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虎と兎とヒトデのとある昼下がり

 とある昼下がり、森の中で出会った熊さんはお菓子の家に住むヌイグルミだったわ。それだけを聞けば素敵な出会いなのだけど残念な事に熊さんは魔族な上に人喰い熊だったらしいの。


「では、お菓子の家に残っていた上級魔族について教えて貰いましょうか」


「ムゴームゴー」


 背中のチャックが実は凄い吸引力の口だからって縄で縛られ木の枝に吊り下げられた熊さんは縄を解こうと暴れるけれど一向に縄は緩まないで口を塞がれているから喋れない。


(あっ! 喋れって言った賢者様も気が付いたみたいだわ。……知らない振りをしましょう)


「父、このままじゃ喋れない」


 折角私が気を利かせたけれど、娘のティアさんが言ってしまった。横で聞いていた私は居たたまれないけど、賢者様はもっと居たたまれないみたい。居心地が悪そうに目を背けながら空中に手を翳せば波紋が生まれ、その中から何かを取り出したわ。


(きっと今の状況をどうにか出来るアイテムね。流石は賢者様だわ!)


「あれ? 何処に置きましたっけ? 確か予備をこの辺に入れて……」


 次から次へと多分関係ない道具が出て来る。整理整頓が苦手な人が必要な時に目当ての物が見付からない例が目の前にあったわ。


「……父、相変わらず片付けが苦手?」


 小首を傾げるティアさんだけど、何処か呆れている様にも見えるわ。所で賢者様って片付けが苦手なのね。几帳面に見えて結構ズボラだったみたい。


「いえいえ、今回は偶々見付からないだけで……有った!」


 探し始めてから五分後、関係ない物の山が私の身長と同じ高さで三つ出来上がった頃に漸く取り出したのはアンノウンがパンダのヌイグルミに持たせて筆談するホワイトボード。裏にパンダの顔が描かれているから間違い無いわね、きっと。


「賢者様、それをどう使うのかしら?」


「良い質問ですね、ゲルダさん。花丸を差し上げましょう」


 賢者様は指先で花丸を描くと熊さんの体にホワイトボードを貼り付ける。ホワイトボードって賢者様が勇者時代に魔法で作り出したアイテムだけれど、どう使うのかしら?


「そもそもアンノウンがこれやスケッチブックを使う際にペンを持っていないのを不思議に思いませんでしたか?」


「あっ!」


「実はこれは頭で考えた事を文字として表示出来るのです。アンノウンは更に使いこなして絵さえ表示しますけどね。……熊さん、君のお名前は何ですか?」


 賢者様の問い掛けに黙る熊さんだけどホワイトボードには文字が表示される。チャック・バグベア、それが可愛らしい様で実際は不気味な姿の魔族の名前だった。


「子供が数人行方不明だそうですが貴方と関係が?」


「ナイ。ヒメサマ、バカ。アノイエ、コウカナイ」


 再び表示される文字には姫様と呼ぶ存在への本音が出ていた。あんな子供を誘える様で実際は誘える筈が無い罠の管理をさせられて居たのなら仕方が無いのかも。よく見ればお菓子の滓等でチャックの体は所々汚れている。少し同情さえ芽生える中、チャックの体が突如内部から爆炎を撒き散らしながら弾け飛んだ。


「わわっ!?」


「……危ない」


 咄嗟にティアさんが体を掴んで飛び退き、賢者様も魔法で防ぐけれどチャックの体は跡形も無い。吊り下げていた場所の周辺が爆発で激しく抉られた破壊の跡が威力を物語っていた。


「恐らくは情報を抜き取られれば故意かどうかは問わずに死ぬ仕掛けが施されていたらしいですね。解析を怠った私が迂闊でした」


「でも、こんな事をするなんて……」


 私はその相手を詳しくは知らないけれど、チャックに魔法を使った相手に心当たりが有った。ディーナを居るだけで命を削られる世界に派遣して、緊急時にしか使えない避難用魔法陣の転移先が魔族の敵である私の所に設定していた誰か。


「きっと彼女よ……」


 確証は無いし、根拠も無い。そもそも魔族特有の体臭も感じなかったけれど、私はイエロアで出会った少女こそが他の魔族を使い捨てにしているのだと思えてならなかった。


 魔族は敵で、私は既に何度も命を奪っている。これからも世界を救うには戦わなくちゃ駄目な相手。でも、こんな風に扱われる事に同情し、扱う人達に怒りが湧いて来ていたの。


「うん、絶対に倒すわ。私は負けないんだから」


 グッと拳を握り締める。彼女だけは絶対に倒すべき存在だと確信しながら。



「……一旦帰ろう。子供、改めて探したい」


「もう一旦功績は無視して私が魔法で一気に探索をしますよ、ティア」


「ん。流石は父」


 少しだけ娘の前で格好が付けたいのか目を閉じて集中を始める賢者様。普段は結局遅くなれば別の場所で被害が出るからと大規模な力の行使は躊躇うけれど、気にはしているものね。自分に言い聞かせる理由が有るのならそれで良いと思うわ。


 賢者様を中心に展開される巨大な魔法陣が徐々に広がる中、ティアさんはその姿を座って観察している。だけど急に立ち上がったかと思うと耳を動かして二時の方角を向いたわ。私も釣られて目を向ければ叫び声と共に誰かが向かって来ていた。



「お姉様ぁあああああああああああああっ!!」


 何故か陶酔した顔で、どうしてか分からないけれど猫撫で声を出しながら激走しているのは兎の獣人のお姉さん。多分十五歳位の人で、バスケットを手に提げて空いた手を振っていたわ。


 その人を一目見ただけで確信する。また濃い人が来たってね。青のエプロンドレスのスカートをはためかせ、一直線にティアさんへと向かったわ。私や賢者様に気が付いた様子が無いくらいに夢中だけれど、どんな関係かしら?


(お友達……じゃないわね)


 彼女を見るティアさんは少し面倒臭そうで、そんな事に気付いた様子が無いお姉さんは一気に飛び掛かる。両手を前に伸ばして水に飛び込む時みたいにティアさんへと向かって行ったの。


「お姉様、今日こそ私の愛を受け入れてぇええええええっ!」


「やだ」


 でも、ティアさんはそれを華麗に回避。お姉さんは必然的に顔面から地面に衝突して、勢いを殺しきれずに顔面で地面を滑って行った。


「へぶぇっ!?」


 最後に大木にぶつかって漸く止まるお姉さん。ピクピク痙攣しているから多分生きているわよね? 実際、お姉さんは腕の力だけで飛び上がると何事も無かったみたいにティアさんへと近寄った。


「相変わらず冷たいですね、お姉様。でも、そんな所も素敵」


「……はぁ」


 抱き付こうとするのを手で突っ張って防ぐティアさんが深い溜め息を吐く中、お姉さんは賢者様へと視線を向けた。しかも、何故かワナワナと震えながら。


「お…男。どうしてお姉様が男なんかと……」


「おや、ティアは普段は男とは一緒に居ないのですか? それは安心……」


「呼び捨てぇえええええっ!? はっ! まさかお姉様を騙して籠絡中ね、許せない! 秘技.・ラビットスクリュー!!」


 凄くショックを受けた様子のお姉さんは背後に飛ぶと、木を蹴って勢い良く賢者様へ飛び掛かる。交差させた腕を顔の前で構えて回転しながら襲い掛かった。


「くたばれ恋敵ぃいいいいいいいいっ!」


「……五月蝿い」


 真横からティアさんが飛び掛かり、振り上げた踵を振り落とす。脳天に食らったお姉さんは地面に激突して、更にティアさんが頭を踏み付けた。



「うふふふふ。お姉様の足が私の頭の上に。光栄ね……」


「……うわぁ」


 鼻血を流しながらほくそ笑むお姉さんを見てティアさんは一歩後ろに下がる。でも、仕方無いわ。私も近寄りたくないもの。





「まさか賢者様だったなんて大変失礼しました。私はリン・グローチ、お姉様の愛の奴隷。今年の目標はお姉様専用の椅子になる事です」


「ゲルダさん、どうにかして下さい。私の許容量を超えています」


「ティアさん目当てなら親子の問題だし、三百歳なのだから自分で何とかして欲しいわ。……私もとっくに限界よ」


 あの後で説明を受けたリンさんは態度を一変させて賢者様に接するけれど、一流の変態さんだったわ。ティアさんは面倒臭いのか賢者様の後ろに隠れて、賢者様も私も限界が近い。今直ぐに逃げ出さない方が不思議よ。


「……何度も言ってる。私、女」


「愛の前には関係有りません! それこそ私かお姉様が獣王祭(じゅうおうさい)で優勝すれば良いだけです! ……あっ、それとこれが今日のプレゼントです。一生懸命作りました」


「ゲルダにあげる」


 リンさんがバスケットから包みを取り出して嬉しそうにティアさんに手渡す。一方嫌そうに受け取ったティアさんはそれを自然な流れで私に手渡すなり高く飛び上がり、枝から枝へと飛び跳ねて忽ち姿を消したわ。つまり私に押しつけて逃げたのね、この妙に重いプレゼント。


「リンさん、これって何ですか?」


「純金性の裸婦像よ、勿論私の。お姉様が貴女に上げたなら仕方無いわね。……私自身を物扱いされた上に雑に扱われたみたいで興奮するし」


「高価な物だし返します。ちょっと重いし……」


 色んな意味で重い贈り物をリンさんに返すと少し残念そうにバスケットに戻す。内容は問題だらけだけど、気持ちを込めた贈り物だとは理解出来たわ。

 


「あっ! それでは今日のお姉様とのやりとりを日記に書いた後で妄想に耽る日課が有るので失礼しますね、お義父様。ああ、今日は何時もの十倍以上の時間お話出来から……し・あ・わ・せ」


 リンさんは私達に一礼すると鼻歌交じりにスキップしながら去って行く。嵐の様な時間が過ぎ、呆然としていた賢者様が呟いたわ。


「いや、認めませんよ? 同性愛を全面否定はしませんが、ティアは間違い無くそっちでは有りませんから。……彼女が例の待ち伏せして贈り物を渡して来るってのですか」


「って言うか少ししか話をしていないのに十倍って……帰ります?」


「……ですね。一応の目的は達成しましたから」


 今の私が感じているのは途方もない精神的疲労だけ。体は元気だけれど気力が一切湧かないの。賢者様もそれは同じなのか珍しく転移の魔法を発動したわ。だから早く帰って休むだけ。



「……はぁ。駄目ね、帰れないわ」


「ゲルダさん……何か気が付いてしまいました?」


「ええ、非常に残念なのだけど誰かが大怪我したのか強い血の香りがしたの。……最悪ね」


 後は転移の魔法陣に乗ればティアさんの家に一瞬で到着、美味しい物を食べて温泉でゆっくりしたら暖かいベッドで眠って今の出来事を忘れる、その予定は漂って来た香りに邪魔をされる。


 二人揃って深い溜め息を吐き、鼻を頼りに血の臭いの発生源へと向かう。


「……私、今だけは怪我した人を見捨てられない自分が嫌になったわ」


「……私も勇者時代は何度も有りましたし恥じる事はないですよ。実際に見捨てはせずに助けに向かっているのですから」



「居たわっ!」


 茂みを掻き分けて進めば徐々に血が強く香る様になり、やがて血溜まりに背中合わせで座り込んでいる人達を見付けたわ。弓矢を背負い、手にはナイフを持って周囲を囲む長細い蛇に相対しているけれど、今にも倒れそうな姿を見た私は思わず飛び出していた。


『『スピアスネーク』槍の切っ先の様な鋭く堅い嘴を持ち、締め付けながら獲物に突き刺して襲う。嘴が重いので高い木に登ったり出来ず、堅く長いのでかさばる』


 弱った獲物よりも新しい獲物を優先するのは本能なのか三匹のスピアスネークの内、左右の二匹にレッドキャリバーとブルースレイヴを投げて頭を砕き、残った一匹の唇を右手掴んで止め、左手で頭を握り潰す。


「未だ居るわね……其処っ!」

 

 一見すれば何も居ない様に見える場所に跳び蹴りを放てば見えない何かを蹴った感触と一緒に豚の悲鳴が上がる。蹴り飛ばされ正面の木に激突したスケル豚が死体を晒す中、他のスケル豚が逃げる音がして豚臭さが遠ざかった。


 数度鼻を動かして匂いを確かめるけれどモンスターの臭いはしない。どうやら怪我人を守り通せたとホッと一安心する私は賢者様が彼等を治療するのを眺めていた。


「……助かった。所であの少女は……」


「私達は旅の者、獣王祭の参加資格は有りませんよ」


 賢者様の言葉に安心した様子だけれど、さっきも話に出ていた獣王祭というのが関係しているのね。お祭りらしいけれど、参加出来ないのは残念ね。私が育った村のお祭りは他で暮らしている人も参加出来るのに、どうして駄目なのかしら?


「……むぅ」


「では、私達はこの辺で。その内お礼をしに行くよ」


 ちょっと不満に思っている中、賢者様が手当てをした人達は去って行く。その背中をニコニコしながら眺めていた賢者様は口笛を吹き、変質者が現れたわ。


「お呼びですか、賢者様」


「えっと……あっ! 思い出したわ、アンノウンの部下の人ね。……ヒトデね、の方が良いかしら?」


「その方が良いですね。パンダのキグルミを着ている時はパンダ扱い、蜘蛛のキグルミの時は蜘蛛扱い。それがルールです」


 木の上から現れたのは弓矢を背負ったヒトデのキグルミ。彼は私の問い掛けに頷く。キグルミって神聖な儀式で使う物だけど、こうして普段から着ていると不気味ね。


「彼らを尾行して下さい。……凶行に及ぶ様なら力尽くで止める様に」


「はっ! 我が主の主の命、必ずや果たしてご覧に入れます!」


 ヒトデさんはその場に膝を付いて頭を下げると一瞬で消える。あの人達を尾行させる理由だけれど、少し不穏な気配がするわ。本当に何が起ころうとしているのかしら……?





「賢者様、彼等は一体……」


「少し気になりましてね。……彼等、この辺を縄張りにしている部族とは別なのに何をしていたのかと」


 今までの旅は苦労も嫌な事も有ったけれど、賢者様が此処まで顔を曇らせた事はなかった。それで不安で進む先に暗雲が立ち込めている気がしてならなかったわ。



「まあ、大丈夫。ゲルダさんには世界を救った勇者が付いています。しかも賢者の手助け無しですよ」


 だけど同時に大丈夫だとも思う。だって目の前の人は暗雲なんて一瞬で消し去れるのだもの。……格好付けて指パッチンで発動しようとするけれど失敗して指が鳴らない、そんなミスさえ無ければだけれど。






「……もぐ。大丈…もぐ…夫。獣王祭…もぐ…は飲めや歌え、食えや踊れの…もぐ……お祭り」


「ほら、食べながら喋らない。それと口元にソースが付いていますよ」


 この日の夜、食事中に獣王祭について訊ねたのだけれど私の勘違いだった様ね。これで心置きなくお祭りに参加出来るわ。どんな料理が出るか楽しみね。


「ほら、またソースが。それはそうと獣王祭ですが獣神闘宴(じゅうしんとうえん)には出るのですか?」


 私がお祭りの様子を想像する中、賢者様はティアさんの口元を拭う途中で少し不安そうに訊ねた。きっとお祭りの最中にする催し物ね。参加資格は多分それについて何だろうけど、どんな物かしら?


「ティアさん、それってどんな物ですか?」


「獣神闘宴は次の族長を決める大会。でも、私は出ない。父、それで良い?」


「勿論です。族長なんて力が有れば良いって立場じゃないですからね。部族内での問題解決や他の部族との交渉、グリエーンの獣人は戦士が多いので強い人に憧れを向けますが、それだけでは務まりません」


「……私は神様達から沢山加護を貰ったし、父や母に鍛えて貰ったからフェアじゃない、そんな理由だったのに。……父、私を脳筋だと思ってる?」


 ティアさんが膨れ面で問い掛ければ賢者様は目を逸らす。どうやら思っていたみたいね。


「父、酷い」


「え…えっと、ですね。どうすれば機嫌が直ります?」


「……じゃあ、今日も添い寝。それと髪を洗って。母は下手」


「そ…それは……」


 賢者様が助けを求めて私を見るけれど、他人の家族の問題に巻き込まれるのはごめんよ。顔を背けて知らん振り。まあ、とやかく口出しする事ではないわね。



「……分かりました。ですが年頃なのですから体にタオルを巻く事。幾ら私が父親でも、年頃のレディが肌を晒すのは許せません」


「分かった。やった、父とお風呂」


 相変わらず抑揚の差が殆ど無い声だけどティアさんが喜んでいるのは分かる。矢っ張りティアさんは両親が大好きなのね。



「アンノウン、私と一緒に入る?」


「ガーウ?」


「ちょっとそんな気分になったのよ」


 首を傾げながらスケッチブックで会話するアンノウンを撫でる。……あれ? そう言えば私との会話の時にだけスケッチブックを使うのはどんな理由かしら? 多分聞きたくない理由だろうけど……。

 


オマケ


アンノウンの神図鑑 ③


シルヴィア


司る物 豊穣 武


好感度 ★★★★★ ボス!


僕の呼び方 アンノウン


グリエーンで一番信仰されている神でマスターの奥さん。主要人物の一人だよ。ちょっと力で解決する傾向にあるけれどとっても良い人。少し怖くて厳しいけど大好きなんだ。でも、マスターとイチャイチャする時は少し鬱陶しいよ。あと、武器のコレクター。得意武器は全般だけど斧が一番好きみたい。

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