蠢く悪意
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私を押し潰そうとするシャナの体は重く、今のままじゃビクともしない。シャナから感じる悪臭と空気が殆ど入って来ないから起きる息苦しさ、重みで軋む体に歯を食いしばって耐えていた時、突如シャナの体が横に傾く。視界を閉ざす物がずれて目に入ったのはバーサーカウの群れだった。
「ヴモォオオオオオ!!」
鼻息荒く怒り狂った様子で次々とシャナに突進、長い角が突き刺さる。シャナも消化液を吐きかけ脚で振り払い、何とか応戦するけれど止まらない。体が溶けながらも角を突き刺したまま暴れ、叩き飛ばされても迷わず飛び掛かる。
「いた、いたぁあああああああい!」
(理性が無くなったからかしら? それともバーサーカウが暴走しているから? どっちにしろ襲われている今がチャンスね)
本来は魔族に付き従う筈のモンスターとシャナの戦いは私にとってチャンスだわ。体を捻って力を入れ、未だ下敷きになっている部分を無理矢理引っこ抜く。未だ目の前の巨体に意識を奪われているバーサーカウ達と鬱陶しい邪魔者の相手に夢中になっているシャナが戦っているけれど、私にも矛先が向くのは時間の問題。だから、選択肢は一つだけしかなかったわ。
「我が眷属よ、我が家族よ。その身と魂を集わせ神獣へと至れ!」
絶体絶命の状況、なら全力で奥の手を使うまで。逃げるという選択肢は必要無いわ。空から現れた光の柱にシャナが気付き、バーサーカウ達の何匹かの狙いが此方に来ると思ったけれど散々反撃された後だからかシャナだけに攻撃を仕掛ける。
「私ったら随分と幸運ね。演劇や物語ならご都合主義だって不満に思うけれど、そんな運を引き寄せるのだって力の一つだわ」
「サア、セェ、ルゥ、カァアアアア!!」
私の隣の光の柱の中では一匹ずつ落ちて来る羊が合体して行く。それが何なのか知ってか知らずか無理矢理体を動かして襲い掛かるシャナだけれどバーサーカウの妨害は凄まじく、角を突き立てた状態で体を押し当てて巨体を倒そうとしている。それが一匹なら兎も角、ボロボロの体を無理に動かしながら数の力で対抗する事で確実にシャナの動きを阻害して、合体の中心となる羊、カイチに最後の一匹が合体された。
「メー!!」
年老いた羊とは思えない力強い鳴き声に暴走状態のバーサーカウ達でさえ動きを止める。黄金に輝く一本角の羊が内包する力がどれだけが野生の勘で察したのかも知れないわ。そして、私も自分の体の変化を理解していた。体が凄く軽く、力が漲る。思い上がりじゃない確かな全能感が有った。これが私が今使える中で最高の魔法、羊と私を同時に強化する羊の王様よ。
「カイチ、バーサーカウの方は任せても大丈夫かしら?」
「メー?」
「ふふふ、両方じゃなくて良いのかって? 駄目よ、彼女の相手は私の仕事だもの」
「メー!!」
カイチが激しく嘶き突進すれば、走り去った場所に光の軌跡が現れる。常人には視認不可能な速度での突進はバーサーカウ達に構える暇を与えない。姿勢を低くして突進の構えを取るよりも前に跳ね飛ばした。
「ウ、ウモォオ……」
私達を標的に定めたバーサーカウは血反吐を吐き、伸びた角を砕かれながら宙を舞う。ドサドサと地面に落下した時には怒り狂う前の状態に戻っていたわ。そして、仲間がやられた事でシャナに向けられていた敵意が私達に向けられる。怒り狂っても仲間への想いは変わらないのね。……暴走時に仲間を傷付ける事も有るけれど。
「隙だらけぇ」
「ウモッ!?」
でも、その隙はシャナの前では致命的になったの。意識を外して背を向けた時、シャナの脚の鋭い爪先が胴体を串刺しにする。先端が背中から腹部に掛けて貫通して、そのまま放り投げられたバーサーカウ達は息絶えた状態で地面に叩き付けられ、何匹かは突き刺した状態でむさぼり食われる。ボリボリと骨を噛み砕く音と悲鳴が響き、血が撒き散らかされた。
「……魔包剣」
この時、シャナの意識は私達からバーサーカウに向いて、バーサーカウに言った事は彼女にも当てはまる。敵の前で隙を晒し過ぎていたわ。顔面に接近した私にシャナが気が付いた瞬間、黒近と白遠が頭に突き刺さる。でも、刺さったのは先端だけで修復能力が内部の肉を盛り上がらせて刃を押し出そうとする力が発生したわ。私はそれを必死に堪えて踏みとどまるけれど、シャナが脚を振り上げて私に叩き付けて来た。
「死ね、しね、シネ、シネ!」
全ての顔が殺意を向けながら叫び、何度も何度も激しい衝撃が私を襲う。歯を食いしばり耐えるけれど魔包剣の表面が乱れ出した。何か凄い堅い物が有ってこれ以上は押し込めない。これが私の限界、だけどカイチは私の事をジッと見て動かない。助けてくれる素振りを見せない。
「だって、その必要が無いから! これが今の私の限界なら、その限界を乗り越えるだけよっ!」
刃が纏う魔力が激しく光り輝く。刃の切っ先が何かに突き刺さった。徐々に、確実に刃が押し込まれて行く。でも、これじゃ足りない。なら、もっと足せば良いだけ。
「この一撃に私の全てを注ぎ込む! これで、終わりよ!!」
刃が膨れ上がりシャナの傷を広げ、刃は横に、そして縦に伸びる。二つの刃は一つになってシャナを十文字に引き裂き、体内の何かを貫いてシャナの肉体を突き抜けた。
「そん……な……。私は……あの方の……お気に……入り。期……待に応え……なくちゃ……駄目……」
今度こそシャナは光の粒子になって消えて行く。その最中、無数の顔は一斉に涙を流し、誰かの事を想っている。きっと、その誰かが彼女をあんな風な怪物にしたのに。
「……違うよ。其奴が貴女に酷い事をしたんでしょ? そんな風に想う必要なんて……」
「……そんなのとっくに知っていましたわ」
最後、私の呟きに拗ねた様な声で返してシャナは完全に浄化されてこの世から消え去る。強敵を倒して成長を実感出来たのに私の心は晴れなかった。
「……帰ろう。今日はベッドに入って眠りたいわ」
ふと夜空を見上げれば満点の星空。普段の私なら見惚れていたのでしょうね。でも、今の私には休息が必要よ。体も、そして何より心を休める必要が有ったわ……。でも、疲れたから動くのも億劫。
「ガーウ!」
「アンノウン?」
背後から聞こえた鳴き声、振り返ろうとしたけれど気が付けばビシャンの前に立っていた。
「……もう、何をやってるのよ。早く帰って来れば良いのに……」
何時もは鬱陶しいとさえ思うのに、今日はあのふざけた態度を目にして気を紛らわせたい気分だったわ。何もないのが少し寂しい……。
「いえ、何か絶対にやらかしているわね」
背中に手を回せば案の定『ギネス認定貧乳少女』の文字が書かれた紙が貼っていて、腹ポケットには四つに分かれた小さな球が入っている。何か凄く嫌な臭いがした。取り敢えず寂しいって言うのは絶対に気のせいね。
「……成る程、これはどうやら魔族の肉体を変質させる力が有るらしいですね」
ポケットに入っていた謎の球体を鑑定した賢者様は少し不愉快そうだった。でも、それは私も同じ。だって、シャナがあんな化け物に変化したのは絶対にそれが関わっていたから。
「これ自体が一種の生物であり、宿主の人格を歪めながらも残しつつ怪物に変化させる、此処は便宜的にパラサイド玉とでも……」
「却下」
「有り得ないっすね」
「センスが無さ過ぎよ、賢者様」
女神様、ディロル様、私の順番で賢者様の案を否決する。幾ら何でも気が抜けるわ、そんな名前じゃ。結局、寄生丸と呼ぶ事になった。
「……じゃあ、私は寝るわ」
「晩御飯は?」
「……要らない」
どうしても気になった寄生丸について調べて貰った私はフラフラとした頼りない歩みで客室へと向かう。既にディロル様のお世話係(何故か美少年ばっかり)が準備をしていたから直ぐにベッドに寝転がる事が出来た。本当は空腹だし体だって汗とか色々な汚れでドロドロだったけれど体と心が何よりも睡眠を欲していて、私は直ぐに意識を手放した。
「お母さん達の夢が見たいわね……」
だって起きていたらシャナの事やイアラさんの事で頭がグルグルになっていたもの。何も考えずに眠りたかったの。少しでも良い夢を見られる事を願いながら。
「……矢張り心に堪えているらしい。私の時もそうでしたが、人の姿をした敵というのは本当に厄介ですよ」
「ほーんと、完全な化け物みたいな見た目だったら良かったっすけれど、更にほぼ仲間限定とはいえ思いやりの心とかも持ってるっすからね。……ちゃんと支えて欲しいっすよ。まあ、君だって召喚された存在だし、私達神がどうにかするべきっすけれど」
「子供を守るのは大人の義務ですしやれる事はやりたいですね。……取り敢えず夢見を良くしておきました。その程度しか出来ない無力が嘆かわしいですが。……それにしても本格的に人を刺客に使うとは。私も少し本格的に動く時が来そうです」
翌朝、普段より早く目覚めた私の気分は最高とは言えないけれど、昨日よりは少しだけマシな気分だったわ。両親と一緒に過ごしていた頃、お仕事を手伝いながらも隙を見ては甘えていられた頃の夢。もう少し寝ていたかったけれどお腹が空いているし今になって体の汚れが気になった。ふとテーブルの上を見れば焼きたてのパンとホットミルクが置かれていたの。
「きっと賢者様ね。……頂きます」
あんな夢を見たのもきっと賢者様のお陰。これからも向き合わなければならない向き合いたくない物が沢山有って、昨日みたいに心がボロボロになるでしょうね。でも、今は大丈夫。心の中のポカポカ暖かい何かが私を支えてくれているから平気だわ。
「しかしアンノウンは相変わらず困った奴だ。何やら考えがあって動いてはいると思うが……」
「何を考えているか、それが問題よね」
勇者に与えられた試練として集めろと指定された三つの内の最後の一つ、城竜の背中に湧き出る城竜酒を取りに大瓶を背負って向かう私だけれど、今回は女神様が同行してくれていたわ。余程の事態じゃないと手出しはしないって言われたけれど、誰かが側に居るだけで心強かった。
「まあ、キリュウも今度は厳しい叱ると言っていたがな。獅子は我が子を千尋の谷に、やら何やら言っていたぞ。三日間は食後のデザート抜きともな。……千尋の谷とはどの程度の深さなのだ?」
「一ナノメートル位じゃないかしら?」
因みに一緒に来ていない二人だけれど……。
「うっきゃぁあああああっ!? 私の黒近と白遠がぁっ!?」
どうも最後の魔包剣の限界突破が悪かったらしくって、ディロル様は芯からボロボロになっちゃった二本を必死で直していたわ。正直言って非常に申し訳無いと思うの。普段は威厳たっぷりの神様の演技をしているのにボロが出ちゃって本性がビシャンの皆さんに……。
「相変わらずだな、親方は」
「まあ、仕事の時は凄いんだが、普段がなぁ……」
いや、既にバレバレだったらしいけれど。だって酔っぱらったり好みの美少年に学生服を着せる時とかに本性が丸出しだったって聞いたわ。
そして賢者様だけれど……。
「うぁああああ……。あ、頭が割れる。こ、こうなったら魔法でさっさと、でも、それだと……」
女神様の膝枕で甘える為に普段は魔法で平気にしているお酒を少し酔う位に調整して二日酔い……賢者って賢い者って書くのよね? ポリシーで二日酔いの治療に魔法は使わないらしいけれど、そもそも酔っ払う必要が有ったのかしら? 膝枕なんて普通にして貰える癖に。
「女神様、私はマトモな大人になるわ」
「うん? ああ、そうだな。その方が良いだろう」
詳細は隠したけれど女神様の賛同を得た私は強く頷く。賢者様やディロル様って尊敬出来る所は沢山有るけれど、そんな風になりたいかどうかは別なのよね。相手の綺麗な面や駄目な面だけを見るのは良くないと思いつつ歩けば目的の場所が見えて来たわ。
「女神様、あの場所ですよね?」
「間違い無い。あれが城竜が生息するゾウチョ地下洞窟への入り口だな」
地図を広げ、メモ書きと目の前の洞窟を見比べる。地下へと続く坂道の奥からはヒンヤリとした空気と水の流れる音が聞こえて来る。この奥に住む城竜から城竜酒を手に入れればデュアルセイバーが強くなって私の手に戻って来ると思えばやる気が漲って来たわ。
「基本的に城竜を恐れて他のモンスターは洞窟には寄り付かないが一応警戒は怠るなよ?」
「え、ええ、分かっているわ」
デュアルセイバーは勿論持っていないし、黒近と白遠は使い潰したから返却済み。私が携えている無銘の双剣はちょっとだけ頼りないけれど、シャナを倒して更に強くなったからきっと大丈夫……そんな油断を女神様に見抜かれた気がした。
「……そうか、なら構わん。言っておくが私は余程の事態でないと手は出さんが、逆に言えば余程の事態になれば手を出す。出し惜しみはせずに全力でやれ」
「分かったわ!」
本当にこの方には敵わない、そんな風に感じながら私は坂道を下って行く。目的である城竜は入り組んだ洞窟の奥に生息しているらしいし、どうせなら一気に駆け抜けてみようかしら?
「ゲルダ、どうせなら奥まで走るか? 今の自分の速度とスタミナを知る良い機会だ」
「ふふふ、凄い偶然。じゃあ、奥まで突き進みましょう!」
女神様の言葉に返事をするなり私は走り出す。数日前の私では考えられない速度で一気に坂道を走り抜けるけれど更に速く走れそう。私は今、風と一つになっていた。
「いぃいいやっほぉおおおおおっ!!」
走るのって本当に気持ちが良い。私はこの時最高の気分で、その気分が少し経てば最悪になるだなんて予想もしていなかった。私の知らない所で悪意は確実に動いていたわ。息を潜めて確実に、人の醜悪さを嘲笑いながら……。
「おや、起きたか。気分はどうだ?」
その男が目を覚ませば視界が不自然に悪かった。椅子に縛られているらしいのは感覚で判断するも、頭に被り物でもしているみたいで、更に分厚い布の上から縛られている感覚がある。明らかに監禁されている状態で部屋を見渡しても周囲一面が真っ黒で分からない。
「……あの子の仲間か?」
「君の敵、とだけ言っておこうか? まあ、君の敵はほぼ全人類とも言えるが……それも今日までだ」
自分が何故この様な状況に置かれたか、男は理解している。彼に言わせるならば愛の為であり、その為ならば何が来ようと恐ろしくは無い。だから目の前の男と思しき相手の奇妙な格好にも動揺した様子も見られない。只、目の前の相手を愛を捧げた存在の敵として睨むだけだ。
「今日まで? はっ! 私が愛しい彼女を裏切るとでも? 既に障害となる家族や仲間も切り捨てた。そして私は如何なる拷問にも屈しない!」
「……ククク」
「何が可笑しい? ふん、どうせ洗脳でもする気なのだろうが、私の愛はその程度で負けはしないさ」
「いーや、違うとも。君がどうせ洗脳されると思って嘲笑っているのではない。寧ろ私はその愛を称賛しようではないか。只愉快なだけだ。会って間もない女の為に裏切るなど、君が切り捨てた相手が君との間に存在すると信じていた物が随分と薄っぺらい物だった事にな」
この言葉には偽りが無いと彼は感じていた。目の前の男は心から自分の愛を誉め称え、同時に家族や元同僚の不幸な終わりを心から楽しんでいるのだと。
「……貴様、性格破綻者か」
「そうだとも。それで、それがどうかしたかね? 私の様に歪んだ者など世界には数え切れない程に存在する。ましてや六色世界以外にも世界は無数に存在するのだ。表に出す出さないは別として、それ程驚く事では有るまい? 少なくても私は無作為に相手を選んでは居ない。ちゃんと建前を用意出来る相手のみをターゲットにしているさ。そう、君の様な世界の裏切り者をね」
目の前の相手は狂っていると彼は確信する。それと同時に正気でもあると。自らの中の狂気を受け入れ、それに従いながらも正気を保っている、それが目の前の相手だと分かったのだ。
「さて、我が主の為にも手駒は増やさねば。喜べ、君に世界を救う手助けをさせてあげようではないか」
「世界を救う手助け? 貴様、矢張り勇者の仲間か。子供だと思ったが、貴様の主だとは随分と人でなしらしいな」
彼は、ゲルダを襲って禿にされた上で木から蹴り落とされた突剣使いは何とか立ち上がろうとする。その様子を性格破綻者の男は愉快そうに眺め、静かに口を開く。
「いやいや、彼女の様な純粋な少女と我が主を一緒にしてはならんさ。何せ文字通りの人でなし、神々の気紛れと悪戯心が生み出した存在だ。異なる世界では神の敵として聖書にその名が載る事さえ有るのだから面白いとは思わんか? ……自己紹介が遅れたな。我が名は鳥トン。そしてこれが今の君だ」
目の前の相手、ハシビロコウのキグルミに鏡を見せられた彼は絶句する。鏡に映っている自分はカバのキグルミを着せられていた。
「それは主の許しが無ければ脱げんが別に良いだろう? どうせ君の予想通りに洗脳するのだ、不満に思わなくなる」
その声は心の底から楽しそうであり、底知れぬ悪意を感じさせた。
「喜べ。これで君は世界を救う英雄の手助けが出来る。家族に愛を、仲間に信頼を捧げていた頃の夢が叶うのだ。ククク、敵対するのは君が愛を捧げた相手になるがな」
オマケのネタが尽きてきた……
モンスター図鑑 ⑫ ストーンビー
タンドゥール遺跡周辺を守る蜂の姿をしたゴーレム 貫通力の高い石の針を飛ばして攻撃する。下級魔族以上の強さを持っているらしい




