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絶望の時

 雨の様に降り注ぐ鋭利に尖った歯は一切の隙間無く床全体を覆い、石造りの床を貫通して地面深くまで入り込む。ゲルダには一切の逃げ場がなく、そのまま全身を貫かれて死ぬだけ……だっただろう。デミ・バハムードの口から放たれた歯が完全に広がるよりも前に、認知出来ない程の速度で天井に向かって飛んでさえいなければ。


「ギリギリだったわ。でも、上手く行った」


 床に現れた青い魔法陣”地印”と天井に現れた赤い魔法陣”天印”。本来ならば刃が触れた瞬間にその場所に発動する筈の二つは何時の間にか部屋全体に現れ、その存在を維持している。中には触れていない場所も有るにも関わらずだ。


「私、此処に来るまでに大勢を救って強くなったわ。それこそ新しい力にギリギリで目覚める程度には。……貴女のお母さんは無理だったけれど、カイ、貴女だけは助けてみせるから」


「アァアアアアアアアアアッ!」


 大きな口を開けてゲルダに向かって行くデミ・バハムード。その歯は石造りの天井さえも易々と削り取り一切の抵抗無く噛み砕くが、その口からはゲルダの血が一切垂れない。


「何処を攻撃しているのかしら?」


 突如背後から聞こえた声にデミ・バハムードは反応し、振り向こうとするもそれよりも前にレッドキャリバーが叩き込まれ、天印がその身に刻み込まれる。ならばと長い尻尾を振るうも既にゲルダの姿は其処になく、空中を両足で踏みしめて走り回っていた。


「ほら、どんどん行くわよ!」


 宙を駆け巡る彼女がレッドキャリバーとブルースレイヴを振るう度に天印と地印が現れ、空中をゆっくりとした速度で漂う。ゲルダはそれらを使って自らを引き寄せ、時に弾いて加速し、デミ・バハムードを翻弄し続けた。


「アアアアアアアアアッ!!」


 元より薄い理性が怒りによって更に働かなくなり、最早目に入るもの全てを攻撃する怪物に対し、ゲルダは加速を続けながら確実に攻撃を与えていった。


「地印・複合!」


 既に数十発目になるブルースレイヴの打撃によってデミ・バハムードが仰け反った時だ、その全身に現れた地印が重なって輝きを放ったかと思うとゲルダ以上の速度で床へと向かって行く。石床が砕ける程の衝撃にデミ・バハムードの口から血が漏れ出し、身動ぎをしようにも反発の力によって上から押さえ続けられる今の状態では不可能だ。


「これで……終わり!」


 一方、宙を漂う地印と天印にも動きがあった。反発によってデミ・バハムードの頭上に天地逆転の姿勢で飛び上がったゲルダの足が触れた天井では地印が、デミ・バハムードの頭上では天印が重なって光り輝く。


 そしてゲルダは地印の力によって急加速、デミ・バハムードの頭上の天印が引き寄せる事で更に加速した彼女の拳がデミ・バハムードの脳天に叩き込まれた。


「終わり!」




 ……この世界に来てから……いえ、勇者になってから何度も何度も繰り返した後悔。どうして自分は弱いのか、もっと違う方法があったのではと、悩むこと事態が自惚れだと分かっていても止められない。


 だからこそ目の前の子は絶対に救おう。私がお母さんを救ってあげられなかった彼女を大人しくさせ、賢者様に元に戻して貰うのよ。だってお母さんが必死で守ろうとしたのに魔族に弄ばれて終わりだなんて……。


「やったわ!」


 拳に伝わる手応えと動かなくなったデミ・バハムードの姿に私は安堵する。この戦い、相手を殺さず捕らえるのが絶対条件の厳しい物だったわ。今までみたいに持てる力を全力で叩き込めば良いだけの物とは大違いの一戦だったけれど、何とか上手く行った。


 ああ、本当に良かったわ。


 気絶して動かないデミ・バハムードを眺めた後で氷壁に視線を送る。向こうに居るレリックさんは大丈夫かしら? 私よりも経験豊富で心配するのは失礼だけれど、それでも仲間なら無事を願ってしまう。……この場合、武の女神と戦女神のどっちに祈るべきなのかしら?


「……うん。イシュリア様は止めておきましょう。何となくで別に他意は無いのだけれど、あの人に祈るのはちょっと……」


「あ~、確かにね。あの子、ちょっと所か凄く抜けてるからね」


 ……誰?


 今、私の目の前には知らないお姉さんが立っていた。まるで瞬きをした瞬間を狙って転移してきたみたいに唐突に現れたのは黒い髪を足元まで伸ばした着物姿の女の人で、多分パップリガの人だと思う。


 あれ? この人、イシュリア様を”あの子”って呼んだ? じゃあ、もしかして……。


「あの、もしかして神様ですか?」


「ああ、勿論だとも。僕はアマス。元太陽神さ。今は役割を他の神に譲って悠々自適な隠居の身だが、ちょっと君達を助けてあげなくちゃって思ったんだ。……例えばこの子。親が死んで怪物にされて、随分と可哀想だろう?」


 アマス様はデミ・バハムードに指先で触れる。それだけで巨大な魚の部分からカイが抜け出した。全く動かない状態の彼女をアマス様は悲しそうに抱き締めて頬を撫でているけれど、私はその姿を見て優しい方だなんてとても思えない。


「……何で?」


「ん?」


「何でその子を殺したの?」


 だってデミ・バハムードから解放された時、カイは確かに生きていたのに、アマス様が触れた瞬間に顔から生気が無くなって……。


 私は問い掛けながらも答えは否定の言葉であって欲しいと願ったわ。だって今までも変な神様は居たけれど、ある意味酷いイシュリア様は兎も角、意図して酷い事をする方なんて居なかったし、賢者様だって神様達は人間が好きだって言っていたから……。



「勿論好きさ。だからこそ殺してあげたんだ。だって母親と二度と会えずにこれから生きて行くだなんて大変だろう? じゃあ殺してあげるのが優しさじゃないか。おっと、勝手に心を読んで悪かったね」


「っ!」


 私は今までで一番神様が怖いと感じたわ。目の前の方が口にした言葉は紛れもない本心で、カイの命を奪ったのだって善意から。だからこそ純粋な悪意で襲って来る魔族よりも怖かった。



「そんな目で見ないでくれたまえ。僕は人間が好きだからこそ人間には闇に染まって欲しくないんだ。この子が生き続ければきっと心が闇に沈む。そんなの耐えられない。……だから今後は君達の邪魔をさせて貰おう」


「ど、どうして!?」





「だって魔族は毎回強くなり続ける。これは人が増え過ぎたからだ。だから……魔族に助力してでも僕は人間を減らすよ。それが周り回って君達の為になるのさ」


 アマス様は最後まで一切の悪意を感じさせないまま姿を消し、私は暫くの間呆然と立ち尽くす。神様が敵に回ったという認めたくない現実を前にして……動き出したデミ・バハムードに気が付くのが遅れてしまった。


「ガァアアアアアア!!」


 今まで以上に狂った様子で突進して来た巨体を避けきれずに跳ね飛ばされ、そのままデミ・バハムードは氷壁を破壊する。勢い余って私は向こう側にまで飛んで行った。




「ゲルダ!」


 あっ、レリックさんだわ。無事みたいで本当に良かった……。



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