新たなる相棒
「ふふふふふ、どうだ、似合うだろう? 部下に相談して衣装を決めたのだが、ワイルドな私はギャップ狙いでオーガンジーをふんわりと重ねたウェディングドレスが良いと言われてな」
覚悟を決め、決意を新たに向かった先で待っていたクレタはドレスの裾を掴むとその場で一回転、全身を見て貰おうとアピールする。出来る事ならその部下を小一時間ほど問い詰めたいし、本当に部下なのかさえも疑わしく思えた。
「矢張り単純に求婚するだけでなく、嫁にしたいと思わせる姿を見せるのが一番だと思ってな。ああ、別に私は第二婦人で構わんさ。一番を勝ち取れば良いだけだ」
(何も知らないって残酷ね。賢者様と女神様は頭が沸いてるレベルでラブラブなのに横恋慕だなんて同情するわ)
その姿に私は哀れみさえ覚え、何も言えない。正直言ってドン引きしているし、今回ばかりは賢者様も女神様も言葉が出ないのか無言だったわ。うん、この場に居るのが賢者様の影響で人間寄りの感性を持つ女神様で良かったわね。そうでないなら空気を読まない発言をしていたわ。
「……ん? 黙っているが、私の姿に言葉も出ないか」
そう、私達三人は空気を読んで黙っていた。余りの惨状に言葉も出ない。でも、世の中には空気を読めない子も居て、この場の全員の頭の中にその声が響き渡ったわ。
「あはははは! あの人必死過ぎるねー! あはは、あははははは!」
そう、アンノウンだけは空気を読まずに大笑い。純粋そうで全く純粋じゃない子供の声が五月蝿い位に頭の仲に響きわたる。慌てた賢者様が止めに入ったわ。
「こ、こら、アンノウン。そんな事を言ったら駄目ですよ、メッ!」
「え? マスターだってドン引きしてるよね?」
あっ、違ったわ。空気読んだ上で空気読まない発言をしていたのね。女神様は頭を押さえて溜め息を吐いていた。少し心配になってクレタの方を向けば無言で岩壁を出すと裏に隠れ、ウェディングドレスを脱ぎ捨ててハルバートを担いで出て来たわ。
「此処に来る途中、詰まらん真似をした非礼を詫びよう。さあ! いざ尋常に勝負だ!」
「……え、ええ! さっさと終わらせましょう!」
先程までの遣り取りが無かったみたいに振る舞うクレタに合わせて私も見なかった事にする。いえ、多分今のは白昼夢ね。敵を前にして夢を見るだなんて私もどうかしていると気合いを入れ直す。床に破り捨てたウェディングドレスなんて落ちてないわ。
「ねぇ、ゲルちゃんはどうして見なかった事にしているの? 突っつけば精神的に弱るよ、きっと」
「私の精神にもダメージが入るから黙っていなさい、アンノウン」
「あっ! 認めた! ウェディングドレスの事を認めた!」
両手に剣を構え、頭に響く声をシャットアウトする。今は目の前の相手にのみ集中。やがて余計な声は聞こえなくなり、余計な物が見えても気にならなくなる。私とクレタは互いに数歩前に踏み出した。
「上級魔族クレタ・ミノタウロス、お前を殺す者だ」
「勇者ゲルダ・ネフィル、貴女を倒して世界を救う者よ」
名乗りを上げ、同時に地面を踏みしめる。私はその場で地を掴み、クレタは地面を爆ぜさせる程の踏み込みで一直線に迫り来る。私の目前で着地と同時に踏み込み、真正面から刃を振り下ろした。
それも、前後から。私の背後に出現した岩のクレタが本体と全く同じ動きを持って私を襲う。前後からの挟撃、左右に避けても無理に軌道を変えたハルバートの刃を不安定な姿勢で受ける事になる。だから避けない、
響く金属音。私は右手でクレタの刃を、左手で岩のクレタの刃を受け止めた。剣を持つ手が震え、前後のクレタが無理矢理押し込もうと力を込める中、左右からも私の命を脅かす脅威が迫っていたの。私の胸部に切っ先を向けて伸びて来た岩の杭。
前後から押さえ付けられて避ける術は無い……そんな弱音は吐かないわ。手首を動かし刃の向きを変えながらクレタ達の刃を私の刃の上で滑らせる。前のめりに崩れる体勢、圧力が緩まり動く余裕が出来る。でも、杭の切っ先は私が避ける暇が無い所まで迫っていたの。
「回っ転斬りぃ!」
迫り来る杭の切っ先を前に私はその場で廻る。クレタ達の刃を弾き、迫る杭の切っ先を切り落とし、そして左右の刃が縦二列に横一文字を刻み込んだ。この攻撃には手応えが有ってクレタが怯んだ事で杭の動きも僅かに遅くなる。僅かな時間だけれども、今の私が窮地を脱するには十分な隙。前方のクレタを蹴り上げて、先端が盛り上がり再び鋭利な切っ先を向ける杭を避けて前方に逃げる。背後で岩のクレタが崩れる音が聞こえた。
「くっ! 随分と強くなったな、勇者。これが功績を重ねる事で得る勇者の力か。……まさに男子三日会わざれば、と言う奴だな」
「私は女の子なのだけどね。一気に決めさせて貰うわっ!」
決して浅くない腹部の傷の痛みに顔を歪めながらも武器を構える手の力を緩めないクレタに向かって跳び、大上段からの斬撃を浴びせるけれども体を後ろに逸らされて僅かに薄皮を切り裂くだけ。そして着地の瞬間、クレタが足を踏み込めば地面がひび割れると同時に波打った。
「わわっ!?」
着地の瞬間だったので足を取られバランスを崩す。今度は私に隙が生じて、クレタはそれを見逃さない。私の胸倉を掴んで投げ飛ばし、頭を突き出して前傾姿勢になると足で地面を掻く。何が来るか私にも分かる。突進だわ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
宙に浮く私の左右に現れる岩壁、これは私を逃がさない為の物。響き渡る雄叫びは耳をつんざく。だけれども私に耳を塞ぐ事は許されない。何故ならば雄叫びに匹敵する程の轟音と土煙を上げながらクレタが迫っていたから。咄嗟に発動した魔法によって拘束する蔓は簡単に千切れ、岩は粉々に砕かれて速度を全く落とせない。そして、クレタが跳んだ。
「がぁあああああああああっ!!」
「げふっ!?」
今の彼女は先程の見ていて痛々しい必死さも無く、武人ですらない。まさに獣、一匹の獰猛な獣が私に襲い掛かった。咄嗟に挟み込んだ剣によって角が突き刺さるのは防いだけれど衝撃は防げない。そのまま押し切られ、後方の壁に激突する。一瞬私の意識が飛び、次の瞬間には拳を振り上げたクレタの姿が目に映ったわ。大振りの力任せの一撃、でも今の私は避けられない。だから迎え撃った。動くだけで悲鳴を上げる体に鞭打って剣で拳を迎え撃つ。
「だあっ!」
「やあっ!」
飛び散る鮮血、私の剣はクレタの拳を深く切り裂き、代償として砕け散る。深い傷、それでもクレタの攻撃は止まない。今度は蹴りを放ち、残った剣で受ければ今度は傷は浅く、刃は先程同様に砕け散ったわ。武器を失って絶体絶命だけれど、私は此処で終わるのかしら? ……いえ、終わってなるものかしら!
「刃が無いなら……歯で倒すっ!」
速度を落とさず迫る蹴りを受け止めてクレタに抱き付いた私は体に爪を立て、首に牙を突き立てた。引き剥がそうと暴れ、背中を殴られる。それでも私は離れず、顎の力を強めたわ。そう、武器が無ければ敵に勝てないだなんて情けないわ。私にはお母さんから受け継いだ牙と爪が有る。だから負けない、負けてなるものですか。
「……このっ! いい加減に……離れろっ!」
業を煮やしたクレタが私を抱えたまま下にして飛び降りる。地面はデコボコした岩だらけ。あれに打ち付ける積もりらしい。私はクレタの体に突き立てた爪と牙に込める力を更に強める。そのまま岩へと落ちて行く私をフワフワモコモコの毛が受け止めて、左右から無数の影が飛び掛かった。
「メー」
「メー」
「メー」
「ワンッ!」
うん、突進を受ける直前に召喚が間に合って良かったわ。機を見計らっていたゲルドバの指示で動いた羊達は今が好機との合図で動き出した。私に集中して気が付いていなかった羊達の登場に意識を私から外したクレタを投げ飛ばせば空中のクレタに襲い掛かる。
毛を硬質化した羊を正面から受け止めて投げ飛ばそうとするクレタを別方向から跳ね飛ばす。若干一緒に跳ね飛ばされた子が不満そうにしたけれど、今度は毛を柔らかくしてクレタの腕から抜け出すなり別方向から飛び掛かって跳ね飛ばした。宙を舞うクレタに次々に殺到する羊達は左右から、そして前後から突撃して行く。反撃しようと腕を振り上げるクレタだけれど、その腕にゲルドバが噛み付いて止めた。
「グルゥ!」
「くっ! この……」
今度はゲルドバを掴んで殴ろうとするけれど、今度は私を忘れていたみたいね。気付いた時にはもう遅い。私の蹴りが腹の傷に突き刺さった。ミシミシと肉が軋む音が聞こえ、クレタが飛んで行くと同時に離れたゲルドバは宙を舞って着地、クレタは壁に叩き付けられ、今度は私が攻める。跳ね返ったクレタを更に蹴り、折れた剣の柄を掴み、残った刃を突き立てた。そのまま顔面を殴ろうと拳を振り上げるけれど、壁から突き出した岩の杭が迫り私は退避する。
「惜しい。でも……」
私も相当やられたけれど、クレタはそれ以上に満身創痍。このまま押し切れると勝利を確信した時だったわ。クレタの周囲に壁や天井、床の岩が集まって凝縮して行く。岩の表面が蠢き、ニメートル程の大きさになったわ。牛頭人身の岩の鎧を纏ったクレタが立っていた。見えているのは小さな穴から見える目の部分だけ、荒い息遣いも聞こえない。
「ゲルちゃん、大変だよ! あの姿、僕の部下達と被っている!」
聞こえたのはまたしても空気読まないアンノウンの声だったわ。
「アンノウン、少し黙っていて」
「……行くぞ」
小さな声が聞こえ、次に聞こえたのは地面が爆ぜる音、続いて拳を震った事で起きた暴風。私の羊とゲルドバが宙に舞い上がった。
「……え?」
それはきっと今までの経験が私を守ったのね。咄嗟に交差させた腕を通して全身に走る衝撃と激痛、踏ん張る間もなく体は宙を舞う。受け身も取れずに岩壁に叩き付けられ、動けない私に巨岩が迫っていた。絶体絶命だけれど……多分絶体絶命じゃない。だって賢者様達が手出しをしないから。だから私の勝機は残っている。私は私の勝利を諦めたりなんかしない。
キッと正面を見据え、拳を握り締める。二色の光が天井を貫いて私の所に飛んで来たのはその時。私はそれを迷わず掴み、私を圧殺せんと迫る岩を全力で殴った。岩は粉々に砕け、私の頭には情報が流れ込む。
「……お帰り、デュアルセイバー」
柄を掴むだけでこの武器の、ちょっと変わった私の相棒の使い方が分かる。見た目は変わらないけれど、前よりも光り輝いている気がした。ディロル様のメッセージは無いけれど、職人ってそんな物なのかもね。
「さあ! 勝負は此処から……そして此処までよ」
ブルースレイヴの刃で壁を軽く叩けば青い魔法陣が現れて私は前方に一気に加速する。クレタも両足で地面が吹き飛ぶ程の踏み込みをして私に迫る。全身の岩が振り上げた腕に迫り、レッドキャリバーと正面からぶつかった。空中で衝突する刃と拳、衝撃が周囲に広がって私の二撃目、ブルースレイヴの突きが加わる。
「地印解放!」
クレタの拳に現れた青い魔法陣、それが光ると同時にクレタの体は後ろに吹き飛び地面に墜落。
「天印解放!」
続いて赤い魔法陣が出現し、今度は私に向かってクレタの体が引き寄せられた。交差する様に叩き付ける二つの刃。クレタの体の岩を完全に砕き、再び地面に叩き落とす。それと同時に私も体から力が抜けて墜落し、羊達に受け止められる。横を向けば光の粒子になって消えて行く。勝った、それを理解した私は安堵の息を吐いて意識を手放す……。
「あはは、あははははははは! 本当にっ! 本当に君は強くなったね、ゲルダ!」
その瞬間だった。消えて行くクレタの体が宙に浮いて起き上がり、別人の声で笑ったのは。この声には聞き覚えがある。私はこの声の主を知っている。イエロアで出会った得体の知れない少女だった。
「ああ! この時を幾星霜待ち望んだ事か! こうして君と会話をするのを楽しみにしていたんだ!」
クレタの光の粒子化は進んでいる。その状態で自分の肩を抱き身悶えていた。その姿に私は凄く腹が立つ。浮かんだのは身も心も怪物にされたディーナやシャナの姿。あの少女の仕業だと私が確信した事。
「……貴女、また仲間の尊厳を」
「……また? ああ、ディーナとクレタか」
「シャナもよ!」
「……シャナ?」
首を傾げ本当に分からないって顔のクレタの体を乗っ取った名も知らない誰か。シャナに何もしていないんじゃない、シャナの事を記憶していないのよ。
「……うーん、多分私と何か関係した誰かみたいだけれど、今はどうでも良いや。もうクレタの浄化が終わっちゃうし、目的を果たそう!」
既にクレタの肉体は半透明になって消え去るのも時間の問題。その状態で彼女は笑い、両手を左右に大きく広げる。
「私はリリィ……リリィ・メフィストフェレス! 魔王様の側近の双璧が一人! ……じゃあ、また会おう。今度は私自身の肉体でね、愛しのゲルダ」
消えて行くクレタが腰を曲げ、私の手の甲に唇を近付ける。通り抜けて触れられなかったけれど、手の甲の辺りで動きを止めて消えた。
「……ゲルちゃんも大変だね。マスター同様に変なのに好かれるんだからさ」
「それ、変なのに女神様が含まれるんじゃ……同感だけど」
二人には聞こえない様に呟き、今度こそ私は気絶する。全身が痛いし眠りたい気分だった。
「……そう、次の世界に行くの」
クレタとの戦い、そしてリリィの接触から数日後、魔族の介入があったからって賢者様が復興の手助けをしたり私がゆっくり体を休めたりしたのだけれど、それも終わって次の世界に行く事になったわ。つまりティアさんと賢者様達がお別れする時が迫っていたの。
「ええ、クレタを倒した事でグリエーンの封印は完了です。……それに誘拐された子供達の事も有りますし、出来ればのんびりしていたい所ですが我が儘も言っていられませんよ」
私は直ぐに気絶したから気付かなかったけれど、壁に子供達の行方が刻まれていたらしい。最期に約束を果たしてクレタは消えて行ったのね。子供達は次の世界、青の世界の孤島に幽閉されているらしいわ。だから助けに行かなくちゃ駄目。でも、親子がまた離ればなれなのは寂しいわ。
「さっさと終わらせてお前を迎えに来るぞ。今度は仕事が多いからな。ミリアス様に頼んでお前を連れ戻すか家を繋げる許可を貰うさ」
「まあ、お土産を楽しみにしていて下さい」
私がそんな風に思っていると賢者様と女神様ががティアさんを抱き締めた。……うん、無駄な心配だったみたい。でも、さっさと世界を救わなくちゃいけないし、責任重大ね。思わず笑みが漏れた私は窓から外を眺める。集められた東と西の人達の前でイシュリア様が演説をしていた。
「はーい、注目! シルヴィアの姉である私が命じるわ! 魔族に踊らされて戦いを続ける無意味さを語ってあげるからちゃんと聞きなさい!」
今回、また争いが起きない為にって派遣されたイシュリア様は何回かに分けて演説をして回るんだって聞いているわ。その間は遊びは禁止らしい。破ったら母親に叱られるって聞いているけれど、女神様達の母親って恋と美の女神なのにそんなに怖いのかしら? いえ、私もお母さんを怒らせたくなかったし、神も人も母親が怖いのは同じなのね。
「……良いなぁ」
少しだけお母さん達に会いたくなった。でも、死んじゃっているから会えないのよ。だけれど、世界を救ったご褒美が貰えるなら二人の蘇生も可能かも知れない。そう思ったら少し勇気が湧いて来た。いよいよ次の世界で四つ目、折り返し。きっと今まで以上に大変だろうけれど、きっと大丈夫だって思えたわ。
「さ~て! 頑張って世界を救っちゃうんだから!」
空は雲一つ無い快晴。私の旅を祝福してくれている様だったわ。
一方、とある無人島に空から光が落ちる。大きく陥没した地面の中央に彼が立っていた。
「……腹が減ったで御座るな」
再会の時は近い……。
感想待っています! そろそろオマケを再開したい




