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船は進み、賢者は回想する

 荒れ狂う波間を船団が行く。海に生きる種族である屈強なエルフ達でさえも船を出すのを躊躇う大波も、飲まれれば脱する術など存在しない渦潮も、海中から襲い掛かる巨大なイカの触手も物ともしない三隻の船達。大きく広げられた帆は前方に進む為の追い風のみを受け、その進路だけは凪の状態の一本道が続き、雨粒一つすらも甲板に触れる事無く見えない膜に弾かれる。


「……この魔法が昔の私に使えれば醜態を晒さずに済んだのですけどね」


 かのヤマタノオロチが川の氾濫を表した話だという説が有るように、荒れ狂う水の流れから龍神伝説は誕生して来た。だが、船団の前に現れたのは比喩ではなく実際に龍の姿となった海水。その巨体で進路を塞ぎ、水のアギトで三隻纏めて噛み砕こうと迫るもキリュウが視線を向けるだけで砕け散る。結果、一滴も船に触れる事無く、ほんの僅かな時間前方の視界を遮っただけに終わる。この嵐の中なら致命的になりかねないが、有能な航海士が居なくても、腕利きの操舵主が不在でも船は滞りなく嵐の海を進む。


「随分と落ち込んだ様子だがどうかしたか? 今回はウェイロンが居る事だし、後ろで子供の戦いを観戦しながらコメントをするだけでもあるまい?」


「ええ、それは良いのです。成長を見守った若者が道を踏み外したのは悲しいですし、それが現在成長を見守っている相手の前に立ち塞がったからと敵対するのも気が進まない。ですが、事は私の気分でどうこうして良い話でも有りません。ですが、ちょっと昔を思い出したのですよ。尻の青かった若造の頃をね」


 奇跡のような話だが、魔法の神に従事した伝説の賢者の魔法なのだ、仕方が無い。船乗りからすれば憤慨するかエルフの気質を考えれば驚くだけだろうが、その奇跡を起こしている最中のキリュウはというと甲板に置いた安楽椅子に座って紅茶を飲みながらも浮かない顔。魔法で潜水艦にするでもしないと沈まず、空を飛ぶ船にでもしないと浮かばない船の上でその様な表情になった理由をシルヴィアに語っていた。


「……尻に青い痣みたいなのが存在するのは赤子の頃ではないのか?」


「いえ、比喩ですよ。相変わらず可愛いですね、シルヴィア。ティアやアンノウンとは別の可愛さだ。撫ででも?」


「貴様は馬鹿か? 私は妻だ。その様な許可を一々取る必要が何処に有るのだ」


 シルヴィアは呆れた表情ながらも声は勇ましい。但し撫でやすいように頭を低くしてキリュウの手に近付けているし、その近くにはゲルダとレリックの姿があるし、更には併走するキグルミ達を乗せたパンダマークの帆の船と金属製のコートを着たクルースニクの面々が乗船する杖を入れた魔法陣を描いた帆の船の甲板からも見えている。


「……賢者様達ってのはイチャイチャしないと死ぬ呪いでも受けてるのか?」


「しっ! 聞かれたら、『ええ、抗う事など不可能な愛の呪いなら受けていますよ』、とか言うから黙った方が良いわ」


「俺、クルースニクの船に飛び移っても良いか? いや、今すぐ飛び移りたい。アンノウンだってキグルミ共の……擬獣師団? の船に乗ってるしよ。てか、あの獣、戻って来てから妙に毛並みが良くなってねぇか? フワフワツヤツヤだったぞ」


「駄目よ。私だけ残されるだなんて。……あの人とはそんなに仲良くなってないし。それとアンノウンの毛並みなら最高神ミリアス様が……いえ、これ以上は止めておきましょう。神様達の知りたくなかった一面は主にイシュリア様に見せられたけど、忘れた方が精神衛生上良い物が有るわよ」


「……だな」


 妹の方は関係を知らずとも血の繋がりを見せ、現実逃避をする二人。イシュリアの醜態は散々見せられていても神々の王が精神的に疲れてアンノウンを存分にモフッた事は忘れたい事実らしい。尚、最高神の力の影響で完全回復を果たしたアンノウンだが、弱っていた事を後から知ったグレー兎はミリアスに少し怒りを覚えたらしい。曰く、余計な事をするな、エターナルショタめ、だそうだ。


 ……それは兎も角、何故キリュウが落ち込んでいるのか、それは彼が勇者だった頃に遡る。三百年前、彼が異世界の住人のコピーとしてブリエルで召喚されたのだが、当然ながら移動は船であった。


 王族の支援もあって船の性能は高く、船室も快適。小さな嵐なら構わず船は進む……のだが。



「おぅえええええええええええっ! うっぷ! おげぇええええええええええっ!」


 嵐の中、船は当然揺れる。そしてキリュウは嵐の中の航海どころか船旅さえ初めての事。船など穏やかな海を進む観光船に何度か乗っただけ。勇者として強化された三半規管を持ってしても酔っていた。そして吐いていた。


「ありゃりゃ。これは暫く使い物にならないわね。大丈夫? お姉さんが添い寝でも……」


「おっぷ! うげぇええええっ!」


「……今の無しで。お大事に!」


 仲間であるナターシャは胃の中の物を全部ぶちまけても吐き気が収まらないキリュウの背中をさすり、ついでとばかりに頭に胸を当てようとして、桶の中身を見てしまったので離れる。流石に吐瀉物を目にしても色仕掛けを使ったからかいを続けるのは無理だったらしい。


「うぷっ……。す、すいません。船に慣れていなくて……」


「大丈夫大丈夫。シルヴィアちゃんがモンスターの相手をしてくれてるから休んでなさい。それに船乗りだって何度も吐いて慣れるのよ? 私の友達は船に慣れすぎて揺れない陸に酔ってる位なんだから。……にしても流石は武の女神。力に制限があっても撲殺ラッコの群れを一蹴してたわ。ったく、ラッコなら大人しく海底で過ごしてろっての」


 女神だと知りつつも一切敬う様子の無いナターシャ。同じ名前の子孫との違いは仲間だから敬う必要が無いとでも思っているのだろうが、そのシルヴィアが部屋に入って来た。


「……むっ。辛そうだな。待っていろ。私が楽にしてやる」


「え? シルヴィアちゃんって神の力も魔法も使えない状態じゃ? ちょ、ちょっと待ってっ!? どうして手刀を振り上げて……」


「気絶させる。それだけだ」


 そのまま慌てるナターシャが止める間も無く首筋に振り下ろされる手刀。よい子は真似したら駄目な荒療治でキリュウは束の間だけ船酔いの苦しみから解放された。但し気絶して。





「……シルヴィア、今回の件が終わったら存分に苛めても良いですね? 一方的に攻めます」


「好きにしろ。私は妻だ。……拒みはしないさ」


 そんな二人は今、バカップルな夫婦になっている。そうこうしている間も船は進み、やがて目的地が見えて来た頃だった。ゲルダが乗る船に向かって上空から向かって来る者が居たのは。





「……飛鳥の敵。絶対に殺す」

アンノウンのコメント  モッフモフさ! 今まで以上にね!


こっちも応援宜しくお願いします


https://ncode.syosetu.com/n3226go/


伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべくヘッポコ魔法使いと塔を登る



挿絵(By みてみん)


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