閑話 友情の花
同胞を宝とし、人には大いなる苦しみを。それが私達魔族の根本に存在する想いだ。人の悪意から誕生した故に人に悪意を向け、同胞は血を分けた兄弟姉妹同然に扱う。その事に何ら疑問を持った事などは無い。それは私だけでなく、誕生した瞬間から持っている先代魔王の記憶の一部からも魔族の共通点なのは明らかだ。
……まあ、人に情を移す変わり者が偶には居るが、言葉が通じ見た目も同じなのだ。例えるならば因縁のある国の兵士同士に友情が芽生えるような物。人から生まれた以上はやむなしなのだろうな。
「ビリワック、そう言うお前は裏切り者に対してどう思う?」
「……そうですね。我々の中には同胞への愛が強く残り続けます。但し、我々側から裏切り者への愛は消えますが。その同胞に狙われるのは死ぬよりも苦痛な事でしょう。……痛々しい事ですね」
これは酒の席で友と交わした会話の一部だ。どの様な場所でも咲き誇るのは恋の花と友情の花。私にも友が居た。生まれた際の力によって絶対なる序列こそあれど、友情が芽生えぬ訳ではない。一時期私が手伝いを任されていた上級魔族ビリワック・ゴートマンと中級魔族の私の間にも友情は芽生えていたのだ。
この日、魔本を酒のツマミにしながらビリワックが振って来たのは裏切り者と呼ばれる者達について。魔族が従えられるモンスターに最優先で狙われ、情を持った相手にも敵意を向けられる罪人の名だ。魔王様が直々に決定を下さなければ裏切り者にはならないが、正直その場で始末されるよりも辛いだろう。だから私も彼に尋ねれば辛そうな顔をしていた。可愛さ余って何とやら、確かに裏切り者は憎いが、元仲間を始末するという行為自体には私も抵抗が有るのさ。
「……そう言えば出世が決まったんだってな。まさか最上級魔族の側近になるだなんて凄いじゃないか」
「ちょっと評判は悪いですが、多少変わり者なだけでしょう。何だかんだ言っても同胞ですからね」
これが私がビリワックと交わした最後のマトモな会話だった。暫く会えない日が続き、聞こえて来るのは同胞さえゴミ同然に扱う最上級魔族リリィ・メフィストフェレスと側近のビリワックの悪評。私はまさかと思い問いただそうとするも意図的に避けられ、大勢に命令を伝えて来る時も一方的な会話だけ。私が話し掛けても無視をされ、やがて私には仕事が回って来なくなった。
何故だ、友よ? 私達は親友ではなかったのか? 喜びも苦しみも悲しみも、全て分かち合ってこその友だろうに……。
同胞の為にも、親友の為にも何も出来ない時間は長く続き、能力的に直ぐには任務が決まらず指示待ちな同胞と過ごす無為な時間は私の心をすり減らす。だが、ある日の事だ。そんな者達の頭にビリワックの声が響いた。
「親愛なる同胞諸君。偉大なるリリィ・メフィストフェレス様の命である。直ぐに居城に集まりたまえ。転移が使えない者の所に迎えを送ろう。
「……相変わらず命の発音が独特な奴だ」
漸く役目が貰えると歓喜に湧く同胞の歓声を耳にしながら私は思わず苦笑していた。友よ、折角の機会だから私は強引な手に出させて貰おう。お前が溝を作る理由は知らん。何も聞いていないからな。だから溝など飛び越えてお前の所に行くぞ。それが私の友情だ。
「待っていろ、馬鹿者め。気を失うまで酒を酌み交わそう」
どの様な場所でも、どの様な存在であっても友という宝を得る事が可能だ。命を懸けでも惜しくない宝。私はそれを絶対に手放す気は無いぞ。
何を語ろうか、いっその事一発殴っても構わないのではないか。そんな事を考えながら私は心を躍らせる。リリィ様の悪評は耳に届いているが、どれも何人も経由しての話。今までにも力に酔いしれ傲慢な態度で嫌われた者は歴代にも存在したが根本に存在する同胞への情に変わりはない。まあ、少しは覚悟をしていようと私は居城へと向かう。
……この時、私は失念していたのだ。何時の世も例外は存在するのだと。
「……あれがリリィ様か。見た目はボロボロの少女だが、大丈夫か……?」
「噂では賢者に遠距離からやられたとか……」
「魔族は大丈夫なのか……」
「にしてもビリワックの奴、相変わらず偉そうにしやがって。金魚の糞の分際でよ……」
リリィ様には一度も出会った事のない同胞達の声が聞こえる。反対に既に何度か関わりの有る者は不安やら恐怖で固まっていて、皆に共通するのは伝令役であるビリワックへの敵意。この場の大勢から敵意を向けられている親友は暫く見ない間に酷く疲れた顔をしていて、俺はそれが気になって他の事が頭に入って来なかった。
「今日は君達にサプライズが有るんだよ。君達がまるで用無しになっちゃってお知らせさ。まあ、魔族の明るい未来の為に我慢してくれたまえ」
だからその言葉が耳に入った途端、関わりのあった者達が一斉に逃げ出した事への反応も遅れたし、俺が目にしていたのはリリィ様の死角で指先が手の平に食い込む程に強く拳を握り締めたビリワックの姿。その意味を理解したのは隣に立っていた同胞が巨大な鞭のような物に叩き潰され肉片が飛んで来た時だ。
「な、何だ……? 何なんだ、あれは……」
俺は天井を見上げ固まる。モンスターは数多く存在し、その全てを把握してはいない。だが、目の前の存在は余りにも異質だ。
頑強さが売りの者さえも一撃で肉片に変えた鞭のような物は全長の半分ほどの長さの尻尾。毒々しい赤紫の外皮。牛さえも小魚みたいに一呑みに出来る巨体を誇るエイに酷似した異形の額からは少女の上半身が生えていた。
「まぁ~ぞく、まぞく。おかぁさぁんのかぁたぁきぃ~!」
明らかに常軌を逸した瞳で俺達見詰める顔は笑みを浮かべ、エイの口から伸びた長い舌が鍵の掛けられていない扉から脱出した同胞を絡め取った。大きく開かれた口はその全てを頬張りバリバリと音を立てて食べて行く。
「ふふふ。そうだよ。君のお母さんを殺した奴の仲間だよ。虫みたいな奴にアリを踏み潰すみたいに殺されたんだ」
「……けるな。ふざける……なっ!?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ殺されて行く同胞を目にして立ち尽くす俺は叫ぼうとし、自分の胸に突き刺さる親友の腕が見えた。
「おや? どうしたんだい、ビリワック?」
「……いえ、只の気紛れです」
「ふぅん? 私には、せめて自分の手で……とでも見えたよ。まあ、良いさ。君は今後も忙しい身だしね」
最後に目にした親友の顔は涙を堪えていた……。
アンノウンのコメント 性格悪いなぁ 友達居ないよ、絶対
新作も宜しくお願いします
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伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべくヘッポコ魔法使いと塔を登る




