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同族嫌悪

「……何だかなぁ。お兄さんにだけは言われたくない気がするんだけれど、どうしてだろう?」


「知るか。テメェの妄想だろ」


 姉ちゃんを憎んでも憎みきれないってのに如何にも憎んでいますって態度を取る餓鬼に腹が立つ。側に居て甘えたいんだろうに再会しても敵意しか向けずによ。……分かってるよ。これは同族嫌悪だ。姉貴に甘えたいのに甘えないネルガルと妹を兄として甘やかしたいのに名乗らず甘やかさない俺。正直言ってどっちも馬鹿だ。


「……あれだ。どうせ汚れきってるから家族として接する資格が無いとかそういうのだろ? 丸分かりだぜ、端から見ればな」


 俺も何だかんだ言って手を汚している身だ。クルースニクとして魔族に組みする権力者やらを手に掛けた。発覚すれば関係無い家族諸共だから口封じとしてとか理由は有るし間違えちゃいないと信じている。だがな、間違っているのと手が汚れてるかどうかは別だ。俺には兄貴って名乗る資格は無いんだ。俺にはな……。


「テメェは餓鬼だし、罪を擦り付ける相手だって居るだろ。どうせ今回の件でウェイロンは終わりだ。だったら誰も知り合いがいない世界にでも行って姉貴と一緒に暮らせば……」


「五月蝿い!」


 俺の言葉の途中でネルガルが初めて叫んで氷の巨人を造り出す。腕を振り上げれば天井にまで届きそうな位に大きく、一歩踏み出すだけで地面が揺れるから相当な重量だな。


「あんな奴、もう僕の姉さんなんかじゃない! 彼奴が逃げなければ村は滅ばなかった! 僕だって普通に暮らせていたんだ!」


「……糞餓鬼が。テメェだって糞領主が悪いだけでイーチャが悪くないって分かってるんだろうが。それを認めたら誰を恨めば良いのか、やっちまった事の責任を誰に押し付ければ良いのか、それが分からなくなるから自分を騙してるんだろうがっ!」


 何で開き直らない? 何で自分を歪めた奴を責めない? ……簡単だ。此奴は甘えてるんだよ。大好きな姉ちゃんなら自分を許してくれるってな。……実際、彼奴なら許すだろうよ。だが、その前にやらなくちゃ駄目な事がある。子供が悪さしたら大人が叱ってやらなくちゃ駄目なんだよ!


「お仕置きの時間だ、ネルガル! 取り敢えず泣き叫んでも尻ひっ叩き続ける!」


 俺を踏みつぶそうと振り下ろされる足を避ければ周囲から回転する氷の刃が飛んで来る。それを鎖を巻いた腕で叩き壊し、グレイプニルの鎖を伸ばし続けて巨人の体に何重に巻き付けて一気に締め上げる。巨体が崩れて降り注ぐ氷塊を蹴り飛ばせば案の定ザハクが前に出てネルガルを庇ったが、その真横を俺が通り過ぎた。


「ヤベェ!?」


 翼を交差させた状態で防ぐんだ。直ぐに反転して俺に追い付くのは無理だ。眼前に現れた氷の壁を砕き、ネルガルが次の魔法を唱える前に胸ぐらを掴む。背後から感じるのは猛スピードで迫るザハクの気配。



「そんなに主が大切かよ。なら……受け取りな!」


「わっ!?」


 どうせならこの場で一発殴ってやりてぇがザハクを無視するのは面倒だ。だから俺は振り返る勢いを乗せてネルガルを投げつける。空中で急ブレーキを掛けたザハクが受け取ろうとするが、俺はその瞬間に札を投げていた。


「まあ、ちょっと痛いだろうが耐えろ。男だろ?」


 札から迸る電撃が二人を飲み込む。殺す程じゃねぇ。あの餓鬼には自分の罪を自覚させないといけないからな。だが、言葉の通りに痛いし気絶する程度だ。魔力が高けりゃ魔法への耐性が強いんだが、所詮は十歳の餓鬼だ。ほら、床に転がって動く様子も無い。これで無視して大丈夫。


「……後はテメェをぶっ倒すだけだぜ、ザハク。終わったらネルガルを捕まえて船で待っているイーチャに任せるだけだ」


 此処から先は身内の、実の姉のイーチャの仕事だ。最初は上手く行かないだろうが、何処まで行っても根本では家族愛が残ってるんだし、放置で……何だ!? ザハクの様子が変わった?




「ケケケケケケ! あ~りが~とよ~! ネルガルをぶっ倒してくれてよ!」


「……どういう意味だ?」


 俺の目の前でザハクの体が崩れて行く。まるで煙が周囲に霧散する様になって、その全てがネルガルの体に吸い込まれて行った。同時に術で抑えている嗅覚を刺激する悪臭が充満する。これじゃあまるで魔族じゃねぇか!?



「わざわざ手の内をペラペラ喋る馬鹿が居るか? 情報共有が必要なのは仲間だけか、ブラフを混ぜる時に流す最低限の時だけだ。……でも、今は話す時だよなぁ! 勇者の仲間のテメーに敗れた事で儀式は完成だ! これでネル……」


 ザハクは頭だけになっても言葉を続け、最後まで言い終わる前にネルガルの手に握り潰される。さっきまで確実に気絶していた筈のネルガルは平然と起き上がり、何かが変わっていた。全身に広がる赤い血管みたいな模様。髪は腰まで伸び、瞳も右目だけまるで竜みたいだ。



「……うん。何か変な気分だね。あれ? あれれ? 姉さんが来ている?」





 長い階段を直走る。ちゃんと形を整えていない石を不器用に積み重ねた階段は辛うじて階段と呼べる品物で気を抜けば転がり落ちてしまいそう。足下を照らす松明の一本も無いので一歩間違えれば足を踏み外して転がり落ちてしまうでしょう。……私が夜魔でなければ。


 種族としての特性で夜目が利く私の目には暗闇でも太陽の下と同じに映ります。なので殿方と同じ布団で致す際に”恥ずかしいので灯りを消して下さい”等と口にしても実際は演技。まあ、それで相手が喜ぶのですから男って馬鹿……話が逸れましたね。


「この階段、一体何処まで……」


 どれだけの人がどれだけの手間暇を掛けて掘ったのか深い深い地下へと続く階段。その工事は無理やり連れて来られた人達がどれだけの苦しみを味わいながら行ったのか想像するだけで心が痛む。だって、それに関わる者の一人は……。



「ネルガル……」


 弟の名を泣きそうな声で呟く。でも、私にはあのこの外道働きを責める権利も嘆く権利も有りません。私が責めて良いのは私だけ。私が嘆いて良いのは弟をそんな風にしてしまったのは自分だという事。あの日、私が逃げ出さなければ良かったのに……。


 家族を置いて逃げ出して、姫様と出会って、それからの私の人生は幸せでした。でも、あの子は違う。私のせいで何もかも失い、そして歪まされた。だからあの子の罪は私の罪。


「待ってて、ネルガル。直ぐに行くから……」

アンノウンのコメント  ありゃあ、シリアスだぁ……

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