神と人 ☆
神とは決して全能な訳ではない、そうゲルダに告げるキリュウだったが他にも伝えるべき事が有るだろうとは思うのだが、私は女神であって人ではない。人と共に旅をして、人であったキリュウと夫婦になって暮らす中で人の考えを理解し始めていると思うのだが、それでもキリュウが言わないのであれば私も口を噤もう。
キリュウ、私の愛しい夫。お前はお前の意志を貫け。例え私がお前に影響された様にお前も私の影響を受け、不老不死となった事で思考が人から外れつつあるとしても、私がお前を肯定してやろう。女神の名の下に、お前が絶対に正しいと。
「あ、あの! それではやってみますね!」
今回の勇者に選ばれたゲルダは目を輝かせながら勇者の武器となる光の玉を握り締める。少し話を聞いたのだが勇者の物語のファンらしい。……あの実際とは違う箇所が多い物語か。キリュウの旅の際に私が同名のエルフにされているから私は嫌いだ。別人じゃないか。
彼女が持っているのは三代目に継承される前に磨耗と経年劣化によって勇者専用の剣が壊れてしまったから代わりの品を、とミリアス様に依頼されたキリュウが何日も掛けて作り出した品だ。
……夫婦になってから初めて体を重ね、互いに知識が薄いからと愛欲を司る姉上にご教授戴いた事によって快楽の味を知ってしまった私ではキリュウの体が空くのを待ち続けるのは本当に辛かった。反動で勇者に渡し終えるやいなやベッドに連れ込んで十日間犯し続けたのは今でも覚えている。
「……これから忙しくなる事だし、今夜は寝かさんぞ」
思い出しただけで体が熱くなるのを感じ、キリュウの腕に自らの腕を絡ませる。私の言葉を聞いたゲルダは真っ赤になっているが、一体何故だ? 未だ十歳程度の少女が今の言葉で何を察したと言うのだろうか?
「まあ、最近の子供にはおませな子も居るという事でしょう」
「そうか。意味はよく分からんがお前の言葉なら正しいのだろう。……所で私達も早く子が欲しいものだ。確率は極めて低いが出来ぬ訳では無いらしいが」
「大丈夫。私も貴女に自分の子を孕んで貰いたいですから気長に頑張りましょう。何せ世界の終わりまで命が続く身だ。何度でも何度でも私は貴女を抱きますよ。私の愛しい女神様」
肩に優しく手が添えられる。これだけで私は十分幸せなのだ。欲を言えば更に幸せになる方法が有るのだがな。肩以外にも触れられ、首筋などにキスをされた時の幸せを思い出して恥ずかしくなった私はキリュウの胸に顔を押し付ける。これで照れ顔を見られなくて安心したが、頭をそっと抱き締められて顔から火が出そうだ。……人前だというのに馬鹿者め。お前など好きで好きで堪らんな!
(私はさっきから何を見せられているんだろう……)
何故かゲルダが疲れ切った顔をしているな。羊飼いの仕事を一人でこなすには幼いからだろうが、無理をしているのなら後で私がマッサージをしてやろう。女神である私だがキリュウの為に練習して巧くなったのだ。何故か練習台になってくれた眷属神達は二度と練習に付き合ってくれなくなったからキリュウに頼んだら逆にマッサージをしてくれて体で覚えたんだ。
「さて、これがゲルダさんの武器ですね。随分と個性的な……」
「これは……」
そんな風な事を考えていると玉が放つ光が一気に膨らみ、続いてゆっくりと収縮していく。光が消え去った時、ゲルダの手に握られていたのは巨大な鋏だった。
「いや、鋏は武器ではないだろう」
「ですよねっ!? 私、武器とか全然詳しくないから武器の一種なのかなって思ったんだけど、これって絶対武器じゃないよねっ!?」
刃渡り九十センチ程で赤と青の刃で構成された巨大な鋏を手にしてゲルダは混乱している。まあ、勇者の武器だと言って渡された物が鋏になったのだから仕方がないのだが。
「いえ、間違い無く勇者の武器ですね。ちゃんと能力のスロットが存在しますから」
「賢者様、しっかりして!?」
「成る程、お前が武器だと言うのなら武器なのだろう」
「女神様まで!?」
ゲルダは何故か納得していないが、作った本人が武器だと言うのだから間違いなく武器だろうに。それに世界ごとに決められた数の功績を積む事で特殊能力が与えられるというのは記録に残っているだろうに。剣が破損する前と整合性を付ける為に記録と記憶を改竄するのを手伝ったのだから間違い無いぞ。
「……そうですよね。こんな見た目でも凄い力が。それでこの鋏……の姿をした武器の名前ですけど……」
「六色世界を回って能力を付与しますし、丁度私の出身世界のアメリカという国の虹と同じ色なのでアメリカンレインボー鋏なんて如何で……」
「そうだな。丁度二つの刃が連結しているし、デュアルセイバー等はどうだろうか?」
「はい! この子の名前はデュアルセイバーにします!」
……いや、不服そうな顔をするな。幾らお前の言葉が正しいと言う私だが、今のは無いと言いたいぞ?
「アメリカンと言われても地球の事を知らない者には意味不明だろう」
「成る程っ!」
「……理解さえしていれば最高の名前だったのだがな。何せお前が考えた名前だ」
(本当に私は何を見せられているのでしょう……)
どうもゲルダは本当に疲れているらしい。自らが勇者だと知るなど精神的な疲れが溜まっているのだろうな。……よし!
「安心しろ、ゲルダ。お前と共に旅をする筈だった仲間の代わりに、神の力の大部分を封印してはいるが武と豊穣の神である私と、初代勇者にして歴代勇者を導いたキリュウが共に旅をするのだ。大船に乗った気分で居ろ! まあ、勇者であるお前が活躍せねば封印の楔とならんから頑張っては貰うがな!」
私はゲルダの肩に手を置いて励ましの言葉を投げ掛ける。ふふん! ちゃんと注意事項も伝えてやったから問題は無いだろう。因みに本来の仲間だが先月母親のお腹に宿ったのと杖が有れば歩けるが耳が遠くなった老人、そしてその老人の曾孫で掴まり立ちを覚えたばかりの幼児。……何故か伝えない方が良いとキリュウは言ったな。
ああ、そう言えば絶対に正しいのだろうが、ゲルダには無理だと判断したら勇者の武器を渡す前に殺して異世界の同一存在を召喚しろとミリアス様が命じた事は何故伝えないのだろうか? 認められたと知れば嬉しいだろうに。
……うーむ。神と人は矢張り何かが違うのだな。違っていようが私のキリュウへの愛には影響せんがな。
「さて、名前は無事決まったが現在使える能力はどんなのだ?」
「そ、そうですよね! 見た目は兎も角として、能力が凄いなら……」
「相手に傷を付けず毛を綺麗に刈り落とす、です」
キリュウの言葉を聞いたゲルダは期待した表情から一変、その場で固まって目の前で手を翳しても耳元で話し掛けても反応しない。相手を傷付けず命ではなく毛のみを奪う力か……。確か先代の仲間の一人が、こんな破壊の為の力なんて要らない! 、と言っていたらしいが、奴からすれば理想の力だろう。
おや、漸く復活したか。動き出したゲルダは腹の底から叫び、その声は村の外まで轟いた。……少し五月蠅い。
「これ、勇者じゃなくって羊飼いの武器だっ!?」
いや、お前は勇者だぞ? 矢張り未だ運命を受け入れるのが怖いのだな。まあ、無理はない。こんな長閑な村で生きてきたのだから。
「今はそれで良い。時間を使ってゆっくりと受け入れろ。自分が勇者だとな。……む?」
私がゲルダに同情した時、村の外から不穏な空気を感じ取る。欲に支配された者共特有の魂。その悪意がこの村に向けられているらしい。
「おい、ちょっと出て来る。デュアルセイバーにはもう一つの能力が有るだろう? それを説明してやっていろ」
「お早いお帰りをお待ちしていますよ」
「私が愛する夫を待たせるとでも? ではっ!」
地を踏み締め一足飛びに村の外に移動する。村が小さく見える程の距離に馬に乗った男達が居たのだが、私が突如現れた様に見えた事で驚いている。……詰まらん。急に現れた風に見えた時点で評価外だ 。
「いや、予想通りに終わるからラッキーか? 取り敢えず戻ったらお帰りのキスをして貰うとしよう」
馬に乗った男達は全部で十人程。リーダーらしき男と同じ様に持っている武器は剣や弓だが、奥の一人は魔本を持っている。この中で私を一番警戒しているのは奴だな。リーダーも同じだが、魔法を使うだけに私が現れた方法が理解出来ないでいるらしい。
「親分、この女どうします? 結構高く売れそうですし……」
「馬鹿野郎! ……殺せ。生け捕りとか考えていたら死人が出るぞ。なあ、先生?」
「当然であるな。魔本か杖を隠し持っている様だが只者ではあるまい」
おや、少しは修羅場を潜って来たのか、私に鬱陶しい視線を送る部下を怒鳴りつけたリーダーと魔法使いは此方が楽に勝てる相手ではないと分かるらしいな。この辺は、というかこの世界オレジナはイーリヤがちゃんと治安維持に力を入れているから別の世界からの流れ者か。
だが、楽に勝てない、ではなく、絶対に勝てない、だと理解出来ない時点で落第だ。あの魔法使いも学者崩れだろうな。持っているのが杖でなくて魔本であり、発言から間違いなく野盗の類だと分かる一団の仲間だからな。
杖と魔本の違いは出力と使える魔法の差だ。杖は魔法を使う際の出力が高く、所有者を選ばない。その反面、杖と相性の悪い魔法は不発に終わるか消費魔力が跳ね上がる。何か特定の魔法のみを使うか複数の杖を持ち運ぶでもしなければ多くの魔法を使えても意味がないだろう。それに多くの者に広く使われている魔法は兎も角、一から開発した魔法と相性の良い杖を見つけるのは至難の技だ。
魔本は出力が杖より劣る。更に、使う魔法の魔法陣を自らページに描く必要が有る上に本人しか使えず、他人には白紙に見えるので写本も制作者しか使えない。その反面、書き込みさえしており力量が伴っていればどんな魔法でも使える。
全体的に杖は戦いを生業にする者が、魔本は研究者が多く使っているだろうな。
「さて、一応聞くがお前達はあの村を襲いに行く盗賊の類……で良いのか?」
実は私の勘違いで悪党っぽい台詞が好きなだけの旅人だったとしたら、私は突如姿を現してまで何がしたかったのだとなるな。少し不安になった私は腕を組んで首を傾げたのだが、私の顔に向かって向こうから矢が放たれた。顔面すれすれを通り過ぎるのが分かっていたから避けなかったがな。
「危ないな。人間は顔に矢が刺さったら死にかねないと知らないのか?」
私は女神なのであの程度の矢は刺さらないが、一応忠告してやろう。人が人を殺すのは大罪なのだからな。だが、私の善意も虚しく何故か怒りを買ったらしい。
「おい、俺達が『勇猛なる獅子団』と知って舐めた態度取ってやがるのか? 多少魔法に自信があるみてぇだが俺達を侮るならそのまま死んどけ!」
いや、知らん。そんな感じの質問をしたと思うが人の話を聞かない奴だな
「今こそ伝説の賢者さえ上回る我輩の才をご覧じろ! 大地よ、我が呼びかけに応え哀れな生け贄に神の鉄槌を!」
リーダーの怒りの叫びと同時に魔法使いが詠唱を始める。ふむ、興味深い。キリュウすら上回る才能を自称するのだから私が感じ取っている力は極一部だったのだろう。
大地の一部が揺れ動き二メートル程の岩が私に迫ってくるが、何か続きが有るのだな。どうも勇者の仲間やら魔族の刺客やらしか目にしていないから在野の魔法使いの力が分からん。だから敢えて受けてみようと思うのだが……。
「ふはははは! 恐怖で身が竦み動けぬと見た! 尤も動けた所で我が魔力が続く限りは追尾するのだよ!」
魔法使いの得意げな笑い声が響く。……成る程。大体分かった。私はその場から一歩も動かず、右手の人差し指をそっと差し出す。岩は私に真っ直ぐに向かって突き進み、指先に当たると同時に動きを止めた。
「わ、我輩の最強魔法が容易に止められただと!? 有り得ん、絶対に有り得ん事だっ!」。
「いや、指が貫通したり、私に激突して岩が砕けない様に衝撃を逃がすのは大変だったぞ? 容易と簡単に言ってくれるな」
私の苦労も知らず、初対面にも関わらず唾を飛ばしながら指差して来られたら少し腹が立つ。このまま説得を続ける気だったが……気が変わった。
「えっと、確かキリュウは何と呼んでいたか……」
指先ですくい上げて岩を宙に放り、私も地を蹴って岩に並ぶと地面に背を向けて思いっきり……ではなくて物凄ぉぉぉく手加減して蹴りを放つ。えっと、爪先がチョコッと当たる程度で……あっ、思い出した。
「おーばーへっどきっく!」
優しく当てた爪先は岩を砕き、細かい破片になって賊に降り注ぐ。逃げようと背を向ける動作を見せたけど背を向ける前に岩の欠片が命中して馬も人も地面に倒れ込んだ。
「おい、生きてるか?」
一番近い所に倒れている一人を指でツンツンすれば呻き声が聞こえたので大丈夫だな、多分!
「後はどうすべきか……キリュウに任せるのが一番だな」
適当に拘束して怪我を魔法で癒やす。おっと、魔本は回収しておこう。神にありがちな専門分野以外の無頓着さだが、私はそうでもないのだ。
「終わったぞ。そっちも終わったらしいな」
縛り上げて一纏めにした賊を片手で担いでキリュウ達の元に戻ればゲルダが手にしたデュアルセイバーの大きさが普通の鋏程度にまで小さくなっている。
「大きさを自由に変えられるのか。相手の懐に潜り込んで元に戻せば串刺しに出来そうだな」
「あ、あの、女神様? もう少しお立場に似合った発言を……って、武を司る神様でしたね」
……どうもこの年頃の子供は理解出来ん。誉めてやったのに何故戸惑っているのやら。キリュウなら分かるな。だってキリュウだから。
「あの大きさだと目立ちますし、懐に忍ばせる事が出来るのは便利ですね」
「は、はい。有り難う御座います」
……いや、どうしてキリュウには素直に礼を言う? まさか私と仲が悪いと伝わる神の信仰者だったのだろうか……。牧羊の神は私の従属下に居るのだがな。
「……むぅ」
「むくれている貴女も素敵ですよ。どんな顔でも目にすれば幸福になれる。何時も私を幸せにして下さり感謝します」
「……ならば良い。後で私の頭を撫でさせてやる」
どうせなら抱き締めながら耳元で囁けば良いものを。ベッドの中でちゃんと言い聞かせねばな……。
「さて、早速ですが準備の前に目的地を言っておきましょう。村から南西の方向にあるシュレイで勇者継承の儀を受けましょう」
ああ、この世界の儀式の場所はあの町か。……どうも苦手なのだ、彼処は。
……なにせキリュウに惚れていた聖女が作った町だが、何を間違ったのか同性愛に走って女同士の結婚を許可しているからなぁ。どうも理解出来ん。
「所で彼らは?」
「有料なる差し歯だの何だの名乗っていたぞ。賊なのは確かだ」