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王と賢者

 エイシャル王国地下墓地、滅びた国を復興させた初代王と呼ぶべきイーリヤの異名が剣聖王だった事もあってか歴代の王も何かしらの武器を扱い、此処はその武器を納めている場所だ。遺骨は太陽の下に、争いの道具は第二の墓が有る地下深くで眠らせる、必要だから求めたが本来戦いに栄光など必要ないと言っていたイーリヤらしい決まりだと思った物です。


「まさか新しい勇者が出会った頃の君よりも年下だとは驚きですよ」


 イーリヤの武器を納めた最奥の墓標の前で二つのコップに飲み物を注ぎ片方を一気に飲み干す。中身は酒……というのが定番なのでしょうが生憎私はお酒が苦手でしてね。自分が成人してから酒に強いと発覚した程度で彼にはからかわれたのも今では良い思い出です。


「彼も立派な王になりました。案外君よりも上かも知れませんよ?」


 私は不老不死だが人は当然歳を取る。年下でしたがシルヴィア以外の仲間の中で一番仲の良かった彼が成長し、やがて老いて逝くまで見守った時は感じる物がありました。ジレークも少し前までは無邪気でヤンチャな少年だったのが今では立派な王様で子供まで居る。シルヴィアと共に世界の終わりまで生きられる不老不死を疎んだ事は有りませんが、寂しくないとは言いません。



 目を閉じて思い浮かべれば昨日の事の様に思い出す。仲間と旅をしていた苦難に満ちていても輝かしいあの日々を……。



「暑~い! 幾ら何でも暑いって言うか熱い! ……少し脱ごうかしら?」


 それは旅の開始から二年が過ぎ様としていた頃、赤の世界レッドスの火山地帯に赴いた時の事でした。


 触れただけで発火する超高熱の羽を持つ大鷲フレイムイーグルの討伐に向かったのは良かったのですが、元々高い気温に加え溶岩の熱によって充満する熱気にナターシャは手で顔を仰ぐも効果が無いらしく、イライラした様子で叫びます。下は皮の短パンで上はノースリーブのヘソ出しルックという動き易さ重視の服装でも耐えられないのですね。


「仕方無いだろう? さっさと功績を積んで次の世界に向かう為だ、我慢しろ。それにミリアス様のお告げによると新しい仲間との出会いも近いらしいぞ」


「そんな事言っても急に人間に全部任せようって神様の言う事だし信用出来ないわ。……ってか、そんな鎧姿でよく平気ね」


 神としての力を大幅に失っても神は神なのか全身を覆う鎧姿でも大して堪えた様子の無いシルヴィア。ああ……。


「神がどうとかは横に置いたとしてもシルヴィアが素敵な女性なのには変わり有りませんよ」


「また口に出しているぞ、馬鹿者。……まったく、他にお前に好意を向ける女が居るだろうに」


 この頃のシルヴィアは神は神で人は人というスタンスを崩して居らず私の愛の言葉にも素っ気ない態度でした。まあ、その程度で諦める私ではなかったのですが。


「この想いに恥いる所が無い限りは何度だって口にしますよ、貴女が好きだと。それに私に好意を向けて下さる方が他に居たとしても、私が異性としての好意を向ける女性は貴女一人です」


「……こんなの聞かされるのにも慣れたわね、慣れたくなかったけど。もう押し倒しちゃえば?」


「いえ、私はまず心で結ばれたいので」


「はいはい、ご馳走ご馳走。……止まって」


 何故か呆れた様子のナターシャでしたが急に立ち止まると私の袖を掴んで動きを止め、腰に差したナイフを地面に投げる。一直線に進むナイフが地面に差し掛かった瞬間、何かが切れる音と共に矢が飛んで来ました。これは罠っ!?


 この世界に来るまでに既に何度も魔族と遭遇し、それを撃破した私達を狙ってか、はたまた無差別にこの地点に赴いた物を狙ってか。今の時点で判断は出来ませんが警戒を募らせる中、ナターシャは鼻をひくつかせています。どうも彼女の優れた五感が何かを察知したらしいですね。


「……近いわね。あっちの方から匂いがするわ」


「追うしか有るまい。この様な場所に罠を仕掛けるなど少なくとも悪意無き行為では無いからな」


「って、先に行かない! 罠に一番詳しいのは私だからね!」


 先に進もうとするシルヴィアを慌てて追い掛けたナターシャの先導の下、私達は先に進んだのですが、どうも察知される事を見越してか落とし穴が掘られていたり石礫が飛んで来る罠などが仕掛けられていました。


「ふんっ!」


「……流石は武の神。まあ、罠は上手だけど……素人ね。知識だけで作っているって言うか、定石に乗っ取り過ぎって言うか……」


 ですがシルヴィアが豪快で素敵な力業で破壊し、ナターシャが隠された罠を見抜きながら進んで行きます。私は……まあ、役に立たないと認めましょう。だって罠の知識なんて有りませんもの。


「ほら、そこに隠れている子、出て来なさい。気配がダダ漏れよ。お姉さんには丸分かりなんだから」


 ナターシャは突如立ち止まり岩陰にナイフを投げる。空中で弧を描きながら岩陰に向かったナイフでしたが金属音と共に弾かれて、岩陰から剣を構えた少年が飛び出して来ました。




「勇者を騙って魔族に組した愚か者共! 僕が絶対に倒してやるからな!」


 剣の切っ先を私達に向けるのは緑の髪をした十歳程度の少年。未だあどけなさが残る顔は私達への怒りに染まり、此方が何か言う前に煙玉を足元に投げ付けて煙が晴れた時には姿を消していました。


「彼は一体……」


「彼が持っていた剣に刻まれた紋章だが、確か魔族に滅ぼされた国のだな……」


 これこそが後の剣聖王にして私達の仲間となるイーリヤとの出会い。魔族に騙され私達を狙う彼と色々有りながらも最後には誤解が解けて仲間になりました。





「商人に化けて食べ物に毒を仕込んだり、盗人の濡れ衣を着せたり本当に色々有りましたよね、イーリヤ。……あっ、思い出したら少し腹が立って来ました」


 目を開いて回想を終える。未だ子供だった彼も旅を続ける内に成長し、やがて旅先で出会った少女と結婚し、そして仲間の中で最初に死んだ。ああ、本当に世の中とはままならない。でも、笑って逝ったのですから良かったのでしょうね。



「それは別として腹が立ったので墓に悪戯書きをしても良いでしょうかね?」


「いや、良くないに決まっているだろう……」


 卑劣王子参上! とでも書こうと思って居た私の背後から呆れた様な声が聞こえたのですが、振り返ればお酒の瓶とコップを二つ手に持ったジレークが立っています。



「賢者殿……実年齢を考えてくれ。三百才を越えているだろうに」


「私は不老不死ですし神の(無色の)世界の住民です。人の尺度で語られても困りますね。それはそうと国王が朝から飲酒など情けない。……これも含めて私が知らない間にどんな心境の変化が有ったのですか?」


 懐から金色に光るカードを出す。これは私が二代目勇者の時に作った魔法のアイテムのゴールドカードで、キャッシュカードの自動引き落としを参考にしました。登録した金庫から自動で必要な金額を出せる上に盗難紛失破損全てに対策をしている優れ物。登録者以外には使えず、手元から失われたり壊れても念じながらポケットに手を入れれば無事な状態で出て来る優れ物。


 ふふん! これはシルヴィアも驚いていましたよ。大金を持ち歩くのは危険だからと金持ちには重宝されているのですよ。当然旅の資金の援助として渡されたのですが……。



「限度額無制限とは太っ腹ですね」


 このカード、ご利用は計画的にと月々の使用制限が付けられるのです。因みに私が持っているカードは個人財産を登録しているのですが


「貴様は阿呆か。あの様な子供に世界の命運を任せるのだ、金を惜しむのは愚行と言うべき所行だろうに。……それに賢者様が共に旅をするのならば贅に溺れる心配はあるまい?」


 しかし周囲の目がないと私への言葉使いが悪くなりますね、彼……。






「ああ、君の母方の先祖な三代目は溺れましたからね。どうも禁欲的な生活を送って居たのが疲れをとる為にフカフカのベッドで眠り、参加した宴でご馳走と酒の味を知ってしまった。あの時はお金の大切さを分からせるのが大変でしたよ」


 取り敢えず何を食べても飲んでも苺ジャムの味しかしなくしてあげたら反省してくれて本当に良かった。解除した時は泣いていましたし、暫く苺ジャムが怖くなったのですけど。最終的に同じ轍を踏まない為にとエイシャル王国の姫が既成事実を作って結婚。尻に敷かれていましたよ。


「……そういった事は口にしてくれるな。はぁ……。墓参りの度に湿気た顔をする賢者殿に気を使って秘蔵の一本持って来たのだがな。ほれ、一杯飲め」


「私はお酒が苦手だと知っているでしょうに。……一杯だけですよ?」


 差し出されたコップに強い香りの酒が注がれ、チビチビと飲み進める。ああ、どうも酒は苦手だ。それにしても時が経つのは早い。確か二度目の出会った時の彼は初めて会った頃のイーリヤと同じ歳でしたっけ……。







「もう潰れたか。何かあれば即座に酔いが醒める魔法を使っているそうだが……弱いにも程があるだろう……」


 香りばかり強く子供でもコップ一杯程度では酔わない酒を煽りながら思い出す。未だ未熟で理想だけを見ていたあの頃を……。






「次の者、出て来い!」


「お……王子。今日はこの辺りでお止めになっては……?」


「そうか。ならば俺だけで続ける。座学の時間は夜に変更せよ。睡眠時間を削れば良い」


 模擬戦用の剣を手にして叫ぶも誰も向かって来はしない。打ちのめされて呻き声を上げる未熟者か既に戦意を喪失している臆病者、それが当時の俺が訓練相手の騎士達に下した評価であった。


 先代勇者と剣聖王の血を濃く受け継いだ天才児、次の魔族の誕生の時期にはその才能を遺憾なく発揮して国を守るだろう。それが周囲の者達の私への評価であり……重荷であった。


(これでは駄目だ。もっと強く、もっともっと力を……)


 期待に応えたい、ではなく、期待に応えねば存在価値など無いとばかりに自分を追い込み、周囲との溝さえも気にせずにがむしゃらに力を求めて焦燥を募らせる毎日。やがてこの程度の者達とは訓練にならぬと一人で剣を振るう私の周囲から人が居なくなっていた。だが力を求めるあまりに目が曇った私は気にもしない。そんなある日の事……。



「おや、久し振りにジーバドの顔を見に来てみれば……随分と酷い剣だ」


「……何者だ、貴様は」


 訓練中に突如聞こえた声に振り向けば見知らぬ男、その上国王である父を呼び捨てにした不審人物だ。いや、自らの剣が否定された事に怒った私は尤もな理由を付けて切り捨てる為に動いた。


(衛兵は何をしている。こうも簡単に進入を許すとは気が抜けているとしか思えん。……この有様では俺が強くなるしかないな。役立たずなど必要無い程に強く……)


 狙うは首。喉笛さえ切り裂けば魔法も唱えられず、急所故に致命傷となる。当時の自分が出せる最速を最大の威力を出しながら放つ。



「ぐっ!」


 だが、振り下ろそうとした刃は見えぬ壁に阻まれて進まず、一旦引き戻そうとするもこれも駄目。ピクリとも動かない剣にその不審者は人差し指の先を刃の寸前まで持って行った。





「ほら、此処が刃こぼれしている上に錆びている。全然手入れがされていない酷い剣ですよ」


「……そっちか? 俺の技がどうとかではなく?」


 この時、俺は怪訝に思うと同時に安堵した、安堵してしまっていた。結局、自分自身が俺の力に不信感を抱いていたのだ。だから指摘されたと思い怒り、違ったからと……ああ、情けない。



「いや、私剣術はさっぱりですし。それにしても私が誰か分かりませんか。オシメをしていた頃に一度会ったのですが……」


 一度会った、父の知り合い、そして風貌。それらの要素から漸く俺は目の前の人物の正体に気が付いた





「まさか賢者殿か?」


 エイシャル王国の王子として幼い頃より何度も聞かされている存在こそが賢者殿だ。不思議な事に二代目の勇者から姿を現した彼は何故か我が国に何かと気を使ってくれている。先代の時、この世界に淀みが溜まった時には別の世界に避難しないかとさえ提案した程。その理由は記録には残っておらず、幼い頃から知っている重臣や両親でさえも聞かされていなかった。


「正解! 正解した君には飴玉を一個あげましょう」


 別に要らないと言おうとするも口に出す前に棒付きの飴が口の中に突っ込まれる。オレンジ味の飴を嘗めていると少しだけ落ち着いた気がした。





「じゃあ、ちょっと遊びに出ましょうか。許可なら安心して下さい」


「なあっ!? け……賢者殿!?」


 有無を言わさぬとは正にこの事。俺を米担ぎにした賢者殿は町中での遊びに俺を連れ回した。芝居に食べ歩き、様々な屋台を巡り、認識を阻害して一般人の子供に混じって遊ぶ。長い間忘れていた何かをこの時思い出せたのだ。


「賢者殿、今回俺を連れ出したのは……」


「うーん、そうですね。私が言えるのは自分と周囲の人達を大切に出来ない人が守れる物は少ない、只それだけです」


 ああ、本当に今でも思い出す。あの出会いが無ければ俺は何処かで必ず潰れていただろう。守ろうとした物を巻き込んだ最悪の形で。賢者殿は伝説に違わぬ凄い人だと認識したのはこの時だった。








「……賢者殿。息子を連れ出すなら先に言って下され」


「いや、ちょっと位なら後で言えば良いかなと……」


 その後直ぐに実は凄くないのではと思ってもしまったけれど……。








「……おい、賢者殿。起きろ、起きたらどうなのだ」


 酒を飲み干し暫くは先祖の墓標に黙祷を捧げていたが時間は有限だ。世界ごとに功績を挙げる事で封印の楔と化し、淀みが溜まった世界に近い程、つまり後から向かう世界程危機に瀕しているのなら最も安全な世界でもたついている暇は存在しない。


 俺は常備している武器を抜き、賢者殿へと切り掛かる。あの時と同じ様に剣は止められ、自動発動した魔法によって目を覚ました賢者殿は不満そうに此方を見ている。


「酷い起こし方ですね。シルヴィアを呼んで下されば良いのに。当たらなくとも気分は悪いのですよ?」


「イチャイチャするのを見せ付けられると此方が困る。それならば賢者殿には我慢して貰おうと思った迄よ」


 出会った当初は幻想を抱き神の一種かと思いきや意外と人間らしい部分や変人としか思えない言動もして今では幻想など消え去っていた。




「さて、此方は勇者への資金提供という魔族封印後の外交カードが手に入るが、この際だ。功績を早く貯めて世界を救って貰わねば困る。滅びかけの国相手では旨味が少ないのでな」


「……はぁ。あの頃はもう少し素直だったのに、今では立派な王様ですね」


「賢者殿に誉めて頂けるとは光栄だな。では、早速だが頼みたい事がある。城から南に進んだ所に物流の拠点となる街が在るのは知っているな? その近くの森に例の木が出現したらしくてな。被害拡大の前に討伐して欲しい。ああ、それと……」


 俺は賢者殿にそっと耳打ちする。この国は俺の一部、民は我が血肉。ならば守り抜こう。戦う為の力だけでなく、王としての力、人としての力を使い守り抜いて見せよう 。




 何せ俺はこの国の王なのだから……。


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[一言] 我慢出来ずに少し読みました 主人公とシルヴィアナさんとのバカップル振りが微笑ましいですねw
[良い点] タイトル通りの変わり種な設定が、これまで読んだ異世界ファンタジー作品と一線を画していて、かなり面白いと思いました。描写も丁寧ですし、特に2人のラブラブな関係がいいですね。ハサミがメインウェ…
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