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後悔の念

 幸せに生きている人は信じて疑わない。その幸せが不意に消え去る事なんて無く、何時までも続くって。当たり前の話なんだけれど人は死ぬよ。お別れの言葉を交わす暇もなく、呆気なく簡単に死ぬんだ。



 でも、不幸せな人は違う。心の中で思ってるんだ。こんな不幸が何時までも続きはしない。幸せが何時か訪れるんだってさ。……馬鹿みたいだよね。幸福は中々続かないけど、不幸は結構簡単に続く物なのにさ。




「よーく見ておきなさい。そして心に刻むのですよぉ? 弱い者の末路がこれだと……」


 目の前に広がるのは地獄の光景。貧しいけれど平和だった僕の故郷は悪徳領主の怒りに触れて滅ぼされた。お父さんも死んだ。お母さんも死んだ。友達も全員死んで……僕だけが生き残った。


 僕を助けてくれた先生は告げる。文化も風習も違う六つの世界でも共通するルールは存在するって事を。弱肉強食こそが唯一無二の掟だって教えてくれたんだ。


 お父さんが居て、お母さんが居て、そして姉さんが居て、友達と遊んで、僕にとって幸せはそんな日常で、それ以上は求めていなかった。でも、先生が見せてくれたのは人の欲望に限りが無いって事を教えてくれる光景。お金持ちなのに重税で民から更に搾り取る領主。他人を騙し、時に襲って金を奪う悪人達。


 小さな幸せで満足する人は極僅か。そして大きな幸せを得ようとすれば誰かに損をして貰う事になる。それが真っ当な競争の結果なら構わない。だけど違うパターンが多過ぎる。弱い者は虐げられ奪われるだけなんだ。


 だから僕は力を求めた。才能が有ったし、先生は教えるのは壊滅的に下手だったけれども色々な修行を付けてくれて、僕は間違い無く強くなった。村の皆の敵討ちだってしたんだ。


 もう、僕は何も奪われない。奪わせたりなんかするもんか……。




「僕が姉さんを未だ愛してるって? あははははは! ……死ねよ」


「ぐがっ!?」


 人を完全に辞め、ザハクを取り込んだ体に力が漲る。お兄さんとの距離を一瞬で詰め、軽く腕を振るって触れただけで吹っ飛んだ。壁に激突して頭から血を流している。さっきまで僕とザハク相手に優勢だったのに、今じゃ虫けらと変わらないよ。


「脆いなあ。弱いなあ。駄目だよ、それじゃあ。そんなんで誰かを守れるの? 勇者の仲間なんだし、ちゃんと守れる位に強くならなくちゃ……ねっ!」


 足を床に振り下ろせば隆起し、それを蹴り飛ばせばお兄さんの方に巨大な石の塊が飛んで行く。避ける暇もなく腕に当たり、肉がひしゃげて骨が折れる音がした。……ちぇ。悲鳴を上げるって思ったのに我慢してるよ。


 それに頭を狙ったのに右腕に当たるだなんてさ。未だ体に慣れていないんだ。じゃあ、お兄さんを使って慣れよう。おっと、油断していたら札が飛んで来た。札が一瞬で赤く染まって炎が噴き出し、僕はそれを息だけで逸らす。ああ、本当に僕は強くなった。もう誰にも大切な人を奪われないんだ


「……おい、テメェどうなんだ」


 結構ボロボロだし力の差だって教えてあげたのにお兄さんは諦めていない。未だ僕を睨んでいるし、多分隙を窺っている。僕が油断したら何かする気だね。


 本当だったらお話なんかせず、油断もせずに攻撃を続けるべきなんだろう。でも、何故かお兄さんの言葉が気になった。


「えっと、僕? 馬鹿だなぁ、お兄さん。僕がお兄さんを圧倒しているのに、守りたい物を守れるかなんて訊くなんてさ。当然守れる……あれれ?」


 僕が守りたい物って何だろう? 故郷は滅んだ。両親も死んだ。新しい友達のアビャクも死んじゃって……先生は少しキモいから守りたい相手じゃない。じゃあ、僕が守りたい相手って……。


「……姉さん?」


 強く憎み、人間を辞める為の儀式の生け贄にした。そんな姉さんが僕の守りたい相手? 


「でも、故郷が滅んだのは姉さんのせい……なんかじゃないっ! あれは全部領主が悪いんだ!」


 何で僕は姉さんを恨み続けた? 何で僕は他人を傷付けても幸せそうな顔が憎いって気にしなかった? 


 何で何で何で何で何で何で何で何で……何で僕はあんな事を。


「うわ、うわぁああああああああああっ!?」


 今まで感じなかった罪の意識が一気に押し寄せる。姉さんを生け贄に捧げた時の光景も、僕が手に掛けた人達の姿もハッキリと浮かんで、頭を抱えて叫ぶ。爪が皮膚に刺さって痛むけれど、それよりも吐き気がする程の感情の波の方が辛かった。


 こんなの今まで無かったのに……。


「……ウェイロンより強くなったか、奴を賢者様でもが倒して洗脳か何かがされてたのが解除されたんだな」


 お兄さんが何かを言っているけれど理解出来ない。今すぐに舌を噛んででも死んでしまいたい衝動が僕を襲う。最期に姉さんに謝りたいけれど、そんな資格は僕には無いよね……。


「お、おいっ! 待て! 逃げるなっ!」


 僕が何をする気なのかお兄さんには分かったんだね。敵が勝手に死のうとするのを止めるなんてチンピラみたいな癖に優しいや。でも、僕には優しくされる資格なんて無いから。


 逃げるな……か。そうだね。僕は逃げるんだ。自分が犯した罪が怖くてさ……。



「こんなのが弟でごめんね、姉さん。僕なんかを二度と弟だなんて思わなくて良いからさ」


 そっと目を閉じて死のうとする瞬間だった。後ろから優しく抱き締められたのは。心地良い温かさに僕の意識は閉ざされて行く。ああ、小さな頃に姉さんに背負って貰った時、こんな風に感じて……。


「大丈夫。貴方の罪は私が許してあげる、ほら、今は眠りなさい。起きたら沢山お話をしましょうね」


 優しい囁きは僕に安堵を与え、頭の中を駆けめぐる罪の意識が溶けていく。まるでぬるま湯に浸かっているみたいな心地良さと甘い香りに包まれ、僕は完全に眠りに落ちた。でも、誰なんだろう? もしかして姉さ……。








「うふふふ。可愛くって可哀相な子ね。このまま暫く抱き締めてあげたいわ」


「……おい。どうしてテメェが此処に居やがる。姿を見せるんじゃねぇよ、アバズレが! 其奴を今直ぐ離せ! 姉貴に引き渡してやるんだよ!」


 ネルガルを抱き締める時の表情は優しく、瞳には慈愛が宿っている。だが、それでも俺は目の前の女に嫌悪と憤怒しか感じねぇ。思い出すのは遭遇した時の屈辱。思い出すだけで腸が煮えくり返りそうだ。












「さっさと消えろ! レリル・リリス!」

アンノウンのコメント  何かいやな予感  僕の出番かな?

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