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王都へ

「くっ……、この痴れ者がぁ……」


 灯り一つ無い暗闇の中でも私の瞳は彼女の姿をハッキリと捉える。一糸纏わぬ褐色の肌は引き締まっており、彼女が戦士である事を無言で告げていた。肌の表面は汗で湿って髪が張り付き、ベッドの上で私と愛を確かめ合っている。声では怒っていますが顔は完全に快楽を受け入れていた。


「今夜は寝かせない、そう告げたのは貴女ですよ、シルヴィア。まさか先にギブアップなど有り得ませんよね?」


「う、五月蝿い! 貴様は黙って私の成すがままにされていろ! あっ……」


 どうも三百年前、彼女と出会って間もない頃に他の女性の裸体を(やむなく)見てしまい、当時の私が言い出せずにそのまま忘却していたのが発覚し嫉妬を買ったらしい。何時もは奉仕する側を入れ替えるのですが今夜はそれで一方的に攻めて来た結果、彼女の方が先に限界を迎えたという訳でして……。


 いや、私だって受け身ながら時々動きましたし、どうすれば愛しい妻が気持ち良くなれるのかも熟知していますけどね? 後は気付かれない様に使った魔法が幾つか。その結果、シルヴィアは息を荒くして私の上に倒れ込んでいます。



「では、次は私の番という事で」


「っ!? ま、待て! 今夜は私が……ひゃんっ!」


「宣言通りに骨の髄まで魅了されて居ましてね。……止まれそうにない」


 まあ、骨の髄まで魅了されているのは遙か昔からなのですけど? それでは続きと行きましょうか。私はシルヴィアの腰に手を回すと上下を入れ替える。馬鹿だの変態だの罵って来たので唇を塞いでおきましょう。……ああ、それにしても不思議ですね。今の状態でも彼女なら私を簡単に引き剥がせるのに抵抗が弱いのは……。



 



 勇者継承の儀が無事に済んだ日の翌朝、一旦戻った屋敷から村へと転移した私達を出迎えたゲルダさんはどうも寝不足の様子。少しフラフラしていますし、非常に眠そうだ。夜更かしでもしたのでしょうか?


「おや、寝不足ですか? 子供はちゃんと寝ないと良くありませんよ?」


「……貴様が言うか」


 年長者としてやんわり注意をすれば何故かシルヴィアが恨みがましく睨んで来る。ああ、どの様な姿も美しい。私の彼女への好意は日に日に強まり止まる所を知りません。


「その所どう思いますか?」


「私は子供なので分かりません。っと言うより相談内容は半日ほど考えてから口に出して下さい」


 どうもゲルダさんは適応力が強い上に偶に口の悪さが表に出るらしく、もう私に対して言葉が荒く成っていますけど、これは親しみを持ってくれた結果だと思うと嬉しくもある。いえ、そっちの趣味は有りませんよ? シルヴィアが罵倒しながらも甘えて来る姿は好きですが。……え? 途中から口に出している?


「そういう所ですよ、賢者様……」


 何故呆れられているのかは知りませんが、今から出掛けますし寝不足のままでは駄目でしょう。魔法で軽く直しておきましょうか。


 二度ほど指パッチンを失敗しましたが三回目の成功でゲルダさんは回復する。どうせ特に意味の無いモーションですし今度別のを考えましょう。失敗すると情けないですし。




「それであの、賢者様。今から行くお城はこの村も領地に含んだエイシャル王国のお城で合ってますよね?」 


「ええ、正解です。私の仲間だった剣聖王イーリヤ様が復興したエイシャル王国の城には偶に顔を出していましてね。イーリヤの棺が埋められたのは王城の地下墓地ですし、仲間の子孫だからとついつい手助けをしてしまいまして……」


 前回はこの橙の世界オレジナが魔族の発生する世界でしたし三代目勇者の手助けをしつつ城にも援助をして本当に忙しかった。自分達だけ避難は出来ないと言って他の世界への転移を拒否された時は困りましたよ。全国民を避難させても行き場が有りませんでしたし。


「私、初代のエピソードではイーリヤ様が賢者様の次に好きです! 清廉潔白にして勇猛果敢、その生き様を称え人々が付けた異名が聖剣王! 昨日もその辺りを読み返していたら遅くなって……」


「おや、夜は早く寝ると言っていましたのに本当に好きなのですね」


 それにしても清廉潔白にして勇猛果敢ですか。……黙っておきましょうか、うん。私は目を輝かせて語るゲルダさんに真実を教えるのを止めました。世の中、知らない方が良い事も有りますからね。








「いや、彼奴は敵に対して悪辣で外道、手段を選ばなかったぞ? 剣は強かったがな。仲間内では卑劣王子と呼んでいた」


「卑劣王子……」


 シルヴィアの悪意無き暴露によってゲルダさんの中で何かが崩れる音が聞こえた気がしました……。では、転移でさっさと行きましょうか。私は直ぐ様転移を発動して城へと向かう。









「……何時の間に妨害など覚えたのですか?」


 ……その予定だったのですが転移が発動せず、代わりに七つの頭を持つ赤く巨大な獣が現れた。その放つ気配に近くの鳥は慌てて逃げ出し、遠くからも家畜がパニックを起こした声が聞こえましたが直ぐに収まりました。


「……彼のお陰ですね」


 誰が恐慌状態から家畜を落ち着かせたのか直ぐに察しながら、勝手に現れた獣、私と悪ノリした六百六十五人の神の手で生み出した使い魔に視線を送る。予想以上の速度で成長を続け、千年後位にはミリアス様すら超えそうなこの子の名はアンノウン。悪戯が好きですが基本的に良い子です。


 因みに神によって呼び方が違い、666(トライヘキサ)と呼ぶ方や黙示録の獣(アポカリプスビースト)と呼ぶ方も居ますが、私は製作者でさえ力の全容を把握出来ない事から正体不明(アンノウン)と呼んでいます。


「アンノウン。昨日は偶には森の外で遊ばせなくては、と思って聖都まで乗って行きましたが……」


「あ、あの、賢者様。昨日この子に乗って進むの楽しかったですし、私は別に良いですよ」


「良いのですか? ……アンノウン、ちゃんと言うことを聞くのですよ?」


 まだ生まれて間もない為か喋れないアンノウンは全ての頭で何度も頷く。本当に分かっているのならいいのですが……




「まあ、よく考えれば城の中に直接転移するのは迷惑ですし、ちゃんと正門から向かいますか。アンノウンの姿を見れば私が来たと分かるでしょうし」


「……え? 事前に連絡も入れずにお城の中に転移する気だったのですか!?」


「む? 問題なのか? 向こうはキリュウの顔を知っているから問題無いのではないか?」


「……問題有ると思います。じゃあ、行きましょうか」


 何やら朝から疲れた様子のゲルダさんはアンノウンの体に軽々とよじ登って背中に乗る。昨日はアンノウンにビクビクしていたのに試練を通して精神的に成長したのですね。


「では、私達も行きましょうか」


「ああ、では頼む」


 私はシルヴィアをお姫様抱っこしてアンノウンの背中に飛び乗る。別にシルヴィアは一人で乗れますけど別に私が運んでも問題無いのに人間の知り合いには呆れられるのは何故でしょうか? ゲルダも少し困った様子ですし、後で訊ねてみようと思った時、近付いて来る人が居ました。


「……矢っ張りトライヘキサか。羊が怖がる、出て来るなら気配を抑えろ」


 少し責める口調でアンノウンを見上げるのは緑色の髪をアフロみたいに膨らました羊の角を持つ少女。ゲルダさんの飼っている牧羊犬のゲルドバを従えて現れた彼女にゲルダさんは大慌てで頭を下げています。


「ダヴィル様、お仕事を引き受けて下さり有り難う御座います!」


「別に構わない。……良い羊だ。お前が勇者の責務を果たしている間は任せろ」


「えへへ。お父さんとお母さんに任されて大切に育てた羊ですから」


 ダヴィルと呼ばれた彼女こそゲルダさんが不在の間に羊の世話の代行を引き受けてくれた牧羊の神。シルヴィアの直属の部下、従属神の一人です。それにしても自分の仕事を司る神に誉められた為かゲルダさんは随分と嬉しそうだ。私もシルヴィアが喜んでくれるならと必死に剣を振るいました。魔法の方が適性が有りましたので最終的には強化魔法でのごり押しでしたけど……。



「それでは今度こそ行きましょう。いざ、エイシャル王国へ!」






 緑の草が風に揺られる草原の中、アンノウンの背中に乗って風を浴びるゲルダさんは余程気持ちが良いのか目を閉じて全身で風を感じている。ああ、それにしてもエイシャル王国へは偶に来てはいましたが、こうして城から見える景色をゆっくりと眺めるのは久し振りな気がします。


 橙の世界オディルの特徴は自然と人が程良く調和したという所。完全に自然の中での生活に順応した訳ではなく、自然の中に自分達の領域を作り出し、獣や鳥の住処には必要以上に干渉しない。今一番淀みの影響が少ない事を抜かしても六色世界の中で最も穏やかな世界といえば此処でしょう。


「正直言って試練を最後まで突破出来るとは思っていなかったのですけどね……」


「賢者様、何か仰いました?」


「いえ、気にしないで下さい」


 少し不思議そうに首を傾げるゲルダさんの顔には東洋人に似た特徴が幾つか見受けられる。もしかすれば父親か母親のどちらかに紫の世界パップリガの住民の血が流れているのかも知れませんね。少々排他的特徴が有りますが戦闘能力は随一ですし、あの世界の住人は。



「そろそろ到着ですが、シルヴィア、分かっていますね?」


「当然だ。今の私は女神ではなく勇者の選ばれし仲間のシルと振る舞えば良いのだろう? 女神と知られればゲルダの功績だと人が思わず、封印に支障を来すからな。……人の自立を促す為に勇者に委ねる事にした結果だが面倒だな」


「まあ、十歳で世界の命運を背負うゲルダさんよりはマシですよ。……おや?」


 見れば王都を囲む高い壁の門が開かれて武装した兵士達が左右に分かれて出て来ている。その中央を騎士を引き連れて先頭に出て来ている中年の男は良く知った相手だった。私は慌ててアンノウンの背中から飛び降り、相手の目の前に転移した。





「一国の王が先頭に立って出て来るなんて緊急事態が起きたのですね? ジレーク。私も協力しましょう」


 銀色の髪を短く揃えた野心家という印象を相手に与える男こそエイシャル王国の現国王、ジレーク。つまりイーリヤの子孫。仲間のその後が気になってちょくちょく顔を出し、子孫とも交流が有るので力を貸すのには抵抗は無い。彼は赤ん坊の頃からの知り合いです。




「オシメを換えてあげた仲です。遠慮無しにどうぞ」


「いや、何処かの馬鹿が巨大な獣で街に近付いて来るから正体を知らぬ民が怯えてしまってな。……頼むから賢者らしくしてくれ、賢者殿」


 久し振りに会った仲間の子孫は随分と疲れた様子で溜め息を吐く。やれやれ、今日は妙に呆れられる日だ。森の屋敷に籠もってばかりだと世間から感覚がズレてしまうのでしょうか?


 私が腕組みをして考え事をしていると立ち止まったアンノウンの背中からゲルダさんを抱えたシルヴィアが飛び降りて着地する。土埃は私が魔法で抑えました。王様の服が汚れてはいけませんからね。



「女神シルヴィア様、お久し……」


 ジレークもシルヴィアとは何度か会っているので警戒した騎士を手で制して跪いて祈ろうとしたのですが、シルヴィアがそれを手で制しました。


「いや、私の名前はシル。勇者の仲間だ」


「いや、どう見ても……勇者?」


 別に知り合いには意味がないので女神のままで良いのですが、そんな所も可愛いと感じて胸が締め付けられる。そんな中、シルヴィアが告げた言葉に反応したジレークはゲルダさんに視線を向け、僅かに天を仰いだ後で真剣な表情となった。相変わらず忙しいらしい。胃が荒れないと良いのですが……。



「そうか、そんな時期か。……城まで来てくれ。直ぐに重鎮達を呼び寄せる」


「ああ、私が転移で迎えに行きましょうか? そっちの方が早いですし。他の皆も何歳までオネショをしていたかさえ知っている仲です。では、今すぐ行って来ますね!」


 私は即座に国の中で地位が高い重要な者達を次々に迎えに行き、会議室に最後の一人である大公を連れて行ったのと同じタイミングで息を切らしたジレークが入って来た。




「貴方という方は……。まあ、良い。皆、急に呼び寄せてすまない」


「いえ、賢者様のする事ですから……」


「十年前の記念式典のパレードに協力すると言って外の怪物を召喚した時よりはマシですよ」


「本当にそういう所ですよ……」


 こうして必要な者達は集まり、ゲルダさんが紹介される。そんな中、聖都に魔の手が伸びようとしていた。








「……シケた所ね。煌びやかさが足りないわ」


「そ、そうかな? 私は落ち着くよ、ディーナちゃん」


「まあ、アンタにはお似合いかもね、ルル」


 片方は高い身長を更にヒールで高く見せた派手な女性。胸元も腰のスリットも深く開いて色気を醸し出して髪はウェーブが掛かった紫のロング。性格も強気で自信家だと思われる。それと真逆なのが隣を歩く少女。グレーの髪をオカッパにした気弱そうで地味な印象を与える。


 そんな正反対な二人は大神殿が見える広場で立ち止まった。



「じゃあ、私は帰るから頑張りなさい。……私の眷属を貸してあげるんだから安心して動くのよ?」


「う、うん。大丈夫……かな?」


「アンタねぇ……」


 気弱な少女の言葉に頭痛を感じた様子の女性は額に手を当て、突如吹いた風と共に姿を消した。残されたのは周囲の人の注目など集めるはずもない地味な少女だけ。彼女は自分に言い聞かせる様に呟いていた。







「大丈夫よ、ルル。貴女なら出来る。この街を壊滅させられるんだから……」




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[良い点] 卑劣王子とはwwww
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