閑話 夢を見なかった二人の選択
ブクマ減った! ショック 感想来たら嬉しいな
「ケケケケ! 死ぬぜ? お前。だって絶対勝てねぇもん。あの数に突っ込むとか馬鹿丸出しだろ、マジでよ!」
城へと近付けさせない為の嵐の海を上空で見下ろす私に対し、服を掴んで此処まで運んでくれたザハクが嘲笑を浴びせる。船は一切嵐を意に介さず進み、もう直ぐ到着するだろう。……それを少しでも遅らせる為に私はやって来た。
「……分かってる。その上で捨て駒になりに来た」
「捨て駒ねぇ。なーんも意味が無い捨て駒だけどな。テメーがこうしている間もオチモダチはウェイロンの野郎とお楽しみだってのによ。ケケケケ! しかも何て呼ばれてたか丸聞こえだったよ! アナスタシア! あの野郎が未だに執着してる先代勇者の仲間の名前だったよなぁ?」
「五月蝿い」
こんな場所まで連れて来てくれたのは気遣いじゃなく、こうして私を嘲笑って楽しむ為。自分の主に執着している糞みたいな奴にそっくりだと思った。
「……あの船」
先頭を走る船の甲板に目当ての相手を発見した私は飛び降りる。この戦いで私は負ける。これは無駄死にでしかない。でも、私が死ぬ事で仲間が奮起するなら無意味じゃない。例え何の成果も上げられなくても、明確な意味のある行動の結果なら私は……。
「なあ、お前は何て名前なんだ? 同じ任務を任されたんだから仲良くしようぜ。私は境鳥飛鳥。向こうで仕事中にうたた寝してるのは……って何寝てるんだよ、美風!」
私がこの世界に誕生し、任務として攫った人間の監視を命じられたので向かった日、私は美風と飛鳥に出会った。最初の印象は鬱陶しい相手。他人と繋がりを持つのが嫌いな私は同胞を大切にする魔族としては多分異端。でも、どうでも良い。だって魔族が存在する事に意味なんて無いから。
「……ブリュー。ブリュー・テウメッソス。しつこそうだから名乗った。でも仲良くする気は無い。だって無駄だから」
そう、全ては無駄。名乗らないと向こうが意地になって余計に鬱陶しいだろうから名乗りはしたけれど、それ以上はなれ合う気は無い。だって僅かな間なれ合う相手を見つける事に何の意味があるの? 私達魔族は神がその気になれば簡単に消え去る存在なのに……。
「えっと、ブリューちゃん。ブリューちゃんは魔族の世界になったら何がしたい? 私は好きな人と小さな家で仲良く暮らしたいな」
「私は貴族の屋敷で当主だった奴を顎でこき使って暮らしたいよ。どうせなら元の使用人より低い身分で働かせるのが楽しそうだ」
「……五月蝿い」
なのに何が楽しいのか二人は私と仲良くなろうとしてくる。魔族の世界? うん、確かに可能。勇者を殺し、神が介入しない程度に人間を減らし、次の勇者を百年周期で見付けて即処分。それさえ可能なら実現可能。……あくまでも神が不干渉を貫けばの話だけれど。
「……ねぇ、聞いた? またリリィ様が……」
「使い捨ての駒ですらない。言ってみれば無駄に消費する事が目的だって感じだな……」
レリル・リリス様とリリィ・メフィストフェレス様。それが魔王様直属の部下である最上級魔族の双璧の名前。そしてリリィ様の下に配属されたのが私達。気紛れで使い潰す為に使い潰される存在。その死に、その犠牲に何の意味が無い事で消耗されている。
「あの糞女は何を考えていやがるんだよ!」
私を除く魔族は同胞が大切。多少の好き嫌いは集団だから発生する。でも、基本的に同胞の役に立ちたい。だからリリィ様の部下はリリィ様が嫌い。影でこうやって罵ってる。でも、多分知られている。飛鳥が今みたいに机を強く叩きながらリリィ様への不満を口にするのをニヤニヤ眺めていると思う。……教えるの面倒だから教えないけれど。
「……特に考えは無い。私とリリィ様は同類だから何となく分かる」
「んあ? お前と彼奴の何処が同類なんだ?」
「今日は疲れた。……寝る」
ちょっとだけ私は心を許しているのかも知れない。だから口が滑った。これ以上追求されるのも嫌だった私は食事もそこそこにその場を離れた。
「あのね、ブリューちゃん。ブリューちゃんはあんな人と同類なんかじゃないよ?」
「……ちょっと似てる。でも、結論は違う」
「結論?」
そう。私は一度だけ言葉を交わした時にリリィ様の事を少し理解した。向こうだって私が同じ結論に達していると直ぐに理解して楽しそうに教えてくれた。どうして部下を使い捨てるのかを。
「君だって理解しているだろう? 魔族の世界? ははははは! 無駄だよ、無駄! 神の思い付きで少し自由に動ける私達だけれど、結局気紛れ次第で消されるんだ。だったら存分に太く短い余生を過ごそうじゃないか。例えば今までの魔王や最上級魔族は部下に優しかったし、嫌われる悪辣上司として君臨するとかさ!」
「……無駄なのに?」
「ああ、結局最後は消えるんだから無駄だろうさ。でも、娯楽も美食も結局は無駄。無駄を楽しもうじゃないか」
「……私には分からない。結末が同じなら、その道中をどんな物にしても意味が無いのに……」
リリィ様は希望を切り捨てて全てを娯楽に費やす事にした。でも、私は全てを切り捨てる事にした。只慢性で存在を続けるだけ。五月蠅いから任された事はするし、最低限の受け答えもする。それだけで構わない。
「あっ! ブリューちゃんが初めて笑った!」
「この無表情チビ、本当に反応しないからな」
「……五月蝿い」
全ては無駄の筈。なのに私は二人と過ごすのが楽しいと感じてしまった。もっともっと何時までも一緒に過ごしたいと思ってしまった。魔族が支配する世界なんて所詮は泡沫の夢なのに、切り捨てた夢を見てしまった。
「……全部二人のせい」
一度捨てた希望、諦めた夢。閉ざした心さえも友達はすくい上げてくれた。飛鳥と美風のお陰で私は自分が存在する事が嬉しいと思えた。
……でも、もう戻らない。飛鳥は死んだ。リリィ様……リリィのお遊びで化け物にされて、勇者の糧になって消滅した。美風は未だ生きている。でも駄目。あの男に心を支配されて、自分をアナスタシアだと呼び始めた。もう戻れない。楽しい時間は……終わった。
「魔族!」
雨風が視界を邪魔する中、私と勇者の視線が交差する。勇者との戦いはこれで三度目。これで決着を付ける。
「……私の死は無意味にはさせない。あんな奴の娯楽の為に私達は存在するんじゃない」
力を解放すれば普段は仕舞っている狐の耳と尻尾が現れて爪が伸びる。じゃあ、今から死にに行こう。僅かでも意味が存在する終わり方の為に。無意味じゃなく、誇れる最期の為に。
「私はブリュー・テウメッソス。勇者、お前を殺す為に来た」




