妹を思う
……友人、恋人、仲間。大切な存在って奴は色々な種類が有るが、俺にとって一番大切なのは家族……だった。一度は全部失って、大勢の女と軽い繋がりを結んだのも穴埋めの積もりだったのかもな……。
「いよいよね。今まで幾つも潰して来たけど、あのお城が魔族の本命。ねぇ、賢者様。今回の件が済めば次の世界に行けるのかしら?」
「微っ妙な所なんですよね。私の活躍の割合次第ではギリギリ足りなくて他でどうにかする必要が有る位です。私の時も目立つ事件を粗方解決しても足らず、功績を稼ぐのに苦労しましたし、今回で終わらせたいですよ」
「最後はチンピラやら詐欺師を捕まえていたからな。魔族が居れば、そんな本末転倒な事さえ思ったぞ」
全部失った、そう思っていたのに生きていてくれた大切な家族。生まれる前から絶対に守ってやろうって誓っていた妹と出会えたのは奇跡だよな。ましてや勇者として世界の命運を背負った妹の仲間として共に戦うなんてよ。
目の前には魔族の居城。ゲルダは決意に満ちた瞳で前を見据え、これが終わった後の事も気にしているらしい。ったく、先ばっかり見ていたら足を掬われるってのによ。
「次は……パップリガか」
パップリガ、俺の生まれ故郷であり、二度と足を踏み入れたくない場所であり、俺の過去に決着を付ける為に行かなけりゃ駄目な場所だ。ゲルダが前を向いているなら、俺は後ろばかりを気にしている。……消えないんだよ、憎悪が。
「レリックさん、私達次第で救える人の数が変わって来るわ。頑張りましょうね!」
「当然だ。足を引っ張るんじゃねぇぞ!」
俺とゲルダは拳をぶつけ合わせ気合いを入れる。正直言えば他人よりたった一人の妹を優先したいが、そうしたら心を守ってやれねぇんだよな。一旦憎悪をしまい込み、今戦う敵に集中する。全ては守り抜くべき家族の為に。俺の命よりも大切な妹の為に。
「まあ、片手間でお前も助けてやるから安心して戦えや。仲間なんだからよ」
「ええ、私もレリックさんを助けるわ」
ゲルダは明るく前向きで、そして純粋だ。俺とは大違いでな。……だからこそ俺はゲルダに兄だとは告げない。巻き込まない為、穢さない為。俺は此奴の家族になっちゃ駄目なんだ。
「では作戦を確認しましょうか。擬獣師団とクルースニクは島のモンスターや逃亡を図った魔族の足止め。ゲルダさんとレリックさんは……」
「城に突っ込んで魔族をぶっ倒すだったっすよね?」
「ええ、ウェイロンの相手と……囚われている人達の保護はお任せ下さい」
城の周辺では嵐だってのに過酷な労働をさせられている連中と見張りのモンスターがどっちも大勢だ。普通なら下手に接近すれば人質に取られたり戦いに巻き込まれる。こりゃ下手に手出し出来ない状況だ。
「……こうして賢者と呼ばれるに至った過程で得た力を振るう度に思うのですよ。この魔法が勇者時代に使えれば、あの時救えなかった人を救えたのにと。……傲慢ですけどね」
但し、それは普通の状況ならだ。伝説の賢者様が手を貸してくれるって状況は普通じゃねぇよな? 少し憂いを滲ませながらも賢者様は手を前に付きだし、モンスターに囲まれていた連中は全員透明の膜に包まれた。
興奮した様子でモンスターが膜を破壊しようとしてもビクともせず、逆に振るった爪や牙が欠けている程だ。至近距離に迫るから怖いだろうが、これで安心だな。……これでゲルダが何も気にせず戦える。
「……ん? なあ、ゲルダ。船が浮いてるみたいなんだが、俺の気のせいだよな?」
そんな風に少し考え事をしていた俺は気が付かなかった。船が荒波の中に敷かれた凪の道から浮き上がり、船首が鋭く尖った事に。あれじゃあまるで突撃槍だ。えっと、まさか……違うよな?
「いえ、現実よ。……賢者様が言ったわよ? 私達は城に突っ込むって」
現実逃避をする俺と違い、ゲルダは諦めた瞳で立ち尽くす。えっと、掴まらなくて良いのか? ああ、賢者様ならその辺は大丈夫だろうって?
「さっきまで賢者様は昔の無力を嘆いてたよな? その後で間髪入れずに選んだ選択肢が敵の拠点に乗り物で突っ込む荒技かよ!?」
「私だって最初は受け入れられなかったけど、レリックさんなら直ぐに受け入れられるわ。賢者様って理知的なようで割と女神様と思考が同じな似た者夫婦……つまりは脳みそ筋肉な所が有るって」
「……受け入れたくねぇ」
「頑張って」
分かってるさ。これが無駄な足掻き、現実逃避だってな。俺が真実から目を背ける間にも船は宙に浮かび続け、それを警戒したのか翼を持つモンスターが立ちふさがった瞬間に城に激突、分厚く頑強な外壁を破壊して中に入り込む。正面のモンスターはミンチになって降り注ぎ、膜に覆われた連中が悲鳴を上げていた。
「では私はウェイロンの相手をしますので残りはお願いしますね」
「私は場内の人間の避難誘導しよう。少々血生臭いが外で構わんだろう?」
「大丈夫ですよ。あの膜は血生臭さなんて通しませんから。城内の人達も既に守っていますし、余計な心配は不要ですよ」
「なら大丈夫だな」
壊れた壁の穴から下を見れば屍の山に血の河、見ているだけで慣れてる俺でも気分が悪くなりそうだ。
「……こういう所なんだよな」
「……そうね」
なあ、賢者様。妹は純粋で前向きで優しい奴なんだ。変な風に悟らせるのはマジで勘弁してくれよ……。
「……あれ? さっきから静かだと思ったらアンノウンは?」
「居ないな。彼奴、こんな時に変な事を企んでるんじゃねぇだろうな?」
敵陣にて神の世界でさえ一位二位を争う問題児の消失。賢者様やシルヴィア様が味方に付いてるから何が相手でも頼もしいが、別の意味で不安になって来るな……。
「でもアンノウンが何かする気なら気にしても無駄ね。何かされたら疲れるのに、何もされない内から疲れても意味が無いわ。無駄よ、無駄。今は魔族に集中しましょう! えっと……こっち! こっちから前に戦った三人の最後の一人の臭いがするわ! 只でさえ魔族は臭いのに変な臭いまで混ざってるわね」
「そ、そうか。な、なあ、どうやら城のあっちこっちから臭うし、此処は二手に分かれないか?」
「え? 賢者様が城の中で捕まってる人を守ってくれているし、逃がさない為に大勢の力を借りているのだし、此処は安全策で行くべきじゃないのかしら?」
「……そうだがよ。ちょっと理由が有って……言えないけど」
そりゃそうだ。とても言える訳が無い。だって魔族独自の悪臭に混じって漂うのは……男女がベッドとかでやらかした事後の臭いだったんだからよ。
「……ったく、何処の誰だよ。こんな所で何をヤってやがる」
「変なレリックさん。ほら、行きましょう」
ゲルダは俺の手を引っ張って先へ先へと進んで行く。こうなれば俺がすべき事は一つ。……ゲルダが何の臭いか理解する前に焼き尽くして有耶無耶にする。誤魔化しは賢者様に丸投げしよう。
だって賢者様だし……。
アンノウンのコメント さて、殺るか…… 因みに一位は絶対イシュリア




