激怒
「おや、そろそろ限界みたいだね。公開処刑の放送を続けられないのは残念だけど、私は部下想いだから無茶はさせないよ。休んで良いよ、ビリワック」
空に突如映し出された凄惨な光景。明らかに人間を材料にしている怪物が見た目は人間にそっくりな魔族を殺して行く映像は突如ブレ始める。そりゃそうだ。どうも俺達の居る場所の上空にピンポイントで映し出してる訳じゃないみてぇだし、賢者様なら兎も角普通は魔力が保たないに決まってらぁ。
「……テメェの何処が部下想いだ。その部下を惨殺しておいてよ」
所詮俺にとったら魔族は敵、遭遇したらぶっ殺す対象だ。それが幾ら殺されても、どんな風に殺されても俺には無関係、寧ろ清々する、その筈だったんだが……。
「おい、ゲルダ……」
目の前で妹が俯いて震えているのを見せられるのは話が別だ。身長差のせいで後ろからだと涙を流してるのかは見えねぇが、んなモンは見なくても分かる。此奴は悔しくて泣いている。また救えなかったって悲しくて泣いて……。
「……ィ。リリィイイイイイイイイイイイイッ!」
「うおっ!?」
突然激高したゲルダの怒りのままに拳を振るい、咄嗟に後ろに下がった俺の服を僅かに掠めた後で木を抉り取った。衝撃で爆散した訳でも無く、折れたのでもない。文字通りに高速の拳の軌道上の部分が削り取られていたんだ。
「いや、キレてたのかよ。てか、ちゃんと周り見て拳を振るえや、馬鹿」
「……ごめんなさい」
うん、流石に今のはヒヤッとさせられたから頭を軽く小突く。一発入れて少しは気が紛れたのは結構だが、こりゃ相当鬱憤が溜まってやがるな。わざわざあんなのを見せるとか明らかな挑発だろうによ。
「ったく、これだから沸点が低い餓鬼は。おらっ! 冷静になれ、冷静に!」
ちょっと意趣返しも込めて髪を少し乱暴に掻き回す。この色と髪質は間違い無く両親から受け継いだもんだ。俺が苦手な早起きをして直してる癖毛と同じ髪を更にグチャグチャにしながら俺は何となく横を向く。いや、向いてしまったんだ。怒りのオーラを隠そうともしないシルヴィア様の姿を。
「何か恐ろしい物が有るって感じてたのに、怖い物見たさも大概にしろよ、俺ぇ……」
「女神様がガチギレしてるわ……」
……俺はもう少し言葉遣いを考えるべきかもな。さっきまでキレてたってのに、今は威圧されて震えながら俺の服の裾を掴む妹の言葉を聞いて反省する。ガチギレとかちょっと前までは使わなかっただろ、此奴。……まあ、俺のが移ったんだろうが、妹が兄貴の真似をしているって思えば悪い気はしねぇんだが。
「シ、シルヴィア様……?」
「……久々だ。此処まで私を不愉快にさせたのは此処百年では姉様以外に居ないぞ」
ゲルダを背中に庇う俺の声も震えている。情け無い? いや、武神が至近距離でブチ切れってるんだ、ビビらない奴が居るかよ。いや、賢者様なら惚気るか? キレてるシルヴィア様さえ素敵だと思いそうだもんな、あの人。
「そもそもイシュリア様は一体何をやらかしたんだ? 絶対に知りたくないけど」
「おやおや、シルヴィアったら仕方が無いですね」
共に過ごす時間が増える程に俺の中で憧れやら何やらが崩れる中、聞こえたのは賢者様の何時もの声。だが、顔を見た俺は察した。キレてるってな。
あれは一見すると穏やかな心で笑みを浮かべている顔だ。だが、俺は知っている。レガリアさんも本当にキレた時は笑顔を浮かべていた事に。確か初めてその姿を見たのは五年前。娘に変な男が話し掛けて何処かに連れて行こうとした時だ。
「け、賢者様?」
「……失敬。少し師匠に手合わせをお願いしたい気分ですので、クリアスに一旦戻って全力で魔法を放って来ます」
「私も同行しよう。全力で斧を振りたい気分だ」
「う、うっす。いってらっしゃい……」
引き止めて落ち着かせるとかの選択肢は俺には浮かばない。無理、絶対無理! ゲルダは既に視線を逸らして対応を俺に丸投げで、もう送り出すしか選択肢は残っていなかった。
「……ありゃ相当キてるな。師匠っつったらソリュロ様だろ? 幾ら何でもあの二人の憂さ晴らしの相手とか同情するぜ。……俺は絶対に怒らせないように……あっ」
レガリアさんがガチギレした時で思い出したが、俺だって賢者様が溺愛する養女のティアの水浴びに遭遇してるんだよな。現実から目を逸らして無かった事にしてたがよ。まあ、本人は喋る気が無いみたいだし、周りの餓鬼にだって遭遇しなけりゃ、知ってる奴の残りは……アンノウンだよ、畜生が。
「……おい、アンノウン。何か欲しい物って有るか?」
「食べ物だったら魔法で出せるし、悪臭とかしつこい汚れとか、イシュリアへの嫌がらせに使えそうな物が欲しいかな? 彼奴の使い魔とか同類扱いされた鬱憤を晴らしてくるよ」
「いや、正直言って……」
「正直言って……何?」
「何でも無い。分かってるだろうが例の水浴びの時の事は賢者様には……」
……やっべぇ。今度はアンノウンがガチギレする所だったぜ。
「うん! マスターには言わないよ、絶対」
「……シルヴィア様にもだからな?」
「……ちぇ」
此奴、賢者様には言わなかったとか屁理屈こねてシルヴィア様伝いに賢者様に伝える気だったな、こん畜生。俺はこれ以上余計な事をさせない為にも要求された札をさっさと用意する。白紙の札に指先を当て、意味有る絵と文字の組み合わせを描く。最後に血を一滴落とせば完成だ。
「わーい! 今弱まってるからこれが有ると助かるよ。じゃあ、僕も一旦クリアスに戻るから!」
「おう。さっさと行け。んで当分帰って来るな」
「ツンデレの君が言うって事は早く戻って来て欲しいんだね! でも、僕の尊厳を懸けてイシュリアに悪戯するから当分は帰れないや。マスター達が先に戻ったら上手く言っておいて。……じゃないと口が滑るかも」
「マジで自由だな、テメェ!?」
「自由じゃなくちゃパンダじゃな~い! じゃあ、行って来ま~す!」
好き勝手に言いたい事を言ってアンノウンは転移する。さて、どうすっか……。
「おい、ゲルダ。暇だし俺達も組み手でもしてようぜ。ハンデをくれてやるからよ」
「あら? 私、結構強くなったわよ?」
「はっ! 経験が違うんだよ、経験が!」
今回の事も含めて相当溜まってるみてぇだし、ここいらで発散させてやらねぇとな。俺は右手をポケットに入れて更に片目を布で覆ってハンデだと示す。名乗らなくても俺は兄貴だ。この程度じゃ到底越えられないって妹に教えてやるよ。
「……ま、まあ。そこそこだな。及第点はくれてやる」
勝負の結果? おいおい、俺は兄貴だぜ? 妹に華を持たせるのが当然だろうが。勝ってどうするよ、勝って。
……次はハンデ無しにしよう。




