冷める心と正体不明
ギェンブの族長代理だった……えっと、名前忘れた、兎に角族長代理によって戦争が起きそうだからと残りの部族が集まって集会をしていた。私も参加を頼まれたからビャックォの集会所に居るけれど話し合いには参加しないから退屈。ビャックォの族長は兎の獣人で、今この場に居るセリューとシュザックはモモンガとコウモリ。二人が私を見る目は嫌な目だった。
ああ、まただ。私は心が冷めて行くのを感じていた。
「此処は炎虎の彼女に先陣を切って貰って全体の志気を……」
「女神シルヴィア様の直属の部下である賢者様の娘だ、相手も怯むでしょう。其処を……」
どうも私は感情を表に出すのが苦手。私を生んだ二人……親とは呼びたくない人達が幼い私を不気味がっていたのは伝わっていた。その上、虎の獣人に稀に生まれる存在で、炎を操り優れた肉体を持つ炎虎だと知った途端に孤児院に押し込められて、力の暴走で集落を焼いた私を皆が殺そうとした時もそう。何も感じていない、そんな風に言われた。
どうせ伝わらないなら、そんな風に思えば私の顔から感情は更に消え、心は冷たくなって行く。同じ孤児院の子達さえ私を怖がったけれど、その頃には何も感じなくなった程。
「大丈夫。私は貴女の事を怖くありませんよ。私の方が万倍強いですから」
「いや、最後のは余計だろう。子供に張り合うな、子供に」
でも、それは父と母に出会うまでの話。二人は私の力を恐れなかったし、力を利用しようともしなかった。偶に遊びに来る神様達も面白がるだけで、相変わらず感情が顔に出ない私の感情を読み取ってくれて、胸に暖かいホワホワした物を感じたけれど、きっとこれが幸せなのだと思う。
(……退屈だし、寝よう)
でも、今はそのホワホワを感じない。私が二人の元を離れる事になって、父がミリアス様の所に殴り込みを掛けようとするのを母と母の家族の総掛かりで止めて、漸く今の場所で受け入れて貰えるまでになったけれど、他の部族の人達は別。私を恐れ、私を利用する気なのが伝わって来る。
「そうそう、これを機に部族同士の繋がりを高めねば。例えば獣神演武で優勝した者は他の部族の好きな相手と結婚出来るというのは」
「おお! それは是非とも行いたい。此度は私の息子が出場するからな。奴は強い。きっと優勝して炎虎殿を……む?」
何か煩わしい事を言っているけれど半分寝ている私の頭には入って来ない。早く父と母に甘えて、ゲルダとアンノウンの相手をしてホワホワした物を感じたい、そんな風に思っているとビャックォの族長から一旦休憩が告げられる。
「……外の空気を吸って来る」
「いや、ちょっと待って……」
「行って来なさい」
この場所に居たくない私は直ぐに集会所を飛び出す。……これ以上居たら心が氷より冷たくなりそうだから。他の部族の人に呼び止められたけれどうちの族長が止めてくれたのは助かったと、そう思う。思えばあの人は私を直ぐに受け入れてくれた人の一人だった。
「もう! あの人達は私のお姉様を何だと思っているの!」
「リンの物になった覚えはない」
「あぁん! 冷たい態度も素敵!」
直ぐに受け入れてくれたと言えば族長の娘であるリンも同じ。何故かお姉様と呼んで毎日贈り物をしてくる変な子。渡してくるのも変な要らない物。だから少し苦手だけれど、こうして私の為に怒ってくれるのは嬉しい。口にしたら絶対鬱陶しいから言わないけれど。
だって今もクネクネ動いて鬱陶しい。これが今以上に鬱陶しいなるのは正直言って勘弁。想像するだけで変な感情が湧き上がる中、リンは動きを止めて空を見上げると不安そうに呟いた。
「あの人達、お姉様に一番危険な役目を押し付ける気よ。戦士として恥ずかしくないのかしら?」
「一番強いのが一番危険な役目を負うのが獣人の戦士の常識。私が誰よりも強い、只それだけ……あっ」
父も多分怒ると思うけれど、私が先陣を切るのは当然だと思う。それを引き受ける程の力と自信をくれたのは父だから諦めて欲しい。でも、その怒る姿を思い浮かべただけで会議で冷え切った心が暖まるのを感じながら空を見上げれば集落に向かって驟雨の如く矢が降り注いで来た。
突然の襲撃、宣戦布告も無しの攻撃は獣人の戦士の誇りに反するから誰も警戒していなかったのか、慌てふためく声が聞こえる。でも、この程度なら慌てる必要が無いのに……。
「えい」
指先を矢に向ければ空中に炎の矢が出現する。数自体は多分降り注ぐ矢の方が多いけれど問題は無い。だって、向こうが倍の数なら私は一本で二本以上を焼き尽くせば良いだけだから。
相変わらず感情が籠もってくれない声と共に現れた炎の矢は降り注ぐ矢に真正面から向かい、一瞬で焼き尽くしながら突き進む。全ての矢を燃やして灰燼に化すのに数秒、炎の矢は空中で消え去り、矢を包んでいた炎も姿を消す。私の炎で着火したなら私の意志で消せるし延焼もさせない。
「燃やしたい物だけを燃やすのが格好良い……だったっけ?」
父の言葉を呟く。昔は分からなかったけれど、今なら少し理解出来た。私が達成感から拳を握り締める中、突然の危機が去って冷静になった人達から怒号が聞こえて来た。私の炎は矢だけを燃やしたけれど、今の攻撃は皆の怒りを燃え上がらせたみたい。
「襲撃! 襲撃!」
「直ぐに武器を持て! 直ぐに次が来るぞ!」
「卑怯者共を叩きのめすぞ!」
「……面倒」
熱くなる人達を目にしながら私は呟く。心がまた冷たくなった気がした。そっと胸に手を当て黄昏る中、戦士ではない人達は子供を避難させる為に動き、その中には私の血縁上だけの親も居る。一応は私の弟妹に当たる子供。でも、私を未だに恐がり不気味に思う二人が近付けないから名前以外は何も知らない。性格も、好きな物も私は知らなかった。
「……ゲルダが好きな物は知っているのに」
帰って来たらあの子の好きな食べ物を沢山用意しようと思った時、森の向こうから西の住民のときの声と共に地響きが聞こえて来る。ズシン! ズシン! そんな風に同じ間隔を開けて少し地面を揺らし、森の木々を薙ぎ倒しながら姿を現したのは奇妙な物体。
「あれはパップリガの絡繰り兵器!?」
「西の連中、そんな物まで使って戦士の誇りを忘れたか!」
そもそも戦士の誇りが普段通りなら今みたいな状況には陥っていない。そんな風に少し滑稽にさえ思える言葉を聞きながら巨体に目を向けた。二階建ての家位の大きさを持つ長方形の巨大な木製の箱に数倍の全長の脚が付いていて、各所を金属で強化している。西の人達は踏まれない為に少し後ろに居て、絡繰り兵器が足を止めると上の部分が左右に開いて矢が放たれた。
さっきは集中していたけれど、今度は広範囲に拡散している上に連射されていて同じ方法で撃ち落とすのは多分無理。試していないのに無理って言ったら母には怒られそうだけれど、多分無理だと思う。だから別の手を取るだけ。
「……炎鉄壁」
意味が分からなかったけれどクリアスにだけ存在するテレビゲームでは操って遊ぶ登場人物が魔法を使う時は名前を叫んでいた。父は叫ばないけれど、何となく口にしてみる。集落の前に出現した炎の壁に飛び出そうとしていた人達は動きを止め、矢は全部燃え尽きる。
「えっと、お姉様? あんな大技は使う前に使うって言った方が味方が助かると思います」
「あっ、分かった。連携の為だ。父と母は以心伝心だから必要無いけれど」
リンの言葉に長年の疑問が解消されてスッキリした所で炎の壁を巨大な矢に変えて放つ。絡繰り兵器の箱の中心を穿ち、内部から燃えながら後ろに向かって倒れれば西側の人達は慌てて散開、それを好機と思ったのか皆は突撃するけれど、今度は別の絡繰りが出て来た。
上半身は武者鎧で下半身はお椀をひっくり返したみたいな形。足の代わりに横幅が広い車輪が一つあって高速で動いている。皆は少し驚いて立ち向かい、向こうが振るう刀を得意な武器で受け止め反撃する。少し硬いのか一撃で破壊出来ないけれど、倒せない事はないみたい。
「絡繰り兵が足止めしている内に叩きのめせ! 数で押せ、数で!」
「大弓箱の予備を連れて来るんだ!」
そう、絡繰りだけなら倒せるけれど、向こうには生身の戦士も居て、準備万端で不意打ちして来た上に弓を放った巨大な絡繰りも残っているらしい。本当は人相手に戦うのは嫌い。父も私が人と戦うのが嫌だと言っていた。
「でも、役目は果たす。リン、私の武器を持って来て欲しい。先ずは絡繰り兵を全部壊す。……雷天火」
流石に人相手に炎を使えば大火傷で殺してしまうかも知れない。防具や武器だけを狙っても熱が伝わるから。だから人は武器で倒して……絡繰りは炎で全滅させる。こんな戦いで出る犠牲者は一人でも減らしたいから。
突如空を覆う物が現れる。それは雲じゃない。太陽は隠しているけれど、少しも暗くなっていないから。その正体は炎。周囲の空一体を覆い尽くす程の大規模魔法。
「な、なんだよ、あの規模は……」
「矢張り化け物か……」
聞きたくない声が聞こえ、感じたくない視線を感じる。きっと今の私は悲しいと思う。胸がチクチクして、父と母と別に暮らす事を聞かされた時よりは遙かに弱い痛みだけれど似ていたから。……どうやら私は自分自身でも抱く感情が分からないらしい。
「……父達は分かってくれるのに」
「あの女を殺せぇええええ! 賢者様の娘だろうが知った事かぁあああ! 子供達を取り返すんだぁあああ!」
再び森の奥で立ち上がって矢を放つ大弓箱、一斉に私に向かう絡繰り兵。巻き添えになっても構わない戦力で私を倒す気らしい。リンが私を守ろうとしたのか前に飛び出るのを襟首を掴んで止めさせた。
「前が見えない、邪魔。……早く行って。こっちはもう終わるから」
私はその場から一歩も動かず、空から炎が絡繰り目掛けて降り注ぐ。さながら連続的に起きる落雷の如く、絡繰りだけを正確に狙って次々に破壊して行った。
(……これで戦意喪失すれば良いけど多分無理)
視界に収まる範囲で絡繰りは全滅させた。あまりの事に呆然とする西側の人達は私の力をある程度知っているビャックォの戦士によって倒されて行く。もう決着は見えたけれど、降伏はしないと思う。だって、あの人達は子供がどうとかと言っていた。事情は知らないけれど、子供の為に戦う親は強いのは知っている。
「でも、それ以上に強い奴が来た。……少しピンチ」
まるで絡繰りが全滅するのを待っていたみたいに向こうから誰かが歩いて来た。ブカブカの服を着て顔を包帯でグルグル巻きにしているから年齢も性別も分からない。分かるのは全身が総毛立つ威圧感。急がず休まずの足取りで進みながらゆっくりと拍手の音を響かせた。
「皆、あれの相手は私」
誰も異論は唱えない。あれの強さを感じ取ったのは私だけじゃないから。……出来ればトンファーが欲しいけれど、多分何かさせたら拙い相手だと思う。急いでトンファーを取りに私の家まで急ぐリンを横目で一瞬だけ見て、私は前傾姿勢になった。手を地に当てて全身のバネで跳ぶ。包帯の隙間から見えた相手の瞬きを狙っての急接近。僅かに視界が閉ざされ、戻った時には私は拳を顔面に向かって突き出していた。
「……ふっ」
耳に入り込んで来た嘲笑。そっと差し出される手が私の拳に添えられ、流された。何が起きたかは直ぐに理解出来た。一瞬で攻撃を仕掛けた私だけれど、相手は更に短い時間で力の流れを見切って受け流しただけ。真横を通り過ぎる私に追撃も仕掛けない相手の包帯の隙間から口元が見える。嗤っていた。
「……強い」
直ぐに空中で姿勢を整え、着地と同時に足に力を込めて後ろへと向かう力を相殺する。感じ取った以上の強さに思わず呟いた時、向こうも口を開いた。
「いえいえ、お嬢さんも素晴らしいですよぉ? 私が術で感覚を加速していなければ危なかったでしょうねぇ」
「……その術は狡い。私は相性が悪くて使えない」
「はっはっは。それも運であり、運も実力の内。……さて、お嬢さんの足止めは私がするとして彼等にも働いて貰いましょうかねぇ」
どうも包帯の下は若い男らしい。何処か癖のある喋り方でおどけた様子で喋り、懐からお札を取り出した。何か嫌な予感がする。だからさせない!
「これならどう?」
さっきと同じ攻撃に炎の矢を追加する。男の顔面に向けて拳と矢が向かい、途中で矢は方向転換してお札へと向かう。拳は受け流されたけれど、矢は札へと届く。……と思ったけれど甘かった。
「どうも同程度の相手との戦闘経験が少ないらしい。惜しかったですねぇ」
包帯男が爪先に力を入れれば地面から水が噴き出す。普通の水じゃ私の炎は消せないけれど、目の前で炎の矢は消されてしまった。少し離れた私の肌でも感じる冷、あの水は多分氷よりも冷たい。これは下手に近寄れなくなった。私は寒いのが苦手で、そうしていると止められなかった術が発動する。お札が輝くと同時に西側の人達の動きが変わった。
「なっ!? 急に強く……」
「ぐあっ!?」
完全に東側に傾いていた筈の戦局は西側の優勢へと変わる。多分今のは強化。でも、あの人数にあの規模を行うなんて普通じゃない。父なら可能だけれど、あの人は参考にならないから除外。
「……魔族?」
「いえ、魔族では有りませんよぉ。ですので賢者様達はこの戦に介入出来ません」
「そう。所で一つ言わせて。……臭い」
少し残念に思いながらも包帯男を指差して告げる。包帯に付けた薬品で誤魔化しているけれど完全には誤魔化せず、寧ろ相乗効果で余計に臭う。そんな悪臭の存在を告げられた包帯男は自分で腕を嗅いでいた。
「……何故皆さんは言ってくれなかったのでしょうかねぇ?」
「多分嫌われているから」
「でしょうねぇ。心当たりは有りますし……」
嫌な性格だとは思ったけれど、意外な事に仲間が居て、自分でも自覚する位に嫌われているらしい。大して落ち込んだ様子も無いけれど。
「……何で西側の味方をしているの?」
「利害が一致した、それだけです」
「そう、分かった」
これ以上は必要無い。皆は少し心配だけれど、私が包帯男を抑えていなければもっと状況が悪くなるから相手をするだけ。手を前に突き出して拳を握る。拳を包む炎が形を変え、鉤爪の形になった。
「本当に便利な能力ですねぇ。……私もそんな力があれば彼女に振り向いて貰えたのでしょうか」
「多分性格の問題」
言うなり拳を振るって襲い掛かる。また受け流そうとするけれど爪が顔面に向かって伸びたのを避けた包帯男の体勢が崩れ、私の蹴りが脇腹を掠る。無理に攻撃を切り替えたから動きが悪くなったけれど、次は多分当たると思う。
「……さて、勝利を確信した所でひっくり返させて頂きましょう。それが最っ高に楽しいのですよぉ」
その声と同時に地面が盛り上がり、悪臭が充満する。感覚の鋭い獣人の中でも特に嗅覚が優れている人達が思わず動きを止める程の腐敗臭。性根が腐った包帯男は腐った死体を操れるらしい。
「ネクロマンサー?」
「まあ、同類ですね。では、喰らいなさい!」
「!」
事態は急速に悪化する。動く死体達は腐乱した肉体からは想像出来ない動きで襲い掛かり、反撃しても堪えない。父から聞いた事があるけれど頭を潰すか切り落とすかしないと倒せない筈だった。
「頭が弱点!」
「ええ、そうです。ですが西側の戦士はそれほど嗅覚の優れていない人を中心に選びましたし、あれと同時に相手を……」
包帯男がニタニタ笑う中、東側の戦士は数に押し潰されそうになる。炎で援護するけれど全部水でかき消されて届かない。このままじゃ誰かが死ぬ、そんな風に思った時だった。
飛来した無数の鉄串がゾンビの眉間を貫く。静かにほくそ笑む愉快そうな男の声が聞こえた。
「おやおや、随分と死者を冒涜したものだ」
大地に出現する魔法陣。突き出した大地がゾンビの頭を貫き、そして潰す。今度は呆れた様な冷たい女の声。
「生者を愚弄するのが好きな貴方が言う資格は無いでしょう」
そしてゾンビの間を黒い疾風が駆け巡り、煌めくナイフで首を落とす。今度は無言。
「……なんですか、あれは?」
「知らない」
包帯男が思わず口にするのも無理はないと思う。だって現れたのは……。
「キグルミ師団第一部隊隊長鳥トン、此処に参上した」
鉄串を手にしたのはハシビロコウのキグルミ。目の前の光景が楽しいのがキグルミで顔が隠されていても分かった。
「偽獣隊第二部隊隊長グレー兎、奴の命令なのは非常に遺憾ですが参上しました」
不満そうな灰色の兎のキグルミ。手の前には小さな魔法陣が浮かんでいる。
「……」
最後はナイフを腰のホルスターに差した黒子。黒子だから喋らないのか手にしたスケッチブックには『アニマル戦隊キグルミジャー 黒子ブラック参上!』と書いてある。少し恥ずかしそうだった。
「……どうしてバラバラなのでしょうかねぇ?」
「さあ?」
包帯男 分かる人……感想で言わないで 普通の感想は欲しい、すごく欲しい! 一言で良いので




