。具体的に記すならば下りのエスカレーターの様に光の階段が下に向かって流れていた。
「も、もう! 幾ら試練でも大変過ぎるわよ!」
「まあ、落ち着いて。休憩時間はちゃんと用意しますし、休んだら上った所まで転移しますから。……しかし、私や他の勇者の時は此処まで大変ではなかった筈ですが」
「……もしかして賢者様がそうやって手助けをするのを前提にしているんじゃないかしら?」
最初は速度も大した事がなかったが、高くなり風が強まり空気が薄くなるにつれて速度が段違いに上昇している。ゲルダは必死で走り、キリュウとシルヴィアも彼女に合わせて走っているが涼しい顔だ。だが、そんな大変さなどどこ吹く風と、黒子が引く人力車に乗って楽をしている者も居た。キリュウの使い魔アンノウンである。
「フレー! フレー! ゲルちゃーん! お菓子食べながら応援しているよー!」
普段は頭に乗せたパンダのヌイグルミを操ってお菓子を口に運ばせながら直接頭の中に翻訳した声を届けるアンノウン。勇者の正式な仲間でないので試練に参加する必要は無いのだが、自分が苦労している時に楽する姿を見せられたら腹が立つのも無理が無い。事実、ゲルダはイライラしており、それを知ってか知らずか、多分知っていてアンノウンは口を閉ざさない。
「アンノウン、少し黙っていて」
「えー? ゲルちゃん、カルシウム不足なんじゃない? よーし! 僕が歌で応援してあげるよ。じゃあ、ミュージックスタート!」
何処から出したのかパンダの手には小さなギター。指も無いのに弦を引き、ロック調の音楽を奏で始めた。そして歌がゲルダの頭の中に流れてくる。とっても奇妙な歌詞の歌だった。
恋はメロリン、あなたの眼差しシューティングソーダ 私のハートはメロリンパッフェ とろけとろけてチョコフォンデュ
とまらない このDO☆KI☆DO☆KI 届けたい このTO☆KI☆ME☆KI(繰り返し)
だけど嫌な予感が落雷エクレア パリパリ弾けて お口でとろける 蕩けちゃう
恋を阻む障害はポポロン投げつけて追い払うの 恋のライバルはスパイス 刺激が涙をさそうの
豆板醤にキムチに塩辛 嫌いなあの子は胃痛にな~れ
私の愛はスーパー激甘 砂糖にクリーム、餡子にハチミツ。恋の痛みは歯に響く
恋はメロリン、あなたの眼差しシューティングソーダ 私のハートはメロリンパッフェ とろけとろけてチョコフォンデュ
「……うわぁ。誰、この歌の作詞者」
「グレちゃんがメロリンクイーンってペンネームで書いていた黒歴史ポエムだよ」
「……そう。グレちゃん……あの人ね」
ゲルダが思い浮かべたのは一度助けてくれた女性。グレー兎と名乗る灰色のウサギのキグルミを着ているので詳しい事は分からないが冷酷な様で実際は優しさを感じられる大人の雰囲気を持っていた。灰色のウサギのキグルミではあるが。
そんな女性の思わぬ黒歴史に驚きを隠せないゲルダが足を止め、直ぐに気が付いて慌てて駆け上がる先をアンノウンを乗せた人力車は進む。顔が隠れているが黒子が笑いを堪えて震える中、再びギターがかき鳴らされた。
「じゃあ、次の歌は……」
突如、人力車の真下に魔法陣が出現する。アンノウンと黒子が反応する間すら無く光を放ち、爆発した。
「きゃっ!?」
咄嗟に爆風から手で顔を庇ったゲルダが見たのは遙か遠くに飛んで行くアンノウンと黒子の姿。空の彼方に消えて行き、やがて見えなくなったのでゲルダは走る事に集中した。
「まあ、どうせ直ぐに帰って来るわね」
「ご飯の時間までに合流出来れば良いのですが……」
「キリュウ、前々から思っていたがアンノウンを甘やかし過ぎではないか?」
「それはそうなのですが可愛くってつい……」
シルヴィアからの指摘にうなだれるキリュウの姿を見たゲルダだが、多分今後も甘やかすのだと確信しながら走り続ける。未だ半分も到達しておらず、先は長かった。
「つ、疲れた……。まさか一日経っても登り終わらないだなんて思ってなかったわ」
登り始めたのがお昼前であり、今は次の日の夕方。時折休憩を挟んで中断した所から再び階段を駆け上がるも予想以上の時間が掛かっていた。まさか徐々に木の幹が太くなっており、頂上の辺りでは根本近くの倍にも匹敵するとは思っていなかったゲルダは疲れて座り込むがキリュウ達は流石に平然としている。
「ゲルちゃん、情けないなぁ」
「最初から最後まで楽をしていた貴方が何を言っているのよ、アンノウン。……うん、それにしても強烈な匂いね」
黒子と共にあっさり復帰していたアンノウンを一睨みした後で鼻を動かせばゲルダの鼻に潮の香りが届く。故郷に海が存在しない訳でも無いが、嗅ぎ慣れていない者には少し強烈だろう。今居るのはなだらかな丘の途中であり、少し走って頂上に行けば遙か彼方の地平線まで続く青い海が見えて来た。
「バカヤロー! ……って叫ぶのよね?」
「えっと、誰から聞きました? 強ち間違いでも有りませんが……」
「アンノウンだけれど……まさか!」
キリュウの困惑した様子に全てを悟ったゲルダはアンノウンの方を向き、既に遙か彼方に逃げ出した後ろ姿を目にする。だが、それを許さない者が一人。
「……少し躾が必要だな」
静かな声で呟いたシルヴィアは足下の石ころを拾い上げ、振りかぶって投げる。音速を超えた石は空気を真っ赤に熱し、地面の草を衝撃波で吹き飛ばしながら突き進んで遙か彼方へと飛んで行った。
「ギャンッ!?」
姿は見えないが遙か彼方から聞こえる轟音と悲鳴。隕石でも降って来たと間違える大音に周囲の空気が震え、海鳥が一斉に逃げ出した。
「シルヴィア、少しやり過ぎでは?」
「お前がそうやって甘やかすから調子に乗るのだ、少し黙っていろ」
「はい……」
見かねたキリュウの言葉も軽く睨みながら一蹴するシルヴィアの姿を軽く見た後でゲルダは再び海に目を向ける。
(こうやって海を見たのは何時だったかしら? 確かお父さんもお母さんも生きていた頃に一度だけ……)
幸せな思い出に浸り、暫し海を眺め続けるゲルダは何時しか潮の香りにも慣れ始めていた。少し髪がベタつく潮風には困りはしたが今はもう少しだけ海を眺めていたいと数歩前に歩いて海に近付いた時、遠くに漁村らしい物が見えた。ゲルダは二人に声を掛けようと後ろを振り向き、潮風に紛れて漂って来た臭いに反応した。
「魔族っ!」
「ひゃっ!?
何度も嗅いだ鼻が曲がりそうな悪臭、但し何度も戦った上級魔族程の強烈さはないそれが漂って来た上方をキッと睨めば驚いた声が聞こえ、宙に浮く気弱そうな少女と目が合った。地味な服装で緑の髪、胸は大きい。
「も、もう! 急に大きな声を出したら驚くじゃないですか! お姉さん怒るよ、坊や!」
「……私、女の子だけど」
「え? そ、そうだったの!? ごめんね、子供だとしても胸が小さいって言うか薄いって言うか……」
この瞬間、分かっていたが改めて目の前の少女を敵と定めるゲルダ。後ろではシルヴィア達も武器を構える中、キリュウは一瞬だけ驚いた顔の後で気を引き締める。少女も二人に気が付いたのか慌てた様子でポケットに手を入れ何かを取り出した。
「葉っぱ?」
そう、彼女が取り出したのは何の変哲もない葉っぱであり、それはゲルダも嗅覚で感じ取っている。そんな物をどうする気なのかと思わず動きが止まったゲルダに向かって少女は葉っぱを投げ付けた。動作は少々鈍くさく、葉っぱは突如吹いた風に乗って向かって来る。流石に武器を構えた時、少女が拳を握り締めた両手で自分の腹を叩けば鼓の様な音が響き渡る。
「ポンポコリン」
ポンっという軽快な音と共に煙に包まれた葉っぱ。煙は直ぐに風によって吹き飛ばされ、葉っぱは銛に変わっていた。三つ叉ではなく返しが付いた一本銛。その切っ先をゲルダ達に向けて飛んで来る。……かに思えたが、棒状の物を適当なフォームで投げた時と同様に回転しながら向かって来た。
「ええ!? なんでちゃんと飛ばないのっ!?」
自分では真っ直ぐ飛んで三人に突き刺さると思っていたのだろう。彼女が驚いた様子で銛を見詰める中、ゲルダはブルースレイヴを構えて飛び出し、銛の石突きが自分に向いた瞬間に打ち付ける。今度は真っ直ぐ飛び、青い魔法陣が銛を包んだ瞬間、ブルースレイヴに押し出されるかの如く急加速して少女の体を貫いた。首と脇腹、そして胸。完全に急所を貫いた銛は少女の顔から生気が消え去ると同時に再び音と共に煙に包まれ葉っぱに戻る。体中から血を流しながら少女は墜落し、海の中に沈んで行った。
「……あれ?」
呆気ない、そんな風に感じただけではない。強くなった自覚は有り、少女の強さが其れほどではないとも感じていた。しかし相手は一切防御する様子すら見せず、何より魔族を倒した事により今までは感じていた力の上昇が無かったのだ。
「賢者様、彼女ってもしかして幻覚の類だったの?」
「いえ? ……もしかして倒した実感が無かったのですか?」
「ええ、だから手の内を晒させられたのかと思ったのだけれど。……わざわざ手の内をペラペラ話さなくても今のを見れば対象を反発させるって分かるだろうし……あっ!」
自分で能力を口にしてしまった事に慌てて口を手で塞いだゲルダは周囲をキョロキョロ見るが誰かが様子を窺っている様子は無く、何よりキリュウ達が反応しないので大丈夫だろうと判断した。
「私の時も再生能力が凄まじい魔族と戦いましたからね。まあ、分かったからとしても簡単に対策が出来る能力でもないですし気にしなくても大丈夫です」
ゲルダはその言葉にホッと一安心、胸をなで下ろして平坦っぷりを改めて自覚して落ち込んだ。
「……あっちに村が有ったから行ってみましょう。浚われた子供について何か情報が有るかも知れないし」
村が見えた丘から歩く事数分、ゲルダ達はツナグンカという村に到着した。何艘かの小さな船を波打ち際に浮かべている小さな村で、旅人が来た事に村人は驚いている。どうやら随分と外の人間が来てはいないと判断したキリュウは宿を探すのを早々に諦めて馬車の中に泊まる事にした。
「ちょっと聞いて回りましたが、予想通りの空振りでしたよ」
「まあ、随分と寂れているものね。余所の情報が入って来なくても当然よ。……私の故郷もこの村程じゃないけれど田舎だから余所の話があまり入って来なかったし」
「明日にでも立つか。しかし、宿屋が無かったのはかえって助かったな。見知らぬ他人を泊めてくれる親切心と余裕の持ち主が居ないのもな」
村で買い求めた魚や貝を塩で焼いた物を食べながらシルヴィアは部屋を見回す。魔法によって拡張された馬車内部は豪奢な一軒家と同じであり、風呂や中庭まで有るのだから小さな村の宿屋とは比べ物にならない快適さだ。別段野宿でも平気な彼女だが、快適な空間で休めるのならそっちの方が良い。
「そーだね、ボス。所で僕はお肉が食べたいな!」
「我が儘言うな、アンノウン。魚だって美味しいのだから……食事時に無粋だな」
魚に刺した串を手にしたシルヴィアだがおもむろに立ち上がって魚を置き、代わりに武器を手にした。窓を開ければ突如聞こえて来る悲鳴や騒がしい物音、そしてモンスターの唸り声。即座にゲルダとキリュウも立ち上がった。
「じゃあ、僕は寝るね。お休みー」
「お前も来い!」
そして寝ようとしたアンノウンはシルヴィアに担がれ無理矢理外に出されるのであった。
その頃、離れた島の砂浜に例の少女が流れ着いていた。体中に開いた穴に加えて魚に食われた上に水で膨れて無惨な様を晒した死体。本来ならば光の粒子になって浄化される筈の魔族にも関わらず彼女の死体はそこに在り続け、一陣の風が吹いた。
「……あの子、何者だろう? って、お洋服がっ!」
何事も無かったかの様に彼女は立ち上がる。服に開いた穴はそのままで、体の穴は最初から存在しないかの様に消え去っていた。故に彼女が気にするのは服の事。特に胸が丸出しになっているのが恥ずかしいのか腕で隠して顔を真っ赤にした時、上から上着が投げ渡された。
「随分と派手に殺されたなぁ、飛鳥ぁ! 迎えに来てやったぜ。どーせ帰り道が分からねぇだろ」
見上げれば月をバックに浮かぶ黄色の髪をした少女。何処か男勝りな風に見える彼女を見た少女、飛鳥は嬉しそうな顔になった。
「美風ちゃん! 助かったぁ。……えっと、誰かよく分からない。男の子みたいな胸をした狼の獣人の女の子? あっ! 大きな鋏を持ってたよ!」
「……はあ? いや、全然分からんって、それじゃよぉ。ほら、案内してやるからさっさと帰るぜ。明日はクレタ様の近況連絡の手紙が来る日だからな」
「あっ! そうだった。じゃあ、明日も頑張って子供を浚わないとね! ビリワックさんがクレタ様に良い報告をしてくれたら誉めて貰えるし」
「……彼奴嫌いなんだよなあ。他の奴が連絡役になるか、どうせならクレタ様が来てくれたら良いのによ」
二人の会話からしてクレタの……既にゲルダに敗れた魔族の部下らしい。それも随分と彼女を慕っている様子で、その慕っている相手が勇者に敗れた事さえ知らされていない様子だ。だが、彼女達が待ちわびる明日になれば嫌でも知る事になるだろう。寧ろ楽しみにしている日に知らせる事にしたのかも知れない。
「プリューちゃんも楽しみにしているだろうね!」
「そりゃまあ、無愛想な彼奴が一番クレタ様に懐いてたからな」
彼女達は尊敬し慕う相手に再び出会う日を夢見る。それは魔族も人間も変わらない。その先に待つ絶望を知った時にどうなるのか……それもまた同じなのだろう。




