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もえる女神

 伝説の英雄には伝説の武器が付き物よ。勇者以外の英雄も優れた武器を持っていて、相棒とも言える武器と共に艱難辛苦を乗り越えるわ。私もまた、例に漏れずデュアルセイバーと共に成長して世界を救う、その筈だったのに……。


「ど、どうしましょう!? レッドキャリバーが折れちゃったわ! わ、私、これが壊れたらとても世界を救うだなんて……」


 鋏の姿をしたデュアルセイバーを二つに分けた片割れのレッドキャリバー、それが刃の根本から折れてしまった事に私は完全に動揺してしまう。だって今までの戦いに勝てたのは勇者専用の武器があってこそだもの。なのに三つ目の世界を救う途中で片方が壊れて、残ったブルースレイヴだって何時壊れるか分からない。慌てて見ても罅は見られないけれど不安は捨てきれなかった。


「ゲルダ、落ち着いて。……父に相談」


「……賢者様に? でも、賢者様でも直せなかったら……」


 そっと肩に手が置かれ、ティアさんが私女顔を心配そうに覗き込む。落ち着いて物を考えられない状態の私は出された名前にハッとなるけれど心配でたまらなかった。


「……私が未熟だから壊れちゃったのかしらね? それとも私に才能が無いから不出来な武器になったのかしら? ……壊れたせいで救えない人が出たら私は一体どうしたら良いの……?」


 押し寄せる不安に心は弱り気が付けば涙声になってしまっていた私。デュアルセイバーを抱き締めて不安に震えていた時、不意に心地良い暖かさと優しい匂いに包まれる。


「……大丈夫。父と私を信じて。父はゲルダが凄いって言った。私も凄い所を見たから凄いと思う。だから泣かないで良い」


「ティアさん……」


 まるでお母さんに抱き締めて貰っている様な安心感に気が付けば涙声と震えは収まっていたわ。代わりに胸の中にポカポカと心地良い何かが湧き出たのを感じたの。


「……そうよね。羊飼いの私より賢者様やティアさんの方が勇者として凄いかどうかを判断出来るもの。クヨクヨしていても始まらないし……賢者様に相談してみるわ!」


「うん、良かった。ゲルダに元気が戻って安心」


「ティアさん、ありがとう。私、もっと自分を信じてみるわ」


 そうは言っても今後も私は力不足で落ち込むでしょうね。でも、自分に言い聞かせた言葉だけじゃなく、ティアさんが今言ってくれた事を思い出せば大丈夫。もう私の中から不安は完全に消え去っていた。例え勇者の武器が壊れるという重大な事態だったとしても何とかなると思えたの。





「あっ、もう壊れたんですね。次の世界くらいかなって思っていたのですが。まあ、戦闘中に壊れたら手出しが必要ですし運が良かった」


「軽っ!?」


 賢者様にレッドキャリバーを見せた結果がこの反応。重大な事態……だったと思っていたのだけれど、まるでトイレットペーパーが切れた程度の反応とは思っても見なかったわ。それに、それに言葉からして……。


「……賢者様、壊れるって分かってた?」


「そりゃ壊れますよ。いや、破壊不能能力を付けた場合に基本能力がどうしても下がってしまいますからね。……えっと、ゲルダさん?」


 私の問い掛けに平然と答えながら折れた刃先を弄くる賢者様。つまり私の葛藤とか恐怖とか、それを乗り越えての決意とかは無駄だった訳ね。賢者様の伝達ミスが原因で。沸々と沸き上がる怒りに気が付いた賢者様はギョッとした様子で後退するけれど私も前に出て追い詰める。


「そんな大切な事は予め説明しなさいっ!」


「は、はいっ!」


 私の怒鳴り声にビシッと背筋を伸ばして返事をする賢者様。この人のポンコツ具合には本当に困るわね。


「じゃあ、詳しい説明をお願い出来るかしら、賢者様?」


「ああ、良かった。何時ものゲルダさんですね。えっと、一応言わなかったのには理由があって、戦闘中に壊れるのを気にしたら駄目だなぁって思いまして。壊れた場合は私かシルヴィアが手出しすれば……」


「父、言い訳していないで話す」


「……はい」


 横合いから口を出したティアさんに再び怯えた様子の賢者様。伝説の勇者でも娘には弱いのねと思っていると賢者様が空中から何かを取り出す。あれは……折り紙風船? お母さんに作って貰った事があるわ。紙質が違うからって最初の一個以外は不格好だったわね。確か賢者様が広めた物だけれど……。


「折り紙風船がどうかしたのかしら?」


「これがデュアルセイバーだと思って下さい。ほら、この様に空気を込めれば膨らみますが、入れ過ぎれば……この様に破裂します。この空気を功績による成長だと思って下さい」


「えっと、力が上がり過ぎて武器が耐えられなかったって事よね? でも、今までの勇者の伝承では……隠蔽したの?」


「まあ、神が贈った武器ですし、勇者の信頼にも関わりますから。……そんな汚い大人に向ける目は勘弁して下さい。私だって渡された剣……名前忘れましたけれど手入れに苦労したんですよ?」


「……忘れるのはどうなのかしら?」


「だって結局は自らの魔法の強化で戦っていましたし、武器の名前を叫んでも強くなりはしませんから」


 勇者に憧れる子供達に謝って欲しいと思いつつ考える。強くなり過ぎると壊れるにしても、賢者様が口にした通り早いと。大体、次の世界辺りで壊れると思っていた訳だし。


「……もしかしてデュアルセイバーは更に強く作り直せるの?」


「正解です。功績で強くなる力と違い、器である武器は一応強くなると言っても時間経過でしてね。まあ、ゲルダさんが私のよりも優秀だった事の弊害ですよ」


 賢者様は微笑みながら私の頭を撫でる。話さなかった理由も理解はしたけれど納得はしていなかったけれど、この安心感に騙されそうね。


「じゃあ、早速直しに行きましょう、お父さ……賢者様」


「ええ、向かいましょうか」


(あ、危なかった……)


 今、賢者様をお父さんと呼ぶ所だったけれど反応はされていない。その優しさも辛いけれど、私は反応される方が辛いのよ。普段は空気読めない人だけれど今回は読んでくれて安心ね。


「……アンノウンが居たら絶対に弄られていたわ」


 ホッと胸を撫で下ろし、周囲に紙が落ちていないか見回す。見付けたら読まずに破り捨てる気でいた時、ティアさんが指先で私の肩を突っつく。


「ゲルダ、父が父なら私はお姉ちゃ……」


「さあ! 早速行きましょうっ!」


 それ以上は言わせない。私はデュアルセイバーを手にすると駆け足で外に出て集落の中を駆け抜ける。そこで気が付いてしまった。


「あっ、何処に向かうのか知らないわ」


 本当にアンノウンが居なくて良かったと安心する。木の陰に灰色のウサギのキグルミが隠れていたけれど絶対に無関係だから気にしないでおくわ。


「とんだ恥を掻いたわね……」


 顔が少し熱くなるのを感じながら賢者様達の所に戻る。ティアさんが何か言わないか少し不安だった。


「天然って本当に厄介よね……。しみじみそう思うわ」




 雨も上がって天気は快晴、時々膨れた木から虫の死骸が飛び出して来ないかだけ注意しながら進む私だけれども、隣を歩く賢者様は普段とは少し違った格好をしていたわ。


「まさか三百を過ぎて学生服を着るとは……」


「よく似合っているぞ、キリュウ。こうして見ていると昔を思い出す。実に新鮮な気分だよ。……何故あの頃の私はお前への気持ちをもっと早くに自覚しなかったのだろうな」


「構いませんよ。貴女と私は今現在相思相愛、それで良いではないですか。時間が惜しいのなら更に深く互いを愛すれば良いのです」


 女神様と指と指を絡ませて手を繋ぐ賢者様が着ているのは少し変わった白い服で学ランって名前の学校に通う時に着る服らしいわ。腕章には私の知らない文字が書かれていて、副会長と読むらしい。


 それは兎も角として二人は本当に仲が良いわね。ちょっと歩く速度を上げる私だけれど、きっと先程までの速度じゃキスをする二人を見てしまったもの。


「……三百歳を越えている自覚があるなら落ち着いて欲しいわ」


 そんな風に呟きながら前を見上げれば遠くに巨大な岩山が見えて来る。周囲が一面の緑なだけに異様に目立つ岩肌、所々から煙が上がっているのが人が生活している証。彼処がドワーフさん達が住むコモクマウンテン、デュアルセイバーを直してくれる神様が住んでいる場所なのね。




 神随一のトラブルメーカーで心労ならぬ神労の女神と揶揄されるイシュリア様の失敗談は隠されているらしいけれど、他の神様のエピソードは幾つか伝わっているわ。死神デスハ様と恋人を亡くした男との問答や禁忌を犯した者に神罰を下すソリュロ様のお話、そしてコモクマウンテンにいらっしゃるのは鍛冶仕事を司る女神、名をディロル様。


「モンスターに対抗する術を与えるべく人に鍛冶の方法を伝えた慈悲深き女神。確かドワーフの姿をしているって聞いたわ」


「ええ、その通り。……まさかドワーフの姿をした神がいるとは思っていませんでしたよ」


「妙な事を言うのね。だって六色世界にはエルフや獣人、人にドワーフ、沢山の種族が存在するのだもの。色々な見た目の神様が居て当然じゃない」


「まあ、そうなのですが……」


 賢者様が妙な事を言う間も私は胸を高鳴らせる。神様達のお話も何度も読んだ私だけれど、ディロル様はその中でも特別な存在。人には早すぎるという反対派の神様を納得させる為に神の力の多くを捨て、愛用の道具すら持たずに人の前に現れたディロル様は文字通り一から鍛冶仕事を教えたの。鉱石の見分け方や竈の造り方、今の技術で作れる代用品を使って少しずつ鍛冶の技術を発展させて多くの人を救った。


「とっても素敵な方よね。お会いするのが楽しみだわ」


「まあ、素晴らしい方なのは間違いないですね。頭のネジが外れている方に分類される方ですが、そうでもないと周りの反対を押し切っての無茶など出来ません。……只、この服を着て来ないと会わないという注文をされた時は困りましたが」


「賢者様、余計な事は言わないで欲しいわ。私、ディロル様を尊敬しているの。……イシュリア様側の神様だなんて悲しいじゃない」


「……ゲルダ、反論の余地は無いが一応私の姉だ。控えめにしてくれ、気持ちは分かる」


「確かにそうね。女神様はイシュリア様の妹だもの、失礼だったわ」


「いや、分かってくれれば良いんだ。ショックなのは理解する。だが、姉様は特例中の特例、一緒にしてはディロル失礼だ」


 女神様に言われて少し反省する。少し神様を身近に感じ過ぎて忘れていたけど神様って本来は会う事すら珍しい存在よね。本人を前にして言わずに済んで助かったわ。



「……イシュリア様に失礼とは言わないんですね。まあ、気持ちは分かりますが。あの方ってクリアスでの扱いもそんな物ですし」





 何か呟いている賢者様の服装をリクエストした理由については知らない方が良いと思うから気にせずに進めばやがて山の麓まで辿り着く。けれど目の前にはモンスターが立ち塞がっていた。


「カメレオンレオ、それが三匹」


 私がグリエーンに来て直ぐに戦ったモンスターが麓近くの木の上で欠伸をしながらも私に視線を向けている。カメレオンの能力で姿を消せるけれど嗅覚を働かせても仲間が潜んでいる気配は無いわ。


「最初は一対一で戦ったけれど、三体程度で丁度良いわね。慣らしに付き合って貰うわねっ!」


 ブルースレイヴを構え、三匹が枝に乗っている大木に向かって振るう。かなりの反動が手に伝わり、同時に木がメキメキと音を立てて倒れていった。急な事に対応出来ずに落ちていくカメレオンレオに向かって私は跳躍した。


「先ずは一匹……続いて二匹っ!」


 一匹目の首を蹴りつければ骨が折れる音と共に地面に落下して行く。蹴りの反動で別方向に飛んだ先目掛けて突きを放てば腹部に当たり内蔵が潰れる音と共に血を吐き出す。


「最後の一匹っ! これで……あっ」


 何時もの癖でレッドキャリバーを振ろうとして腕が空振る。その腕にカメレオンレオが伸ばした舌が絡み付き、着地するなり引き寄せて引き裂こうと前脚を振り上げた。


「あ~あ、ついやっちゃったわ」


「未熟者め。強敵相手なら命取りだぞ」


 女神様の叱責に少しうなだれる。私でも情けないって言いたい位の凡ミスだもの。でも、戦いの中では危険な事よ。同時に私にとってレッドキャリバーとブルースレイヴは有って当然の存在になっていると分かった。


「……賢者様はそれを悲しい事だと思うのでしょうね」


「当然ですよ。そう思わない筈が有りません」


「ふふふ、優しいわよね、賢者様って。……じゃあ、そろそろ終わりにしましょう」


 私が話している間も必死で舌を縮めようとしていたカメレオンレオは一向に私を引き寄せられない事に業を煮やしたのか前脚を振り上げて襲い掛かる。この時、私は初めて引き寄せるべく腕に力を込めた。カメレオンレオが接近する速度が上がり、腕を振り下ろす暇も無い位に早く私の腕が届く距離に入ると直ぐに私の蹴りが顎に命中、牙と頭蓋骨が砕け、舌に破片を食い込ませながらカメレオンレオは息絶えた。


「シルヴィア、途中から何点ですか?」


「……合格とだけ言っておこう」


 相変わらず女神様は厳しいけれど少し嬉しそうだし、きっと満足してくれているのね。少し嬉しいわ。私、本当に強くなっているって改めて映画分かったもの。グッと拳を握りしめる。この手には世界を救う力が宿るのだと、そう思えた……。




「お前さん達が親方の言っとった者かいの? ちょっと待ってくれ、直ぐに開ける」


(……私達が勇者一行とは伝わっていないのね。まあ、そっちの方が助かるのだけれど。大げさな出迎えって疲れるのよね)


 山を登り、時々現れるモンスターを倒しながら進んだ先に見えたのは巨大な鉄の門。門の上の方にある窓から顔を覗かせたドワーフさんが奥に引っ込むと重厚な音を立てながら門が開いていった。


「ようこそ、客人。ドワーフの町、ビシャンに。親方の所まで案内しよう」


 そう言って出迎えてくれたのは門を操作したらしい人とは別のドワーフさん。髭をドレットにしている変な人。


(でも、大体の人が変わった髭にしているわね)


 少し見渡せばアフロみたいだったり三つ編みにしていたり、髪型じゃなくて髭型を個性的にしている人ばかり。ドワーフの男の人特有のお洒落なのかと思いつつ進んだらたどり着いたのは立派な門の部屋。左右の柱には鎚を持ったディロル様が彫られていたわ。


「親方ー! 客人を連れて来たぞー!」


「……入室を許可する。入れ」


 神様相手に気さくに呼び掛ける姿にビックリしたけれど、返事の声には威厳を感じる。それこそ神様相手に落胆する前の私が想像していた様な立派な声。私は少し緊張しながら扉を開ける。部屋の奥の椅子には私位の年頃で眼帯で右目を隠した少女が座っていた。


「初めまして、と言うべきか? 私が女神ディロルである。……おい、内密な話があるからお前は下がれ。ほれ、駄賃だ」


 眼帯の少女……ディロル様は手近にあった瓢箪を案内してくれたドワーフさんに投げ渡すと早く去れと言わんばかりに手を動かす。彼が上機嫌で出て行った後に気が付いたのだけれどこの部屋はとっても臭った……。


「あ、汗とお酒が混じった臭いだわ……」


 思わず鼻を塞いで呟いてしまう中、キョトンとしたディロル様は急に仰け反り、大声が響いた。


「あっはっはっはっはっはっ! こりゃ失礼扱いたっすね。でも、屁はこかないから許して欲しいっすよ、勇者ちゃん」


「……あっ、はい」


 先程までの威厳は何処かに消え、正しく頭のネジが外れた神様の姿を見せるディロル様。呆然とするしかない中、彼女の視線は賢者様に向いていたわ。


「久し振りっすね、キリュウっち。百年前に会ったきり……ちょっとタンマ。矢っ張りその服は良いっすね、萌え萌えっす」


「……はぁ、そりゃどうも」


 賢者様の生返事など気にせずに身悶えするディロル様。分かっていたけれども神様への理想と現実の違いを知るのは辛かった。



「世界って残酷ね。凄く残酷よ……」



オマケ


アンノウンの神図鑑 ④


ミリアス


司る物 全能


好感度 ☆☆☆☆☆ なんか嫌ーい


僕の呼び方 ???


神の頂点に君臨する最高神。マスターに色々と押し付けるけど、余裕ぶっているくせに主にイシュリアの起こす騒ぎで苦労しているよ。心読んだりとか何か気に入らない。あっ、これは別にフラグとかじゃないからね。……多分。

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