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苦労の日々は未だ続く……

 この六色世界には私が……正確には私のコピー元となった己龍の居た世界と違って外出先で気軽に楽しめる娯楽は少ない。携帯ゲーム機もスマホも無く、精々が本程度だが荷物になる。


「おい、聞いたか? 最近路地裏に出来た店だが……凄いらしいぞ。ロットの奴が行った時には牛の獣人が相手だったらしいが相当搾り取られた様子だったぜ」


「マジっすか!? 看板に書いてる値段が安いから怪しんでたけど……」


 なので自然と下世話な会話が始まり、話題の中心は最近オニオに出来た店についてになりました。商人達の何人かは既に行った事が有るらしく、思い出して顔をだらしなく緩めれば周りの方々も身を乗り出して話に聞き入る。砂漠の夜、火を囲みながら夢中で話を進めて居た彼らですが、何故安い料金なのに美女が多いのかという話に移った時、一人が空を見上げながら呟きました。


「何処かの高級店の女共が逃げて来たんすかね? ほら、俺達からすれば大儲けのチャンスだけど、多分魔族の仕業だろうし……」


「馴染み客を他から奪う為の作戦って事か……。俺、行きつけの店に女が居るんっすよね。店が潰れて余所の町に移ったりしたら困るっす」


「止めとけ止めとけ。向こうはお前を金蔓としか思ってねぇからよ。まあ、確かに魔族の仕業だろうが、オレジナの方は封印が済んだって話だし、この世界も直ぐに済むだろ。その噂が広まる前にさっさと売り尽くすぞ。終わったら例の店に全員で行こうぜ」


「良いっすね! 俺、エルフに相手して欲しいっす!」


「いや、馴染みの相手が居るんじゃなかったのかよ……。しかもエルフが良いとか……」


 馬鹿な話に花が咲き、酒も回って良い心持ちになった彼らは陽気に話を続け、更に酒を酌み交わす。見張り番の方はモンスターの襲来に対応すべく離れた場所で酒を飲まずに聞き耳を立てるだけ。少しだけ寂しそうな様子でした。


 この世界に住む方々の何気ない日常の一場面、私は未だそれを神の目線で愛しいと思うに至ってはいませんが尊い物だとは思っています。彼らはこうして日々を過ごし、それが続くと信じているのでしょう。





「……もし、皆様、少し宜しいでしょうか?」


 ですが、日常とは突如壊れる物だ、それも呆気なく簡単に。漂って来た甘い香りと鈴の音を思わせる静かな声に彼らの視線が一方向に向けられる。視線の先に居たのは一人の女性、胸元を大きく露出し丈が短い服からは細い足が覗いていた。


「おいおい、そんな格好じゃ風邪引くぜ、嬢ちゃん」


「俺達が温めてやろうか?」


「止めとけって。んで、何の用だ?」


 酒も回り、先程まで行っていた猥談も合わさってか彼らは女に卑猥な視線を送りながら手招きをする。助けを求める先も存在しない先で複数の男が相手だというのに彼女に臆した様子は無かった。微笑みながら素直に近寄る女に男達は都合の良い期待を抱く。


 相手が砂漠の世界では珍しい雪の様な白い肌というのも有ったのでしょうが、それ以上に何かに誘導されるかの様に男達の手が彼女に伸びる。端から見れば熱に浮かされたかの如き顔の男達が一人の女性を犯そうとしている様ですが、その手が触れるより前に彼女は帯を解き素肌を晒した。


「ほら、貴方達も早く脱いで。誰から私を楽しませてくれるのかは早い者勝ちよ?」


「う…うおおおおおおおおっ!」


 この瞬間、彼らの理性は崩壊した。服を脱ぎ捨て、目の前の女を先に犯すのは自分だとばかりに服を脱ぎ捨て群がる彼らは見張りの仲間が騒ぎを聞きつけて寄って来ない事も、目の前の女が危険なモンスターが生息する砂漠を武器も荷物も持たずに歩いて来た事も疑問に思わない。そして、今後一切思う事は絶対に無い。




「あら、ごめんなさい。矢っ張り気が変わったわ。貴方達、ちょっと好みじゃなかったの」


 女は冷ややかに笑い、降り出した雪に混じって姿を消す。彼女に群がっていた者達は自覚する時間すら無いままに凍え、芯まで凍り付いて死んでいた。



 


 此処で死者から読み取った記憶は途切れる。私は思わず頭を抱えていた。


「……また痴女か。いや、其処じゃない、問題は彼女がこの降雪を引き起こしている魔族なのかですが……」


 どうもイシュリア様やらレリスやら痴女に関わったせいで疲れているらしい。精神的に疲れているのでシルヴィアを抱き枕にして寝ようと思いましたが、凍り付いたままの彼らを放置するのも忍びない。モンスターの餌になるのも哀れですし、甲虫車ごとオニオに運ぶ事にしました。全員を甲虫車に乗せて道中ぶつけて欠けない様に魔法で保護をする。見苦しいので服も着せたのですが、残り香から察する理由があったとしても可哀想な最期でした。



「結婚するなり恋人を作るなりすれば良かったのに……」


 最期の辺りの会話を聞いた感じでは誰一人として妻も恋人も居ないらしい。彼らの反応と残り香からすると魅了系の魔法の香水の力が有ったのでしょうが、それでも想う相手が居たならば抵抗が可能で、少なくても彼処まで理性が飛んだりはしない筈。


 仕事が忙しかったのか、はたまた恋人や結婚が煩わしいと思っていたのかは分かりませんが、もし相手が居れば女の不審な点に気が付いて逃げ出して生き残れた可能性も有ったと思うと残念でならなかった。



「愛する相手を作るのは幸せな事なのですよ? 来世では是非恋人や結婚相手を作って下さい」


 こんな不安定な情勢だからこそ気力が湧かないのでしょう。今回の様に防げる悲劇を防ぐ為にも早く世界を救わなければと心に誓う。









「……娯楽の類を広めるのも重要かも知れませんね」


 現在、六色世界には私のオリジナルの世界に存在した娯楽の多くが存在しませんが、神が住まう無色の世界は別だ。私の話を聞いて興味を持った一部の神々が力を結集し、テレビゲームや携帯ゲーム機、漫画の類まで存在する。暇な上に神なので不思議な力でパパッと作り、同好の士が集まって新作の開発も進めているのです。


 中には食事や睡眠の必要が無いからと数十年単位でゲームを続ける廃人ならぬ廃神状態の方まで存在する程。その間、仕事は従属神に丸投げで、好色だったとある神がナンパすらしなくなった。


 この様に他に向ける余裕が無い位に熱中する物を提供すれば安易な魅了に引っ掛かる人も減るだろうと考える。取り敢えず協力者候補を幾人かリストアップする必要が有りそうだ……。







「本当に色々と世話になったのじゃ。また縁が有れば会おうぞ」


「はい! 私も楓さんとはまた会いたいです」


 翌日、私が不在の間に色々話をしたらしいのですが、ゲルダさんと楓さんは随分と仲良くなったらしく、見送りに来た彼女にゲルダさんは名残惜しそうだ。多くの出会いと別れは旅に付き物ですが、ゲルダさんは未だ子供です。寂しさに耐えるのは辛いはずなのに涙さえ浮かべていませんでした。


 強い子だと思っていると今度は楓さんが私の方に近寄り顔を見て来ます。シルヴィアが少し不機嫌になるので勘弁して欲しいと願う中、楓さんは何かに納得した様子で離れます。


「うむ。ゲルダが随分と懐いているらしく、賢者殿の話を幾つも聞かされたが納得が行った。何処となく似ておる。……故に面倒な。ゲルダ、パップリガに行った時は出来るだけ白神家に関わるでないぞ」


「えっと……」


「良いな?」


「は…はい!」


 何やら思い悩んだ様子で警告する姿にゲルダさんは戸惑っている様子。私としては詳しい理由が聞きたいのですが、どうも言葉を濁して誤魔化そうとしそうな様子。私の時も獣人やらドワーフである事を理由に仲間に不愉快な態度を取られた世界で今もさほど変わっていないらしいですが、未だ気が早いとはいえ忠告は素直に受け取りましょうか。


「はい、分かりました。忠告感謝致します」


「……どうも問題が多くてな。初代勇者を輩出したと伝わっているからか気位が高く困った物なのじゃ」


「……え? いえ、何でも無いです……」」


 思わず声が漏れたらしいゲルダさんに対し口元に人差し指を当てて黙っていて貰う。流石に第一回目から勇者の儀式に不具合があったというのは情けないので異世界出身云々は誤魔化していましたが、名前やらの特徴から初代勇者キリュウはブルレルではなくパップリガの出身ではとされており、最も淀みの影響が少ない世界に誕生するというのがデフォルトなのに代わりに勇者が誕生した自分達の世界は凄い、こんな感じです。


 更に私が何処の家の出身かで未だに争っているので馬鹿馬鹿しいのですが、だからこそ巻き込まれるのは沢山です。……特にゲルダさんは卑下されている獣人の血が流れている。


「……本当に面倒な事になりそうです」


 この旅が何時まで続き、パップリガに到着する頃にゲルダさんが何歳になっているかは分かりませんが、子供扱いで構わない年齢なのは確かでしょう。だから、その心が傷付く事は避けなければ……。






「キィ!」


 岩と岩の間を飛び交いながら迫り来る蠍猿。毒針を突き刺そうと尻尾を突き出しますがゲルダはあっさり掴み取り振り回す。回転に悲鳴を上がりますが無視して速度は上昇を続け、最後には遠い彼方目掛けて投げ出される。蠍猿は悲鳴が聞こえない程遠くに飛んで行った。


「ゲルダさん、お見事です。……所で本当に大丈夫ですか? 寂しくはありません?」


「はい。また会おうと約束しましたから! ……それで賢者様、この前の課題の事で相談が……」


 私の方を向いて元気に答えながら背後から襲って来た蠍猿の顔面に裏拳を叩き込む。蠍猿が顔面を破壊されて倒れる中、ゲルダさんが腹のポケットから魔本を取り出してページを開く。本来の持ち主の神経質さが伝わる文字の次のページには子供らしい少し下手な字が書かれていた。


「ふむふむ、成る程……」


「どうでしょうか? 自信は少し有るのですが……」


 この魔本は既にゲルダさんに所有権が移っている。だから中に書かれた魔法は使えるゲルダさんですがページが少し余っているので新しい魔法を作る事にしたのです。勿論研究者ではないゲルダさんが一から魔法を生み出すのは無理ですが、私が手伝えば話は変わる。どんな魔法にしたいのかを聞き出した私が基礎を作り、ほぼ完成した魔法陣への書き足しや詠唱文の作成を座学で教えながら任せる。近接戦闘をシルヴィアが、魔法を私が教え、忙しい時はアンノウンに代役を頼む。


「良く出来ました。優秀な生徒ですよ、貴女は」


 そして、完成した魔法は合格に値する出来映えでした。賞賛の言葉と共に頭を撫でれば随分と嬉しそうに笑う。可愛らしいと思っているとシルヴィアが袖を引っ張って頭を差し出して来ました。


「私も詠唱の案を出したぞ。採用はされなかったが……誉めても構わんぞ」


「だって、超ミラクルな呼び掛けで~、とか、我がグレイトな盟友よ~、とかばっかりで……」


「……はっ!?」


 あまりの愛しさに一瞬意識が飛んでいたらしい。少し残念なセンスさえ魅力的な美しき女神に期待に満ちた瞳を向けられて断れる男が居るでしょうか? いや、居ない。勿論彼女に触れて良い男は私と彼女の身内だけですが。緊張しながら恐る恐る手を伸ばし、昨日の晩もベッドの中で抱き締めながら何度も撫でた頭に触れれば至福の時が訪れた。このまま百年間は撫で続けたいがグッと我慢する。心が揺れたが私には使命が有るのですから。


「そうでしょう、ゲルダさん!」


「全く意味が分かりませんよ、賢者様。せめて主語を……いえ、別に構いません」


 飛び跳ねながら向かって来る蠍猿を飛び越し、頭を踏んで落とした後で蹴り飛ばす少し乱暴な戦い方をするゲルダさん。少し疲れた様子ですが昨日はちゃんと寝てないのでしょうか? なら注意しなくては。成長に十分な睡眠は不可欠ですから。



「ゲルダさん、疲れているなら休みますか?」


「いえ、精神的な疲労ですから大丈夫です」


「無理は駄目ですからね?」


 精神的な疲れですか。使命に対するプレッシャーからでしょう。では、もう少し私とシルヴィアの凄い所を見せて安心させてあげましょう。そんな風に張り切ったのですが、どうも住処を追われてこの周辺に住み着いたのは限られた数だったらしくモンスターに出会わないまま目的の場所まで辿り着いてしまいました。少し残念です。今度は私がシルヴィアに誉めて貰う予定でしたのに。


「行き止まりですよね? あっ、でもアンノウンなら……」


「ガーウ?」


 ゲルダさんが首を傾げるのも当然で、目の前には左右を高い岩壁に囲まれた巨大な岩山。アンノウンならば登れるとも思ったらしいですが、当の本人は馬鹿にした様子で鼻で息をする。何で僕がそんな事を? とも言っています。



「ふふふふふ。その必要は有りませんよ、ゲルダさん。さて、地下遺跡の話を聞いたそうですが……実は目の前の岩山は地上に露出した遺跡の一部なのですよ。そして、空間が歪んだ中を通れば王都の近くに出る。魔族も知らないであろう秘密の道です」


 完全に崩落して通れない道がある為に遺跡の他の場所には行けませんが今は構わない。重要なのは秘密の扉を開ける呪文。偶々合致したのか、それとも開門の呪文として翻訳された結果なのかは分かりませんが、あの呪文なのは調べがついているのです。


(幼い頃に何度も読んだ物語の呪文、私が勇者の時は縁が無くて此処に来る所か知りさえしませんでしたが……)


 あの時、知っていれば理由を付けて来たでしょう。私は高鳴る鼓動を感じつつ岩山に手を当て、魔力を流しながら呪文を唱える準備をする。何せ憧れた呪文なのですから少しは格好を付けて良いでしょう。



 あの呪文、開けゴマ、を!





「開けゴ……」


「ガウガーウ!」


 私が唱える瞬間、アンノウンの鳴き声が割って入って轟く。呆然とした私が固まる中、背中に乗せたパンダのヌイグルミが手にしたホワイトボードに書かれた開けゴマの呪文を鳴き声で唱えた事で隠された門が振動を開始、岩山が左右に割れて入り口が姿を現した。



「あんまりだ……」


 三百年以上憧れ、一度自宅の扉の鍵をこれにしようかとさえ悩んだ呪文をアンノウンに唱えられた私は膝から崩れ落ちそうになる。だが、それよりも前にシルヴィアが私を抱き締め頭を撫で始めた。


「何を落ち込んでいるかは知らんが元気出せ。お前が落ち込むと私も辛いのだ……」


「はい、元気出ました!」


 美しいという言葉をその身で表した女神に頭を撫でながら慰められて元気にならない男など居ません。私は直ぐに元気を取り戻し、お礼にシルヴィアの頭を撫でる。彼女は気持ち良さそうに目を細めていた。




「……お二人共、早く行きましょう。ほら、アンノウンも急いで」


「ガフゥ……」


「何か文句有るの?」


「ガーウ」


 おや、ゲルダさんは一層疲れた様子です。少し無理しているのでしょうか? 少し不機嫌にも見える様子で中を進もうとする彼女ですが内部から接近してくる気配を感じ取って身構えます。入り込んだ風と獲物の匂いを嗅ぎ取り、長らく遺跡に巣くっているモンスターが現れました。


 毛むくじゃらの足、お尻に付着した粘着質の糸、消化液で濡れた牙をガチガチと鳴らしながら一メートル程の体躯を持つ蜘蛛が姿を現しました。特徴的なのは背中。くすんでいますが赤く光る物が見えます。



「ゲルダさん、運が良い。ルビースパイダーですよ。雑魚な上に背中のルビーは上質で……ゲルダさん?」


 武器を持ったままの姿でゲルダさんは固まっている。そして次の瞬間、絶叫が響き渡った。




「く…蜘蛛ぉおおおおおおおおおっ!? 無理無理無理ぃいいいいいいっ! 蜘蛛嫌いぃいいいいいいいいい!!」


 声に驚き固まるルビースパイダーを置き去りにして、ゲルダさんは来た道を全速力で駆け出して行きました……。


 

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